碧山亘右

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
碧山亘右 Sumo pictogram.svg
Aoiyama 2012 Jan.JPG
基礎情報
四股名 碧山 亘右
本名 ダニエル・イヴァノフ
生年月日 1986年6月19日(28歳)
出身 ブルガリア・ヤンボル
身長 192cm
体重 195kg
BMI 52.90
所属部屋 田子ノ浦部屋春日野部屋
得意技 右四つ・寄り
成績
現在の番付 西小結
最高位 小結
生涯戦歴 197勝150敗8休(31場所)
幕内戦歴 130勝119敗6休(17場所)
優勝 幕下優勝1回
序二段優勝1回
序ノ口優勝1回
敢闘賞1回
データ
初土俵 2009年7月場所
入幕 2011年11月場所
趣味 映画鑑賞、釣り
備考
金星1個(日馬富士1個)
2014年7月27日現在

碧山 亘右(あおいやま こうすけ、1986年6月19日 - )はブルガリアヤンボル(2009年9月場所まではソフィア)出身で春日野部屋所属(入門時は田子ノ浦部屋)の大相撲力士。本名はダニエル・イヴァノフ。身長192cm、体重195kg。血液型A型。最高位は東小結2012年9月場所)。好物はサラミ。サラミは地元ブルガリアの母が手作りのものを日本まで送ってくれるという。[1]好きな飲み物はワイン。[2]趣味は映画鑑賞、釣り。

経歴[編集]

デビュー当時の碧山

レスリングを10年、アマチュア相撲を3年経験した後、琴欧洲の紹介でブルガリア出身2人目の力士として角界入りを果たす[3][4]。師匠である田子ノ浦親方(元幕内・久島海)に「山と川どちらが好きか」と尋ねられ、本人が「山」と答えたため「碧山」という四股名に決まった[5]

初めは「碧山 聖人」を名乗り、2009年7月場所で初土俵を踏み、翌9月場所では7戦全勝で序ノ口優勝を果たした[6]。名を「碧山 亘右」に改めた後、2009年11月場所では7戦全勝で優勝決定戦へ進出し、優勝決定戦で風斧山を破って序二段優勝を果たした[7]

三段目へ昇進した2010年1月場所では、5日目に北皇(高田川部屋)に敗れてデビュー戦からの連勝が16で止まったものの、残りの取組は勝利し、この場所でも6勝1敗という好成績を残した。幕下へ昇進した翌3月場所では7戦全勝の成績を挙げて幕下優勝を果たした。その後は幕下上位に在位し、2011年5月技量審査場所において東幕下筆頭の位置で5勝2敗の好成績を挙げて、翌7月場所に新十両へ昇進し、大相撲八百長問題で多くの力士が引退した影響もあり、新十両ながら番付を西十両4枚目まで大きく上げた。翌9月場所では腰椎椎間板ヘルニアのため初日から休場したが、3日目から出場して最終的に10勝3敗2休という好成績を挙げて、翌11月場所において新入幕を果たした。

新入幕となった2011年11月場所では、11日目に勝ち越しを決め、最終的には11勝4敗の好成績を挙げて初の三賞となる敢闘賞を受賞。[8]初土俵から所要14場所での三賞受賞は小錦武蔵丸らに並ぶ史上6位のスピード記録(幕下付け出しを除く)となった。

2012年2月13日に師匠である田子ノ浦親方が急逝して田子ノ浦部屋が閉鎖されたため、本人は同年3月場所前に春日野部屋へと移籍した[9]。転籍後の初稽古では引退したばかりの竹縄が教育係を務めた。[10]春日野部屋へ移籍して初めての場所となった同年3月場所では8勝7敗と勝ち越し[11]、続く5月場所でも自己最高位となる西前頭6枚目の位置で11勝4敗と大きく勝ち越した。東前頭2枚目まで番付を上げた翌7月場所では、横綱・大関陣との対戦が続いた7日目までは1勝6敗という成績だったものの、8日目以降は白星を重ねて、最終的には8勝7敗と勝ち越しを決めた。翌9月場所では新三役となる東小結へと昇進し、ブルガリア出身力士としては2005年3月場所における琴欧州(現・琴欧洲)に続く2人目の新三役となり、初土俵から所要18場所での新三役昇進はと並ぶ史上7位のスピード記録(幕下付け出しを除く)となった。新三役昇進が決定した際の会見では、前師匠の田子ノ浦親方の遺影を持って会見に臨んだ。その9月場所では初日から7連敗と不振で、4勝11敗という成績に終わった。翌11月場所では8日目まで6勝2敗と好調だったものの、8日目にを破った際に左膝の関節を捻挫してしまい、翌9日目から途中休場した。

2013年5月場所は自己最高の192kgを計測し、その影響から5勝10敗の不振に甘んじた。[12]同年7月場所は上位陣が星を落としていく中で12日目までただ一人で2敗を守り、全勝の白鵬を追いかける展開となった。残り3日は上位との取組が組まれて3連敗し、最終的には10勝5敗と二桁勝利を挙げた。翌9月場所は西前頭2枚目まで番付を戻し、その場所では6勝9敗と負け越したが、4日目の横綱・日馬富士戦で自身初の金星を獲得した。座布団が乱舞するこの中で、碧山は無意識に神に感謝をささげるため右手の人さし指を天に向ける仕草を見せ、涙を流した。[13]翌11月場所では12日目に大関・鶴竜を破って勝ち越しを決めるなど好調で、最終的には10勝5敗の好成績を挙げた。再三役の可能性があったが、上位陣が軒並み好成績を残していたこともあって、翌2014年1月場所は東前頭3枚目。その1月場所は6勝9敗と負け越したが、大関・稀勢の里から初白星を挙げた。2014年2月9日の大相撲トーナメントでは決勝戦で琴欧洲とブルガリア出身者対決を演じ、これを制して2010年の豪栄道以来となるトーナメント平幕優勝を達成した。[14]翌3月場所は9勝6敗と勝ち越し。東前頭筆頭だった翌5月場所は2大関(稀勢の里・琴奨菊)を破り、2場所連続の勝ち越しを決め、翌7月場所では11場所ぶりに小結に復帰した。

合い口[編集]

  • 横綱・白鵬には7戦全敗。
  • 横綱・日馬富士には1勝6敗。日馬富士の横綱昇進後は1勝4敗。2013年9月場所で初勝利。
  • 横綱・鶴竜には1勝7敗。鶴竜の横綱昇進後は2敗。鶴竜が大関だった2013年11月場所で初勝利。
  • 大関・稀勢の里には2勝6敗(不戦敗による1敗を含む)。2014年1月場所で初勝利。最近では2014年5月場所で勝利。
  • 大関・琴奨菊には2勝4敗。初顔合わせだった2012年7月場所で初勝利。最近では2014年5月場所で勝利。

エピソード[編集]

  • 入門から少しした後に憧れでもある地元の先輩・琴欧洲から日本語を覚えるためにと幼児用の絵本を数冊プレゼントされ、日本語が十分話せるようになった今でも大切にその本を持っている。
  • ブルガリア在住時代は卵の白身70個分を食して体作りをしていた。[15]
  • 2013年5月場所5日目、前頭3枚目宝富士戦で碧山は宝富士を引き落としに破ったが、三役行司11代式守勘太夫は碧山に「宝富士~」と誤って勝ち名乗りを上げた。勝ち名乗りを受けた碧山は唖然とした顔で一旦土俵下に降りたが、誤りに気付いた勘太夫に呼び戻され改めて勝ち名乗りを受けた。碧山は初日からこの日まで5連勝だったが、翌日から白星に見離され千秋楽まで10連敗、この場所は5勝10敗の大敗に終わった。
  • 2013年12月11日の体脂肪率測定では幕内力士最高の39%を計測した。[16][17]

主な成績[編集]

2014年7月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:197勝150敗8休(31場所)
  • 通算勝率:.568
  • 幕内成績:130勝119敗8休(17場所)
  • 幕内勝率:.522
  • 三役在位:1場所(小結1場所)

各段優勝[編集]

  • 幕下優勝:1回(2010年3月場所)
  • 序二段優勝:1回(2009年11月場所)
  • 序ノ口優勝:1回(2009年9月場所)

三賞・金星[編集]

  • 三賞:1回
    • 敢闘賞:1回(2011年11月場所)
  • 金星:日馬富士1個(2013年9月場所)

場所別成績[編集]

           

碧山亘右
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2009年
(平成21年)
x x x (前相撲) 西 序ノ口 #30
優勝
7–0
東 序二段 #25
優勝
7–0
2010年
(平成22年)
東 三段目 #30
6–1
 
東 幕下 #48
優勝
7–0
西 幕下 #5
2–5
 
西 幕下 #15
4–3
 
西 幕下 #9
5–2
 
東 幕下 #3
3–4
 
2011年
(平成23年)
西 幕下 #5
4–3
 
八百長問題
により中止
東 幕下 #1
5–2
 
西 十両 #4
7–8
 
東 十両 #6
10–3–2
 
東 前頭 #16
11–4
2012年
(平成24年)
西 前頭 #7
6–9
 
西 前頭 #10
8–7
 
西 前頭 #6
11–4
 
東 前頭 #2
8–7
 
東 小結
4–11
 
東 前頭 #5
6–3–6[18]
 
2013年
(平成25年)
西 前頭 #6
7–8
 
東 前頭 #8
9–6
 
東 前頭 #4
5–10
 
東 前頭 #9
10–5
 
西 前頭 #2
6–9
東 前頭 #5
10–5
 
2014年
(平成26年)
東 前頭 #3
6–9
 
西 前頭 #5
9–6
 
東 前頭 #1
8–7
 
西 小結
6–9
 
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 碧山 聖人(あおいやま きよひと)2009年7月場所 - 2009年9月場所
  • 碧山 亘右(あおいやま こうすけ)2009年11月場所 -

脚注[編集]

  1. ^ 中日スポーツ2013年11月18日
  2. ^ 『相撲』2012年3月号73頁
  3. ^ 田子ノ浦部屋のイバノフ「琴欧洲のようになる」”. スポニチ (2009年5月1日). 2009年11月30日閲覧。
  4. ^ 琴欧洲紹介のイバノフ、しこ名は碧山”. イザ (2009年5月2日). 2009年11月30日閲覧。
  5. ^ ブルガリア出身ダニエルが新弟子検査受検”. 日刊スポーツ (2009年5月2日). 2009年11月30日閲覧。
  6. ^ 幕下は全勝同士で決定戦 序二段と序ノ口でV決定”. スポニチ (2009年9月25日). 2009年11月30日閲覧。
  7. ^ 北太樹が十両V 三段目は貴乃花部屋初の優勝力士誕生”. スポニチ (2009年11月29日). 2009年11月30日閲覧。
  8. ^ 因みにこの場所では当時同じく新入幕であった妙義龍松鳳山も10勝5敗と二桁勝利を上げており、大相撲史上初の新入幕力士3人2ケタ勝利が記録された。
  9. ^ 田子ノ浦部屋の8力士、移籍先は2部屋 日刊スポーツ 2012年2月22日閲覧
  10. ^ 碧山が転籍後初稽古「まだ慣れない」 nikkansports.com 2012年2月28日18時5分
  11. ^ 師匠が急逝した心労が影響したのか、この場所の2日目の千代の国戦で敗れたあとに支度部屋の壁を叩き穴を空けて悔しがっていた様子が『相撲』2012年4月号23頁で報告された。
  12. ^ 碧山、三役復帰へ野菜多めで減量作戦 Dairy Sports Online 2013年6月18日
    この記事では「レスリング選手時代は140キロから20キロ減量して試合に出場したという」と報告されていた。
  13. ^ 碧山、涙の初金星「うれしさが大きい」 Dairy Sports Online 2013年9月19日
  14. ^ 【大相撲トーナメント】碧山、琴欧洲とのブルガリア対決制し初V 2014年2月10日06時03分 スポーツ報知
  15. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年2月号59頁
  16. ^ 相撲協会によると体脂肪率測定は入門時に全力士が必ず受けるが、それ以外では今回の測定は2003年6月に「幕下以上、160キロ以上」を対象に実施して以来のこと。
  17. ^ 松鳳山 体脂肪率“最低”24%、最高は碧山の39% スポニチアネックス 2013年12月11日07時05分
  18. ^ 左膝関節捻挫により9日目から途中休場

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

執筆の途中です この「碧山亘右」は、相撲に関連した書きかけ項目です。記事を加筆・訂正してくださる協力者を求めていますPJ相撲)。