遠藤聖大

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
遠藤 聖大 Sumo pictogram.svg
Endo 2014.JPG
2014年3月場所の遠藤
基礎情報
四股名 遠藤 聖大
本名 遠藤 聖大
生年月日 1990年10月19日(23歳)
出身 石川県鳳珠郡穴水町
身長 184cm
体重 143kg
BMI 42.24
所属部屋 追手風部屋
得意技 左四つ・突き・押し
成績
現在の番付 西前頭5枚目
最高位 東前頭筆頭
生涯戦歴 71勝47敗1休(9場所)
幕内戦歴 47勝42敗1休(6場所)
優勝 十両優勝1回
敢闘賞1回
データ
初土俵 2013年3月場所
入幕 2013年9月場所
備考
金星1個(鶴竜1個)
2014年7月27日現在

遠藤 聖大(えんどう しょうた、1990年10月19日 - )は、石川県鳳至郡(現・鳳珠郡穴水町出身で、追手風部屋所属の現役大相撲力士。本名同じ。身長184cm、体重143kg、血液型AB型。[1]得意手は左四つ、突き、押し。最高位は東前頭筆頭(2014年3月場所)。

人物[編集]

幼少期の遠藤はすぐに拗ねる子で父親もそんな遠藤に礼儀や忍耐を身につけさせる目的で相撲教室に参加させたのであり、これが遠藤の相撲人生の始まりであった。当時の心境を遠藤は「初めは断ったけど3日連続で連れて行かれてあきらめた。嫌々始めたというのが本当のところです」と苦笑しながら振り返る。穴水町相撲連盟副会長の上野勝彦は当初の印象を「周囲の子に比べて背は大きかったが、泣いてばかり。相撲は途中でやめるのではと思っていた」と話し、遠藤は現に上野を恐れて稽古を逃げたこともある。だが上野は指摘された点をすぐに修正できる遠藤の「素直さ」に将来性を感じていた。とはいえ小学1年生の頃より強制されるような経緯で稽古を始めただけに、相撲中継が始まると部屋を離れるほど相撲を毛嫌いしていた。稽古を逃げた際には祖父の家に匿ってもらうことが多かったという。相撲が好きになったのは小学5年生の頃であり、2002年の金沢巡業で当時大関だった朝青龍に会って、スピードあふれる豪快な相撲にむき出しの闘争心、多彩な技に「面白い」と感じた。心をわしづかみされ「録画してまで見るようになった」という。ただ一言、「強い」とその横綱像を語っている。[2][3]そんな遠藤が転機を迎えたのは小学6年の時であり、珠洲市で開かれた大会で敗退して泣いている遠藤の姿を見た上野に「泣くなら明日から来なくていい」と大声で叱られて以降遠藤は厳しい稽古に真剣に向き合い、相撲の基礎を徹底的に吸収するようになる。全国レベルの大会でも結果を出し始め、人前で涙を見せることはなくなった。[4]小学校卒業後、地元の穴水町を始めとして能登地方の中学・高校の多くで相撲部が休部状態に陥っているという事情から相撲を続けるために金沢市に転住。[5] 金沢市立西南部中学校2年次に行われた中部日本選抜中学生相撲大会では、中学・高校で1学年上の矢鋪光太郎(のちの栃乃里)を決勝で破り個人優勝。団体戦でも優勝を果たした。

金沢学院東高校相撲部時代は団体・個人共に活躍し、3年次に高校相撲金沢大会と選抜高校相撲十和田大会でそれぞれ優勝した。3年時のインターハイ個人戦1回戦では立合いで相手と呼吸が合わず計6度の「待った」を行い、立合いに計10分を所要したことで再三注意され、最後は「次に待ったをした方が負け」と異例の宣告を受けた。[6]以降決して「待った」をしないよう心掛けるようになった。

高校卒業後は日本大学経済学部経済学科に進み、1年時から団体戦レギュラーとなった。[2]19歳の時には食事に訪れた店で偶然朝青龍と対面し、「いい体をしているな。プロに入るのか? 頑張れよ」と声を掛けられた。3年時の後半は怪我に苦しみ半年近くまともな稽古ができず稽古土俵の外で四股を踏むしかない時期を過ごしたが[7]これを乗り越えて4年次には団体戦の主将を務めた。個人戦では全日本相撲選手権大会優勝(アマチュア横綱)および国体相撲成年個人の部A優勝(国体横綱)という2つのビッグタイトルを取得した。これにより、市原孝行(後の幕内清瀬海)以来史上2人目となる幕下10枚目格付出の資格も取得することになった[8]

アマチュア横綱獲得を最後にアマチュア相撲の試合は全て終わり、その後は高校教師やプロ入りといった複数の選択肢から進路についてよく考えた結果、同郷出身で日大の先輩でもある追手風親方(元幕内・大翔山)が師匠を務める追手風部屋に入門することを決意した[9]2013年2月14日に記者会見を行って入門を正式表明、記者会見では日大出身者で唯一横綱となった石川県出身の輪島が目標と語った[10]同月20日日本相撲協会の理事会で幕下付出入門が承認され[11]3月2日に行われた新弟子検査も無事合格[12]。場所直前の3月3日には、前日に焼き肉をたらふくご馳走になった上に弁当三つを平らげたことで朝から苦しい思いをした中、部屋の力士達との申し合いで20勝2敗と圧倒し、さらに食べ過ぎによる体調不良があったとはいえ「70~80%の力で稽古しました」と豪語してみせた。[13]同年3月場所、本名の「遠藤」を四股名として初土俵を踏んだ。

初土俵場所は7戦全勝優勝で所要1場所での新十両を目標としていたが[14]、3番相撲(6日目)で祥鳳突き落としで敗れてプロ初黒星となった。初黒星を喫した直後は「気持ちの切り替えが大事」と語っていたが[15]、さらに4番相撲も続けて敗れたため、幕下優勝も1場所での新十両もともになくなった。その後は2番とも白星でデビュー場所は5勝2敗で終えた。

2013年5月場所は東幕下3枚目で5勝2敗の成績で終えた。5月場所後に行われた7月場所番付編成会議では新十両昇進が決まった[16]。しかしながら本人も師匠の追手風親方も「5月場所の成績では(十両への)昇進は難しいだろう」と考え、7月場所での新十両昇進を予想していなかった[17]。このことから、当初は関取となってから四股名を付ける予定であったものを準備不足を理由に見送り、7月場所は本名のままで土俵に上がることになった[16]。新十両で迎えた7月場所は4日目に徳真鵬に敗れたものの、終始他を寄せ付けない圧倒的な強さで13日目に栃乃若を破り、千秋楽を待たずに2012年1月場所の千代大龍以来となる新十両での優勝を決め、千秋楽も勝って14勝1敗で終えた。新十両での14勝は1950年9月場所の米川(後の横綱朝潮)以来史上2人目、実に63年ぶりだった。9月場所では新入幕[18]。史上4人目となる十両1場所通過、幕下付出から史上最速の所要3場所での新入幕だった。勝ち続けている中で流れを変えないために四股名はまだ付けず、本名で入幕することになった[19]

新入幕の9月場所は、初日大歓声の中、豊真将に寄り倒しで敗れ、黒星スタートとなったが、2日目の佐田の富士戦で幕内初勝利を挙げた。11日目の旭天鵬戦で勝ち越したが、12日目の德勝龍戦で左足首を負傷。皆勤すれば三賞を受賞する可能性も場所中取り沙汰されていたが[20]、13日目の栃煌山戦で悪化させてしまい、「左足関節捻挫で約3週間の安静加療を要する見込み」との診断書を提出して14日目から途中休場した[21]。場所後の秋巡業には参加したものの、申し合いには参加しないで軽い調整に留まり[22]、さらに捻挫だけでなく剥離骨折、さらにはアキレス腱炎まで発覚したが、11月場所には出場する意向を示している[23]。11月場所では2日目の宝富士戦で左足の重傷を抱えた身ながら34秒4の長い相撲を記録する[24]など怪我を押した相撲を披露したが結局は6勝9敗に終わり入門以来初の負け越しを経験した。

翌2014年1月場所は初日に翔天狼に敗れたが、その後は白星を重ね、12日目に大関琴奨菊との取組が組まれた。初土俵から所要6場所での大関戦は雅山(現二子山親方)に次ぐ2位タイのスピード記録[25]。もし勝てば長岡(のち大関・朝潮)に並び史上最速タイの6場所での大関撃破だったが、その一番では琴奨菊に何もできずに完敗[26]。翌13日目に大関特例復帰を懸けた関脇琴欧洲と対戦し見事に勝ち、三役力士から初白星を挙げ、そして自身初の幕内二桁勝利を記録した(なお琴欧洲はこの敗戦で6敗目を喫し特例復帰がなくなったため、遠藤に引導を渡された形となった)。14日目に里山に勝ち、敢闘賞の受賞が決まった。初土俵から6場所目での三賞獲得は、5場所目で敢闘賞を受賞した99年春場所の雅山に続く歴代2位のスピード記録[27]。千秋楽に勝てば技能賞も獲得できるが[28]貴ノ岩に敗れ、技能賞受賞を逃した。それでも11勝4敗の好成績で場所を終えた。2014年2月14日には石川県庁を訪れて初場所の敢闘賞を報告した。入門発表からこの日で1年であり、本人は入門以降を「できすぎです」と振り返った。[29]2014年3月場所5日目の稀勢の里戦ではザンバラ髪の力士として年6場所制となった1958年以降で初の快挙となる大関戦勝利を果たした。[6]初土俵から7場所目で大関・横綱から白星を獲得したのも2位タイの記録である。[30]この場所勝ち越せば年6場所制定着(1958年)以降最速タイとなる初土俵から所要7場所での新三役が確実[31]となったが14日目に8敗目を喫し、6勝9敗の成績に終わった[32]

東前頭4枚目に下がった5月場所では、4日目に新横綱・鶴竜を破り初金星を獲得したが、他の横綱・大関陣に勝てず、13日目に栃煌山に負けて2場所連続負け越しが決まった。14日目と千秋楽に連勝して7勝8敗と場所を終えた。7月場所は10日目に5勝5敗と星を五分にした際「あとは食べて寝るだけ」と話し[33]、千秋楽に3場所ぶりとなる勝ち越しを決めた。

取り口[編集]

柔軟な下半身と相撲の基礎に支えられた四つ相撲を得意とする。重心の低さや、当たりの角度、上手の位置が絶妙であると評されている。土俵際での器用な足さばきで逆転を狙う技術もある。[34]大至伸行は2014年3月場所前の座談会で「立合いも腰から出る」と下半身の強さを評価している。[35]一方で、廻しが取れないと苦戦を強いられる傾向があり、強い立合いの当たりを受けると多くの場合は一気に土俵外へ出される。「圧力をもっとつけて、自分から攻めていかないと大ケガにつながる。」と受け身の相撲の弊害を指摘する声もあり[36]、本人もこれについて「当たってからいなされたり、はたかれたりすることを気にしないことが大事。」と自覚している。[37]

エピソード[編集]

相撲関連[編集]

  • 金沢巡業では同じ石川県鳳珠郡出身の丹蔵(こちらは能登町)と共に人気を集める存在である。[38]
  • 2014年1月場所13日目にこの場所の10勝目を挙げたことで初土俵から6場所目に初めての幕内2ケタ白星の記録を達成した。年6場所制では35年ぶり3人目の最速タイ記録である。[39]
  • 2014年1月場所では優勝した白鵬の旗持ちで初めてオープンカーに乗っている。旗持ちになった理由は白鵬と遠藤の所属部屋が伊勢ヶ濱一門の所属だったためである。[40]
  • 2014年1月30日、4月12日に行われる春巡業「大相撲ぐんま場所」のPRのため、2月7日に群馬県前橋市に出向いた。遠藤は群馬とは縁もゆかりもないが、協会関係者は「巡業をPRするために指名されたということでしょう。人気力士ですから」と説明した。 ご当地力士以外が事前に巡業先で宣伝活動するのは異例。[41]
  • 2014年3月場所8日目、東前頭11枚目の地位で初日から7連勝中だった大砂嵐と対戦。当時東前頭筆頭の遠藤は通常なら幕内中堅の好調な力士との対戦から組むのだが、鏡山審判部長(元関脇多賀竜)は「8日目だからサービスだよ」と意図を説明した。[42]
  • 巡業でも休む間が無いほど出番が多く、ファンサービスに追われて体調を崩したこともある。2014年8月12日の夏巡業秋田場所では午前中のサイン会から帰ってくると尾車巡業部長(元大関・琴風)に吐き気がすることを伝え、午後の土俵入りや取組は予定通りに行ったものの土俵での稽古を見送った。尾車はこれについて「無理をさせるとケガのもとになる。(サイン会は)毎日だから疲れも出たのだろう」と説明。その上で「人気者の宿命だが、何かあると遠藤が呼ばれる状況を秋の巡業では改善しないと」とファンサービスを緩和させる方針を示した。[43]

懸賞金・タニマチ関連[編集]

  • 2013年11月、マダムシンコから化粧まわしを贈られた[44][45]
  • 2013年12月25日、「永谷園」のお茶漬けのCMを収録した。遠藤は猫舌であったがそれでもOKが出るまでお茶漬けを30杯食べたと言い、これについて「水っ腹になった」と感想を述べている。[46]
  • 2014年1月場所8日目の大砂嵐戦では14本の懸賞が設定された[47]。平幕同士としては約2年ぶりで異例の本数が集まった(取組は突き落としで大砂嵐の勝ち)[47]
    •  同場所11日目の臥牙丸戦を勝って受けた懸賞金を以て懸賞金の総獲得数104本を記録した。入幕3場所目にして懸賞金の獲得数が100本を超えた記録は若乃花・貴乃花兄弟の新入幕から所要5場所の記録を上回る。[48]
  • 2013年12月15日、日立建機から同社が誇る双腕作業機「ASTACO」がデザインのモチーフとなる化粧回しを贈呈される。遠藤の故郷・石川県穴水町には日立建機の協力会社があり、遠藤の父親も勤務している縁から[49][50]その直後の2014年1月場所、遠藤は自身初の指定懸賞として日立建機から毎場所1本設定されるようになった。[51]
  • 2014年3月場所、初日から千秋楽まで毎日4社から指定懸賞が設定された。この場所の指定懸賞の設定元は遠藤が最多となり、設定元の数では白鵬(2社)を凌いだ。[51]同年7月場所には指定懸賞5社、総本数200本近くがかけられる予定である[52]

その他[編集]

  • 幼少期は父に連れられてのドライブが好きだった。
  • 自らを「完璧主義者」と称する性格故、負けてイライラするといけないという理由でゲーム類や将棋などは行わないという。[53]
  • 好物は焼肉・チョコレート[44][54]。遠藤は、甘党であり、マダムシンコから化粧廻しを受けた縁でバウムクーヘンをもらってよく食べる、と語っている[55]

主な成績[編集]

2014年7月場所終了現在

  • 通算成績:71勝47敗1休(9場所)
  • 幕内成績:47勝42敗1休
  • 幕内在位:6場所
  • 三賞・金星
    • 敢闘賞:1回(2014年1月場所)
  • 金星:1個
    • 鶴竜1個(2014年5月場所)
  • 各段優勝
    • 十両優勝:1回(2013年7月場所)
遠藤 聖大
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2013年
(平成25年)
x 幕下付出 #10
5–2
 
東 幕下 #3
5–2
 
西 十両 #13
優勝
14–1
東 前頭 #13
9–5–1[56]
 
西 前頭 #7
6–9
 
2014年
(平成26年)
西 前頭 #10
11–4
東 前頭 #1
6–9
 
東 前頭 #4
7–8
西 前頭 #5
8–7
 
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 遠藤 聖大(えんどう しょうた) 2013年3月場所 -

メディア出演[編集]

バラエティ番組[編集]

ドキュメンタリー番組[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 中日新聞2013年9月14日朝刊おまけ星取表より。
  2. ^ a b 遠藤大金星!休まず攻めて「ヤッター」 nikkansports.com 2014年5月15日9時33分 紙面から
  3. ^ 全国学生相撲選手権:10日開幕…個人戦Vの行方は 毎日jp 2013年3月8日閲覧
  4. ^ 遠藤 いざ秋場所 (上)朝青龍の一言で憧れ強く YOMIURI ONLINE 2013年9月13日
  5. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年4月号19頁
  6. ^ a b 史上初!遠藤、ざんばらで大関撃破「まさか勝てるとは」/春場所
  7. ^ 遠藤 いざ秋場所 (中)故障乗り越えアマ横綱に YOMIURI ONLINE 2013年9月14日
  8. ^ 遠藤が初のアマ横綱 国体との2冠達成 全日本選手権 MSN産経ニュース 2013年3月8日閲覧
  9. ^ アマチュア横綱・遠藤、追手風部屋入門を表明 YOMIURI ONLINE 2013年3月8日閲覧
  10. ^ アマ横綱・遠藤が大相撲入り「輪島先輩が目標」 SANSPO.COM 2013年3月8日閲覧
  11. ^ 大相撲:アマ横綱の遠藤 幕下10枚目格付け出しデビュー 毎日jp 2013年3月8日閲覧
  12. ^ 遠藤ら39人が新弟子検査合格 スポーツ報知 2013年3月22日閲覧
  13. ^ 遠藤、大器の証明 角界初稽古で圧倒的強さ 北國・富山新聞 3月4日01時39分
  14. ^ 遠藤聖大 所用1場所での十両昇進挑戦 デイリースポーツonline 2013年3月22日閲覧
  15. ^ 1場所で新十両ならず 遠藤「これで人生終わったわけじゃないですから」 スポニチアネックス 2013年3月22日閲覧
  16. ^ a b 遠藤、予期せぬ昇進に「不思議な感じ」 日刊スポーツ 2013年5月29日閲覧
  17. ^ この場所は大砂嵐が東幕下7枚目で7戦全勝、東西の筆頭および西2枚目の力士も勝ち越しており、十両からの陥落力士が2〜3名ほどの予想だった。
  18. ^ 高安が新三役、遠藤は最速で入幕…大相撲秋場所 読売新聞 2013年9月2日
  19. ^ 【名古屋場所】遠藤、最速入幕確実!14勝Vで十両1場所通過 スポーツ報知 2013年7月22日(2013年7月26日閲覧)
  20. ^ 遠藤三賞級の活躍も“不発”相撲協会に欲しい懐の深さ ZAKZAK 2013.10.08
  21. ^ 遠藤が左足首負傷で休場 12日目痛める 日刊スポーツ(電子版) 2013年9月28日(2013年9月30日閲覧)
  22. ^ 遠藤 左足首痛で慎重、秋巡業一度も申し合いせず スポニチアネックス 2013年10月28日(2013年11月4日閲覧)
  23. ^ 遠藤アキレスけん炎も判明 でも出る! 日刊スポーツ 2013年11月7日(2013年11月7日閲覧)
  24. ^ 34秒4…遠藤連敗/九州場所 nikkansports.com 2013年11月12日9時39分
  25. ^ 遠藤9勝 史上2位タイ6場所目で大関挑戦勝てば最速 スポニチアネックス 2014年1月23日(木)7時1分配信
  26. ^ 遠藤3敗目…ほろ苦初大関/初場所 日刊スポーツ 2014年1月23日(木)20時6分配信
  27. ^ 遠藤が初三賞、歴代2位の速さ/初場所 日刊スポーツ 2014年1月26日(日)13時29分配信
  28. ^ 遠藤が初三賞、歴代2位の速さ/初場所 日刊スポーツ 2014年1月26日(日)13時29分配信
  29. ^ 石川)遠藤関が県庁訪問 入門発表から1年「できすぎ」 朝日新聞DIGITAL 2014年2月15日03時00分
  30. ^ 1位は長岡(のちの朝潮)の6場所目であり、1979年1月場所に大関・貴ノ花を破った。2位タイは豊山と武双山であり、豊山が1962年3月場所で大関・琴ヶ濱を、1994年年1月場所で武双山が横綱・曙をそれぞれ破った。
  31. ^ 遠藤、悔しさかみ殺す MSN産経ニュース 2014.3.23 00:21
  32. ^ 白鵬が遠藤を圧倒「もう少し稽古して」 デイリースポーツオンライン 2014年4月13日
  33. ^ 遠藤 星五分に戻すも淡々「時の運」あとは食べて寝るだけ Sponichi Annex 2014年7月23日 05:30
  34. ^ ホープ遠藤は相撲界の救世主になれるか Dairy Sports Online 2014年2月13日
  35. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年4月号58頁
  36. ^ 『相撲』2013年11月号80頁
  37. ^ 遠藤、立ち合い「怖がっていちゃダメ」 nikkansports.com 2014年5月1日18時51分
  38. ^ 『相撲』2013年11月号12頁
  39. ^ nikkansports.com 遠藤、最速タイ10勝「びっくり」/初場所 2014年1月25日9時26分 紙面から
  40. ^ 遠藤、旗手でも堂々=大相撲初場所千秋楽 時事ドットコム 2014/01/26-20:07
  41. ^ 遠藤 人気者の証明!異例の「大相撲ぐんま場所」PR係 Sponichi Annex 2014年1月30日 05:30
  42. ^ 大砂嵐を異例の大抜てき MSN産経ニュース 2014.3.15 23:31
  43. ^ 遠藤 体調不良で巡業稽古を回避 ファンサービスで疲れ? Sponichi Annex 2014年8月13日 05:30
  44. ^ a b (cache) 遠藤に「マダムシンコ」化粧まわし:相撲:スポーツ:スポーツ報知
  45. ^ 初日鶴竜に2日目日馬!遠藤、東前頭筆頭で上位陣食う (2/2ページ) - スポーツ - SANSPO.COM(サンスポ)
  46. ^ バレリーナばり!遠藤半回転で土俵際残った「ラッキー」 Sponichi Annex 2014年1月16日 05:30
  47. ^ a b 大砂嵐 大鵬に感謝の白星/初場所 - 大相撲ニュース : nikkansports.com
  48. ^ 遠藤、総懸賞金104本 若貴超え/初場所 nikkansports.com 2014年1月23日8時42分 紙面から
  49. ^ 大相撲の幕内・遠藤関に、化粧まわしを贈呈日立建機プレスリリース、2013年12月26日
  50. ^ 遠藤 “ガンダム風”新化粧まわしで巻き返す! Sponichi Annex2013年11月27日 05:30
  51. ^ a b 遠藤指定の懸賞金4本 白鵬超え最多 nikkansports.com 2014年3月8日9時57分紙面から
  52. ^ 【名古屋場所】遠藤、懸賞横綱!白鵬に次ぐ多さ5社200本 2014年7月9日6時0分 スポーツ報知
  53. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年4月号15頁
  54. ^ 遠藤にバレンタインチョコ「段ボール5箱」 2014年2月15日06時02分 スポーツ報知
    2014年のバレンタインデーの朝には女性ファンから段ボール箱5個分のチョコレートが送られたという。また、2014年2月11日の「お姫様抱っこ企画」には定員6人に8132件の応募が殺到するなど、女性人気が高い。
  55. ^ 甘党の遠藤「最近はバームクーヘン」 nikkansports.com 2014年6月26日17時36分
  56. ^ 左足関節捻挫により14日目から休場

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

執筆の途中です この「遠藤聖大」は、相撲に関連した書きかけ項目です。記事を加筆・訂正してくださる協力者を求めていますPJ相撲)。