びっくり日本新記録
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| びっくり日本新記録 | |
|---|---|
| ジャンル | バラエティ番組 |
| 放送時間 | 日曜日19:00 - 19:30(30分) |
| 放送期間 | 1975年10月 - 1985年10月6日 ※途中休止していた時期あり |
| 放送国 | |
| 制作局 | 読売テレビ |
| 出演者 | 司会 初代:橋本テツヤ・うつみ宮土理 二代:小林亜星・藤谷美和子 三代:関口宏・セーラ・ロウエル 四代:大野しげひさ 五代:荒川強啓 実況 志生野温夫 チャレンジ・ボーイ 三浦康一 |
びっくり日本新記録(-にほんしんきろく)は、1975年10月~1985年10月6日の約10年間にわたり(途中休止していた時期あり)、読売テレビが制作し、日本テレビ系列で放送された、視聴者参加のスポーツアトラクションバラエティ番組。
目次 |
[編集] 概要
毎回、風変わりな競技で記録を競う。放送日時は、日曜19:00~19:30(遅れネット局は別時間)。
- 前期(1975年10月~1978年3月)はIVSテレビ制作が制作(※テリー伊藤(伊藤輝夫)が初めてADとしてついた番組)。前期はスタジオ放送であり後に屋外ロケの収録となった。
- 中期・後期(1978年10月~1979年3月、79年8月~最終回)はオフィストゥーワンが制作。
- 挑戦者が志生野温夫の実況(実はアフレコだった)のもと競技するのが番組のメインであった。【初代司会者橋本テツヤは、ロケ現場にも出かけ、実況も行っていた】ちなみに競技後、場内アナウンスで記録が発表されるのだが、2回繰り返して言うにもかかわらず2回目は誰も聞いていない(志生野の実況もかぶる)のが半ばお約束であった。優勝者には番組が公認した日本記録公認証が贈られ、表彰式ではアシスタント役の女優が花のレイとキスをプレゼントし、最後に男性司会者が「おめでとう!!日本一(荒川強啓のみ「やったぜ日本一、おめでとう!!」)」と叫び、その競技のハイライトシーンとナレーションで締めくくる形であった。なお志生野は、時々収録に参加し、顔を出して自己紹介もしていた。
中期(肉体能力を争う方向に特化)以降のエンディングは毎回、エンディングテーマが流れると同時に、
「記録…それはいつも儚い。一つの記録は一瞬のうちに破られる運命を自ら持っている。それでも人々は記録に挑む。限りない可能性とロマンを追い続ける。それが人間なのである。
次の記録を作るのは、あなたかも知れない。」の名ナレーションで締めくくられ、その間は挑戦者達が無念にも記録ならずといったシーンがスローモーションで流れていた。
(初代:関口宏 2代目:大野しげひさ 3代目:荒川強啓 最終回のみ:志生野温夫)
最後に、認定された日本記録のテロップが「日本新記録」と表示される。但し、次週引き続き競技が放送される場合には「本日の最高記録」と表示された。
- 初期は記憶力など知的能力を争う内容も多かったが、中期以降は肉体能力を争う方向に特化していった。多くの視聴者にとっては中期以降の印象が強いと見られる。
- ハンググライダーで高い所から飛んで、その飛んだ距離を競う企画「鳥人間コンテスト」は、本番組終了後は特番として独立し、毎年制作される長寿番組となった。なお、大会の回数は本番組の企画として放送された回から通算してカウントされており、2006年には30回を数えるに至っている。
- この番組の後には日立グループ提供の「日立ドキュメンタリー すばらしい世界旅行」が控えており、セットで見ている視聴者も多かった。
[編集] 番組の終焉
一時期、視聴率で裏番組の『アップダウンクイズ』(毎日放送制作・TBS系)に肉薄していたが、『世界一周双六ゲーム』(朝日放送制作・テレビ朝日系)やアニメ『タッチ』(フジテレビ系)などに追い抜かれ、1985年10月6日の放送をもって終了した。奇しくも当番組と視聴率を争っていた『アップダウンクイズ』も同じ日に放送を終了している。
最終回は10年間の名シーンを振り返る総集篇で、ナイター中継の雨傘番組扱いで当初は9月中に放送される予定だったが、ナイター中継があったため後日改めて放送された。
この後、1986年7月6日に『クイズ・マネーイズマネー』がスタートするまで、『ザッツ!好奇心』と『どっちDOTCH!』が放送されたが、いずれも視聴率が振るわず数か月で終了した。
[編集] 歴代司会者
- 初代:橋本テツヤ・うつみ宮土理-1975年10月~1977年3月
- 2代:小林亜星・藤谷美和子-1977年4月~1978年3月
- 3代:関口宏・セーラ・ロウエル-1978年10月~1979年3月
- 4代:大野しげひさ-1979年4月~1984年3月
- 5代:荒川強啓-1984年4月~1985年9月
[編集] 実況
[編集] レギュラー挑戦者
- チャレンジボーイとして、轟二郎が本名の「三浦康一」を名乗り参加していた。
- 後に、情報ライブ ミヤネ屋2009年3月20日放送の回において、「自分のそりが途中で壊れるように作られていた」「プロデューサーの命令で氷の上でスライディングする競技で裸で滑った」「競技が地味だからという理由で足を縛って発射台に座らされた」などという収録時の裏話を披露していた。
- 逆立ち相撲日本一に輝いたこともある。
[編集] 放映ネット局
- 無印=同時ネット ※=遅れネット
- 讀賣テレビ放送
- 日本テレビ放送網
- 札幌テレビ放送
- 青森放送
- テレビ岩手
- 宮城テレビ放送
- 秋田放送
- 山形放送→山形テレビ(1980年4月~)
- 福島中央テレビ
- 山梨放送
- ※新潟放送→新潟総合テレビ(1977年10月~1981年3月)→テレビ新潟放送網(1981年4月開局から)
- ※信越放送→テレビ信州(1980年10月開局から)
- ※静岡放送→静岡県民放送(現:静岡朝日テレビ)(中期のみ)→静岡第一テレビ(1979年7月開局から)
- 北日本放送
- ※北陸放送(途中打ち切り)→※石川テレビ放送(1984年10月~)
- 福井放送
- 中京テレビ放送
- 日本海テレビジョン放送
- 広島テレビ放送
- 山口放送
- 四国放送
- 西日本放送
- 南海放送
- 高知放送
- 福岡放送
- テレビ長崎
- ※テレビ熊本→熊本県民テレビ(1982年4月開局から)
- テレビ大分
- テレビ宮崎
- 鹿児島テレビ放送
- ※沖縄テレビ放送
[編集] 関連項目
- 鳥人間コンテスト選手権大会
- めちゃ²イケてるッ! - 「イケてる!日本新記録」を放送。
[編集] 番組の変遷
| 読売テレビ系列(1975年10月 - 1978年3月) 日曜19:00枠前半 | ||
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| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
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全日本歌謡選手権
(土曜夜7時に移動) |
びっくり日本新記録
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| 読売テレビ系列(1978年10月 - 1979年3月) 日曜19:00枠前半 | ||
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びっくり日本新記録
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| 読売テレビ系列(1979年8月 - 1985年9月) 日曜19:00枠前半 | ||
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びっくり日本新記録
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