平野早矢香

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平野早矢香
Sayaka Hirano 1050752.jpg
選手情報
生年月日 1985年3月24日(29歳)
最高世界ランク 10位
利き腕
グリップ シェークハンド
戦型 ドライブ主戦型
フォア面ラバー スピンアート
バック面ラバー テナジー64
 
獲得メダル
日本の旗 日本
卓球
オリンピック
2012 ロンドン 女子団体
世界卓球選手権
2004 ドーハ 女子団体
2006 ブレーメン 女子団体
2008 広州 女子団体
2010 モスクワ 女子団体
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平野 早矢香(ひらの さやか、1985年3月24日 - )は、日本の女子卓球選手栃木県鹿沼市出身。全日本卓球選手権大会・女子シングルスで5度優勝[1]している。ITTF世界ランキングにおける自己最高位は2011年8月時点の10位。2012年ロンドンオリンピック卓球競技・女子団体銀メダリスト。

来歴[編集]

幼稚園の時、両親の影響で卓球を始めた。小学校時代は華卓会(- 小4)・城山クラブ(小5 -)で卓球を学ぶ。中学・高校時代は、仙台育英学園秀光中学校仙台育英学園高等学校に在学。中学時代から技術面以上に精神面の強さがあったとされている。[2]

高校卒業後はミキハウス(大阪)に入社。早々にシニア代表入りし、日本の期待の若手として注目される。18歳の若さで全日本卓球選手権を初制覇[3]。この時はかなりの接戦や逆転を経てのものであったが、翌年も連覇。内容も圧勝が多く、その実力が確かなものであることを証明した。

2006年あたりは調子を落とし、同年の世界選手権ブレーメン大会では試合数がサブ扱いと、不本意なシーズンとなったが、1年ほどでスランプから抜け出し、その後は国内で圧倒的な力を発揮、大会や選考会においてほとんど負けることなく優勝し続けており、不動の「女王」の称号を得ている。2008年1月開催の全日本卓球選手権(2007年度)・女子シングルスではトータルで3ゲームしか落とさず4度目の優勝を果たした。

2009年・2010年には中国卓球クラブリーグ甲Aリーグ(中国超級リーグの下部リーグ)に参戦。[4]

2012年ロンドンオリンピックは団体戦のみに出場し、福原愛石川佳純とともに日本勢初の決勝進出を達成、決勝では中国に敗れたものの、オリンピックの卓球競技において初の銀メダルを獲得した。帰国後は地元栃木県鹿沼市で凱旋パレードが行われた。

ロンドンオリンピック後の各種記者会見等にて「リオデジャネイロ五輪を目指す」ことを公言、今後も第一線での活躍が期待される。

戦型・プレースタイル[編集]

  • シェークドライブ攻撃型。
  • ミキハウス入社後、監督の大嶋雅盛指導の下、卓球のスタイルを今までの「相手がミスするまで粘るタイプの卓球」から「自ら仕掛けていく攻撃的なタイプの卓球」へと進化させた。しかも世界の上位に勝利するため、まだなおも進化途上である。
  • ミキハウス入社直後から「体の力を無駄なくボールに伝える」ため、練習に甲野善紀から指導を受けた古武術を取り入れている。[5]

エピソード[編集]

  • 2008年1月開催の全日本卓球選手権(2007年度)・女子シングルス決勝の地上波テレビ中継(NHK教育)の中で「もっとも尊敬するスポーツ選手はイチロー選手」と紹介された。[6]
  • 月刊誌『卓球レポート』2004年3月号のインタビュー記事内で「目標にする選手はいますか」との問いに「卓球選手ではありませんが、マラソンの高橋尚子さん」と答えている。
  • 月刊誌『卓球王国』2003年7月号のインタビュー内では「だれみたいな人になりたいと聞かれたら、人間として、父や母みたいな人になりたいと答えます」とも語っている。
  • 2008年1月開催の全日本卓球選手権(2007年度)のころ、麻雀界の巨匠・桜井章一に精神的アドバイスをもらっている[7]
  • 故郷の栃木県鹿沼市では、平野の五輪銀メダル獲得記念と次世代のホープ育成を主眼として『平野早矢香杯卓球大会』を創設、第1回大会が2013年6月2日に開催されることとなっている[8][9]

その他[編集]

  • 実弟の平野友樹(ひらの ゆうき)も卓球選手であり、2007年の全国中学校卓球大会の男子シングルスで優勝した。
  • テレビ東京の世界卓球の選手紹介ではその闘争精神溢れる姿に「求道者」「卓球無双」「鬼がラケットを持ってやってくる」など、独特の呼称を用いられている。

主な戦績[編集]

  • 2000年
  • 2001年
  • 2002年
    • 8月 インターハイ卓球競技 女子シングルス準優勝
    • 8月 インターハイ卓球競技 女子ダブルス優勝[10]
  • 2004年
    • 1月 全日本卓球選手権大会 女子シングルス優勝 【初優勝】
  • 2005年
  • 2006年
    • 10月 ITTFプロツアーセルビアオープン 女子シングルス優勝 【ITTFプロツアー初優勝】
    • 11月 ITTFプロツアー・ポーランドオープン 女子ダブルス優勝[12]
    • 11月 全日本社会人卓球選手権 女子シングルス優勝 【初優勝】
  • 2007年
    • 1月 全日本卓球選手権大会 女子シングルス優勝 【2年ぶり3度目】
    • 10月 ITTFプロツアー・オーストリアオープン 女子ダブルス優勝[13]
  • 2008年
    • 1月 全日本卓球選手権大会 女子シングルス優勝 【2年連続4度目】
  • 2009年
    • 1月 全日本卓球選手権大会 女子シングルス優勝 【3年連続5度目】 女子ダブルス優勝【初優勝】[14]
    • 3月 ITTFプロツアー・ドイツオープン 女子シングルス優勝
    • 6月 ITTFプロツアー・ジャパンオープン 女子ダブルス優勝[12]
  • 2010年
  • 2011年
    • 4月 ITTFプロツアー・スペインオープン 女子シングルス優勝
  • 2012年

主な受賞歴[編集]

  • 2003年 第5回 『卓球王国大賞』審査委員賞
  • 2004年 第5回 『日本卓球人賞』選手大賞
  • 2004年 第6回 『卓球王国大賞』プレーヤー・オブ・ザ・イヤー
  • 2006年 第8回 『卓球王国大賞』荻村伊智朗
  • 2007年 第9回 『卓球王国大賞』プレーヤー・オブ・ザ・イヤー
  • 2008年 栃木県鹿沼市民栄誉賞
  • 2008年 第13回 『読売栃木スポーツ大賞』大賞
  • 2008年 第9回 『日本卓球人賞』選手大賞
  • 2009年 第10回 『卓球王国大賞』プレーヤー・オブ・ザ・イヤー
  • 2011年 2010年度JOCスポーツ賞特別功労賞
  • 2012年 栃木県スポーツ功労賞
  • 2012年 栃木県鹿沼市特別賞
  • 2012年 宮城県特別表彰
  • 2012年 宮城県仙台市より「賛辞の楯(たて)」贈呈

脚注[編集]

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  1. ^ 2003,2004,2006,2007,2008年度の5度。女子シングルスの優勝回数としては、小山ちれ(8回)、星野美香(7回)に続き、大関行江(5回)と並ぶ歴代3位タイの記録。
  2. ^ 卓球レポート』1999年10月号にて、第30回全国中学校大会・女子シングルス4位となった平野への紹介コメントに「試合での集中力も高く、精神的にたくましい」との掲載がある。また『卓球レポート』2001年2月号にて仙台育英高校監督・大岡巌は平野を「これまで教えてきた選手の中でも、意識の高さや卓球への真摯な態度はトップクラス。」と評したことが掲載されている。
  3. ^ 平野はこのとき社会人1年目だったが、生年月日が3月24日であるため、1月開催の全日本卓球選手権のときはまだ年齢は18歳であった。なお、このために社会人1年目であったが、2003年12月開催の第1回世界ジュニア選手権・サンティアゴ大会にも出場することができた。
  4. ^ 所属チームは「河北冀中能源」(河北省/2009)→「MIKIHOUSE」(2010)。
  5. ^ 古武術を練習に取り入れることを勧めた洲本高校監督の山田俊輔は、同校退職後の2006年4月よりミキハウスのコーチとなり、現在では直接的指導にあたっている。
  6. ^ イチローのことに関しては、2007年12月13日付サンケイスポーツ紙にも掲載され(見出しは『イチロー 本が心の教科書』)、その記事の中ではイチローに加えて野球選手の松井秀喜、マラソン選手の高橋尚子、元格闘家の須藤元気らトップアスリートの本も愛読していることが紹介されている
  7. ^ 。このことについては『読売新聞』2008年3月9日付「編集手帳」にも掲載されている。また、桜井章一は古武術研究家の甲野善紀との親交が深い
  8. ^ 平野早矢香杯卓球大会を開催します! 栃木県鹿沼市オフィシャルサイト 2013年3月14日付
  9. ^ 鹿沼市がジュニア卓球「平野早矢香杯」6月に初開催 下野新聞 2013年1月7日閲覧
  10. ^ 高校時代のダブルスパートナーは渡辺裕子
  11. ^ パートナーは末益亜紗美。
  12. ^ a b c パートナーは樋浦令子
  13. ^ パートナーは福原愛
  14. ^ パートナーは石川佳純
  15. ^ メンバーは福原愛石川佳純

外部リンク[編集]