鈴木桂治
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| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
石井慧と戦う鈴木桂治(右) |
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| 男子 柔道 | ||
| オリンピック | ||
| 金 | 2004 | 100kg超級 |
| 世界柔道選手権 | ||
| 金 | 2003 | 無差別級 |
| 金 | 2005 | 100kg級 |
| アジア大会 | ||
| 金 | 2002 | 100kg級 |
| アジア柔道選手権 | ||
| 銀 | 2004 | 100kg超級 |
鈴木 桂治(すずき けいじ、1980年6月3日 - )は、茨城県常総市(旧結城郡石下町)出身の柔道家。講道館柔道五段。血液型はAB型。身長184cm。体重100kg。国士舘高校から国士舘大学、現在は国士舘大体育学部の専任講師。
目次 |
[編集] 柔道スタイル
本来右利きであるが左組手である(親が試合で有利となるように矯正させた)。柔道以外は右利きである。小外刈、小内刈、内股、大外刈りなどの足技を得意技としている。通常小外刈り、小内刈りなどの足技は崩しや第2の技として使われる事が多い中、鈴木は一本を取れる決め技として使えるほど足技が冴えている。柔道選手の多くは足先を「逆ハの字」に向けて構えるが、鈴木はほぼ平行に構える。小外刈りなどの足技をかける際は、足先を「かま」のような形状にして相手の足を刈るのが基本であるが、鈴木はこの基本に忠実であり、足の長さも相俟って足技のキレを生む一因となっている。
鈴木は奥襟を取らず、相手を前に引き出して崩し内股をかける。担ぎ技はやらない、との事。国外選手にもめっぽう強い選手である。
2004年8月、アテネ五輪に出場。100kg超級で金メダルを獲得。世界柔道選手権大会は100kg級と無差別級で優勝しており、前人未到の3階級制覇となる。
全日本柔道選手権大会3回優勝。2006年、モンゴルで第1回チンギス・ハーン賞を受賞。
2008年8月、北京五輪では日本選手団(全スポーツ)の主将をつとめた。北京五輪では五輪2階級制覇を目指し100キロ級に出場。ナイダン・ツブシンバヤル(
モンゴル)の繰り出した双手刈りに1本負け。(ナイダンは金メダルを獲得)敗者復活戦でも、1回戦でベンヤミン・ベールラ(
ドイツ)に34秒で1本負けし、北京五輪では1勝もできなかった。
その後、100キロ超級に階級を上げて現役続行を表明。所属する平成(旧平成管財)の柔道部の廃部にともない、2009年4月から母校の国士舘大体育学部の専任講師に就任。ロンドン五輪出場を目指している。
[編集] 人物
- 柔道家としてはトークも上手な選手で、ノリがよく、仲間意識の強い選手である。柔道界のみならず友人が多く、クラブイベントなどに顔を出す事もある。サーフィンなど趣味も多彩。自らの仲間を「絆」と呼んでいる。同タイトルの、2006年にはじめたブログの更新率も高い。
- 小学校時代はサッカーもやっていた。地元鹿島アントラーズのファンで特にジーコが好きだったという。
- 女性タレントとプロ野球選手の不倫疑惑報道に際して、タレントが発した釈明に「バカタレか!」と激怒したコメントをアメーバブログに掲載し、物議を醸した。後に発言を撤回。
[編集] 主な戦績
- 1998年:インターハイ(100 kg級)・団体 優勝
- 1998年:全日本ジュニア体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 1998年9月:世界ジュニア柔道選手権大会(100 kg級) 優勝
- 1998年11月:講道館杯全日本柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝 ※史上初の高校生王者
- 1999年:嘉納治五郎杯国際柔道選手権大会(100 kg級) 3位
- 1999年:オーストリア国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 1999年:全日本選抜体重別選手権(100 kg級) 準優勝
- 1999年10月:全日本学生柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 1999年11月:講道館杯日本柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2000年:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 準優勝
- 2000年10月:全日本学生柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2000年11月:講道館杯日本柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2001年11月:講道館杯日本柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝(4連覇)
- 2002年1月:日本国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2002年1月:ロシア国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2002年2月:フランス国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2002年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級)優勝
- 2002年9月:ワールドカップ国別団体選手権 優勝
- 2002年9月:釜山アジア大会柔道競技(100 kg級)優勝
- 2003年1月:嘉納治五郎杯国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2003年2月:フランス国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2003年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 優勝 ※決勝で井上康生に初めて勝利
- 2003年4月:全日本選手権 準優勝
- 2003年9月:世界柔道選手権大会(無差別級)優勝
- 2004年2月:フランス国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2004年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 3位
- 2004年4月:全日本柔道選手権大会 優勝(初) ※決勝で井上に2度目の勝利
- 2004年:アテネオリンピック柔道競技(100 kg超級)金メダル
- 2005年4月:全日本柔道選手権大会 優勝(2連覇)
- 2005年9月:世界柔道選手権大会(100 kg級)優勝
- 2006年4月:全日本柔道選手権大会 準優勝
- 2007年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2007年4月:全日本柔道選手権大会 優勝(3回目)
- 2007年9月:世界柔道選手権大会(100 kg級) 2回戦敗退
- 2008年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2008年4月:北京五輪男子100kg超級代表の最終選考会 決勝で敗れる、準優勝
- 2008年8月:北京五輪男子100kg級で初戦敗退。その後、敗者復活戦に出場するが1回戦で敗退
- 2009年4月:全日本柔道選手権大会 準々決勝敗退
[編集] 外部リンク
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