鈴木桂治
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
石井慧と戦う鈴木桂治(右) |
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| 男子 柔道 | ||
| オリンピック | ||
| 金 | 2004 アテネ | 100kg超級 |
| 世界柔道選手権 | ||
| 金 | 2003 大阪 | 無差別級 |
| 金 | 2005 カイロ | 100kg級 |
| 銅 | 2010 東京 | 無差別級 |
| 銅 | 2011 チュメニ | 無差別 |
| ワールドマスターズ | ||
| 銀 | 2010 水原 | 100kg超級 |
| 銅 | 2011 バクー | 100kg超級 |
| グランドスラム | ||
| 銀 | 2009 東京 | 100kg超級 |
| 銅 | 2010 リオ | 100kg超級 |
| アジア大会 | ||
| 金 | 2002 釜山 | 100kg級 |
| アジア柔道選手権 | ||
| 銀 | 2009 台北 | 100kg超級 |
| 銀 | 2004 アルマトイ | 100kg超級 |
鈴木 桂治(すずき けいじ、1980年6月3日 - )は、茨城県常総市(旧結城郡石下町)出身の柔道家。講道館柔道五段。血液型はAB型。身長184cm。体重100kg。国士舘高校、国士舘大学体育学部卒業。国士舘大学大学院スポーツ・システム研究科修士課程修了。平成管財柔道部を経て、現在は国士舘大体育学部専任講師。アテネオリンピックでは100kg超級で金メダル、世界柔道選手権大会は100kg級と無差別級で優勝しており、前人未到の3階級制覇となった。全日本柔道選手権大会4回優勝。2006年、モンゴルで第1回チンギス・ハーン賞を受賞[1]。
目次 |
[編集] 経歴
高校時代より国士舘のエースとして頭角を現すも、同階級の絶対的エースとして活躍していた井上康生の陰に隠れる存在であった。初出場となった2003年の世界選手権では無差別級で出場し優勝するも、自身はあくまで100kg級での五輪出場にこだわった。だが、2004年に100kg超級に転向、全日本選手権では決勝で初めて井上を破り初優勝、棟田康幸との熾烈な代表争いを制し、2004年8月のアテネオリンピック100kg超級代表に選出される。アテネでは金メダルを獲得。2005年の世界選手権では階級を100kg級に戻して優勝。
2008年8月、北京オリンピックでは日本選手団(全スポーツ)の主将を務めた。オリンピック2階級制覇を目指し100kg級に出場。ナイダン・ツブシンバヤル(
モンゴル)の繰り出した双手刈りに1分26秒で一本負け(ナイダンは金メダルを獲得)。敗者復活戦でも、1回戦でベンヤミン・ベールラ(
ドイツ)に34秒で一本負けと、北京オリンピックでは二試合続けて短時間で一本負けで終わった。
その後、100kg超級に階級を上げて現役続行を表明。所属する平成(旧平成管財)の柔道部の廃部にともない、2009年4月から母校の国士舘大体育学部武道学科専任講師に就任。
再起を期した2010年9月の世界選手権では、1回戦でヤヌシュ・ウォイナロビッチ(ポーランド)に一本負けした。試合後の談話では「自分でも信じられない。今でも夢じゃないかと思う。相手の技とか体調の問題じゃない。今まで何をやってきたんだろう」と述べた。直訴して出場した無差別級では準決勝で上川大樹に一本負けするも3位決定戦でR.サイドフ(ウズベキスタン)に大外刈りで一本、銅メダルを獲得した。
2011年の全日本選手権で4年ぶり4度目の優勝を果たした[2]。
しかし、世界選手権では3回戦で敗れてメダルを獲得できなかった[3]。
10月にロシアのチュメニで開催された世界柔道選手権大会無差別では、準決勝でハンガリーのバルナ・ボルに一本負けを喫するが、3位決定戦では大学の後輩である立山広喜を破って3位となった[4]。
IJF世界ランキングは442ポイント獲得で20位(12/2/27現在)。
[編集] 柔道スタイル
本来右利きであるが左組手である(親が試合で有利となるように矯正させた)。柔道以外は右利きである。小外刈、小内刈、内股、大外刈りなどの足技を得意技としている。通常小外刈り、小内刈りなどの足技は崩しや第2の技として使われることが多い中、鈴木は一本を取れる決め技として使えるほど足技が冴えている。柔道選手の多くは足先を「逆ハの字」に向けて構えるが、鈴木はほぼ平行に構える。小外刈りなどの足技をかける際は、足先を「かま」のような形状にして相手の足を刈るのが基本であるが、鈴木はこの基本に忠実であり、足の長さも相俟って足技のキレを生む一因となっている。
鈴木は奥襟を取らず、相手を前に引き出して崩し内股をかける。担ぎ技はやらない、とのこと。
[編集] 人物
- 柔道界以外にも友人が多く、クラブイベントなどに顔を出すこともある。サーフィンなど趣味も多彩。自らの仲間を「絆」と呼んでいる。
- 小学校時代はサッカーもやっていた。地元・鹿島アントラーズのファンで特にジーコが好きだったという。
- プロ野球については阪神タイガースファン(阪神ファン)である。
- 2012年1月5日、2歳年下の女性(当時29歳)と結婚したことを発表[5][6]。
[編集] 主な戦績
[編集] 大会別
| 大会/年 | 98 | 99 | 00 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 夏季オリンピック | 1 | 初負 | ||||||||||||
| 世界選手権 | 1 | 1 | 二負 | 3 | ||||||||||
| グランドスラム・パリ | 1 | 1 | 1 | |||||||||||
| グランドスラム・モスクワ | 1 | |||||||||||||
| グランドスラム・東京 | 3 | 1 | ||||||||||||
| オーストラリア国際 | 1 | |||||||||||||
| アジア大会 | 1 | |||||||||||||
| ワールドカップ団体 | 1 | |||||||||||||
| 全日本選手権 | 2 | 1 | 1 | 2 | 1 | 準々負 | 1 | |||||||
| 講道館杯 | 1 | 1 | 1 | 1 | 三負 | |||||||||
| 全日本選抜選手権 | 2 | 2 | 1 | 1 | 3 | 1 | 1 | 1 | 2 |
※初負=初戦敗退、二負=二回戦敗退、三負=三回戦敗退、準々負=準々決勝敗退
[編集] 詳細
- 1995年:全日本選抜少年柔道大会中学生の部(無差別) 3位
- 1998年:インターハイ(100 kg級)・団体 優勝
- 1998年:全日本ジュニア柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 1998年9月:世界ジュニア柔道選手権大会(100 kg級) 優勝
- 1998年11月:講道館杯全日本柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝 ※史上初の高校生王者
- 1999年:嘉納治五郎杯国際柔道選手権大会(100 kg級) 3位
- 1999年:オーストリア国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 1999年:全日本選抜体重別選手権(100 kg級) 準優勝
- 1999年10月:全日本学生柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 1999年11月:講道館杯日本柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2000年:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 準優勝
- 2000年10月:全日本学生柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2000年11月:講道館杯日本柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2001年11月:講道館杯日本柔道体重別選手権大会(100 kg級) 優勝(4連覇)
- 2002年1月:日本国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2002年1月:ロシア国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2002年2月:フランス国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2002年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級)優勝
- 2002年9月:ワールドカップ国別団体選手権 優勝
- 2002年9月:釜山アジア大会柔道競技(100 kg級)優勝
- 2003年1月:嘉納治五郎杯国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2003年2月:フランス国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2003年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 優勝 ※決勝で井上康生に初めて勝利
- 2003年4月:全日本選手権 準優勝
- 2003年9月:世界柔道選手権大会(無差別級)優勝
- 2004年2月:フランス国際柔道大会(100 kg級) 優勝
- 2004年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 3位
- 2004年4月:全日本柔道選手権大会 優勝(初) ※決勝で井上に2度目の勝利
- 2004年:アテネオリンピック柔道競技(100 kg超級)金メダル
- 2005年4月:全日本柔道選手権大会 優勝(2連覇)
- 2005年9月:世界柔道選手権大会(100 kg級)優勝
- 2006年4月:全日本柔道選手権大会 準優勝
- 2007年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2007年4月:全日本柔道選手権大会 優勝(3回目)
- 2007年9月:世界柔道選手権大会(100 kg級) 2回戦敗退
- 2008年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg級) 優勝
- 2008年4月:北京オリンピック男子100kg超級代表の最終選考会 決勝で敗れる、準優勝
- 2008年8月:北京オリンピック男子100kg級で初戦敗退。その後、敗者復活戦に出場するが1回戦で敗退
- 2009年4月:全日本柔道選手権大会 準々決勝敗退
- 2009年11月:講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 2回戦敗退
- 2009年11月:グランプリ 青島 優勝
- 2009年12月:グランドスラム 東京 2位
- 2010年1月:マスターズ スウォン大会 2位
- 2010年2月:グランプリ デュッセルドルフ 2位
- 2010年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg超級) 優勝
- 2010年5月:グランプリ チュニス 優勝
- 2010年5月:グランドスラム リオデジャネイロ 3位
- 2010年9月:世界柔道選手権大会(100 kg超級) 1回戦敗退
- 2010年9月:世界柔道選手権大会(無差別級) 3位
- 2011年1月:マスターズ バクー大会 3位
- 2011年2月:グランプリ デュッセルドルフ 2位
- 2011年4月:全日本選抜体重別選手権大会(100 kg超級) 準優勝
- 2011年4月:全日本柔道選手権大会 優勝(4回目)
- 2011年8月:世界団体 3位
- 2011年8月:世界柔道選手権大会(無差別) 3位
- 2012年2月:グランプリ デュッセルドルフ 3位
[編集] 脚注
- ^ 鈴木がモンゴルで表彰…世界スポーツ大賞受賞 報知新聞 2006年12月20日
- ^ 鈴木桂治、全日本柔道選手権で見事優勝 デイリースポーツ 2011年4月29日
- ^ 桂治「実力負け」…ロンドン五輪で雪辱誓う スポーツニッポン 2011年8月27日
- ^ 世界無差別級柔道 鈴木桂治が銅メダルを獲得 スポーツニッポン2011年10月30日
- ^ 柔道の鈴木桂二が鈴木亜美似の女性と結婚、デイリースポーツ(電子版)、2012年1月11日
- ^ 柔道の鈴木が結婚、時事通信(電子版)、2012年1月11日
[編集] 外部リンク
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