雨宮処凛

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雨宮処凛
ペンネーム 雨宮処凛
誕生 1975年1月27日(37歳)
北海道滝川市
職業 ゴスロリ作家社会運動家
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
活動期間 2000年 - 現在
ジャンル 小説
主題 随筆、評論、報道
代表作 生きさせろ! 難民化する若者たち
主な受賞歴 日本ジャーナリスト会議
処女作 生き地獄天国
公式サイト www3.tokai.or.jp/amamiya
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雨宮 処凛(あまみや かりん、女性、1975年1月27日 - )は、作家社会運動家。かつて「ミニスカ右翼」と形容された、元右翼活動家だったが、現在は「ゴスロリ作家」を自称する左派系論者に転向。筆名の由来は、ギタリスト琴桃川凛から。

近年はプレカリアート問題に取り組み、代表作は『生きさせろ!難民化する若者たち』(日本ジャーナリスト会議賞(JCJ賞)受賞)。反貧困ネットワーク副代表、『週刊金曜日』編集委員、日本厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員、「小説アカデミー」顧問、「こわれ者の祭典」名誉会長。

目次

[編集] 来歴

[編集] 生い立ち

北海道滝川市出身。1歳の時からアトピー性皮膚炎に悩み[1]、それが原因で思春期いじめ不登校家出自殺未遂の経験をもち、10代後半にはヴィジュアル系バンドの追っかけをくり返した。大学受験の際、美大を2浪し、浪人の際アルバイトをしていたが、数日で解雇されることが連続したことで自暴自棄になり、オーバードースで自殺未遂を経験した。

球体関節人形作家天野可淡の作品に傾倒し、天野の仲間の吉田良に弟子入りしたが、粘土をこねて人形を作る際にアトピー性皮膚炎が悪化し挫折、リストカットを繰り返す日々が続いたという。

[編集] 「ミニスカ右翼」、作家デビュー

20歳の時、自身の生きづらさから「今の日本はおかしい」という違和感に駆り立てられ、右翼活動に身を投じる。たまたま読んだ『ゴーマニズム宣言』第3巻の鈴木邦男にイベントの打上げで会ったのきっかけ[2]。鈴木の著書を読み、そして出所したばかりの見沢知廉に会い、2年間、右翼団体に属する[3]。右翼活動家(超国家主義『民族の意思』同盟)時代には、ロックバンド『姫処凛』、『維新赤誠塾』、『大日本テロル』などを結成しボーカルをつとめた。そのため、彼女のロリータ・ファッションなど外見と従来の右翼に対するイメージと活動内容のギャップから、「ミニスカ右翼」として一時は話題になった。元一水会顧問の作家、見沢知廉の弟子である。1999年東京都知事選挙では柿澤弘治を支援した。1999年以後、数回にわたって塩見孝也と北朝鮮に渡航し、日本人拉致に関与したともされるよど号グループに会い、雨宮が8歳であった時に起った日本人拉致事件とのかかわりで2003年、本人宅に「ガサ入れ」があった[4]

自身の壮絶な体験をもとにした処女作『生き地獄天国』が注目を集め、青少年の自殺やいじめをテーマに取り扱った作品を発表した。また、映画脚本も手がけており、ドキュメンタリー映画『新しい神様』(監督 土屋豊)では雨宮自身が主役として出演している。

[編集] 右翼からの離脱、「ゴスロリ作家」へ

日本国憲法前文を読んだことがひとつのきっかけで、右翼思想に疑問を抱くようになり、2001年『大日本テロル』解散後は、「(国家皇族などに対して)依存してるだけで敬意が感じられない。自分が目指していたのはこんなものではない」と、右翼思想からは一定の距離を置くようになった。

その後「生きづらさ」の原因の一つに新自由主義の拡大があると考えるようになり、自ら「左傾化した」とも表明した[5]。本人は自らの社会に対するスタンスが根本的な転回を経たとは認識してはおらず、「多くの人が生きづらい今のこの国(日本)は嫌だ」という違和感はかつて右翼活動をしていたころと変わっていない、或いは、「生存を求める」ことに右や左は関係ない、と語っている。現在はロリータ・ファッションゴシック・アンド・ロリータを好んで着用しており、「ゴスロリ作家」と名乗っている[6]

[編集] プレカリアート問題の論客

現在『論座』・『週刊金曜日』・『しんぶん赤旗』・『思想運動』といった革新系、左派左翼系メディアへ寄稿し、左派系論者として活動をしている。社会民主党の機関紙である『社会新報』にもコラムを掲載中。

近年は新自由主義の拡大の結果増加したプレカリアートの問題をテーマにした取材、執筆活動に力を入れており、フリーターらによるデモや集会にも参加している。そうした中から生まれた作品として、『生きさせろ!難民化する若者たち』がある。このような活動から、朝日新聞は雨宮を「プレカリアートのマリア」と呼んだ[7]

2007年7月18日放送の『筑紫哲也NEWS23』「私の多事争論」で「生きさせろ!」という題名のポエムを発表。肺癌で入院中だった筑紫哲也の代役を務めている。2007年12月21日号より、椎名誠の退任に伴い、『週刊金曜日編集委員を務めている。2008年4月からは、『ビッグイシュー』日本版の支援組織「NPO法人ビッグイシュー基金」の相談役も務めている。

[編集] 麻生内閣打倒デモ

2008年10月、雨宮は1着30万円のスーツを年間で10着も仕立てているなどの理由から麻生太郎総理大臣を非難し、反貧困ネットワーク湯浅誠らと麻生の私邸前で無許可の集団示威行動を計画する[8]が、参加者の3名が道路交通法違反で逮捕されて、計画は頓挫した(麻生邸見学ツアー逮捕事件)。(この活動は2回目も計画されていたが「警察からの弾圧」を理由に中断された[9]) しかし、雨宮は亀井静香国民新党代表と鈴木宗男新党大地代表を世話人として、参加者の逮捕を不当とする院内集会を開催し[10]、逮捕者の解放を警察に迫った。その後も、 麻生を倒せ!ないかくだとうデモ(2009年3月8日開催)」ではリポーター役を務める[11]など、麻生内閣の倒閣運動に奔走し、政権交代の一翼となった。

鳩山由紀夫を「貴公子風味な人。なんだかもう全身から「育ちの良さ」オーラを放っていて、一緒にいるだけで自分が「下々の者」になった気がした。これは本人の責任ではない。だけど、悪気なく他人を卑屈にさせてしまう人」[12]と絶賛する雨宮は、懇意にしている福島瑞穂が入閣したことや、雨宮たちが支援している年越し派遣村を国として援助をしたことなどから鳩山由紀夫内閣を支援し[13]、鳩山の政敵である自由民主党の石破茂に対しては、「みんなで努力して、もう一度、世界で一番働く日本にしましょう!」という演説を「『世界で一番働く日本』という言葉は過労死を連想させると非難している[14]

[編集] 著書

[編集] ノンフィクション

  • 『生き地獄天国』(太田出版 2000年)のちちくま文庫 
  • 『自殺のコスト』(太田出版 2002年
  • 『アトピーの女王』(太田出版 2002年)
  • 『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎 2003年)のち文庫 
  • 『EXIT』(新潮社 2003年)
  • 『戦場へ行こう!! 雨宮処凛流・地球の歩き方』(2004年
  • 『すごい生き方』(サンクチュアリ出版 2006年)
  • 『右翼と左翼はどうちがう? (14歳の世渡り術)』(河出書房新社 2007年
  • 『雨宮処凛の「オールニートニッポン」』(編著)(祥伝社新書 2007年)
  • 『生きさせろ! 難民化する若者たち 』(太田出版 2007年)
  • 『プレカリアート - デジタル日雇い世代の不安な生き方』(洋泉社、新書y 2007年)
  • 『全身当事者主義 死んでたまるか戦略会議』(対談集 春秋社 2008年)
  • 『雨宮処凛の闘争ダイアリー』(集英社 2008年)
  • 『怒りのソウル 日本以上の「格差社会」を生きる韓国』(金曜日 2008年)
  • 『プレカリアートの憂鬱』(講談社 2009年)
  • 『「生きる」ために反撃するぞ! 労働&生存で困った時のバイブル』(筑摩書房 2009年)
  • 『排除の空気に唾を吐け』(講談社現代新書 2009年)
  • 『なにもない旅なにもしない旅』(知恵の森文庫 2010年)

[編集] 小説

  • 『暴力恋愛』(講談社 2002年)
  • 『ともだち刑』(講談社 2005年
  • 『バンギャル ア ゴーゴー』全2冊(講談社 2006年

[編集] 連載

[編集] 共著

  • 『「酒鬼薔薇聖斗」への手紙 生きていく人として』有田芳生森達也共著(宝島社 2003年)
  • 『ワーキングプアの反撃』福島みずほ共著 (七つ森書館 2007年)
  • 『貧困と愛国』佐高信共著 (毎日新聞社 2008年)
  • 『信号機の壊れた「格差社会」』 佐高信,森岡孝二共著 岩波ブックレット 2008 
  • 『「生きづらさ」について 貧困、アイデンティティ、ナショナリズム』 萱野稔人共著 光文社新書 2008
  • 『生きさせる思想 記憶の解析、生存の肯定』 小森陽一共著 新日本出版社 2008
  • 『対論 生き抜くこと』香山リカ共著 (七つ森書館 2008年)
  • 『脱貧困の経済学-日本はまだ変えられる』飯田泰之共著(自由国民社 2009年) ISBN 4426104610
  • 『国家の貧困―格差社会を今こそ粉砕せよ!』森田実共著(日本文芸社 2009)

[編集] 出演・寄稿など

[編集] 映画

[編集] テレビ

[編集] 雑誌

[編集] 新聞

[編集] ウェブサイト

  • マガジン9条

[編集] 単行本(対談等)

  • 『貧乏人の逆襲!―タダで生きる方法』松本哉著。巻末対談。 (筑摩書房 2008年)
  • 『絶望男 46歳、ニート、障がい者の人生』 白井勝美著。巻末対談(サンクチュアリ出版 2008年
  • 『天国だった、けど〜6畳王子マモルの1825日〜』 加藤健著。巻末対談(三才ブックス 2008年
  • 『勝間和代の日本を変えよう』 勝間和代著。巻中対談(毎日新聞社 2008年

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ 『アトピーの女王』p.8
  2. ^ 『図書』2010年2月号40頁以下
  3. ^ 『図書』2010年2月号35、40頁以下
  4. ^ 『図書』2010年2月号40頁以下
  5. ^ 『論座』2007年4月号35、39頁参照
  6. ^ 特殊な・ファッションを全く着なくなったわけではなく、2009年3月26日の毎日新聞東京夕刊頁2では、特殊な・ファッションを着てインタビューに応じている。また青弓社・松浦桃著の「セカイと私とロリータファッション」(頁213)では「ロリータファッションやゴシック・ロリータを着ている」との記述がある。
  7. ^ 朝日新聞2007年6月18日『ポリティカにっぽん』
  8. ^ もうこうなったら麻生の家に行くしかない!!の巻 [1]
  9. ^ レイバーネット : 麻生邸見学ツアーに大弾圧体制敷かれる [2]
  10. ^ [3]
  11. ^ レイバーネット:8日の「ないかくだとうデモ」をライブ中継 [4]
  12. ^ 雨宮処凛がゆく!│第115回│マガジン9条 - 新政権の人々。の巻[5]
  13. ^ 雨宮処凛がゆく!│「公設派遣村」の年末年始。の巻[6]
  14. ^ 雨宮処凛がゆく!│所信表明演説。の巻[7]
  15. ^ マガジン9条「38.今年したいことと「モテたい理由」、の巻」(2008年1月9日)

[編集] 外部リンク

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