東浩紀

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東 浩紀(あずま ひろき、1971年5月9日 - )は日本の批評家である。専攻は現代思想表象文化論情報社会論社会学的な仕事も多く、サブカルチャーへの言及、評論でも知られる。東京都三鷹市出身。博士(学術)。

1993年、「ソルジェニーツィン試論」『批評空間』で評論家としてデビュー。なお、この原稿は柄谷行人が当時教えていた法政大学での講義に潜り込んで参加した東が、直接柄谷に手渡したものである。

妻は作家・詩人のほしおさなえで1児あり。義父は『探偵物語』の原案者で翻訳家の小鷹信光


目次

[編集] 来歴

[編集] 活動・発言・その他

デビュー以後多数の人文科学系誌に評論を掲載、柄谷行人浅田彰が編集委員を務めた「批評空間」で連載した『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』[1](1999)を最初の著書として新潮社から上梓。発売から3週間で1万3千部[2]と人文書としては異例の売れ行きを見せ、1999年10月4日号のAERAの表紙を若干28歳で飾った。また同書によりサントリー学芸賞を受賞。三島由紀夫賞でもノミネート。帯に浅田彰による自著『構造と力』が過去のものとなったことを自認した言葉が載る[3]博報堂が編集している雑誌『広告』1999年11・12月号では、「東浩紀のすごいでかい話」という特集が組まれた[14]

また、複数の雑誌に掲載された論考等を集めた評論集『郵便的不安たち』(1999)を朝日新聞社から刊行。ポストモダン論からオタク文化などについて現代社会・ 文化・思想に関する幅広い発言・論考を展開。『存在論的、郵便的』で主題としたジャック・デリダ[4]のほかに、精神分析のジャック・ラカンを援用しつつ[5]、独自の思考を展開している。1996年の『エヴァンゲリオン論』(『郵便的不安たち』所収)以来、一般にはオタクサブカルチャーとの関わりの面からの注目度が高い[6]。東自身、『動物化するポストモダン』における自らの「ポストモダンの二層構造」(基底となる「データベース」と表層に現れる複数の「シミュラクル」)理論は、「本当に美少女ゲーム的発想」と述べている[7]

2000年5月には、村上隆が企画して渋谷パルコで開催された「SUPER FLAT展」のコンセプトブック『スーパーフラット』に村上隆論を寄稿[8]。村上の作品をデリダを援用しつつラカンの「想像界」から「象徴界」への移行を軸として理論化し、「スーパーフラット」をポストモダンの最もラディカルな表現形態であると評価した[9]

2000~2001年には、『小説トリッパー』に「誤状況論」と題する時評を連載。第一回目で平野啓一郎の登場を、今までの純文学[10]の「歴史からの切断」「常識の欠如」として位置づけ、その「三島由紀夫の再来」と喧伝されたデビュー作かつ芥川賞作品「『日蝕』は、三島由紀夫ボードレールよりも、『ベルセルク』(三浦建太郎)や『エヴァンゲリオン』のほうにはるかに近い。そしてその距離感が直感的に掴めなければ、いまや文化的な生産物を批評することはできない。この困難さこそが、文化のクロスオーバー現象、サブカルチャーの全面化、あるいは、(・・・)徹底されたポストモダンの必然的な帰結」「それゆえ(・・・)無数に乱立する趣味の共同体のあいだを強迫観念的にナビゲートするよりも、いまの僕は、自分の欲望に従っていくつかの文化現象や作品を取り上げ、そこから(・・・)高度に思弁的な世界への短絡路を開くことに関心」がある[11]と述べた。また最終回では、「もしいま「教養の復活」を本気で願うならば、(・・・)工学的な知に取り組まねばならない」「言い換えれば、もし「新たな教養」なるものがありうるとするならば(そしてそれはあらねばならないと思うのだが)、それはもう文系的な知と理系的な知の総合などという牧歌的なものではなく、まず工学者をひきつけるものでなければ意味がない」[12]と述べた。また柄谷行人の「批評とポストモダン」(1984)を高く評価し、その問題意識を本来的な意味での「ポストモダン的」とした。

またこの頃から、デビューした雑誌である「批評空間」を、大塚英志宮台真司を無視・村上春樹を低く評価している[13]ことに象徴されるように、1995年(オウム真理教事件阪神大震災)以降の社会の決定的変化を無視している、「近くにいる他者の遠さに気がつく柔軟さ」を失っていると、距離をおいた[14]

以降(「オタク[15]系あるいはセカイ系[16]サブカルチャー、ネットメディアが作り出す新しいコミュニティ、そして情報工学がもたらした新たなセキュリティ社会の到来(東はそれを「環境管理」型権力[17]と呼ぶ)の分析が、東の議論の直接の中心となる。2000年代前半は、いわゆる文芸ジャーナリズムから離れ、「ブログを書き、コミケに出品し、メールマガジンを発行し、ネットで研究会を運営」する[18]

2001年には、『動物[19]化するポストモダンオタクから見た日本社会』[20]を発表[21]

2002年には、「情報自由論」[15][22]を『中央公論』(2002.7~2003.10)に発表。東によれば、「『動物化するポストモダン』と対をなし、東浩紀の現代社会論の中核」である。規律訓練型権力(人間の「人間的」「主体的」部分に焦点を当てた管理手法)は近代の時代を、環境管理型権力(「動物的」「身体的」部分に焦点を当てた管理手法)はポストモダンの時代を特徴づける歴史的な概念とした。

同年2002年には『新現実』(大塚英志編集 2002-)、2003年には『ファウスト』(太田克史編集 2003-)、といったサブカルチャー系、あるいはライトノベル系文芸誌の立ち上げに関わり[23]「これからは、アニメオタク的想像力の中心を占める時代は終わり、ライトノベルゲームの交差点にある新しいタイプの小説がその位置を占めることになる」と述べた[24]

2003年には、RIETI独立行政法人経済産業研究所)において、「デジタル情報と財産権」に関する研究会に加わった[16]。 また、自身の作成するHPではメールマガジン『波状言論』を有料配信した(2003年12月から2005年1月まで)。また、『波状言論』増刊号として「この8年間の美少女ゲームが、単なるエロの消費財としてではなく、同時期に急速に進行したオタク・コミュニティのネット化とともに、「美少女ゲーム運動」とでも呼ぶべきクロスジャンル的な文化運動として機能していた、という歴史観」のもとに、2004年夏・冬に『美少女ゲームの臨界点』(表紙新海誠)『美少女ゲームの臨界点+1』を同人で出版し、コミケに出品した。

波状言論の終了と前後するように、GLOCOM[17]の東浩紀研究室にて「ised[25]を立ち上げ(2004年10月~2006年1月)、情報社会に関する研究に取り組んだ[18]。またGLOCOMの機関誌『智場』[19]の発信編集局長を務め、WinnyなどのP2PSNSWeb2.0について特集、金子勇の講演レポートや梅田望夫公文俊平の対談(司会鈴木健)を掲載するなど、新しいタイプの情報社会系批評誌を模索した。

2006年以降は、ライトノベル作家の桜坂洋GLOCOM研究員の鈴木健との共同プロジェクトとして「GEET STATE」を開始した[20][21]。当初はGLOCOMにおけるisedの後継プロジェクトと位置づけられていたが、東のGLOCOM辞任[26]をうけて個人ベースの共同プロジェクトとして開始された。このプロジェクトは、環境管理型権力が全面化した社会の未来予測(2045年の日本社会を舞台として設定)とエンターテインメントの両立を図ろうとするものである[27]

2007年3月には、『ゲーム的リアリズムの誕生ー動物化するポストモダン2』を刊行。そこでは、ライトノベルやノベル系のアドベンチャーゲーム美少女ゲームを通して、「コミュニケーション志向メディアの台頭」、「キャラクターのデータベースの整備」という事態を分析し、「ゲーム的リアリズム」とでもいうべき現象が生まれていると主張している。同年10月には、文芸誌に久しぶりに回帰し、『新潮』上に桜坂洋との共作で「実在の批評家とライトノベル作家による、前代未聞の「批評」の「キャラクター小説」化」を試みた『キャラクターズ』を発表。また、いままでのエッセイや論考をまとめ、『文学環境論集 東浩紀コレクションL』『情報環境論集―東浩紀コレクションS』『批評の精神分析 東浩紀コレクションD』を講談社から刊行した。

2008年、批評環境を活性化する目的で、『東浩紀のゼロアカ道場』を「講談社BOX」にて開催。同年4月にNHK出版から北田暁大と共編で、思想誌『思想地図』を刊行。論考を広く一般から募っている。

2008年6月8日に起こった秋葉原通り魔事件についても積極的に発言している[22][23]

近年は、「監視社会反対、ではもう何も動かない」「私たちの社会は、「監視に支えられてしか自由はない」という新しいパラダイムで動き始めている」[28]「そもそも、ポストモダニズムというのは、政治的には本質的に現状肯定しかできないロジック」[29]「なぜなら、それはあらゆる理念を脱構築するから」[30] として、「その前提の上で、コントロールの肥大性」を避ける、情報工学的制度設計に関して関心が高い[31]。その場合グーグルのサービスがヒントになるとしている[32]。またその視点から、現在ルソーの一般意思・社会契約説を新たに読み直そうとしている。

本人は「Wikipediaはてなよりも、ニコニコ大百科の方が、最先端として、東浩紀についての解説が、一番いい、立派なもん」[24]と語る。

[編集] 波状言論

波状言論(はじょうげんろん)とは東を中心に作られた同人サークル。また、それが発行していたメールマガジンと一連の企画も指す。メールマガジンは、2003年12月から2005年1月にかけて発行・配信されていた。

[編集] 主な作品

[編集] 著書

[編集] 単著

  • 『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』(新潮社1998年
  • 『郵便的不安たち』(朝日新聞社1999年)のち文庫 
  • 『不過視なものの世界』(朝日新聞社、2000年) - 対談集
  • 『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会』(講談社現代新書]、2001年
  • 『ゲーム的リアリズムの誕生―動物化するポストモダン2』([講談社現代新書]、2007年)
  • 『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)
  • 『情報環境論集東浩紀コレクションS』(講談社[講談社BOX]、2007年)
  • 『批評の精神分析東浩紀コレクションD』(講談社[講談社BOX]、2007年)

[編集] 共著

  • 笠井潔『動物化する世界の中で』(集英社[集英社新書]、2003年) - 往復書簡形式
  • 大澤真幸『自由を考える―9・11以降の現代思想』(日本放送出版協会[NHKブックス]、2003年)
  • 北田暁大『東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム』(日本放送出版協会[NHKブックス]、2007年)
  • 大塚英志『リアルのゆくえ―おたく/オタクはどう生きるか』(講談社[講談社現代新書]、2008年)

[編集] 編著

  • 『網状言論F改―ポストモダン・オタク・セクシュアリティ』(青土社、2003年)
  • 『波状言論S改―社会学・メタゲーム・自由』(青土社、2005年)
  • 『コンテンツの思想―マンガ・アニメ・ライトノベル』(青土社、2007年)

雑誌

  • 新現実』Vol.1(角川書店、2002年) - 責任編集:大塚英志、東は1号のみ共同編集
  • 美少女ゲームの臨界点』(波状言論、2004年) - 自主流通本
  • 『美少女ゲームの臨界点+1』(波状言論、2004年) - 自主流通本
  • 思想地図』(日本放送出版協会[NHKブックス]、2008年~) - 北田暁大と共同編集

[編集] 論文

  • 『存在論的、郵便的 -後期ジャック・デリダの思想と精神分析』博士論文(1999年、東京大学)

[編集] 小説

  • 『キャラクターズ』(新潮社、2008年) - 桜坂洋と共著 - 初出:『新潮』2007年10月号
  • 『ファントム・クォンタム』 - 不定期連載中 - 『新潮』2008年5月号、8月号、10月号、12月号、2009年2月号、4月号に掲載。

[編集] テレビ

[編集] 脚注

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  1. ^ 浅田彰は、「東浩紀は『存在論的、郵便的』というシャープなデリダ論において、この時期(『グラ』1974・『葉書』など)を中期と呼び、その中期のテクストにデリダの可能性の中心を見ていますが、それには僕もおおむね賛成」と述べている。(「Re-membering Jacques Derrida」『新潮』2005年2月号「小特集=ジャック・デリダ」参照。)東は、「意図しない妊娠・その結果生まれた子・誤配」をデリダの言う「散種」である、として見出し、ラカンの「ファルス」と対置する。ラカン「ファルス」とデリダ「散種」の「対決」、及び浅田と東の「郵便」「散種」の捉え方の差異については、浅田彰ラカンアルチュセールデリダジジェクの『汝の症候を楽しめ』をきっかけに」及び「「投壜通信」について」参照。また浅田は「誤解や誤配は「情報一般に伴う条件」だから不可避だし、それでいいのだ、と言い切ってしまうとすれば、それは安易な居直りでしかないでしょう。(デリダに即して言えば、徹底的に正確に読もうとするにもかかわらず、いやむしろそれゆえにこそ、どうしてもズレが生じてしまう、簡単に言えばそういった問題を考えているのであって、安易なコピーが氾濫しオリジナルが雲散霧消していくのが「情報一般に伴う条件」としての「散種」だ、というようなことを言っているのではありません。」とも述べている[1]
  2. ^ 「哲学研究者 東浩紀さん(表紙の人 坂田栄一郎のオフカメラ)」AERA 1999.10.4参照。1年後には2万部に達した。「[21世紀クリエーター](5)哲学研究家・東浩紀さん」読売新聞夕刊2000.09.29参照。またそこでは「学問の輸入業者になる気はない」「勝負はこの十年」とも述べている。
  3. ^ この帯の元の文章の全文は以下の通り。「東浩紀との出会いは新鮮な驚きだった。もちろん私の世代の「ポストモダン知識人」もサブカルチャーに興味をみせはしたが、それはまだハイカルチャーサブカルチャーの垣根を崩すためのジェスチャーである場合が多く、サブカルチャーに本気で情熱を傾けるようなことはなかったと思う。20歳代半ばも超えて、自室にアニメのポスターを張り、アニメ監督(註:庵野秀明である)に同一化して髭までのばしたりするような人間ーハイカルチャーが崩壊し尽した後の徹底した文化的貧困の中に生まれた正真正銘の「おたく」が、それにもかかわらず、自分では話せないフランス語のテクストと執拗に格闘し、しかも読者に本気でものを考えさせるような論文を書く。それはやはり驚きであり、その驚きとともに私は「構造と力」がとうとう完全に過去のものとなったことを認めたのである。この「おたく哲学」が「哲学おたく」とはまったく非なるものであることは、東浩紀の今後の活躍が証明していくことになるだろう。」(『批評空間』Ⅱ-18編集後記1998)
  4. ^ 「僕にとってはデリダアニメも同じサブカルチャーなんです。普通の人の意識のなかで、その二つの世界が分断されているから、意外な感じがするんでしょう。でも、論壇誌だってアニメだって僕にとっては同等」と述べる。「哲学研究者 東浩紀さん(表紙の人 坂田栄一郎のオフカメラ)」AERA 1999.10.4参照。また、「僕の評論は一種のエミュレーション」「デリダ論もそうだったんだけど、背景となる知識や大前提がなくても、ある題材が与えられれば、その内部で整合的に話が繋がるように読み方を捏造するというか、そういう感覚がある」と述べる。『リアルのゆくえ』p39参照。
  5. ^ 東の、ラカンのターム「象徴界」の用い方ー例えば現在の文化状況をさして「象徴界が機能していない」としたりするーについては、精神科医斎藤環などからの、トポロジカルな関係であり、実体化できない三界(象徴界・想像界・現実界)の区分に関する、「ラカンの誤読」であり「誤り」である、という指摘がある。『戦闘美少女の精神分析』pp40-41参照。もっとも斎藤は、この本の出版以降、東が主催したメールマガジン『波状言論』に、当時、東の招待で友好的に参加していた。『波状言論』でも二人は,「戦闘美少女」や「おたく」についてML上で交わした議論を公開している[2]。 また、斎藤は『メディアは存在しない』(NTT出版2007)1章においても、同様の指摘をし、東の情報技術メディア論を「内破主義」であるとして、かなりの疑問を呈している(本書の一貫したモチーフである)。とはいえ、この書物の末尾には東も鼎談相手として登場する。
  6. ^ 東は「2000年代の日本の最大の文化的発明はWiiでもケータイでもなくて2ちゃんねる」と発言している。また「小松左京先生は戦争がなければSFにいかなかったと発言されましたが、東さんは「これ」がなければ現代思想にいかなかったものはありますか?」という質問に対し、「作家名なら、小松左京新井素子押井守。これはまじです。そして彼らがもともとベースなので、現代思想からも外れるのだと思う。」とも述べる。また「東浩紀先生の前期(郵便本)と後期(動物本以降)の仕事の乖離を結びつける試みについてどう思われますか?」という質問に対し、「オレ的には乖離してない」とも述べている東浩紀 2ちゃんねる東スレ発言記録(2008.2)。最近の「オタク」的嗜好は、以下の動画[3]を参照。そこでは高橋留美子展にあわせ、過去在籍した「うる星やつら」ファンクラブ会員証を披露した。もっとも「僕は基本的にオタクは好きじゃない、オタクという集団は好きじゃないが、やはり秋葉原へ行くとこの人たちが僕を支えているという実感がある。彼らの代表者としての論壇のポジションがある」と述べている。宇野常寛との決断主義トークラジオ(2008.2.9)参照[4]。しかし同時に宇野常寛に「二次元になりたいと思ったことないだろ?俺はあるよ」とも述べる。また東自身も「ゲーム的リアリズムの誕生」で論じた「コンテンツ」より「コミュニケーション優位」、「二次製作優位」のネットメディアに身をさらしている[5]。また2008年ゼロアカインタビューでは[6]、「批評は一回ゼロ地点に戻るしかない。文学の「全体性」を回復したい。僕は日本文学史を引き受けている。僕は柄谷行人浅田彰の弟子であって、僕がやるしかない。俺が放棄したらどうなるの?正確に言うと文学でなく文学的想像力の全体性について考えたい。それは純文学でもライトノベルでもケータイ小説でもない。そんなのは全部サブジャンルだ」と述べている。同時に「世界がうまくいくように、なんてことは何も考えていない」とも述べる。
  7. ^ 『批評の精神分析』p311参照。そこではさらに「つまりいろんな人生の可能性を与えてくれる永劫回帰のインフラが下にあって、その上に一回一回の人生が、選択肢の組み合わせの数だけ設定されている。そんな世界観なんですね。ここでのポイントは、人生は何回もやり直しが利くけれども、でも「この人生」「この選択肢の組み合わせ」は今回限りで終わりだということです。ゲーム=世界の総体を考えたときに、一回のプレイ=人生体験を大切にしようという層と、人生はシステムが呼び出してくるバリエーションの一つでしかないんのだから、それそのものについて考えても意味がないという認識は、完全に調和します。というより、ゲームというメディアは、本質的にその統合を要求するわけです」と述べている。
  8. ^ 「スーパーフラットで思弁する」『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)収録
  9. ^ これには、浅田彰[7]斉藤環からの批判[8]がある。
  10. ^ 「1970年代の「内向の世代」から両村上(村上春樹村上龍)とポストモダン文学へ、そして中上健次の死を経て1990年代の混乱へ」(『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)p501)
  11. ^ 『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)p504 p508参照
  12. ^ 『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)p595
  13. ^ 東はセカイ系の先駆のひとつとしてとして、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』をあげている。「波状言論」10-a号 上遠野浩平インタビュー「ブギーポップの彼方に視えたもの」後編、2004年参照。また柄谷行人の数少ない村上春樹論としては、「村上春樹の「風景」」(『終焉をめぐって』収録 ・講談社学術文庫1995)がある。
  14. ^ 『文学環境論集 東浩紀コレクションL』pp508-521参照。柄谷行人からの応答として、[9]がある。
  15. ^ 東による「萌え」の説明は以下。『文学環境論集 東浩紀コレクションL journals』p639参照。「「萌え」とは、単なる性欲や感情移入ではなく、記号と快楽を人工的に結びつけて作り出されたきわめて抽象的な欲望(「動ポモ」の言葉では「欲求」である。)わかりやすく言えば、たとえばオタクがメイドに萌えるのは、メイドという記号に快楽のチャンネルを合わせていく脳内チューニングの結果にすぎないのであり、別にそこに母の幻像を見たり、女性恐怖の代償を求めたりしているからではない」
  16. ^ 東による「セカイ系」説明は以下。『文学環境論集 東浩紀コレクションL journals』p714参照。「①その主な特徴はラカン=ジジェクの言う「現実界」と「想像界」を直結させていることにあり、②それはポストモダンの物語作家が抱える必然的な「病」(・・・)③作品の多くは、いわば〈異化された現代社会〉(日常の世界が舞台になっていながら、吸血鬼がいたり名探偵がいたりメイドがいたりする)を舞台として採用しており、その原因はどうやら④確固たるリアリティ=大きな物語が失墜した現代においては、もはやそのような「可能世界」を介してしか人々のアイデンティティが形成できないことにある」)
  17. ^ 「(思考・行動の)多様性と管理の二層構造。表層では多様な価値観やイデオロギーの共存が許されている。しかし、それは、より深い層において、それら相互の軋轢を安全な(セキュアな)範囲に収まるため、徹底した管理が行われる限りのことなのだ。このような社会においては、管理の暴走を特定の思想によって押さえ込むことがきわめて難しい。」(『情報環境論集』p105参照)
  18. ^ 『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)p853
  19. ^ 「動物」とはアレクサンドル・コジェーヴの『ヘーゲル読解入門』の用語からとられている。「歴史の終焉」後の人間のありかたをさす。浅田彰は、東が依拠するコジェーブの「闘争が終わる、歴史が終わる」という「予言が全く間違っていたことは、旧ユーゴスラビア紛争から二度の湾岸戦争にいたる現代史の激動、冷戦と言う歴史の中吊りが解けたような歴史の激動を見れば、誰の目にも明らか」と指摘する。「「現在」を考える:こどもたちに語るモダン/ポストモダン」(岡崎乾二郎との公開トークショー)、『InterCommunication』no.58、2006年参照。
  20. ^ 「それはそれで面白い物語ではあるものの、それが極めて強くバイアスのかかったヘーゲル的な物語だということは、言っておかなければならない」という浅田彰の指摘がある。「「現在」を考える:こどもたちに語るモダン/ポストモダン」(岡崎乾二郎との公開トークショー)、『InterCommunication』no.58、2006年参照。
  21. ^ 2998年2月には『動物化するポストモダンオタクから見た日本社会』の仏訳版が、フランスHachette社から『Génération Otaku : Les enfants de la postmodernité 』(「オタクジェネレーションーポストモダンのこどもたち」)として出版された。この出版をきっかけとして、3月には、フランスのエコールノルマルパリ日本文化会館などで講演を行った[10]
  22. ^ 『情報環境論集東浩紀コレクションS』(講談社[講談社BOX]、2007年)収録
  23. ^ 立ち上げの経緯は『文学環境論集 東浩紀コレクションL journals』pp800-804参照。なお東は「いまのこの浮き足立った萌えブームやライトノベルブームのなかで、作家も編集者も、そして読者も、おおむね思考が麻痺しているように見える(・・・)。(・・・)しかし、そんな麻痺からすぐれた作品がでてくるだろうか。この国にライトノベルというジャンルが存在していること、美少女ゲーム」というジャンルが存在していることは、本当はとても奇妙なことなのだ(・・・)。(・・・)私たちにいま必要なのは、よくできたライトノベルやよくできたミステリではなく、まんが・アニメ的リアリズムを用いてしか描けない現実を極限まで追求し、その反照として私たち自身の歪さに切り込んでくる、そのような過剰さに満ちた作品だ。(・・・)私たちが「動物」であることを引き受けつつ、しかしそのなかで人間であるために策略をめぐらす作品。私たちがなぜキャラクターに感情移入するのか、その欲望の異形さを照らしだしてくれる作品。萌えやライトノベルがもてはやされているいまだからこそ、萌えやライトノベルとはなんなのか、時代に背を向けてじっくりと考えなくてはならない」
  24. ^ 『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)p677 また実際Key作品の美少女ゲームである、『AIR』や『CLANNAD』について論じている『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)pp666-670
  25. ^ 情報社会の倫理と設計についての学際的研究。Interdisciplinary Studies on Ethics and Design of Information Society
  26. ^ GLOCOM辞任に関しては以下を参照。ただし私的所感である。http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/db5b209a6411bbaf480b97a8a43a152e 及び http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/84e1469c85ff818b60d17175b66f78a9 東の『キャラクターズ』においても、「キャラクター小説」の形で、少し触れられている。東本人の弁としては、 http://www.hirokiazuma.com/archives/cat_glocom.html
  27. ^ CNET Japanで製作日誌が公開されていた(2006年末に連載終了)。2ちゃんねるに東本人が、「ギートステイト」に関するスレッドを立てる[11]ポッドキャストラジオ対談を配信する[12]など、さまざまなコミュニケーションの拡張が試された。2007年1月31日より本格的に物語がスタートし、2007年8月17日をもって、連載は一時休載されている。この本編には鈴木健は多忙を理由として参加していない
  28. ^ 『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)p812
  29. ^ 東の「リベラル」の定義は以下の通り。「リアルのゆくえ」207ページ リベラルは、みんながリベラルになることを望んでいる。たとえば、みんなが在日に対して優しくしようとリベラルは言う。でも世の中には、在日を差別する人がいっぱいいる。その現実はどうするのか。/ネット右翼の問題も同じです。彼らが言っているのは、左翼は出版メディアを握っている、みなが自分たちのようにリベラルになるべきだと言っている、しかしそれこそが抑圧だということです。そういう意見に対する処方箋はひとつしかない。リベラルでない立場も認めるような「拡張されたリベラル」しか実践的にとりようがない。それが現在の日本で唯一リアルな政治的ポジション 」ちなみにジャック・デリダホロコーストなどに関する歴史修正主義に関して晩年インタビューに答えて、次のように述べている。東浩紀との大きな差異に留意「ジャン・ビルンバウム──この観点から(大学の無条件的自由に対する絶対的な要求)、ガス室の存在とショアーの現実性を否定する否定論者たちのケースをどのように考えるべきでしょう? ジャック・デリダ──あらゆる問いを提出する権利はあります。その上で、問いに応答する仕方が偽造明らかに事実に反する断言を言い募ることであるなら、その挙措がもはやまっとうな知批判的思考に属さないものであるなら、その場合には事情は違ってきます。それは能力欠如あるいは正当化されない道具化であって、その場合には制裁を受けることになります。出来ない生徒が制裁を課されるように。教授資格を持っているからといって、大学で何を言ってもよいということにはなりません。しかし、問いを提出し、再検討する可能性は、大学に残しておかなくてはなりません。もしフォリソン(註:ホロコーストは存在しなかった論者)が、単に、「私が歴史研究をする権利を残しておいて下さい、私にあれこれの証言を言葉通り信じない権利を残しておいて下さい」と言っただけなら、私としては、彼に仕事をさせておくことに賛成したでしょう。彼が、大量の証拠に反して、これらの批判的問いから、確証され証明された真理の観点からは受け入れられない断言へと移行すると主張するときには、その場合には、彼は能力が欠如していることになります。その上、悪事を働いていることに。しかし、まず能力が欠如しているのです。したがって、大学で教授を自任するにはふさわしくないということになります。その場合には、討論は不可能です。しかし、原則として、大学は、批判的討論が、無条件的に開かれたままでなくてはならない唯一の場所であり続けています。それこそが、私が固執する遺産なのです。たとえ私の大学への関係が複雑なものであったとしても、それはヨーロッパの、そしてギリシャ哲学の遺産であり、他の場所で生まれたものではありません。そして、この哲学を主題として私が提起するあらゆる脱構築的問いにもかかわらず、私はそれに、ある種の〈然り〉を言い続けており、けっしてそれを投げ捨てることを提案したりはしないでしょう。 哲学にも、ヨーロッパにも、私が背を向けたことは一度もありません。私の挙措はそれとは別のものです。私はけっして言わないでしょう──私の視線を追って下さい──「ヨーロッパを忘れなさい、哲学よ、さようなら!」とは…。私がけっして、「婚姻は社会の基本的価値である」とは言わないのと同様に。(『生きることを学ぶ、終に』(鵜飼哲 訳、みすず書房) p.58-60)  
  30. ^ ちなみに脱構築という言葉を広めたジャック・デリダは、1993年に過去の自分の脱構築の仕事を振り返ってこう述べている。東の「脱構築」・ポストモダン・「大きな物語の終わり」コンセプトとの全くの違いに留意。「(・・・)ヘーゲルマルクスハイデガーにたいして歴史の終わり没歴史性を対立させるためではなく、逆にこの存在-神学-始原-目的論(ヘーゲルマルクスハイデガーらを指す)が歴史性に閂をかけ、歴史性を無力化し、そして最終的にはそれを無化してしまうことを示すためであった」「(・・・)もうひとつ別の歴史性を考えることであった。歴史性を断念しないことを可能にし、むしろ逆に約束としてのメシア的かつ解放的な約束の肯定的思考へアクセスを開くことを可能にするような歴史性としての出来事の別の開口を考えることであった」「それはあくまで約束としてであって、プログラムとしてではない。というのも解放への欲望を断念すべきかどうか。むしろかってないほど、その欲望に執着しなければならないと思われるからである。しかも「ねばらなない」の「破壊不可能性」そのものに対してと同様に執着しなければならないと。これこそ、再-政治化の条件であり、もしかすると別の「政治的なもの」の概念の条件でもあるかもしれない。」(「マルクスの亡霊」p168) 」
  31. ^ ギートステイト[13]において制度設計についての東の考えが最も圧縮して述べられている。497 :東浩紀 ◆zdy8MT3NA6 :2006/12/24(日) 01:24:46 >456 僕の話はネオリベ化というのとも違うのです 僕は現代社会の問題は(あらゆる社会と同じく)要は 1.みんな好き勝手に生きる 2.社会を安全に保つ の両立だと思っていて その解として 1.ネオリベラリズム+規律復活+教育基本法とか(強い個人復活>近代回帰 2.リベラリズム+みんなちゃんと市民になる>これも別の近代回帰 3.リバタリアニズム+工学的管理+動物化 の3つがあると考えていて ギートステイトでは3を採用しているわけですね。 515 :くろうと :2006/12/24(日) 01:27:11 3.リバタリアニズム+工学的管理+動物化 ファシズムというかナチズムってことじゃないですか、基本的に。 568 :東浩紀 ◆zdy8MT3NA6 :2006/12/24(日) 01:36:40 >515 そういう側面はあると思います。 これはとても複雑なのですが簡単に言います。 ナチズムとかファシズムというのは、 簡単に「ダメ」で切れるものではありません。 なぜなら、とくにドイツのナチズムは、 議会制民主主義支持されて生まれ 景気回復も順調で国民もハッピーだったからです つまりは人間はそれを求めているわけです ではなぜナチがだめだったかといえば、 1.領土を拡張するため戦争を起こし 2.ユダヤ人など弱者をがんがん殺し 3.変なイデオロギーを広めたからです ではその3点がなかったら? そういう犠牲なしに 自足する動物的世界を作れたら? 629 :東浩紀 ◆zdy8MT3NA6 :2006/12/24(日) 01:48:05 >568 僕はOKだと言ってません。 そもそも、社会制度とかなんとか主義に対して OKとかNGとか簡単に言えると思わない。 「ファシズム、だめ!」とか言うひとのほうが 事態を単純化しているし人間に楽観的だと思う 東 これもあまりコメントはなし。上記でけっこう言いたいことは言っ ていると思います。未来の3つの可能性は、僕の情報社会論、 現代社会論の柱です。いつかちゃんとした本を書かねば……。 ところで、上記で「東は日本の話しかしていない、世界にはもっと 悲惨な問題があるんだ、未来について考えるならそういう視点ももて」との質問(というか、非難なのかしら)が来たので、それにだけ短く答えておきます。 僕自身は、世界に悲惨な問題があることをあるていど知っているつも りですし、またそのことを啓蒙することも大事だと思います。 しかし、同時に僕は、人間社会は、同じ人間に起きていることでも、 共感の範囲の外部にある悲惨さ完全に無視することができると 考えています。
  32. ^ 「知識人は倫理を担うべきだ」という言説にも否定的で、「僕たちの世代の言論人は(・・・)なにが政治で何が政治じゃないのか、何がアクチュアルでなにがアクチュアルじゃないのか、それが分からない」「自分の好きなことに関してはいろいろ考える、それしかない」「いまのこのポストモダン化し動物化した世界、あまり肩肘を張って大人になろうとか公的になろうとかするとむしろ欝になるので、適当にぬるぬる消費者をやって、小さくハッピーに生きるべきではないか」と述べている。また「そうした時に東浩紀のポジションはどこにあるの?国家なんて、ある特定の人間が洗練されたシステムの中で運営していけばいい、残りの人間は考える必要もないと言ったときに、東浩紀は考えない側にいるの?それとも洗練された運営する側にいるの?それともそれを傍観する立場にいるの?」という大塚英志からの問いかけには「傍観する立場です。官僚でも政治家でもないですから」と答えている。また「君の言説と言うのは、君が現実と定義するものにあっさり白旗上げ」るのか?「なんで批評をやっているの?商売?」という大塚英志の問いかけには「上げていますよ。そうだっていっているじゃないですか」「だからさっきから言っているじゃない。あんまり意味がないしやる気がない」「それをしつこくいってもしょうがない」「それって人格攻撃」と応答している。また「では伺いますが、ぼくはこれから、どういうやり方をしてどういう方向に行ったらよろしいのでしょうか。」「そこまで苛立っているのであれば、逆に教えて欲しい」とも問いかけている。大塚英志との共著『リアルのゆくえ』「第3章──おたく/オタクは公的になれるか」PP 205-206p225p216参照。

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