外山恒一

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外山 恒一
Toyama kohichi.jpg
2007年4月8日・高円寺駅前でテレビ局の取材に応じる外山恒一
生誕 1970年7月26日
鹿児島県隼人町
職業 政治活動家前衛芸術家、評論家
  

外山 恒一(とやま こういち、1970年7月26日 - )は、日本政治活動家革命家文筆家ストリートミュージシャン

目次

[編集] 略歴

1980年代末に反管理教育活動家として登場。同じく反管理教育から政治運動、ジャーナリスト活動を始めた保坂展人の影響を受ける。

2001年傷害罪2002年名誉毀損罪で起訴され、2件とも実刑判決を受け服役。2年間の獄中生活でそれまでの極左運動とは決別し「ファシズムに転向」、現在はファシストを自称する。

2007年東京都知事選挙‎に立候補。政府転覆を主張する過激な政見放送が話題を呼び、YouTubeなどで注目を集める。15059票の得票で落選。その後、熊本市議会議員選挙に立候補し、熊本刑務所前で演説を行うなど独自の選挙運動を展開したが再度落選。

現在文筆業などで活動中。ストリートミュージシャンとして作詞作曲替え歌なども手掛ける。

[編集] 外山と「我々団」

外山は議会制民主主義を根底から批判し、九州において政治結社我々団」を組織。ファシストという特異な肩書きで活動を行っているものの、ナショナリズム的な極右運動よりも、アナーキズム的な直接行動、暴力革命を主張しており、独自性の強い政治思想を展開している。 また東京都知事選落選以降、一貫して九州を拠点として活動を行っており、東京や大都市での活動には消極的な姿勢を見せ、ローカリズムに根付く活動を行っている。 現在福岡において政治活動家のための私塾を開催しており、文学史哲学史政治史から音楽史に至るまで幅広いジャンルの講義を行っている。

[編集] その他

  • 2006年1月17日に一方通行の道を鹿児島市で一方通行をバイクで逆走するなどした際に、県警の出頭命令に従わなかったため2007年6月に逮捕され、逮捕後も黙秘等を続けたため道路交通法違反の罪で起訴された。検察から罰金1万5000円を求刑されたが、2007年10月2日に鹿児島地裁は前科2犯あることや交通違反を繰り返し、遵法精神に欠けることを重視し、求刑の8倍に当たる罰金12万円判決を言い渡した[1][2][3]

[編集] 著書

  • 『ぼくの高校退学宣言—グッバイ・ハイスクール』徳間書店、1989年1月 ISBN 4195538491
  • 『ハイスクール「不良品」宣言—反管理教育中高生ネツトワーク・DPクラブの顛末』駒草出版、1990年6月 ISBN 4906082343
  • 『校門を閉めたのは教師か—神戸高塚高校校門圧殺事件』駒草出版、1990年11月 ISBN 490608236X
  • 『注目すべき人物—1970年生まれの「同世代」批判』ジャパンマシニスト社、1992年11月 ISBN 4880491020
  • 『さよならブルーハーツ—パンク日記』JICC出版局、1993年4月 ISBN 4796606076
  • 『見えない銃—外山恒一、孤軍奮闘の軌跡/だいたい全記録 』出版研、1995年12月 ISBN 4879690651 (1990年代初頭までの、単行本未収録の論文やエッセイをまとめたもの)
  • 『ヒット曲を聴いてみた—すると社会が見えてきた』(共著)駒草出版 、1998年4月 ISBN 4906082467
  • 『最低ですかーっ!—外山恒一語録』不知火書房、2004年12月 ISBN 488345066X

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 判決で求刑8倍の罰金=都知事選候補の外山被告-鹿児島地裁(時事通信) - Yahoo!ニュース - ウェブ魚拓
  2. ^ <道交法違反>「身勝手」被告に求刑の8倍判決 鹿児島地裁(毎日新聞) - Yahoo!ニュース - ウェブ魚拓
  3. ^ 求刑の8倍罰金判決、東京都知事選出馬男に鹿児島地裁(読売新聞) - Yahoo!ニュース - ウェブ魚拓

[編集] 外部リンク