オーギュスト・コント

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オーギュスト・コント

オーギュスト・コントIsidore Auguste Marie François Xavier Comte, 1798年1月19日モンペリエ - 1857年9月5日パリ)はフランス社会学者哲学者数学者。「実証哲学講義」、「通俗天文学の哲学的汎論」、「実証的精神論」[1]などの著作がある。エコール・ポリテクニークで数学を専攻した。「社会学」という名称を創始し、彼の影響を受けた英国ハーバート・スペンサーと並んで社会学の祖として知られる。1817年からアンリ・ド・サン=シモンの教えをうけ、助手を務めたこともあったが、1824年にけんか別れした。1844年から亡くなるまで、ジョン・スチュアート・ミルと親交があり、彼を介して、ハーバート・スペンサーに大きな影響を与えた。生涯を在野の学者としてすごした。

業績[編集]

'Voir pour prevoir, prevoir pour prevenir'.(「予見するために観察する。予知するために予見する」)の名言で広く親しまれている社会学の創始者で、コンドルセの「人間精神進歩の歴史」の進歩思想と同様に、数学天文学物理学化学生物学と進んだ精神の歴史は、社会学で完結し、Philosophie Positive(実証哲学)の全体系を集約する学的領域と位置づけ、これからの社会の姿を予見し、これを予知し、市民社会の危機を克服する政治を含む実証する社会動学(Dynamique social)と、現在の社会を解析し予知するための社会静学(Statique social)との双方からのアプローチを実証哲学(Philosophie positive)とし、これを社会学の基礎に置いた。教育学にも重要性をおき、実証主義教育及び教育組織を社会的再構成のための有力な手段として重視した。フランス革命後の市民社会の危機の克服を目途とし、現代社会の分析と実証により、再組織の原理の確立につとめた。知的要素に重点をおき、主観的要素が社会を動かすことに着目し、この両者の相反する動力学が社会を遷移させるものであるとの帰結から、実証主義的教育論の重要性を認知し、自ら、AssociationPolythechnique(工芸協会)を設立し、一般労働者向けの天文学の講義を18年間継続して運営した。無産者教育の実践、社会進歩の理念、思想家としての社会の科学的分析を実証主義によって行い、社会学の創始者のみならず、広義の哲学者として実践的な活動の裏づけをともなう業績から、のちのマルクスに与えた影響は、社会学の域を超え、思想家としての巨匠として後世に多大の影響を残している。

三段階の法則[編集]

1822年、オーギュスト・コントは、過去の安定的な秩序と未来への革新的な進歩という二つの原理の争いを超えて、現実味のある処方箋を示すことが動乱する社会によって緊急の課題であると考え、新しい社会の確立を目指して「社会を再組織するために必要な科学的な作業のプラン」を提案した。コントの社会発展論は、「人間が精神の変化に従って、神学(想像的)-形而上学/哲学(理性的・論理的)-科学(観察、実証的)」という過程を単線的にたどるように、社会は軍事的(物理防御重視)-法律的(基礎的ルール重視)-産業的という過程を単線的にたどり、発展するというもの。それぞれが3つの段階をたどることから「3状態の法則」(Loi des trios états)と呼ばれる。

逸話[編集]

ブラジルの国旗の白い帯に記されている「秩序と進歩」(Ordem e Progresso)はコントの言葉である。

日本のコント研究者[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ コント著『実証的精神論』田辺寿利訳、岩波文庫、1938年

外部リンク[編集]