アマルティア・セン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アマルティア・セン。米国国際開発庁 (USAID)にて開催された第二回ジョージ・マーシャル講演での姿。2006年12月7日撮影。
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1998年
受賞部門:ノーベル経済学賞
受賞理由:厚生経済学への貢献を称えて

アマルティア・センベンガル語:অমর্ত্য সেন, ヒンディー語:अमर्त्‍य सेन, 英語:Amartya Sen, 1933年11月3日 - )はインド経済学者哲学政治学倫理学社会学にも影響を与えている。アジア初のノーベル経済学賞受賞者。1994年アメリカ経済学会会長。ベンガルで生まれ、9歳の時に、200万人を超える餓死者を出した1943年のベンガル大飢饉でセンの通う小学校に飢餓で狂った人が入り込み衝撃を受ける。またこの頃、ヒンズー教徒とイスラム教徒の激しい抗争で多数の死者も出た。これらの記憶や、インドはなぜ貧しいのかという疑問から経済学者となる決心をしたと言われる。

目次

[編集] 人物

カルカッタ大学経済学部卒業。1959年ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで博士号取得。本人曰くアダム・スミスカール・マルクスに影響を受け、その後コルカタデリーマサチューセッツ工科大学(M.I.T.)、オックスフォードハーバードロンドン・スクール・オブ・エコノミクス (LSE)などの大学で教鞭を執った。1997年から2004年まではケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの学寮長を勤め、2004年の1月ハーバード大学に戻っている。2007年、ナーランダ大学を現代のインドに復活させるプロジェクトの議長に就任した。

またセンは経済の分配公正貧困飢餓の研究における貢献により1998年ノーベル経済学賞、翌年にはインドの文民に与えられる最高の賞であるバーラト・ラトナ賞を受賞している。

[編集] 功績

センのミクロ経済学の視点から貧困のメカニズムを説明した研究は経済学に限らず社会科学全体に衝撃を与えた。特に途上国の購買力飢餓の関係を説明した論文は尊敬と畏怖をもって経済学者達に迎えられた、なぜならば彼以前は貧困とは単純に生産性の問題だけだと考えられていたが、市場競争における市場の失敗によってもたらされた事を簡潔にそして明瞭に表してしまったからである。またセンは経済学において最も高度な数学を使う厚生経済学社会選択理論においても牽引者である。適応選好や潜在能力(capability ケイパビリティ)アプローチ、「人間の安全保障」などの概念は現在日本でも高校の公民の授業で教えられることがある。

センは、経済学は数字だけを扱うのではなく、弱い立場の人々の悲しみ、怒り、喜びに触れることができなければそれは経済学ではないと主張した。「飼いならされた主婦、あきらめきった奴隷は、ほんの少しの幸せでも満足してしまう」とし、弱い立場の人々が潜在能力を生かし社会参加することを主張している(Deprivation of entitlement:権原の剥奪)。

経済学は、「人はいかに生きるべきか」「人間にとっての善」という倫理学と工学の2つの大きく異なる起源から派生しているとされている。センは、前者を「モチベーションの倫理的な考え方」と呼び、後者を「それを達成するための手段」としている。

センは、現状の経済学を批判するが経済学のもつ分析力については否定していないし敬意を払っている。彼がとる分析手法は経済学の一般的なテクニックに根ざしている。

センのノーベル経済学賞受賞は「厚生経済学・社会的選択」での功績である。しかし、彼の学説の中でもっとも有名な概念は「潜在能力」である。潜在能力とは「人が善い生活や善い人生を生きるために、どのような状態にありたいのか、そしてどのような行動をとりたいのかを結びつけることから生じる機能の集合」としている(well-being:いい生き方)。具体的には、「よい栄養状態にあること」「健康な状態を保つこと」から「幸せであること」「自分を誇りに思うこと」「教育を受けている」「早死しない」「社会生活に参加できること」など幅広い概念である。そして「人前で恥ずかしがらずに話しができること」「愛する人のそばにいられること」も潜在能力の機能に含めることができるとしている。

センの潜在能力アプローチを発展させたものが、国連開発計画(UNDP) の人間開発指数HDI:Human Development Index)である。HDIは、平均寿命識字率国民所得(一人当たりGDP)の3つの指標からなっている。最初、センは、1990年にパキスタンの経済学者マブーブル・ハックの提唱した生活の質や発展度合いを示す「シンプルな指標」であるHDIに難色を示した。その理由をセンは、「HDIの平均寿命・識字率・国民所得も手段であって、目的そのものではない。目的は、人それぞれ多様なものであり、社会的・文化的背景によって異なる」と述べている。しかし、最終的にはセンも同意し協力メンバーの一人となった。HDIは1993年から国連年次報告「人間開発報告書(HDR)」の中で国連開発計画によって毎年発表されている。現在では、経済中心のGDPに代わる人間性を加味した指標として日本政府も注目している。

2001年1月、センと緒方貞子前国連難民高等弁務官を共同議長に「人間の安全保障委員会」が、日本政府アナン国連事務総長のイニシアティブによって欧米とは別に創設された。同委員会は、2003年6月まで継続し、最終報告書を持って解散した。その後、「人間の安全保障ユニット」として国連人道問題調整部(OCHA)に移行し、日本政府は2006年度までに335億円を供出している。

[編集] エピソード

  • トリニティ・カレッジ学寮長時代、毎朝の『もっとも重要な仕事』だった英王室ゆかりの19世紀から動き続けている柱時計のぜんまいを巻くことを忘れてしまい、時計を止めてしまった。「どうせ私は植民地の人間だから。」(セン)
  • 娘のナンダナー・セーンNandana Sen)はセクシー女優としてインドで映画デビューした。
  • 大学生のとき、顔面がんになり、切除手術を受ける。
  • アマルティアとは「永遠に生きる人」という意味。名付けたのはインドの詩聖と言われアジア人初のノーベル賞に輝いたラビンドラナート・タゴール

[編集] 著書

[編集] 単著

  • Choice of Techniques: An Aspect of the Theory of Planned Economic Development, (Blackwell, 1960).
  • On Economic Inequality, (Clarendon Press, 1973).
杉山武彦訳『不平等の経済論』(日本経済新聞社, 1977年)
  • Collective Choice and Social Welfare, (Elsevier Science, 1979).
志田基与師監訳『集合的選択と社会的厚生』(勁草書房, 2000年)
  • Poverty and Famines: An Essay on Entitlement and Deprivation, (Clarendon Press, 1982).
黒崎卓山崎幸治訳『貧困と飢饉』(岩波書店, 2000年)
  • Choice, Welfare, and Measurement, (MIT Press, 1982).
大庭健川本隆史訳『合理的な愚か者――経済学=倫理学的探究』(勁草書房, 1989年)
  • Resources, Values and Development, (Blackwell, 1984).
  • Commodities and Capabilities, (Elsevier Science, 1985).
鈴村興太郎訳『福祉の経済学――財と潜在能力』(岩波書店, 1988年)
  • On Ethics and Economics, (Blackwell, 1987).
徳永澄憲松本保美青山治城訳『経済学の再生――道徳哲学への回帰』(麗澤大学出版会, 2002年)
  • Inequality Reexamined, (Clarendon Press, 1992).
池本幸生野上裕生佐藤仁訳『不平等の再検討――潜在能力と自由』(岩波書店, 1999年)
  • Development as Freedom, (Alfred A. Knopf, 1999).
石塚雅彦訳『自由と経済開発』(日本経済新聞社, 2000年)
  • Employment, Technology and Development, (Oxford University Press, 1999).
  • Beyond the Crisis: Development Strategies in Asia, (Institute of Southeast Asian Studies, 1999).
大石りら訳『貧困の克服』(集英社[集英社新書], 2002年)
  • Reason before Identity, (Oxford University Press, 1999).
細見和志訳『アイデンティティに先行する理性』(関西学院大学出版会, 2003年)
  • Rationality and Freedom, (Harvard University Press, 2002).
  • The Argumentative Indian: Writings on Indian History, Culture and Identity, (Allen Lane, 2005).
佐藤宏粟屋利江訳『議論好きなインド人――対話と異端の歴史が紡ぐ多文化世界』(明石書店, 2008年)
  • 『人間の安全保障』(集英社[集英社新書], 2006年)
  • Identity and Violence: the Illusion of Destiny, (W. W. Norton, 2006).

[編集] 共著

  • Hunger and Public Action, with Jean Drèze, (Clarendon Press, 1989).
  • India: Economic Development and Social Opportunity, with Jean Drèze, (Oxford University Press, 1995).

[編集] 共編著

  • Utilitarianism and Beyond, co-edited with Bernard Williams, (Cambridge University Press, 1982).
  • Entitlement and Well-being, co-edited with Jean Drèze, (Clarendon Press, 1990)
  • Famine Prevention, co-edited with Jean Drèze, (Clarendon Press, 1990)
  • Endemic Hunger, co-edited with Jean Drèze, (Clarendon Press, 1991).
  • The Quality of Life, co-edited with Martha Nussbaum, (Clarendon Press, 1993).
水谷めぐみ竹友安彦訳『クオリティー・オブ・ライフ――豊かさの本質とは』(里文出版, 2006年)
  • Virtue Love & Form: Essays in Memory of Gregory
  • Social Choice Re-examined, co-edited with Kenneth J. Arrow and Kotaro Suzumura, (St. Martin's Press, 1995).
  • The Political Economy of Hunger: Selected Essays, co-edited with Jean Drèze and Athar Hussain, (Clarendon Press, 1995).
  • Indian Development: Selected Regional Perspectives, co-edited with Jean Drèze, (Oxford University Press, 1997).
  • Handbook of Social Choice and Welfare, co-edited with Kenneth J. Arrow and Kotaro Suzumura, (Elsevier Science, 2002).
  • Public Health, Ethics, and Equity, co-edited with Sudhir Anand and Fabienne Peter, (Oxford University Press, 2006).
学職
先代:
マイケル・アティヤ
ケンブリッジ大学トリニティカレッジ学寮長
1998-2004
次代:
マーティン・リー