マイロン・ショールズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
マイロン・ショールズ
シカゴ学派
生誕 1941年7月1日(73歳)
カナダオンタリオ州ティミンズ
国籍 カナダの旗 カナダ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
研究機関 MIT
シカゴ大学
スタンフォード大学
研究分野 ファイナンシャル経済学
影響を
受けた人物
ジョージ・スティグラー
ミルトン・フリードマン
マートン・ミラー
実績 ブラック-ショールズ方程式
受賞 ノーベル経済学賞 (1997)
テンプレートを表示
ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1997年
受賞部門:ノーベル経済学賞
受賞理由:金融派生商品(デリバティブ)価格決定の新手法に対して

マイロン・ショールズMyron S. Scholes, 1941年7月1日 - )は経済学者ブラック-ショールズ方程式の有名な起草者の一人。現在スタンフォード大学教授であり、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院でも教鞭を執った。1997年ブラック-ショールズ方程式を理論面から完成させたロバート・マートンとともに、ノーベル経済学賞を受賞。

略歴[編集]

LTCMの破綻[編集]

1998年にノーベル経済学賞を受賞した翌年、ショールズとロバート・マートンの2人が経営陣に名を連ねた巨大ヘッジファンドロングターム・キャピタル・マネジメント(Long Term Capital Management)が空前の損失を出して倒産した。

経済学者の小島寛之は「マートンとショルーズは受賞の対象となった自らの金融工学の理論を実践し、大規模な投機を行った。しかし、ロシアで起きたデフォルトのあおりを受けて巨額の損失を出した。金融機関の破綻は社会的に大きな問題であり、それにノーベル賞受賞者が関わっていたというのは世界中に大きな衝撃を与えた。しかも、自らの金儲けに利用しての失敗である」と指摘している[1]

マートンとショールズは、ノーベル賞で一躍有名になってから1年足らずで、今度は衝撃的な倒産劇で悪名を轟かせてしまった[2]

2008年、新たに自身が設立したヘッジファンドであるプラチナム・グローブ・コンティンジェント・マスター・ファンドが一年間に38%の損失を出し解約を停止、LTCMに続く2度目のファンド運用失敗となった。

著書[編集]

  • Taxes and Business Strategy: A Planning Approach, with Mark A. Wolfson, (Prentice Hall, 1992, 2nd ed., 2002, 3rd ed., 2005).
坂林孝郎訳『MBA税務工学入門――タックス・アンド・ビジネス・ストラテジー』(中央経済社, 2001年)

脚注[編集]

  1. ^ マリル・ハートマッカーティ 『ノーベル賞経済学者に学ぶ現代経済思想』 日経BP社、2002年、546頁。
  2. ^ トーマス・カリアー 『ノーベル経済学賞の40年〈上〉-20世紀経済思想史入門』 筑摩書房〈筑摩選書〉、2012年、116-117頁。

外部リンク[編集]