新古典派経済学

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新古典派経済学(しんこてんはけいざいがく、: Neoclassical economics)とは、経済学における学派の一つ。近年盛んになった新しい古典派ニュー・クラシカル)との区別からネオクラシカルと呼ぶこともある。

もともとはイギリスの古典派経済学の伝統を重視したアルフレッド・マーシャルの経済学をさしたとされるが、一般には限界革命以降の限界理論と市場均衡分析をとりいれた経済学をさす。数理分析を発展させたのが特徴であり、代表的なものにレオン・ワルラス一般均衡理論新古典派成長理論などがある。これにその流れを汲んだアーヴィング・フィッシャーやアメリカで発展した新古典派(ジェヴォンス派)を含める場合もある。

新古典派においては一般に、経済を経済主体最適化行動と需給均衡の枠組みで捉え、パレートの意味での効率性によって規範的な評価を行う。

新古典派経済学の特徴[編集]

新古典派経済学は自由放任主義(レッセフェール)の理論であるとの見解がしばしば表明されてきたが、ジョン・メイナード・ケインズ以前あるいはケインズ以外の自由主義経済学派の系統と呼ぶのがより実体に近く、政治思想としての自由放任主義、とくにリバタリアニズムアナキズム(無政府主義)とは大きく異なり、公共財の供給や市場の失敗への対処、あるいはマクロ経済安定化政策など政府にしか適切に行えないものは政府が行うべきであるとするなど、政府の役割も重視する。

古典派あるいは新古典派とケインズ経済学との差異の一つは失業の取り扱いであり、新古典派はケインズの否定した古典派の第二公準を採用し、長期における非自発的失業が存在しない状況を基本として考える点に特徴がある[1]経済学者小野善康は「ケインズ政策とは、純粋な効率化政策である。需要不足の是非を問うやり方が違うだけで、目的は新古典派と同じである」と指摘している[2]

自由主義の観点では、たとえばワルラスはすべての国土の国有化を提唱しており[3]、無条件で手放しの自由放任主義者ではない。ワルラスによればアダム・スミス流の経済学はむしろ応用の側面から経済学を定義したものであって、理想的な社会実現の夢を膨らませていたワルラスは「土地社会主義」を基礎として、そこから完全競争社会、ひいては完全な人間社会を描こうとした[4]

マーシャルが創設したケンブリッジ学派おいては、不完全な人間が作った経済が完全であるはずがないとの共通認識があった。マーシャルは自由放任主義に基礎をおく価格決定論(ワルラスの一般均衡)には批判的であり、不完全競争の世界を前提とした部分均衡分析を活用した[5]

ケインズは(フリードリヒ・ハイエクほどの自由主義者によれば全体主義に多少同情的であるとするものの、ハイエクが強く主張する)自由主義に対して同情的であった[6]

新古典派(ネオクラシカル)と新しい古典派(ニュー・クラシカル)[編集]

新古典派経済学と立場が似ているものとして、いわゆる新しい古典派ニュー・クラシカル、New classical economics)というものが存在する。共に邦訳すると「新しい古典」となってしまうことから、しばしば日本においては専門家以外の間では混同される傾向にある。

ニュー・クラシカルは新古典派の枠組みを前提としてはいるが一方で代表的個人モデルなどマクロ経済学が多用してきたモデルを導入するなど、必ずしも両者は見解を一にするものではない。

新古典派総合[編集]

新古典派総合学派とは、市場機能を重視する(新古典派)一方で、裁量的な財政金融政策の有効性(ケインズ学派)を認める学派である[7]

新古典派経済学への批判[編集]

新古典派経済学には、他の経済学からの批判がある。

『進化経済学ハンドブック』には、新古典派経済学のドグマとして、以下の7つのドグマが指摘されている[8]

  • 均衡のドグマ
  • 価格を変数とする関数のドグマ
  • 売りたいだけ売れるというドグマ
  • 最適化行動のドグマ
  • 収穫逓減のドグマ
  • 卵からの構成のドグマ
  • 方法的個人主義のドグマ

ジョン・メイナード・ケインズは、新古典派経済学(ただし、かれはこれを古典派経済学と呼んでいる)の最大の問題点としてセイの法則を挙げた[9]。これに対し、ケインズが設けた概念が有効需要であった。

リチャード・ヴェルナー英語版は、「銀行が閉鎖され一般の業務が停止されたとしても、投資家は資本市場で資金を調達できる」と新古典派経済学が主張していると述べた上で、その主張が以下に掲げた二つの現実を無視すると考える[10]

  • 中小企業は大半の国で銀行に依存している。
  • 銀行融資は新規購買力を生み出すが、資本市場での資金調達は単に購買力を再分配するだけであるため、経済全体に関するかぎり、資本市場での資金調達は銀行融資の代替とはなりえない。

参照文献[編集]

  1. ^ 「ケインズ「有効需要の原理」再考」美濃口武雄(一橋論叢1999.06.01)[1]PDF-P.4以降
  2. ^ 日本経済新聞社編 『世界を変えた経済学の名著』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2013年、228頁。
  3. ^ これは父オーギュスト・ワルラスゆずりの信念であった「オーギュスト・ワルラスの土地国有論」佐藤茂行(北海道大学経済学研究1981.03)[2]
  4. ^ 「厚生経済学から生活経済学へ」酒井泰弘(神戸大学国民経済雑誌1995.09)[3]PDF-P.11以降[4]
  5. ^ 「厚生経済学から生活経済学へ」酒井泰弘PDF-P.14以降
  6. ^ 「「ケインズ生誕百年」論」白石四郎(明治大学政経論叢1983.12.30)[5]PDF-P.13
  7. ^ 日本経済新聞社編 『世界を変えた経済学の名著』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2013年、66-67頁。
  8. ^ 進化経済学会編『進化経済学ハンドブック』概説§7.
  9. ^ ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』第3章。
  10. ^ 『虚構の終焉』 = Towards a new macroeconomic paradigm. Tokyo: PHP. (2003) P75

関連項目[編集]

外部リンク[編集]