ベンガル地方

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ベンガル
Map of Bengal.svg
ベンガル地方の地図:西ベンガル州バングラデシュ
最大都市 ダッカ
北緯23度25分 東経90度13分 / 北緯23.42度 東経90.22度 / 23.42; 90.22
主要言語 ベンガル語
面積 232,752 km² 
人口 (2001) 209,468,404人
人口密度 951.3人/km²
乳幼児死亡率 55.91人/1,000人
外部サイト wbgov.combangladesh.gov.bd

ベンガル地方 (Bengal region) は、南アジア北東部の地域ガンジス川ブラマプトラ川の下流にあるデルタ一帯を占め、インド西ベンガル州バングラデシュ(旧東パキスタン)が含まれる。歴史的に古い地域で人口も多いが、宗教的対立によって今日ではインドとバングラデシュによって分断されている。世界有数のジュートの産地でもある。住民はベンガル人が多く、ベンガル語が話される。

名前の由来[編集]

「ベンガル」の呼称は13世紀以降にアラブ人、ペルシャ人の間で使われるようになった言葉であり、それをヨーロッパからの植民地会社も使用するようになって広く定着した。それまで使われていたこの地域を示す言葉はベンガル地方の東部を指す「ヴァンガ」と西部の「ガウル」であり、マハーバーラタでもその名が使われている。また、その東西を合わせて呼称する時には「バングラ」という言葉が用いられ、それは後のバングラディシュという国名の由来になった[1]

歴史[編集]

en:Sultanate of Bengal1352年-1576年

en:Nawabs of Bengal and Murshidabad1717年1880年

en:Expeditions in Bengal1741年-1748年)でマラーター同盟が侵攻してきた。

イギリス領インド帝国時代にはベンガル管区英語版1765年-1919年)が置かれた。現在の西ベンガル州とバングラデシュのほか、ビハール州オリッサ州を含んでいた。

1905年ベンガル分割令が出されたが、1911年にベンガル分割令は撤回された。

1919年en:Montagu–Chelmsford Reforms

1937年から1947年まではベンガル自由州が置かれた。(西側の境界は現在の西ベンガル州と若干異なる)

1947年ベンガル分割 (1947)英語版。イギリスからの独立交渉の際、パキスタン側のムハンマド・アリー・ジンナーはベンガルとパンジャブ全域のパキスタンへの帰属を要求したが、完全な(インドとの連邦でない)独立と引き換えにベンガルとパンジャブの分割を呑んで、東ベンガル英語版1947年 - 1955年)とパンジャーブ州 (パキスタン)がパキスタン領として成立し、西ベンガル州パンジャーブ州 (インド)はインド領となった。

1955年東パキスタン英語版1955年 - 1971年)。

1971年en:Provisional Government of the People's Republic of Bangladesh1971年 - 1972年)。

1972年バングラデシュ

住民[編集]

66%がイスラム教徒、33%がヒンドゥー教徒である。

ほぼ全員がベンガル語を話し、わずかな人口がヒンディー語ウルドゥー語チャクマ語などを話し、一部の少数民族がサンタル語ネパール語を話す。公式な場では英語もよく使われる。

参考文献[編集]

  1. ^ 堀口(2009,35)
  • 堀口松城著『バングラディシュの歴史』(明石書店, 2009年8月31日, ISBN 978-4-7503-3040-2
India 78.40398E 20.74980N.jpg この「ベンガル地方」は、南アジアに関連した書きかけ項目です。
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