チャリング・クープマンス

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チャリング・クープマンス
 経済学者
生誕 1910年8月28日
オランダ, 's-Graveland
死没 1985年2月26日(74歳)
コネチカット州,ニューへブン
国籍 オランダの旗 オランダ
研究機関 コウルズ財団
イェール大学
研究分野 計量経済学, 線形計画法
母校 ライデン大学
影響を
受けた人物
ヘンドリク・クラマーズ
ヤン・ティンバーゲン
影響を
与えた人物
レオニード・ハーヴィッツ
浜田宏一
実績 外生成長モデル
計量経済学
交通経済学
受賞 アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞 (1975)
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ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1975年
受賞部門:アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞
受賞理由:資源の最適配分に関する理論への貢献を称えて

チャリング・チャールズ・クープマンス(Tjalling Charles Koopmans, 1910年8月28日 - 1985年2月26日)は、線形計画法経済学に応用したオランダ経済学者であり、アクティビティ分析の創始者の1人である。1975年、クープマンスは線形計画法の経済学の適用で、レオニード・カントロビッチとともにアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞を受賞した[1]

略歴[編集]

業績[編集]

  • クープマンスの最大の業績は、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞の受賞理由としても挙げられた、アクティビティ分析の開発である。アクティビティ分析は1951年に発表された『Activity Analysis of Production and Allocation(生産と配分のアクティビティ分析)』において説明されており、アクティビティとは、ある商品1単位を生産するために必要な各生産要素の技術的な組み合わせのことである。伝統的な経済学の考え方では、ある商品1単位を生産するために必要な各生産要素の技術的な組み合わせは無限に存在することになっているが、現実にはそれは有限であり、それゆえ伝統的な経済学の考え方をそのまま現実に適用することは不可能である。アクティビティ分析は、このような有限のアクティビティをもとに、線形計画法の理論を用いて最適な資源配分の条件を具体的に求め、伝統的な経済理論を現実の資源配分、特に最適生産計画や最適経済計画の問題に応用しようとするものである。
  • クープマンスは1930年代以降の、フォン・ノイマンワシリー・レオンチェフによる、固定的係数での生産に基づいた経済全体の一般均衡の表現の発展や、ジョージ・ダンツィクらによる線形計画の発展を背景にして、固定的係数の生産単位を無限個想定し、それらを定数倍して足し合わせれば、連続的に代替可能な生産関数を想定することと何ら変わりないことを強調し、そうした単位(アクティビティ)の結合に基づく分析をアクティビティ分析と命名した。
  • クープマンスが1951年に発表した『Analysis of Production as an Efficient Combination of Activities(アクティビティの効果的組み合わせに関する生産の分析)』では、生産の技術的な効率性が利潤最大化が等価だということを示し、社会主義経済計算論争に対して大きな影響を与えた。
  • さらにクープマンスは、1957年の『Three Essays on the State of Economic Science(経済学の現状に関する3つの小論)』において線形計画法やアクティビティ分析の手法を独立に発見して発展させ、それを実際的・理論的な一般均衡モデルに適用した。

生活・意見[編集]

  • 彼は才能ある音楽家にして作曲家であり、音楽が終生変わらぬ趣味であった。
  • 経済学者の浜田宏一は自身の著書の中で「クープマンス教授は、ハンサムな先生で、私もその明晰な講義を受けさせてもらった。彼はソ連のレオニード・カントロヴィチとともに、のちにノーベル賞を受賞した。そのためもあってか、彼はロシア語を勉強していた。私は『先生のお歳で新しい外国語を学ぶのはたいへんでしょう』と聞いてたことがある。私は彼に『コーイチ、そんなに人間の知的能力の射程を見くびってはいけない』と静かにたしなめられた」と述懐している[1]
  • コウルス研究所があったシカゴで、ミルトン・フリードマンと「計画なき理論」か「理論なき計画」かという論争を交わし、フリードマンが「理屈が合っても実証に裏付けられない知識は役に立たない」と主張したのに対し、クープマンスは「いくら統計上の相関があっても、なぜそうなるか理屈がわからないような関係は政策に使えない」と主張した[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 浜田宏一『アメリカは日本経済の復活を知っている』、講談社、p263。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]