ロナルド・コース
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| 新制度派経済学 | |
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| 生誕 | 1910年12月29日(102歳) ロンドン近くのウィリスデン |
| 国籍 | |
| 研究機関 | バファロー大学 ヴァージニア大学 シカゴ大学 |
| 研究分野 | 法と経済学, 外部性 |
| 母校 | LSE |
| 影響を 受けた人物 |
フランク・ナイト |
| 論敵 | アーサー・ピグー |
| 影響を 与えた人物 |
オリバー・ウィリアムソン アルメン・アルキアン デヴィッド・フリードマン スティーヴン・チュング ダンカン・ブラック スティーヴン・ランズバーグ |
| 実績 | コースの定理 取引費用分析 コースの推量(Coase conjecture) |
| 受賞 | ノーベル経済学賞 (1991) |
| 情報 - IDEAS/RePEc | |
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| シカゴ学派 |
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人物
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トピックス
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ロナルド・H・コース(Ronald H. Coase、1910年12月29日 - )は、イギリス生まれの、アメリカの経済学者。1991年にノーベル経済学賞を受けた。
目次 |
経歴 [編集]
- 1910年 イギリスはロンドンのウィルスデンで生まれる。
- 12歳でthe Kilburn Grammar Schoolに入る。
- 1927年~1929年 the University of London External Programmeで学ぶ。
- 1929年~1932年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に商学部学生として入学し、卒業する。
- 1932年~1934年 スコットランドのダンディー・スクール・オブ・エコノミックスに移る。
- 1934年~1935年 リヴァプール大学で教育にあたりながら、学位論文に取り組む。
- 1935年~1951年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で教育にあたりながら、学位論文に取り組む
- 1951年 ロンドン大学より博士号を取得後、アメリカへ移住する。
- 1951年~1958年 バッファロー大学(現ニューヨーク州立大学バッファロー校)教授に就く。
- 1958年~1964年 バージニア大学シャーロッツビル校教授を務める。
- 1964年~1979年 シカゴ大学教授を務める(1979年に退籍する)。
- 1964年 『ジャーナル・オブ・ロー・アンド・エコノミックス』の編集者となる。
- 1979年 シカゴ大学ロースクールの法学部と経済学部のシニア・フェローとなる。
- 現在、シカゴ大学ロースクールの名誉教授(Clifton R. Musser Professor Emeritus of Economics)である。
- 退籍後まもなく、アメリカ経済学会の優秀研究員に選ばれる。
- 1991年 ノーベル経済学賞を受ける。
業績 [編集]
- "The Nature of the Firm"(1937年)と"The Problem of Social Cost"(1960年)の二つの業績により、1991年にノーベル経済学賞を受賞した。これら二つの論文はいずれも大著ではなく、執筆している論文の数自体も多くはなかったが、それまで経済学において議論されてこなかった「権利」や「法」による外部性の分析、「取引コスト」概念による企業存在の基礎付けというユニークな業績を認められての受賞であった[1]。
著書 [編集]
- The Firm, the Market and the Law, (University of Chicago Press, 1990).
- Essays on Economics and Economists, (University of Chicago Press, 1994).
- How China Became Capitalist, (coauthor: Ning Wang, Palgrave Macmillan, 2012).
脚注 [編集]
参考文献 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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