分析哲学

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分析哲学: Analytical philosophy)は、20世紀に英語圏で主流となった哲学の様式を指す総称である。たとえばアメリカ合衆国の圧倒的多数の大学で、哲学科で教育されまた研究されるのは「分析哲学」である。(こうした状況は、イギリスカナダオーストラリアでも同様である)。

こうした状況の中で、分析哲学全体に共通する主張といったものを見いだすのは難しい。「分析哲学」という言葉は、多様で共通点のない様々な哲学的観点や、せいぜいが影響関係の歴史的継続性をまとめる家族的類似性のようなものかもしれない。ひどくおおざっぱに言えば、分析哲学は、明晰性の追求と激しい議論の応酬とを特徴とする。こうした特徴は現代の形式論理学(編注:正確には記号論理学。アリストテレス時代の論理学も形式論理学であり、これを古典形式論理学と呼ぶ人もいる)や言語分析、それに自然科学の成果及び方法についての尊重といったものを通じてもたらされたものである。

分析哲学の歴史的起源は、次のように総括的に特徴付けることができるかもしれない。

第一は、厳密に言えば哲学的真理などは存在せず、哲学の目的はただ思考の論理的明晰化をはかることであるという、実証主義の伝統である。この考えは、アリストテレス以来の伝統的な哲学の基礎付け主義と対照をなしている。基礎付け主義という伝統的な考え方は、哲学を諸学の中で特権的な地位つまり最高位におき、哲学が諸科学を含むあらゆるものの諸原理を研究するというものだった。反対に、分析哲学者は自分たちの研究を、自然科学とつながるもの、あるいは自然科学に従属するものとさえ考えるのが普通である。

第二に、思考を論理的に明確化することが、哲学的命題の論理形式を分析することで達成できる唯一のことであるという考えである。命題の論理形式は、同じタイプの他すべての命題との類似性を示すために用いられる、命題を表現する方法の一つである(しばしば論理系の形式化された文法と記号法が用いられる)。もっとも分析哲学者の間で、日常言語をどのように論理的に形式化するのが正しいのか、一致している訳ではない。

第三に、哲学体系の研究を拒否する点である。この「大理論」の拒絶は、(全てではないが)一部の分析哲学者の間では、形而上学のうぬぼれに対して、常識(コモンセンス)や日常言語を擁護すると言う形をとった。

分析哲学の歴史は、大まかに言えば、19世紀末から20世紀初頭にかけての論理学の発展を背景にした、一種の言語哲学として始まった(言語は古代ギリシア哲学以来、哲学の主題であり続けたが、今日では「言語哲学」といえば、分析哲学における言語哲学を一般には指す)。これは、やがて論理学的な人工言語を志向する流れと、反対に日常言語を重視する流れとに分かれた。この分離は以後ますます大きくなり、これは1960年代以降、分析哲学における言語哲学の衰退につながった。しかし言語哲学以外にも、分析哲学のなかで(もしくは関連して)、当初からの重要な位置をしめていたものに科学哲学があり、またこれに関連して、従来の認識論が現代の自然科学の自然認識を基礎付けないばかりか多くの点で不整合になったことから発展した知識の哲学、そして知識の哲学の中から生まれ、認知科学の発展に呼応して展開する心の哲学など、分析哲学自体は衰退することなく逆に拡大と発展を遂げた。このなかで、従来なら分析哲学が廃棄しようとした問題(たとえば形而上学として排斥された実在論の問題)が、分析哲学及びそれを批判しつつ継承する流れの中で、再び取り上げられるようになっている。また自然科学の諸分野や社会科学についての哲学(たとえば生物学の哲学心理学の哲学など)も、近年における分析哲学の発展の一角を形成している。


目次

[編集] 全般的傾向

分析哲学という一つのまとまった哲学は実のところ存在しない。しばしば分析哲学とは言語哲学であるかのような言い方がされるが、実際には言語そのものを対象としているのは分析哲学のほんの一部にすぎず、テーマにおいても立場においても非常に雑多である。しかし、全般的な傾向としては以下のようなことが言えるだろう。

  • 言語表現のレベルで問題を設定する
  • 概念分析を中心的なツールとする
  • 定義や議論の論理構造をはっきりさせ、できるだけ明瞭な議論を行うことを旨とする(記号論理学を重視する)
  • 分析の正しさの基準として、思考実験や哲学的直観にしばしば訴える
  • 経験科学の知見を取り入れて議論を展開することも多い

逆にいえば、こうした特徴をそなえていれば、マルクス主義であっても分析的マルクス主義として分析哲学の一分野になるし、形而上学も研究手法次第では分析形而上学となる。

[編集] 歴史

[編集] 第二次大戦まで

20世紀初頭にゴットロープ・フレーゲバートランド・ラッセルによって記号論理学が成立し、論理学が強力な分析のツールとなったことが一つの契機としてあげられる。ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』は、記号論理学の使用について一つのパラダイムとなり、ウィーン学団の論理実証主義に影響を与えるなど、大きな力をもった。

また、G・E・ムーアの「自然主義的誤謬」についての分析など、概念分析を中心とする分析が登場したのも20世紀初頭であった。

この時期を分析哲学にみなすべきか,その前段階とみなすべきかには論争があるが,少なくともそのころのこの種の哲学的営為の中心はイギリス(とドイツ語圏)であり、言語哲学における意味の理論や数学の基礎づけ、科学哲学における操作主義や論理実証主義などが次第に主な領域となった

[編集] 第二次大戦後

第二次大戦後すぐは日常言語学派が大きな力を持つようになり、ギルバート・ライルジョン・L・オースティンらによって哲学的な問題が日常言語の問題へと解体されていった。これもまたヴィトゲンシュタインの影響が大きかった。

しかしその後、第二次大戦中にドイツ語圏から主要な哲学者がアメリカへと移住したことをうけ、第二次大戦後の分析哲学の中心は次第にアメリカへと移って行った。この動きを代表するのが、ルドルフ・カルナップの影響をうけたクワインの戦後の一連の著作である。クワインは分析と総合の区別の否定、意味の全体論、根源的翻訳の議論、自然化された認識論の議論など、さまざまな刺激的なテーゼをくりだし、分析哲学のアジェンダ設定の役割を果たした。


[編集] 主要人物

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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