数理モデル

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数理モデル(すうり-、mathematical model)とは、通常は、時間変化する現象の計測可能な主要な指標の動きを模倣する、微分方程式などの「数学の言葉で記述した系」のことを言う。モデルは「模型」と訳され「数理模型」と呼ばれることもある。 元の現象を表現される複雑な現実とすれば、モデル(模型)はそれの特別な一面を簡略化した形で表現した「言語」(いまの場合は数学)で、より人間に理解しやすいものとして構築される。構築されたモデルが、元の現象を適切に記述しているか否かは、数学の外の問題で、原理的には論理的には真偽は判定不可能である。人間の直観によって判定するしかない。

数理モデルは、対象とする現象や、定式化の抽象度などによって様々なものがある。

概要[編集]

数理モデルの使用[編集]

数理モデルは、自然科学においてのみではなく、社会科学人文科学においても用いられる。数理モデルが用いられている分野を網羅することは難しいと考えられるが、例えば、物理学工学生物学経済学社会学心理学計算機科学生態学神経科学分子生物学生物統計学免疫学地球物理学天文学電気回路機械工学航空工学気象学言語学計量文献学、伝染病感染予測、オペレーションズ・リサーチなどがある。

近年はコンピュータの性能の向上により、複雑な数理モデルでもそのふるまいをシミュレーションによって見ることができるため、様々な分野で用いられるようになっている。数理モデルは、対象とする現象や、定式化の抽象度などによって様々なものがある。

モデルとは[編集]

そもそもモデルとは何か、ということに関して様々な説明がありうるが、例えば大学生向けのあるテキストでは「モデルとは、対象とするシステムを簡略化して、その本質を表したもの」「システムを理解するために用いられる」などと解説されている。その意味では、地球のモデルとしての地球儀建造物のモデルとしての設計図人生のモデルとしての小説価値のモデルとしての金銭など様々なものがあげられる[1]

普通、モデルは現実世界のシステムに対して簡略化されているので、現実のシステムそのものを考察するのに比べると、モデルだけを対象として考察を行うことのほうが圧倒的に容易である。

モデルが現実のシステムの興味がある部分の性質を残していれば、モデルを考察することによってシステムに対する理解(あるいは解釈)を行うことが可能になったり、現実のシステムのふるまいの予測を行うことができるようになる。例えば、実際に歩き回らなくても、地図を見れば行き方がわかるし、宇宙に出なくても地球の形状や各国の分布を知ることができる。モデル化とは、興味のある本質を残して対象を大幅に簡略化することにより、理解可能にすることである。

ただし、モデルは対象そのものとはやはり別物であり、簡略化によって必然的に対象の持っている多くの性質を失ったものとなる。(モデルが何らかの現象をとりこまないことを「捨象」と言う)。

数理モデル[編集]

数理モデルは、特に数学によって記述されたモデルのことである。モデルという言葉に含意されているように、対象とのズレ(特に近似抽象化)が意識されていることが多い。モデルの正当性が実験観察などによって裏付けられ、非常にうまく行っている事が確かめられている場合は「理論」と呼ばれるようになることもある。もっとも、「理論」という場合、しばしば独自の概念の使用なども含んだより包括的な体系となる。(例えば、ボーアによる水素原子の構造を説明する理論は普通"Bohr's model"あるいは「ボーアの原子模型」と呼ばれるが、シュレーディンガーによる量子力学の基礎方程式はモデルとは呼ばれない。前者は水素原子の電子の軌道のエネルギー準位を説明するものであり、後者は非相対論的量子力学の基礎方程式を示す理論である。前者においては、バルマー系列におけるリュードベリ定数の、他の基礎的な物理定数による説明という大きなインパクトおよび、量子条件という、理論発展に対する帰納的および仮説形成的側面へのインパクトが重要であるが、後者においては、(例えばエネルギー保存則などの)そこから演繹できる法則の広さが重要である。

簡単な例[編集]

「A君が歩けば歩くほど前に進む。歩幅が広いほど前に進む。」という現象を

(距離)=(歩幅)×(歩数)

という数式で表せば、これは数理モデルである。この数理モデルは、という数学的な概念によって記述されている。このように、現実の対象を数学の中に写像する過程を「モデル化」という。この数理モデルにおいては、もはやA君が何を話しているのか、どんな表情をしているのか(気持ち、感情)、どちらの方角に向かっているのかといったようなことは全て捨象されてしまっている。しかし、世界の数的な側面についてこの式(モデル)を用いて推論をすることは、A君の歩く様子を眺めてそれを行うよりも極めて容易であり、、数学の知見により、例えば、歩幅が50cmで1,000歩歩いたら500m進むということがわかるのである。またさらに言えば、10 km歩いてきたA君の疲労困憊した顔を見た時に、この数理モデルを用いれば、計算によって彼が2万歩歩いたことを算出し、「なるほどな(なるほど疲れるわけだ)」と理解することもできる。

バネの振動の例[編集]

バネは、自然長からの伸びが小さい範囲では、伸びた長さと戻ろうとする力が比例することが知られている(フックの法則)。

力=(比例定数)×(伸び)
( F = -kx )

となり、バネという自然現象が数理モデルに対応づけられる。バネに小さなおもりがついている状況をニュートン運動の法則

m \frac {d^2 x}{ d t^2 } = F

を用いて表せば、

{d^2x \over dt^2} = -{k \over m}x

となる。この数理モデルは、数学的には二階線型微分方程式であり、強力な理論が得られている分野である。数学的な考察により、運動が三角関数で表されることが直ちにわかる[2]

モデルの普遍性[編集]

いったん抽出された数理モデルはもともと対象とされた現象を超えて、遥かに広い範囲の対象を記述することが多い。例えば、コンデンサコイルを接続した電気回路電圧の発展を記述する微分方程式は、上記のバネの振動の方程式と全く同一のものになる。

他にも、熱拡散におけるフーリエの法則、電流におけるオームの法則、液流におけるハーゲン・ポアズイユの法則、粒子の拡散におけるフィックの法則は全て

J = -D\frac{du}{dx}

の形をしており、数学的には全く同一のものである。

(なお、これらの方程式が似た形をしているのには理由がある。これらの物理法則が得られるのは、どれも平衡点から少しだけずれた点における法則としてである。系のダイナミクスがたとえ非線型であっても、平衡点からほんの少しだけずれた点においては、ずれに対して線型な応答が得られると期待できる系における現象であるからだ。非線型力学的にいうならば、平衡点における発展方程式のヤコビアンによって、その近傍の発展は決まる。)

自然界の階層性と数理モデル構築の可能性[編集]

一般に物理学では、ミクロな世界の第一原理法則にしたがって相互作用する粒子がシステムの時間発展を決めていると考えられている。しかし、日常の世界に現れるほとんどの考察の対象は、素粒子あるいは原子が莫大な数集まったシステムであり、第一原理に基づいてモデルを構築したり、計算を行うことは不可能である。このことから素朴に考えれば、我々が何かの現象を理解しうるということは絶望的に思える。ところが、世界が第一原理に従って発展しているという仮定から考えれば明らかではないことに、自然界には物理的なスケールの違う階層からなる階層構造があり、それぞれの階層においてなんらかの秩序が見られることが知られている(素粒子原子分子高分子固体流体細胞組織器官群れ社会習慣流行伝染生態系地形天候惑星系銀河銀河団宇宙、など)。そもそも、動物が外界に対する認識解釈を行うということは、そこに何らかの秩序や法則が存在することを示している[3]。そこで、一般に特定の階層に注目し、そこになりたつ普遍的な法則を推定しようという試みがなされ、様々な学問が存在することになる。数理モデルを構築するということは、注目しているシステムに関する現象論的な法則を数学的にモデル化するということである。つまり、数理モデルを構築する際は、そこに下位の階層の構造を知らなくても立てられる独立な法則が成り立っていることを信じているということになるだろう。必然的にシステムを目的のスケールにおいてよく記述するマクロな変数の導入が必要となる。

数理モデルに導入されるそういった変数の数は少なければ少ないほどより単純でシンプルな現象への理解へと導く。こういった観点から、大成功していると思われるのは、熱力学、流体を記述するナビエ-ストークス方程式物性論における平均場近似などがあげられる。また、量子論が知られた今となれば、巨視的な極限としてニュートン力学を現象論と呼ぶことができなくはない。

また、一つ下の階層における法則が知られている場合には、それを構成要素として組み立てたモデルがよく作られ、さらにその下位の階層における構造は捨象する(例えば、気体分子運動論、電気回路、ニューラルネットワークなど)。

しかし、生体や社会のように対象が複雑で、階層間の法則の分離の様子が自明でない場合や、スケールが一つ下の要素を考えるだけで要素数の多さやその多様性などにより変数が爆発的に多くなってしまうものとなれば、適切な変数の設定やモデル化ができるかどうかはもとより、人間に理解できる程度に単純で普遍的な現象論の存在を仮定すること自体に議論がわかれるところである[注 1]

遅い変数の存在と発展方程式の縮約可能性[編集]

前項と関係することでもあるが、系の発展を少数の本質を表す変数によって記述できることの正当性は、その系に変化が速い変数と遅い変数が共存することによることが多い。 物理学ではこれは断熱近似[4]、隷属原理[5][6]などとよばれ、数学的にいえばこれは中心多様体上での発展方程式をみいだすことに対応する。前項との関係においては、しばし様々な系において系のミクロな現象がマクロな状態よりも速く変化することが多いことによって、ミクロを無視したマクロな変数のモデルをたてられることが対応する。

モデル構築と逆問題[編集]

現象をよく記述する法則があったときに、そのモデルを構築する作業は演繹ではなく帰納である。例えば、ある微分方程式に従う現象があったとき、観測され得るのはそのであり、微分方程式自体ではない。このとき、この解から方程式を帰納する問題は逆問題となる。何度ボールを投げようとも、その軌跡が正確に同一のものとなることはない。しかし、これらは全てニュートン運動の法則に従った運動であり、同一の方程式の解である。微分方程式と初期値が与えられた時にその解を求めるのに比べ、観測された解から方程式を求めるのはずっと難しい。あるいは、決定するのは原理的に不可能である。

コンピュータシミュレーション[編集]

対象となる現象が大規模で人手による解析が困難、あるいはナビエ-ストークス方程式のようにモデルの解を解析的に得られない場合は、コンピュータによるシミュレーションによって解を求める。代表的なアルゴリズムとして、オイラー法ルンゲ=クッタ法有限要素法モンテカルロ法等がある。コンピュータの性能向上によって、扱える数理モデルの幅が大変広まった。

利点[編集]

現象の理解[編集]

上述したように、数理モデルを構築することによって得られることは、まずは現象の理解があげられる。また、数学的に表現することによって、扱いが容易になったり、数学の知見を活用することができる。

実験をしないで現象のふるまいを予測する[編集]

適切な数理モデルが得られれば、様々な条件化における現象を定量的に予測できるようになる場合が多い。現実のシステムを用いて観測を行う必要がなくなれば、そのために必要な労力・損失を省くことができる。何かの計画において、実現したい状態をもたらす条件を検討する場合にも有用である。ニュートン力学を用いて計算した結果によって人工衛星を打ち上げられることがこれにあたる。感染症のパンデミックに対して、交通規制、隔離、ワクチン配布などの様々な戦略をどう用いればいいのか、といったシミュレーションも行われている。臨界前核実験では、実際に核爆発を起こさず、数理モデルのパラメータ決定のみが目的とされる。

近年はコンピュータの進化によって、莫大な変数を持つような複雑な数理モデルに対しても、シミュレーションにより解の振る舞いを実用的な時間内に求めることが可能になりつつある。例として、IBMによる大脳皮質コラムのシミュレーションBlue Brainプロジェクトや、地球シミュレータによる温暖化の予測などが挙げられる。

評価基準[編集]

本質の抽出[編集]

一般的には、対象とするシステムの本質的な特徴を現すことができて、かつできるだけ少ない変数を抽出したものがよいモデルとされる。

適用範囲[編集]

普通、数理モデルには適用できる範囲が決まっており、その範囲が広いものほどより優れたモデルと言える。例えば、バネの振動におけるフックの法則は、伸びがあまりに大きくなると適用できなくなる。バネを思いっきり引き伸ばせば元に戻らなくなるのは経験上明らかである。また、ニュートン力学は、人間が一般的に捉えられる範囲では十分な正確さを示すが、原子のレベルの大きさの世界や光速度に近い速度では実際の物理現象とのずれが大きくなり、そのような環境下では適切なモデルではない。一方、定性的にだけ説明して、何にでもあてはまるが、結局メタファーの域を出ないモデルは評価されないこともある。

予測可能性[編集]

これは前述の適用範囲を時間軸において考えば当然含まれることではあるが、これまでの観測結果から構築した数理モデルによる、今後の観測データの予測能力はその数理モデルの評価基準になる。どのような数理モデルも、その数理モデル内の自由なパラメータをもつものである。例えば、ニュートン力学において、重力定数は9.8であるというのは実験における観測によって推定されるものであるし、ある自然言語処理アルゴリズムが各単語の頻度を用いるとして、例えば「ワロタ」という言葉の頻度をしめすパラメータも実験によってきまる。これらの観測によって決まるパラメータを推定したのちに、未知のデータに対する予測の正確性を評価すればそのモデルの評価基準となる。

実験データとの照合[編集]

当然、実験データとの定量的な一致・予測能力があるものは優れたモデルとされる。実験による検証に耐えられなければ、モデルの妥当性が疑われる。

数学的扱いやすさ[編集]

扱いやすいものを得るのがモデル化の大きな理由である。数理モデルの場合は、数学的な扱いやすさが重要になる。例えば、ある方程式によりモデル化を行った場合に、その解が解析的に得られるようなものは、数学的に大変性質がよいものだといえる。方程式が非線型の場合は一般にはこれは困難だが、具体例としては、非線型なリズムを持つものが多く同期しあう現象を扱った蔵本モデルは要素数無限大の極限において解が解析的に得られる。解析的に得られない場合は数値解析によって近似解を求める。

数学的な分類[編集]

線型か非線型か[編集]

数理モデルは多くの場合、変数を含んでいる。この変数に作用する演算子線型である場合は、モデルは線型だといわれる。線型な場合、重ね合わせの原理により、の発展を独立なモードに分解して考えることができる。要素還元的な方法が非常にうまく行くのは、モデルが線型であり、システムのふるまいが要素のふるまいに分解することができる線型な場合である。その基礎には線型演算子のスペクトル分解がある。例えば、弦の振動や熱の拡散過程の場合、熱の分布をフーリエ変換し、それぞれの波数のモードに分解すれば、各々独立に方程式に従うので相互作用を無視することができる。たくさんのバネとおもりをつなげたような系を考えてもやはり線型連立常微分方程式となり、同様である。

一方、非線型の場合は、方程式が非常にシンプルな場合でも系の発展にカオスなどの複雑な状況が生じることがあることが知られている。非線型の微分方程式は一般的には解析的に解けない。(cf.可積分系ソリトン)

決定論的か確率過程か[編集]

システムの発展を記述するときに、その発展が直前の状態によって完全に決定されるような決定論的な枠組みを用いるか、発展に確率的な要素を取り込むかの違いがある。常微分方程式偏微分方程式によるモデル化は決定論的なものにあたる。(解の存在と一意性が保障されているような)微分方程式で記述すれば、状態の発展は初期値のみによって決まる。一方、マルコフ過程確率微分方程式マスター方程式での記述は、確率的な過程を取り込む場合にあたる。

動的か静的か[編集]

時間による発展を取り込むか取り込まないかで、動的か静的かに分類される。例えば典型的な動的なモデルとして、微分方程式差分方程式によるものが挙げられる。また静的なモデルとして、系の状態を最適化問題の極値として与えるものを指し示すことができる。

用いられる数学[編集]

常微分方程式差分方程式偏微分方程式積分方程式幾何学確率過程統計学グラフ理論ゲーム理論最適化問題マルコフ過程マスター方程式ベイズ統計学などの数学が用いられるが、それには限らない。

代表例[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 生物においては数理モデルは全く使えない」ということではない。例えばホジキンハクスレイ方程式のような華々しい例外は存在する。

参考文献[編集]

  1. ^ 『情報 : 東京大学教養学部テキスト』 川合慧編東京大学出版会、2006年。ISBN 4-13-062451-2
  2. ^ 小形正男 『振動・波動』 阿部龍蔵・川村清監修、裳華房〈裳華房テキストシリーズ : 物理学〉、1999年。ISBN 4-7853-2088-5
  3. ^ 大野克嗣 『非線形な世界』 東京大学出版会、2009年。ISBN 978-4-13-063352-9
  4. ^ 蔵本由紀・蔵本由紀『散逸構造とカオス』岩波書店 (2000) ISBN 978-4000067508
  5. ^ 牧島邦夫・小森尚志訳 『協同現象の数理 — 物理,生物,化学的系における自律形成』 東海大学出版会 (1981) ISBN 4486005228, Synergetics: An Introduction Nonequilibrium Phase Transitions and Self-organization in Physics, Chemistry and Biology
  6. ^ 高木隆司訳 『自然の造形と社会の秩序』 東海大学出版会 (1987) ISBN 4486008464, Erfolgsgeheimnisse der Natur: Synergetik, die Lehre vom Zusammenwirken.


関連文献[編集]


関連項目[編集]