自然科学

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自然科学(しぜんかがく、英語:natural science)とは、

  • 自然に属するもろもろの対象を取り扱い、その法則性を明らかにする学問[1]
  • 自然における観測可能な対象やプロセスに関する科学あるいは知識のこと[2]。例えば、生物学や物理学など[2]。数学や哲学などの抽象的あるいは理論的な科学とは区別して用いられる[2]用法。

概説[編集]

自然科学と言う時の「自然」とは、基本的には人為的ではないもののことである。大きくは宇宙から小さくは素粒子の世界まで含まれ、生物やその生息環境も対象となっており、そこには生物としてのヒトも含んでいる。だが人間が作り出した文化社会芸術文学法律規範倫理 等々)に関しては自然科学は基本的に扱っておらず、それらの領域は主に人文科学社会科学のほうが扱っている。

この「自然科学」という表現を何と対比して用いているのか、ということになると、近年の日本では一般に、「人文科学」や「社会科学」と対比する時に用いられることが多い。19世紀のヨーロッパにおいて諸科学が分化・独立した際に英語圏ではそのような呼び分けが生まれた。ただし、ドイツでは、対比・区分が若干異なり、自然科学 Naturwissenschaft は「文化科学 Kulturwissenschaft」や「精神科学 Geisteswissenschaft」と対比されることが多い[3]。日本でもドイツの影響を大きく受けていた時代には、こうしたドイツ式の対比で説明する科学者もかなりいたが、近年の日本では主として英語圏に倣った対比が行われている。

現在、「自然科学」という語は、狭義には、物理学化学生物学地学天文学など自然科学全体の基礎となる理論的研究をする部門を指し、これを日本では「理学」とも呼ぶ。また、この狭義の自然科学に数学を含む場合もある(自然科学と数学の節を参照)。広義には、医学農学工学などの、「応用科学」と呼ばれる分野を含む。

自然科学の歴史は科学史の分野で研究対象とされている。

自然科学を対象とする哲学的考察は認識論および科学哲学においてなされており、「科学基礎論」と呼ばれることもある。

近代自然科学成立の歴史と方法論[編集]

何をもって自然科学の誕生と見なすか、という点については科学史の研究者ごとにそれなりに異なった見方がある。 自然を対象とした学問としては、確かに古代ギリシア時代以来「自然学」があった[※ 1]。またヨーロッパ中世にはスコラ学があり、「自由七科」という学問分類の内の「クアドリウム(四科)」には、天文学も含まれていた。ただし、科学史などでは、それらの学問の中に新たな方法論や傾向が芽生えたことを指摘することで、それらの学問と自然科学的方法論の対比をしたり、それをもって自然科学の初期の歴史の説明としていることが多い。

近代自然科学の方法論の説明のしかたはいくつもあるが、実験観察とされたり、分析と総合とされたり、仮説と実証とされたりする。

Bishop Robert Grosseteste, 1896 (crop).jpg
ロバート・グロステスト
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ベーコン
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ガリレオ
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ケプラー
Frans Hals - Portret van René Descartes.jpg
デカルト
GodfreyKneller-IsaacNewton-1689.jpg
ニュートン

現在考えられているような自然科学(近代自然科学)の説明する場合、17世紀のヨーロッパの「自然科学者」(当時は自然哲学者、自然学者と呼ばれていた人々[※ 2])の研究の一部が紹介されることが多い。説明する科学史家のバックグラウンドの違い(例えば物理学・化学・生物学などの違い)によって、どの手法をピックアップするのか、選択が異なったり重点の置き方が異なっている。物理系ではケプラーガリレイデカルトニュートン等などの手法の一部に言及することが多い[4]

中世のアラビア科学であれ中世ラテン科学であれ、分析概念は重要な方法論と見なされていた。古代のアルキメデスは解析的方法の巨匠であり、イスラーム中世のイブン・アル・ハイサムもそうした解析的手法の伝統を継ぐ人であったが、20世紀になりラテン科学の歴史研究が発展するつれて、中世ラテン科学の中心的荷い手のひとりロバート・グロステストが「近代的科学方法概念の開拓者」と見なされた理由のひとつは、彼がアリストテレスの『分析論後書』に独創的な注釈を加筆したからであった[5]。こうした古代~中世の分析概念に、ガリレオやデカルトが大きな飛躍をもたらした[6]ガリレオパドヴァの学者たちの生み出したものの恩恵を受けつつ、彼の業績を上げた[7]デカルトはそれまでの数学的な解析を代数的なものに転換するのに大きな役割を果たしたことに加えて、自然哲学において分析概念に枢要な地位を与えた[8]。分析を総合と対比させつつ深化させた人物としてニュートンは特筆に値する[9]。ニュートンは実験科学についての主著とされる『光学』の末尾に添えた「疑問」の章において、次のように論じた[10]

数学と同様、自然哲学においても、難解なことがらの研究には、分析の方法による研究が総合の方法に先行しなければならない。この分析とは、実験と観察を行うことであり、またそれらから帰納によって一般的結論を引き出し、そしてこの結論に対する異議は、実験あるいは他の真理から得られたもの以外は認めないことである[11]

また、総合については次のように述べた。

総合とは、発見され、原理として確立された原因を仮に採用し、それらによってそれらから生じる諸現象を説明し、その説明を証明することである[12]

こうした分析と総合に関する説明には、同国人のベーコンの考え方が大きく影響している[13]。ニュートンによって、分析と総合の対概念が、批判的帰納法を介しつつ明確に自然科学にまで拡張されたと言うことができる、と佐々木力は指摘した[14]

実証を支える精密な実験、実験解析方法の進展。理論を展開する土台となる数学手法の構築。オープンに科学の成果を交換しえる場の登場(ロンドン王立協会フランス科学アカデミー等)。また同時期に学術雑誌が登場し、ジャーナル・アカデミズムが確立した。新たな知識は、公開の場で討論され鍛え上げられていくようになり、科学成果は、発見者の占有物ではなく万人の知的共有財産となることになった[※ 3]。このように知識が効率的に共有されるシステムが築かれたことが、その後、科学知識が膨大に蓄積されていく原動力となった。これらすべてを可能たらしめるシステム全体が近代自然科学の営為である。

近年の方法論[編集]

還元主義と複雑系

知識をある基本法則に帰着させる方法論は還元主義と呼ばれることがある。この語が否定的トーンで語られることの多いのは、「科学技術」という応用面の発展も促して人類への貢献も大きなものがあったものの、生命の起原や生物社会の成り立ちなどこの方法では説明が困難な対象も存在するからであろう。近年、これらの対象を素因子が相互作用する場として捉えることでその成り立ちを理解・説明しようとする複雑系の手法も成立しつつある。ここでの方法論は還元主義のそれとは違うアプローチをとっており、自然科学および経済活動など社会科学の分野でこれまで説明困難であった事象の理解がすすむのではないかとも期待されている。

自然科学の分野[編集]

自然科学には、以下のような学問分野が属する。

数学[編集]

数学は、「人文科学」「社会科学」「自然科学」の3分類上、自然科学 "" の学問とされることが多い。形式科学とされることも多い(これに関する諸議論は後述)。

物理学[編集]

物理学は、

  • 自然界を構成する要素
  • それらの構成要素に働く相互作用
  • 相互作用に対する応答
  • 要素が多数集まったときのふるまい

についての普遍的な法則を探求する学問分野である。

化学[編集]

化学は、原子分子物質の構成要素と考え、物質の構造・性質・反応を研究する学問分野である。日本では幕末から明治初期にかけては舎密(せいみ)と呼ばれた。

生物学[編集]

生物学生物生命現象を研究する学問分野。広義には医学農学など応用科学総合科学も含み、狭義には基礎科学理学)の部分を指す。

地球科学[編集]

地球科学は、地球を研究対象とした学問分野であり、内容は地球の構造や環境、歴史などを目的として多岐にわたる。近年では太陽系に関する研究も含めて地球惑星科学ということが多くなってきている。

天文学[編集]

天文学は、天体天文現象など、地球外で生起する自然現象の観測、法則の発見などを行う学問分野。地球科学や物理学の一分野とされることもある。

これらの学問分野の教育研究は、日本の大学では、主に医学部歯学部薬学部獣医学部工学部農学部水産学部理学部理工学部などがおこなう。

批評[編集]

自然科学と数学[編集]

数学を理学や自然科学に含めるかどうかについては議論がある所である。

歴史的には数学は自然科学の強力な記述方法として常に利用されてきた。しかし記号論理学が確立すると、一般的に人文科学とされる論理学哲学との親和性が高くなり、公理的に記述できるものが数学として扱いやすくなった。このため、伝統的数学と自然科学の結び付きを見て「数学は理学や自然科学である」ととらえる者と、近代的な線引きを見て「数学は理学や自然科学ではない」ととらえる者の二者がいる。

一般的には数学は自然科学に比べれば狭い分野であり、自然科学に含めないとすれば他に含めるところもないため、妥協して便宜上自然科学に入れることが多い。例えば多くの大学では数学科は理学部の一部であり、図書の分類法である日本十進分類法では数学は自然科学の下位項目である。ただし、現在の研究者に対しても過去の偉大な学者に対しても(物理学者や生物学者を自然科学者と呼ぶことはあっても)数学者を自然科学者と呼ぶことはまずない。

「数学は理学や自然科学である」と考える主な根拠は次のものである[要出典]

  • 自然科学と関係が深い数学は自然科学、殊に理論物理学との関連が非常に強い学問である。自然科学と数学は互いに影響を与え合いながら進歩してきており、この関連の強さを重視して数学を自然科学に含める。
  • 自然科学に由来する概念が多いベクトル微分のように、物理学に由来し、物理的解釈を持つ概念を数多く研究している。よって数学研究は自然研究の一環である。
  • 論理や数理も広い意味では自然の一部:数学はある定義の下で自然に定まる論理の連鎖や数理的な成り立ちを研究する学問である。このような論理や数理も広い意味で自然世界の一部なので数学は自然科学の一分野である。

それに対し「数学は理学や自然科学ではない」と考える主な根拠は数学は自然現象を対象にしていないというもの。より詳しく言うと以下の通り。

  • 数学では実験も観察も行わない:「仮説を立て実験観察により検証する」という自然科学の最大の特徴を欠いている。数学は自然科学とは異質な学問である。
  • 数学は机上の空論:自然科学は自然現象を扱う学問である。しかし数学はただの論理で、公理から導けるものなら何でも扱う机上の学問。
  • 数学は言語:数学は自然科学の記述に必要だが、それを根拠に記述する言語としての数学を自然科学だとは言えない。実際自然科学の記述に英語日本語などの言語を用いるが、英語や日本語そのものは媒体であり、自然科学の一要素であるとは言いがたい。記号論理学としての数学は論理学哲学人文科学的な議論の一部と言えてしまい、計算機科学では数学(的に正しい命題全体の集合)を言語として扱う。数学は自然科学自身ではなく、自然科学を記述するための言語ないし"メタ科学"だ。
  • 数学の正しさは自然現象と無関係:数学はただの論理なので自然現象と矛盾する数学を作る事が可能だし、実際にそういう研究もなされている。数学の真正性は我々の宇宙とは別の宇宙ですら成り立つ。物理学は実験結果によって理論が覆される事があるが数学ではありえない。
  • 数理モデルは自然現象とは別:(平たく言えば、数学で扱う「直線」は太さが無いのに実際の直線は太さがあるので両者は別物、という事)自然現象を数学で扱うこともあるが、その場合はまず数理モデルという「自然現象とそっくりな数学的対象」を作り、自然現象そのものではなく数理モデルの方を扱う。この為数理モデルを使った成果と実際の自然現象にズレが生じる事も多い。これは数理モデルのほうは数学だが実際の自然現象のほうは数学ではないからだ。数や図形のように物理的背景を持つ研究対象も多いが、数学で扱うのは数理モデルの方の数や図形であって実際の数や図形ではない。
  • 自然現象と無関係な対象も扱う:例えば計算機も研究対象。

なお数学者の岡潔は物質主義的価値観である自然科学は誤りであり物質では説明できない素粒子論の進展により最早消滅したと著書で度々指摘している。


参考文献[編集]

脚注・出典[編集]

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脚注[編集]

  1. ^ 自然学(physica)。アリストテレスが学問として確立。近代自然科学の成立の後はこのphysicaという語は指す対象が変わり、物理学を意味するようになった。
  2. ^ 19世紀まではscienceという言葉には今日的な意味での「科学」というニュアンスはなく(詳しくは科学#近代科学を参照)、今日の自然科学に相当する分野には「自然哲学」(natural philosophy)もしくは「自然学」(physics)という名称がもっぱら使われ、その分野の研究者も自然哲学者、自然学者を自認していたが、自然科学成立の経緯も踏まえて、当時の自然哲学研究も自然科学の一部に含むことが多い
  3. ^ 成果・知識が共有されても、発見した者、プライオリティがある者は社会的には特別な扱いを受け、名誉などを得ることが多い。20世紀に始まったノーベル賞でもプライオリティのある者に対して賞および賞金が与えられている

出典[編集]

  1. ^ 広辞苑 第五版 p.1174
  2. ^ a b c Dictionary.com
  3. ^ 丸山高司『人間科学の方法論争』勁草書房 ISBN 4-326-15162-5
  4. ^ 例えば物理学をバックグラウンドとする科学史家などが説明する場合は、天文現象の研究にばかり言及し、他領域を見落としたり無視してしまうことも多い。
  5. ^ 『科学論入門』pp.138-139
  6. ^ 『科学論入門』pp.138-139
  7. ^ 『科学論入門』pp.138-139
  8. ^ 『科学論入門』pp.138-139
  9. ^ 『科学論入門』pp.140-141
  10. ^ 『科学論入門』pp.140-141
  11. ^ 『科学論入門』pp.140-141
  12. ^ 『科学論入門』pp.140-141
  13. ^ 『科学論入門』pp.140-141
  14. ^ 『科学論入門』pp.140-141

関連項目[編集]