原理
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原理(げんり、羅:principium、英:principle)とは哲学や数学において、学問的議論を展開する時に予め置かれるべき言明である。
原理という概念のはじまりはギリシャ語で言うアルケー(Αρχη;物事の根源)にキケロがラテン語でプリーンキピウムを充てたこととされる。タレースらイオニアの自然哲学者はアルケーを水とした。
エウクレイデースの様な数学者らは数学を公理論的に整序して提示する際に冒頭へ呈示すべきものとして定義、公準(要請)、公理(共通概念)などの諸原理を置いて議論展開した。
数学において原理は自明なる真理または単なる仮説的出発点と看做された。原理の哲学的研究を推し進めたのはアリストテレースで、例えば存在論的原理として神をみとめた。また彼は認識論的原理として論理学上のいくつかの原理(同一律、矛盾律、排中律など)を定立した。他に、諸学を始めるにあたってそれぞれの学問に相応しい原理を立てた。中世のスコラ学は概ねアリストテレースの思考法を踏襲しているといえる。
アリストテレースの思考法へ批判の目が向けられたのはルネ・デカルトの著書『方法序説』(1637年)の中でである。彼は、思考するわれの存在を第一原理として立てれば不可疑の議論が展開されるとした。
ゴットフリート・ライプニッツはデカルトの洞見を認めつつ「われ惟う、ゆえにわれあり」を相対化した。他、彼は「原理の哲学者」といわれるように、連続の原理や不可識別者同一の原理などの論理学・数学・形而上学などの諸原理を探求していった。
倫理学のバールーフ・デ・スピノザ、自然哲学のアイザック・ニュートン、20世紀論理経験主義者によるプロトコル命題の追求などの様に、学問を厳密に基礎づけようとする学者は当該学問展開の出発点として原理を探求したともいえる。
これを批判したのが弁証法を強調するプラトーン、ヘーゲル、マルクスなどの思想家であった。また、現象学的哲学の立場にも、原理を批判し再検討しようという一般的態度が見られる。
[編集] 参考文献
- 広松 渉 『岩波哲学・思想辞典』 岩波書店、1998年。ISBN 978-4000800891。
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