言語論的転回

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言語論的転回(げんごろんてきてんかい、:Linguistic turn)は 20世紀西洋哲学における重要な展開である。その最も重要な特性は、哲学が、またその結果として他の人文科学が、現実を構成するものとしての言語へ関心を集中させたことである。

概要[編集]

言語が現実を構成するという考え方は、言語を事物のラベルのように見なす西洋哲学の伝統や常識の主流に反していた。たとえば、ここで言う伝統的な考え方では、まず最初に、実際のいすのようなものがあると思われ、それに続いて「いす」という言葉が参照するいすという意味があると考える。しかし、「いす」と「いす」以外の言葉(「つくえ」でも何でもいい)との差異を知らなければ、私たちは、いすがいすであると認識できないだろう。以上のようにフェルディナン・ド・ソシュールによれば、言語の意味は音声的差異から独立しては存在しえず、意味の差異は私たちの知覚を構造化していると言う。したがって、私たちが現実に関して知ることができることすべては、言語によって条件づけられているというのである。

言語論的転回について西部邁(評論家)はこう述べている。「十九世紀の末から二十世紀の初めにかけて、哲学においてはいわゆるリングウィスティック・ターン(言語論的転回)が起こっていた。その転回を専門人たちは疎(うと)んじた。つまり、みずからの拠(よ)って立つ地点もまた言語的に編成されていることに専門人たちは気づこうとはしなかった。[…]「言語論的転回」とは、哲学の前提をなしている概念的言語に言語論的な解釈をほどこそうとする姿勢のことだ。だから、その転回は言語をめぐる解釈学的循環のうちにある。」[1]

経緯[編集]

人文科学における言語論的転回に決定的であったのは、ソシュール(その業績は後述のウィトゲンシュタインよりもさらに遡る)の影響下にある構造主義およびポスト構造主義の仕事だった。 それぞれの理論における言語の重要性は異なるが有力な理論家として 『言葉と物』を著したミシェル・フーコー、人間を言存在として定義したジャック・ラカンとその弟子筋のリュス・イリガライジュリア・クリステヴァ、脱構築を主導したジャック・デリダ、時代はやや下るもののその影響下にあるジュディス・バトラーらが挙げられる。

言語論的転回を始めたひとりとして、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが挙げられる。彼の初期の仕事における、哲学的な問題が言語の論理の誤解から起こるという考え、および彼の後期の仕事における言語ゲームに関する所見が、その起源と考えられている。

非常にさまざまな知的な運動が「言語論的転回」という用語に関連づけられたが、この表現分析哲学伝統の中で研究していたリチャード・ローティ1967年に編集した Linguistic Turn. Recent Essays in Philosophical Method [Rorty 1967] というアンソロジーでポピュラーになった。

言語が思考の透明な媒体でないという事実は、ヨハン・ゲオルク・ハーマンヴィルヘルム・フォン・フンボルトの仕事に始まる言語哲学によってすでに強調されていた。ただし分析哲学はこの伝統に関連しておらず、その問題意識は必ずしも同じではない。

1970年代に、人文科学は構造化の動因である言語の重要性を認識した。

歴史的なディスコースにおける言語の力、特にある種の修辞的な比喩については、ヘイドン・ホワイトによって研究された。

脚注[編集]

  1. ^ 西部邁 『虚無の構造』 中央公論新社〈中公文庫〉、2013年、119頁。

文献[編集]

  • Rorty, Richard, ed., 1967, The linguistic turn: Recent essays in philosophical method, Chicago, Il.: University of Chicago press. → 1992, ISBN 0226725693.
  • 新田義弘ほか編 『言語論的転回』第4巻、岩波書店〈【岩波講座】現代思想〉、1993年ISBN 9784000105347

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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