経験論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

経験論(けいけんろん、: empiricism)、あるいは経験主義(けいけんしゅぎ)は、人間の全ての知識は我々の経験の結果である、とする哲学上または心理学上の立場である(例:ジョン・ロックの「タブラ・ラサ」=人間は生まれたときは白紙である)。

[編集] 解説

ベーコン以来、経験論の哲学は特にイギリスで発達し、その伝統は大陸哲学と区別してイギリス経験論とも呼ばれる。経験論は哲学的唯物論実証主義と緊密に結びついており、大陸合理主義認識は直観的に得られるとする直観主義神秘主義、あるいは超経験的なものについて語ろうとする形而上学と対立する。経験論における「経験」という語は私的ないし個人的な経験や体験というよりもむしろ、客観的で公的な実験、観察といった風なニュアンスである。

ロックは、人間は観念を生まれつき持っているという生得説を批判して観念は経験を通して得られると主張し、いわば人間は生まれた時は「タブラ・ラサ」(白紙)であり、経験によって知識が書き込まれる、という有名な説を主張した。アイルランドのバークリやスコットランドのヒューム、そしてフランスではコンディヤックが観念、知識は経験によって得られるという考えをロックから受け継いだ。広く普及している哲学史の古典的説明においては、ベーコンやロックによって打ち立てられた経験論の考えはバークリを経てヒュームに流れ込み、ヒュームは経験論的な発想を極限まで推し進めてその帰結として懐疑論に陥り、そしてカント批判哲学によって大陸合理論と総合された、とされる。

近代以降においては、現象主義、実証主義、論理実証主義(論理経験主義とも)などが経験論の一種として生まれ、特に論理実証主義は経験に基かず、経験的に検証や確証ができない形而上学的な概念や理論を痛烈に批判した。

経験論は、我々の理論命題、そしてそれらの真偽や確実性の判断などは直観信仰よりむしろ世界についての我々の観察に基礎に置くべきだ、とする近代の科学的方法の核心であると一般にみなされている。その方法とは、実験による調査研究、帰納推論演繹論証である。

経験論に列せられる哲学者には、

などが挙げられる。

また、現代の科学哲学における経験論の重要な批判者はカール・ポパーである。ポパーは理論はしばしば誤ることがある経験的・帰納的な仕方(cf.帰納自然の斉一性)で検証されるべきではなく、むしろ反証のテストを経てその信頼性が高められるべきとして反証主義を唱えた。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語