高等師範学校 (フランス)

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高等師範学校のファサード

フランス高等師範学校École Normale Supérieure、略称 ENS、エコール・ノルマル・シュペリウール)は、高等教育機関グランゼコールの一つであり、グランゼコールや大学の教員・研究者を養成することを目的とする。現在のフランスにはパリリヨンに2校ずつ、合計4校の高等師範学校が存在するが、単に「高等師範学校」と言えばパリのユルム通りの高等師範学校を指すことが多い。卒業者はノルマリアン (Normalien) と呼ばれ、準公務員として手当も支給される。

フランス革命期の1794年10月3日国民公会によって教員養成を目的として設立された。その後、1795年5月廃止されるものの、1808年3月17日にナポレオンによって再び設立されることとなり、1847年に現在の所在地であるパリ市内のユルム通りに移転。また、1985年にはパリ近郊のセーヴル女子高等師範学校を吸収合併した。

目次

高等師範学校出身の著名人(抜粋) [編集]

括弧内は入学年。

哲学者 [編集]

文学者 [編集]

社会学者 [編集]

政治家 [編集]

数学者 [編集]

その他 [編集]

エピソード [編集]

  • サルトルニザンは、高等師範学校で哲学のアグレガシオンの試験準備を行い、1929年に揃って合格した。このときサルトルが主席で合格し、次席はシモーヌ・ド・ボーヴォワールであった(なお、ボーヴォワールの出身校はソルボンヌ大学であるが、高等師範学校のアグレガシオン準備講座も聴講していた)[1]
  • フランス政府給費留学生として高等師範学校で学んだ最初の日本人は、フランス文学者の阿部良雄である(1958年入学)。その留学記『若いヨーロッパ』は、当時の高等師範学校の学生生活や慣習を報告している[2]

脚注 [編集]

  1. ^ シモーヌ・ド・ボーヴォワール 『娘時代――ある女の回想』 朝吹登水子訳、紀伊國屋書店、1961年(原著1958年)。
  2. ^ 阿部良雄 『若いヨーロッパ――パリ留学記』 中央公論社〈中公文庫〉、1979年(原著1962年)。ISBN 4-12-200636-8

外部リンク [編集]