ピエール・ルネ・ドリーニュ

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ピエール・ドリーニュ
ピエール・ドリーニュ(2005年3月)
人物情報
生誕 1944年10月3日(70歳)
ベルギーの旗 ベルギーエテルベーク
国籍 ベルギーの旗 ベルギー
出身校 ブリュッセル自由大学英語版
学問
研究分野 数学
研究機関 プリンストン高等研究所
IHÉS
博士課程
指導教員
アレクサンドル・グロタンディーク
博士課程
指導学生
レ・ズン・チャン英語版
マイルス・リード英語版
ミヒャエル・ラポポート英語版
主な業績 ヴェイユ予想の証明
主な受賞歴 アーベル賞(2013年)
ウルフ賞数学部門(2008年)
バルザン賞(2004年)
クラフォード賞(1988年)
フィールズ賞(1978年)
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ピエール・ドリーニュPierre Deligne1944年10月3日 - )はベルギー数学者

14歳でニコラ・ブルバキの数学原論を読みこなしていたドリーニュは、ブリュッセル自由大学──大学に入るころは既に大学の数学をすべて終えていたとのこと。──と高等師範学校で数学を学び、23歳でIHÉSの客員教授、26歳でIHÉS教授、34歳のときフィールズ賞を受賞。1984年からはプリンストン高等研究所教授。

そのドリーニュが師事したのが、アレクサンドル・グロタンディークである。彼はグロタンディークが数学をしていた間はグロタンディークに忠実であったが、グロタンディークが数学をやめた後は、グロタンディークのプログラムよりヴェイユ予想の早期の解決に向かい、1974年ヴェイユ予想を解決した。

自らのプログラムが放棄(埋葬)されたことに激怒したグロタンディークはドリーニュを激しく非難した。現在ドリーニュは1988年にグロタンディーク還暦記念論文集を刊行するなど和解に向けて努力している。

ドリーニュ61歳記念カンファレンスには、複数のフィールズ賞受賞者を含むメンバーが揃った[1]

2013年にアーベル賞を受賞。

業績[編集]

  • Weil予想の解決。
  • Ramanujan予想の解決。
  • Hilbert第21問題(Riemann-Hilbert問題)の解決。[疑問点 ]
  • Mumfordとの共同研究でモジュライ空間のコンパクト化。
  • Lusztigとの共同研究で幾何学的な既約表現の構成、既約表現の分類。
  • Hodge関係の仕事
    • Hodge分解の代数的証明。
    • DeligneのHodge理論。
    • "重さ"の哲学。
  • Zariski予想の解決。
  • Deligne-Griffiths-Morgan-SullivanでのKahler多様体の仕事 。
  • ふたつの変形量子化の間の相対コホモロジーの導入。
  • Deligne-Serre の定理。モジュラー形式の l 進表現。
  • Deligne-Kazhdan の跡公式。
  • Deligne-Mostowの分類。射影直線の配置空間の分類。
  • Deligne Cohomologyの構成。
  • 多重ゼータ値とモチーフの関係付け
  • 他にもBeilinson-Deligne、とかとか

受賞歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ドリーニュ61歳記念カンファレンス