平成教育委員会

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平成教育委員会
ジャンル バラエティ番組クイズ番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ
イースト
企画 ビートたけし[1]
演出 上川伸廣 ほか
プロデューサー 角井英之、小竹美千代
出演者 ビートたけし("北野武"名義)
逸見政孝(学級委員長)
中井美穂(学級委員)
小島奈津子(初代助手)
高島彩(2代目助手)
ほか
音声 ステレオ放送[2]
字幕 文字多重放送
(特番時代から)
外部リンク 公式サイト
たけし・逸見の平成教育委員会
放送時間 毎週土曜 19:00 - 19:54(54分)
放送期間 1991年10月19日 - 1994年9月
エンディング 主題歌を参照
平成教育委員会(レギュラー放送)
放送時間 同上
放送期間 1994年10月 - 1997年9月27日
エンディング 同上
平成教育委員会(特番放送)
放送時間 下記参照
放送期間 2000年1月3日 - 現在(29回)
エンディング JAMES日の丸&MOMO-CHANG
『こども天国』
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平成教育委員会』(へいせいきょういくいいんかい、英字表記:HEI!SAY!A BOARD OF EDUCATION)は、1991年10月19日から1997年9月27日まではレギュラー番組として、2000年1月3日からは年数回の特別番組としてフジテレビ系列で放送されている、トーク番組クイズ番組を兼ねた教育バラエティ番組である。略称は一定しないが「平成教育」とする場合が多い。

番組スタートから1994年9月までは、『たけし・逸見の平成教育委員会』(たけし・いつみのへいせいきょういくいいんかい)がタイトルで、ビートたけし(番組では"北野武"名義)と逸見政孝冠番組であったが、たけしの交通事故による休養と逸見の逝去により、1994年10月に『平成教育委員会』と改題された。後に兄弟番組として『平成教育予備校』および『熱血!平成教育学院』がレギュラーになった(後述)。

目次

[編集] 番組概要

小中学生の勉強する内容を大人達が悪戦苦闘しながら解き、マルチビジョンを用いて答え合わせを行う。理科の授業では直前に実験を行うことも多い。オープニングは国語、オーラスの問題は特別授業か、算数(文章題1問)が多い。その日の番組終了時には最優秀生徒を決定し、表彰する、というのが番組開始時から続く基本的なスタイル。レギュラーとしては全220回放送され、平均視聴率は16.2%を記録。裏番組の『クイズダービー』(TBS)などを終了に追い込んだ。

問題作成協力には予備校日能研などが関わっていた。レギュラー放送では、ツムラ(現在はツムラとバスクリンは完全な別会社)が1時間を通して提供していたが、当初は冒頭30分程度に限りツムラの一社提供で、後半はツムラを含めた数社[3][4]が、1994年4月からレギュラー回での最終回まではセールス上によりスポンサーが大幅増大[5][6]したため、(ツムラを含め)複数社の提供となっていた。

北野がフライデー襲撃事件で半ば謹慎状態となっていた時期、娘の教科書を拾い読みし、教育番組を見て教育としての学業に無味乾燥なものを感じ取る。北野はここで「基礎から勉強し直そう」と思い立ち、小・中学生が解くようなドリルを使って勉強。そこで、北野は大人・芸人としての知識や常識と、義務教育で習得し、その後もどこかで役立っているはずの「一般常識の基礎」とのギャップに気づいた。事務所やテレビ局に各科目の問題集を持ち込んでスタッフらに設問や解を解かせ、北野が採点すると腹を抱えて笑う解答が続出。これを番組原案として出したところ、面白がられて番組が誕生した、というものである[7]日本PTA全国協議会による、2006年度「子供とメディアに関する意識調査」によると、「親が子どもに見せたい番組」第9位、2007年度では第4位に上昇している。

[編集] 出演者

[編集] 司会・進行

担当 氏名 備考
先生 北野武
代理講師 杉本高文 たけしがバイク事故により入院していた際の代理司会
所ジョージ たけしがバイク事故により入院していた際の代理司会
大橋巨泉 たけしがバイク事故により入院していた際の代理司会
学級委員長 逸見政孝 - 1993年9月、「学級委員長」の名目は逸見のみの“永久欠番”となる
学級委員 中井美穂 1993年10月 - 1996年10月、ただし1993年12月までは学級委員長代理、1996年10月からレギュラー最終回までは生徒
臨時学級委員長 須田哲夫 1993年「なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル」のみの参加
教育実習生 川端健嗣 1994年10月 - 1996年10月
福井謙二 1994年10月 - 1996年10月
初代助手 小島奈津子 1997年1月 - 2003年1月
2代目助手 高島彩 2003年8月 -

[編集] 生徒

氏名 備考
渡嘉敷勝男 最年長レギュラー
磯野貴理子  
清水圭
井戸田潤
小沢一敬
宇治原史規
ロザン
最優秀生徒5回・3連覇の特番最多記録
劇団ひとり  
水道橋博士
玉袋筋太郎 「玉ちゃん」名義
麻木久仁子  
西川史子
菊川怜
平山あや
ガダルカナル・タカ たけし軍団最多出演
ダンカン  
つまみ枝豆
ラッシャー板前
山本モナ
江口ともみ

ここで記述する「生徒」はスペシャル版以降も出演しており、後述の卒業生はレギュラー版終了時の最終回に出席した生徒及び以降の出演の無い生徒を示す。生徒は、学級委員を含め、男女を問わず全て「○○君」と呼ばれる。SPではその時期に放送されるフジテレビの連続ドラマの出演者が、番組の宣伝を兼ねて出演している。磯野貴理に対し番組中でカンニング疑惑が浮上したため、全席にカンニング防止のフィルターが貼られることになった。

[編集] 卒業生

氏名 備考
アグネス・チャン  
天本英世
安藤和津
石黒賢
糸川英夫
伊原剛志
うじきつよし
内田有紀
大島渚
岡本夏生
奥山佳恵
小田島雄志
加山雄三
河合美智子
北野大 大学教授。司会の北野武の実兄
桂三枝  
城戸真亜子
黒鉄ヒロシ
獣神サンダー・ライガー
ジュディ・オング
寿美花代
太平サブロー
太平シロー
島田洋七
高田文夫
髙田万由子
高橋洋子
田代まさし
辰巳琢郎
田中康夫
どんと
中條かな子
沼田真理子
浜田卓二郎
浜田マキ子
早坂茂三
早坂好恵
ピーター・フランクル
福井敏雄
藤田敏八
藤田弓子
藤原弘達
舛添要一
三谷幸喜
柳生博
山口弘美
山田雅人
ラサール石井
若林正人
渡辺えり子
渡辺文雄

ラサール石井・辰巳琢郎・田中康夫は正解率が高く、とくに辰巳琢郎はパーフェクトを達成することもあった。逆に渡嘉敷勝男と岡本夏生は珍しい解答を続出していた。レギュラー時代末期は寿美花代・ラサール石井・田代まさしの3人が班長を務めるグループ戦になった。

[編集] ナレーション

氏名 備考
島津冴子 レギュラー時代前期
石丸博也 レギュラー時代中期
平野文 レギュラー時代後期 - 現在

[編集] レギュラー番組期の内容

[編集] 『たけし・逸見』時代

初期の『たけし・逸見』時代には、「学級委員長」役の逸見政孝も問題に解答者として参加していた。各教科の例題などでは、北野と共に例題問題解説などの進行を務め、本問に移ると自席に戻り、自席にある「ただいま考え中」の札を上げて他の生徒と共に解答に専念するという、他のクイズ番組では例のない役割を担っていた。出題内容は、実際に使用された国・公・私立中学校入試問題から一般企業入社試験、公務員試験、番組オリジナルの問題まで多岐にわたった。

各時間の授業で優秀生徒になると「たけしおとし」という、天神様(菅原道真)を模した北野の人形を、ダルマおとしのように横に輪切りしたパーツを下部より獲得。このパーツを下より重ね、10個すべて集めて人形を完成させると(最終的には扇子に「あんたはえらい!」と書かれる)、世界一周留学旅行を獲得することができた。最初に「たけしおとし」を獲得した生徒は藤原弘達。なお、逸見が「たけしおとし」を完成させ世界一周留学旅行を獲得したものの、北野の強引な番組進行の結果、視聴者へ旅行がプレゼントされると言う事があった[8][要出典]

全教科の解答を終え、その日の成績がトップの生徒もしくは先生の裁量で「最優秀生徒」として認められた場合、番組オリジナルブレザーが授与された。初の優等生も藤原弘達であった(北野曰く「早めにあげておかないと、あげられなくなっちゃうかもしれないから」)。

後に放送されることになる特別番組や兄弟番組『教育学院』よりも、「国語・算数(数学ではない)・理科・社会」(まれに「音楽・家庭科・道徳」などもあった)といった、「国・公・私立中学校入試問題」「小学校の実力テスト」レベルの、義務教育で当然教わっているような問題が重点的に出題されていた。また解答できないことによるジレンマ、先生・学級委員長と生徒とのギャグの応酬も特徴だった。時折、本問の前に過去の珍解答が引き合いに出されることもあった。

番組開始からしばらくは前述のような科目だったがやがて、オープニングにおいて私立幼稚園の入試問題や○×問題が5問連続で出題される「○×テスト」も実施されるようになった(後述のリニューアルまで)。

開始当初は、フジテレビ系列で独占中継している『バレーボールワールドカップ』中継に伴い、1991年11月 - 12月に番組休止が相次いだこともあった。しかし、1992年と1993年のFNSの日は平成教育委員会メインとして『平成教育テレビ』が放送され、1996年まで平成教育委員会の雰囲気を残し制作された。当時のフジテレビの番組対抗特番だった『FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル』のBブロックの全問題の出題を、1992年春から1994年春まで担当した。1996年春・秋に放送された『FNS超テレビの祭典』もこの番組をメインとして放送された。

「たけし・逸見」時代にあった特番では、授業の合い間の「給食」は、立食パーティー風の軽食をとる形式であった。

国語が得意な逸見が国語の問題で不正解であると、生徒である高田文夫渡嘉敷勝男太平サブローなどに突っ込まれると言う「図式」で、笑いを誘い番組を盛り上げていた。逸見は国語と社会が得意で、算数を相当苦手としていた。逆に北野は国語が苦手で、うっかり大ヒントを口走ってしまったり、正解ではないと思ってオープンした解答が、実は正解であったと言うケースが多々あった。

国語の授業で、「『くさい』の反対語を答えなさい」(正解:かぐわしい、など)に対して、ラサール石井が「くさくない」と解答。以降、この類いの問題では北野が予め「言っておきますけど、『○○らしくない』『○○ない』とか言う答えは駄目ですよ。早めに青少年の非行の芽を摘み取っておかないと」などと、ギャグにすることが恒例化した。

「『水』を使った慣用句を答えなさい」との設問で、うっかり逸見が次の問題の解答を言ってしまったことがある。北野曰く「理科や算数の問題は、答えが1つしかないんですから。あれこれ後から言われても、駄目なものは駄目です!」と、生徒達が答えの導き方や正解を説明されても合点がいかずに駄々をこねる場合に言っている。設問では「理由も併せて答えなさい」と言う例はほとんどないと言ってもよく、北野もその点を考慮して「答えがあっていればいい」とも発言している。上記の様な例を逆手にとり、国語や社会であれこれ言ってくる生徒が多い時には「もうこれからは1時間目から算数の授業にしましょうか」「算数の授業4連発なんかいいですね。ああだこうだ言っていたのが、急におとなしくなりますからね」と、北野が冗談半分で生徒に釘をさす場面もみられた。

不正解の解答のレベルや解答した生徒によっては、「ここは笑点お笑いマンガ道場じゃあないんですから。ウケりゃあいいっていうものじゃないから」と、北野が他テレビ局の番組タイトルを引き合いに出し、嘆くフリをする事があった。視聴者から「シンキングタイムは実際にはオンエアより長いのでは?」と、局に問い合わせがくると言う事があった。それに対して逸見が「実際にオンエアとほぼ同じ時間です。ただし、スタジオ内が一瞬静まりかえる事があります」との裏話をしていた。北野曰く「算数の解答時間は、逸見君の解答時間が標準です」との事で、逸見が問題を解き終えるかサジを投げた時点で解答時間終了となっていた。

1993年3月末にて、「第1期」卒業生を北野と逸見が送り出すことになる。卒業証書授与にて、久々に藤原弘達も登場。卒業生が退席した後、北野と逸見はたそがれる教室でそれまでの労を互いにねぎらい、4月からも頑張りましょうと語り合った。

[編集] 逸見の癌治療による降板

1993年10月に、逸見が治療のために降板し、当時同局アナウンサーだった中井美穂が学級委員長代理として出演する。しかし、早期復帰の願いもむなしく、逸見は同年12月25日に死去。このことを受けて、中井は正式に学級委員(「学級委員」は逸見のみの永久欠番となった)に就くこととなる。また、逸見の没後の放送日に彼の追悼番組を行った。ただ、しばらくの間は番組名が『たけし・逸見の平成教育委員会』のままであった。ただし、CM入りの際のタイトルテロップからは『たけし・逸見の』という文字は外されていた。

逸見の死去後も『たけし・逸見の-』との番組名が続行されていたのは、 逸見とその家族への配慮があった事、何より北野が逸見の回復・復帰を願っていたからであると週刊誌などで伝えられている。

[編集] たけし不在時の対応

1994年8月にたけしが交通事故で入院して一時降板したことにより、同年10月よりついに番組名が『平成教育委員会』となる。この時(1994年10月から1995年2月まで)は『平成教育委員会・毎回がスペシャル』と題し、明石家さんま(本名の杉本高文名義で出演)、所ジョージ大橋巨泉などが週替わりで「特別講師」と称し、代理の先生を担当し、教育実習生として福井謙二川端健嗣(共にフジテレビアナウンサー)がサポートするスタイルとなった。また授業も国語や算数といったものではなく、ゼミやコースなど大学のような授業タイトルとなった。

この頃は、統計の上位数項目を当てる「統計テスト」、幾つかの項目を指定された順番に並べ替える「選択テスト」、表に並べられた文字を拾って指定された言葉を作る「単語テスト」、国語の問題で一部分だけ表示されている状態から四文字熟語を当てる形式の問題等、徐々にクイズ形式の問題が増加していった。また教科ごとの成績優秀者などに与えられるものがたけしおとしから番組特製の懐中時計に代わり、これを10個集めれば海外留学ということになっていたが、この間は出なかった。また、問題ごとの点数は1点から最大10点になった。

特別講師が趣味・得意としてる分野を題材にしたクイズコーナー『○○ゼミ』(○の部分に講師の苗字が入る)が設けられ、雑学をベースにした問題が出題された。

この間には『平成教育委員会』としては、1994年12月17日に生放送『全国○×王決定戦』(「FNSの日」と「平成教育テレビ」で定期的に行われていた企画、司会は所が担当)も行われた。また翌年の1995年1月7日には杉本が担当した『平成教育委員会・今回が本当のスペシャル』と称したスペシャル版(これまでのスペシャル版同様の2時間編成であるため)、その翌週の1月13日には大橋が担当した中学受験を間近に控えた小学生向けの2時間スペシャルがそれぞれ放送された。また大橋が担当したこの回は2部構成になっており、1部は大橋が担当、2部がラサール石井の進行担当となった。

その後、『平成教育委員会』としてタイトルを改めた1995年3月4日の放送からたけしが復帰した。この回の視聴率は35.6%(ビデオリサーチ 関東地区調べ)で、ビデオリサーチ「クイズ・ゲーム」部門の史上高視聴率番組・第6位に記録し、1990年代以降のクイズ番組では最高視聴率である[9]

北野が復帰したこの回は番組開始からすぐにの登場ではなく、所が進行の下で進められ番組後半部分に差し掛かった頃に北野が笑いを取るための扮装した姿で登場するという形であった、その翌週も所が進行で北野は解答者として参加する形式で同年3月18日に晴れて先生へ復帰を果たした(同時に班別コース以外での成績優秀者などに与えられるものがたけしおとしが復活)。その翌週放送の春のスペシャルからは、後の特番でも恒例の「給食」の時間が始まった。

[編集] たけし復帰後

北野復帰後も1994年秋以降の構成が継続された。

1995年秋頃から97年1月までは独創力テスト、ひらめきパズル等、クイズ形式のコーナーがメインになっていた。同時に「たけしおとし」は消滅した。

主なコーナーは、早抜け形式の頭の体操「IQ早押し(後に回転力テストに変更)」、従来通り授業形式で行われる「北野ゼミ」、答えが複数ある問題が出題されて他の人(北野も含む)と被らない答えを書いていく「独創力テスト」、提示されたテーマに当てはまらない言葉が読み上げられたら目の前のえんぴつのオブジェを素早く奪取する「瞬間判断力テスト」(このコーナーは後に『ロンQ!ハイランド』でリメイクされた)、チームメイトがカズーで吹いた曲を当てる「音楽リレーテスト」、二つの値を3秒以内に比較する「等号・不等号テスト」、漢字のブロックを並べ替えて二文字熟語のしりとりを完成させる「漢字しりとり」、早書きクイズの「ひらめきパズル」などがある。

また最大10点から200点(1996年4月の放送時間拡大時には400点)までに変更された(また逆に200点減点の大目玉を食らう生徒もいた。この体制はレギュラー終了まで続いた)。ラサール石井はオープニングに登場せず、10点の問題に正解したものの200点減点の大目玉を食らった。本人によると本番前に「トイレの大きい方」に行っていてラサール不在のままオープニングが始まった。

[編集] クイズ形式のリニューアル

一時期、ハンデ制が導入され(この時期は得点制だったため)、過去の成績などを元にハンデを設定していた。そのため渡嘉敷は常に500点からのスタートだったが、優勝できなかった。

この頃は、本編とは別にエンディングで早抜け方式の問題が1問出題されて、時間内に抜けられなかった生徒は放課後残されるという演出があった。

まれに北野も解答に参加することがあり、「瞬間判断力テスト」で優勝したために、最終的に優勝してしまったことも一度あった。

[編集] レギュラー版の晩年(末期)

1996年10月に3チームの対抗戦(田代班・席は青、ラサール班・席は緑、寿美班・席は赤)になり、10月 - 12月は生徒が12人から9人に減らされた。これに伴い、中井は司会兼業から解答者専任となった。

この頃は、レギュラー放送でも「給食」が実施されるようになったが、パズルを解くのではなく、制限時間以内に指定されたテーマの言葉やしりとりを5つ答えていくクイズ形式になっていた(正解したらダッシュして、ベルトコンベアで流されていくプレートを取る。取ったプレートに書かれている人前分の料理が食べられる)。

1997年1月に、新たに助手役として小島奈津子(当時フジテレビアナウンサー)が登場。授業も国語や算数といったものに戻され、初期に近い形となる。

1997年9月27日の最終回では、ラサール石井や清水圭などの優秀な生徒32人が総出演(この時の解答席は青・緑・赤に橙の4色だった)。これまで出題した難問を総復習し、優等生と成績最不良の生徒を決定した。最後に生徒の田代まさしとラサール石井が謝辞を読み上げた。北野もこの番組に対して想いが深かったこともあって、感極まり涙を見せた。

エンディングでは第1回放送の放課後の映像が流れ、北野と逸見が語り合い、お互いに肩を組んで教室を去っていくシーンで番組を締めくくった。

こうして1997年9月にレギュラー放送は終了し、一旦幕を下ろすこととなる。なおこの当時は番組をスペシャル版で継続することまで視野に入れていなかった。

[編集] 備考

レギュラー最終回時点での歴代優等生ベスト5

順位 氏名 回数
1位 ラサール石井 25回
2位 辰巳琢郎 11回
田代まさし
4位 清水圭 8回
5位 田中康夫 6回

北野も「優等先生」として一度だけ(無理矢理に)優勝している(その時の生徒トップは奥山佳恵の610点。北野は1000点)。

レギュラー最終回時点での出席回数ベスト5

順位 氏名 回数
1位 渡嘉敷勝男 149回
2位 ラサール石井 127回
中井美穂
4位 田代まさし 126回
5位 奥山佳恵 100回

レギュラー最終回時点での正解率ベスト5(最終回出演者のみ)

順位 氏名 正解率
1位 清水圭 59.5%
2位 石黒賢 58.5%
3位 ラサール石井 58.4%
4位 宮崎淑子 55.6%
5位 大塚範一 51.5%

レギュラー最終回時点での正解率ワースト5(最終回出演者のみ)

順位 氏名 正解率
28位 出川哲朗 23.8%
29位 松村邦洋 21.1%
30位 岡本夏生 21.0%
31位 渡嘉敷勝男 20.5%
32位 薬師寺保栄 14.3%
  • レギュラー時優等生の賞品
初期 - 中期:ブレザー、後期:金の鉛筆と消しゴム、末期:懐中時計

[編集] 特別番組として復活

2000年1月3日、主に毎年1月2日に放送された『オールスター爆笑ものまね紅白歌合戦』を年末特番に切り替え、代わって視聴者の復活の要望が大きかった『平成教育委員会』が特番として復活。2000年を記念して再び開講された。これが20%近い視聴率だったことから、以降毎年1月3日前後には特別番組が放送された。復活当初の何回かは考え中の音楽、CMアイキャッチ音、エンディング曲などは各時間ごとに「初期→中期→後期」と順番に再現する趣向が行われていたが、やがて全時間、初期のものに統一された。唯一オープニングのみ別のものとなっている。

2003年からは夏休み期間中にあたる8月最終日曜日にも、2004年からは5月のゴールデンウィークと11月3日前後にも放送されるようになった。レギュラー番組の『予備校』『学院』とも連動する形での季節ごとの特番として放送されている。

なお、助手役はレギュラー放送時代から引き続き小島が担当していたが、2003年8月の夏休みスペシャルからは高島彩(当時フジテレビアナウンサー)が担当している。さらに小島とは異なり、高島の就任後は助手風の衣装での出演になっている。

[編集] 特別番組版での授業

基本的には入試問題から出題するものの、番組オリジナル問題も多い。改編期特別番組では、国語→理科→給食→社会の順に行われることが多い。

1時間目は国語であることが恒例となっている。問題は漢字や慣用句に関するものが多い。理科の授業は、物理学の分野から問題が出題されることが多く、化学生物学地学の分野が問題になることは少ない。科学的論拠がなくても結果的に正解であればよいので、偶然当たるということも多い。中学程度の物理知識がないと解けない問題もある。

5時間目に算数が行われることがあるが、1問しか出題されないため、北野の独断で優等生を決定することが多い。その際、論拠の正確さはあまり考慮されていない。

2005年からは通常の書き問題の他にも、国語で早押し形式の問題、社会で3つのヒントから連想される人物や場所を当てる問題といった特殊な問題が出題されることが多くなった(『予備校』『学院』の方でも同様の問題が出題がある)。お正月スペシャルの社会の時間は去年を振り返る「○○年重大ニュース」が恒例となっている。

以前には実力テストという筆記試験が行われていた(2009年5月の特番にて復活)。生徒の実力を示すテストであり、本授業の成績には影響しないが、後述の「給食・団体戦」でのスタッフによるチーム編成の資料となる。この結果を基に各チームの力が公平になるように編成された。なお、このテストは問題作成者以外のスタッフも受験しており、最後のエンドロールで点数が発表された。

夏休みスペシャルは、北野と高島が課外授業を行うコーナーが毎年恒例となっている。北野扮するおじさんの家に小学生役の高島が遊びに行くというコント仕立てだが、必ず北野が高島に「風呂入ろう」と誘うものの逃げられてしまうというオチがついている。近年は、ロケが行われていない。

復活以降は各授業の優秀生徒(成績トップになった生徒、複数いる場合は基本的にジャンケンで決定されるが、北野の独断によって決定されることもある)になると、豪華商品(授業にちなんだものであることが多い)が与えられるようになった。また温泉などの旅行がどれか一つの授業に入っていた。しかし、2008年以降に優等生制度が廃止された。

さらに最優秀生徒(総合成績でトップになった生徒)には賞状などが贈呈される。副賞は海外旅行だが、2009年5月-2010年10月は以下のとおりになっていた。

  • 2009年5月 大手家電メーカーの最新ハイビジョン液晶テレビ4台セット
  • 2009年8月 最新式のエアコン・冷蔵庫・薄型テレビの3点セット(エコポイント対応)
  • 2009年10月 マッサージチェアー・デジタルビデオカメラ・大画面液晶テレビの3点セット
  • 2010年1月 3D映像対応大画面薄型テレビ
  • 2010年5月 同上およびブルーレイプレーヤーの2点セット
  • 2010年8月 最新式薄型3Dテレビ
  • 2010年11月 ノルウェーへオーロラ見学旅行

なお、複数いる場合は優等生の場合に準じる。

[編集] 給食

正解しないと高級料理が食べられない「給食」も恒例企画となっている。個人戦方式とと4人1班で4班に分かれての判別対抗戦方式の2タイプあり、どちらも早抜け制となっている。個人戦は正解した生徒が過半数の8人正解、班別対抗戦は3班が正解した時点で終了となる。正解できないと“おあずけ”になる。知識を問う問題は少なく、パズル的な問題が多い。

2005年正月スペシャル以降は、4班による判別対抗が中心となり、パズル問題に加え以下の企画が行われている。

  • リレーおみくじ:各班の代表者1名が問題カードを1つ選んで、カードに書かれた問題に答える。正解なら襷を次の代表者に渡し、4人全員が正解すれば勝ち抜けで給食獲得。最後に残った1班は給食おあずけ。なお、2〜3枚だけ「大吉」があり、それを引けば問題免除で襷を渡すことができる。
  • 花火大会・問題駅伝:「リレーおみくじ」の夏バージョン。「大吉」のくじは無く、3番目に抜けた班は給食が1品しか貰えない。
  • 初夢すごろく:代表1人が双六の駒になり、残り3人が○×クイズに答え、正解した人数だけ駒を進めることができる。途中で“おみくじチャンス”のマスがあり、おみくじによって出題された問題に正解してすればさらに1マス進むことが出来るが、おみくじの中には「凶」が入っているため、それを引いてしまうと「ふりだしに戻される」「最下位のチームと入れ替え」など一気に不利になるペナルティが課された。双六を上がった先着3班が、給食を獲得できる。
  • みんなでドリルスペシャル:『学院』で行われている「みんなでドリル」の拡大版。
  • 班別対抗みんなで音楽ドリル:「みんなでドリル」のアレンジ版で出題されるのは音楽のみ。スタジオでの生演奏を使用し、曲名や作曲者名などを早押しで答える内容だが、前述のほか歌の続きを答える問題や楽器を用いて正しい音を出す問題もあった。リレーおみくじなどと同様に4班で対戦し、4人全員正解で給食獲得となり最後に残った1班は給食おあずけとなる。演奏は2009年10月SPでは東京ブラススタイル、2010年1月SPではさいたま市立蓮沼小学校ブラスバンド部が担当した。
  • 8人VS8人早押しバトル:8人一組で対戦し、国語・算数・理科・社会・保健体育・家庭科のジャンルから問題を選び、早押しで答える内容で先に8問正解した班が給食を獲得できる。

2009年5月のスペシャルでは今までの方針から一変し、全教科終了後に成績順に発表された上位8名のみが獲得できる方式に変更された。一方、敗者は3択クイズに挑戦して正解すれば一品ではあるが食べられるようになっていたが、最終的には不正解だった人も食べることができていた。ただし、不正解者向けには高級食材は使用されていなかった。

2010年8月のスペシャルでも全教科終了後に成績順に発表される方式が取られた。全員が獲得できたがA-Fにランク分けされ、ランクごとにグレードが違っていた。

2010年11月のスペシャルでは、事前に行われたテストの成績別に料理の質が変わる。また、一問多答問題に正解すれば、成績に関係なく料理を食べることができた。

2011年10月のスペシャルでは、恒例企画の「給食」は行われなかった。

給食に登場する店については、番組内で北野が、「美川憲一うつみ宮土理らと、“おいしいものを食べよう会”という会を作って、そのメンバーで行ったお店だ」と語ったことがある。

[編集] 特番での歴代最優秀生徒

タイトル 最優秀生徒 備考
平成教育委員会2000年正月スペシャル 内田有紀  
平成教育委員会2001年正月スペシャル ラサール石井
平成教育委員会2002年正月スペシャル 清水圭
平成教育委員会2003年正月スペシャル 片山晋呉
平成教育委員会2003年夏休みスペシャル 斉藤仁
平成教育委員会2004年正月スペシャル 水野真紀
平成教育委員会2004年1年生スペシャル ミムラ
平成教育委員会2004年夏休みスペシャル 水道橋博士 白眞勲とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2004年学問の秋スペシャル 江川達也  
平成教育委員会2005年正月スペシャル 永田寿康
平成教育委員会2005年1年生スペシャル 笹岡隆甫
平成教育委員会2005年夏休みスペシャル 八代英輝
平成教育委員会2005年学ぶ門には福が来るスペシャル 清水圭
平成教育委員会2006年正月スペシャル 黒田知永子
平成教育委員会2006年祝!新学年 学問の道一直線スペシャル 勝谷誠彦 村主章枝とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2006年夏休みスペシャル 宇治原史規
平成教育委員会2006年学問の道スペシャル 京本政樹 麻木久仁子東ちづるとのプレーオフで勝利
平成教育委員会2007年入試直前スペシャル 山本博 アーチェリー選手
平成教育委員会2007年難関中学校スペシャル 湯浅卓 陣内孝則、清水圭とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2007年真夏の林間学校スペシャル 清水圭  
平成教育委員会2007年秋真っ盛りスペシャル 麻木久仁子
平成教育委員会2008年今年も考えチュースペシャル 市川亀治郎 岡島秀樹とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2008年春の最新中学入試スペシャル <スーパークイズウィーク> 千代大海  
平成教育委員会2008年真夏の頂上決戦スペシャル 市川亀治郎
平成教育委員会2008年秋インテリ大激突スペシャル 宇治原史規 中田敦彦とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2009年モ〜勉強スペシャル 宇治原史規  
平成教育委員会2009年最新中学入試スペシャル 宇治原史規
平成教育委員会2009年暑気笑い!!夏休みスペシャル ガダルカナル・タカ 宇治原とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2009年秋の学問大収穫スペシャル 八田亜矢子  
平成教育委員会2010年新春ウル寅授業スペシャル みのもんた
平成教育委員会2010年祝たけし先生勲章受章 春の連休ボケ解消スペシャル 林家正蔵 宇治原とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2010年たけし先生がお手伝い 夏休み自由研究スペシャル 宇治原史規  
平成教育委員会2010年全世代参加一斉テスト 秋の学力大収穫祭スペシャル 宇治原史規 丸川珠代とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2011年合格祈願!!受験生必見 大人も学べる入試スペシャル 黒谷友香 宇治原とのプレーオフで勝利
平成教育委員会2011年ニッポンを学ぼうスペシャル 三浦奈保子  
平成教育委員会2012年最強国語王決定戦スペシャル ホリプロチーム(船越英一郎宮崎美子西川史子  

[編集] 兄弟番組の誕生

2005年1月3日のスペシャルの放送の際、北野が「あまりに生徒(解答者)の成績の出来が悪いので、いっそのこと予備校を設立して、そこで優秀な生徒に委員会に出席してもらいたい」ということから、2005年1月16日から『平成教育2005予備校』をスタートさせ、専任講師(司会)としてユースケ・サンタマリアを招くこととなった。

2006年10月から『熱血!平成教育学院』に改題、1時間番組に拡大され、2011年4月から9月までは『1年1組 平成教育学院』として再リニューアルを行った。

当初は「『予備校』もしくは『学院』での成績優秀者は『教育委員会』の出演を果たし、逆に『教育委員会』で成績の芳しくないものは『予備校』『学院』に送られる」というシステムだったが、次第にそれらの設定は無くなっていった。しかし、『予備校』『学院』の生徒が『教育委員会』に毎回出演しており、出演への足掛かりという点では維持されていた。

[編集] 北野と逸見の親交

この番組をきっかけに、司会を務めた北野武と逸見政孝は唯一無二の親友として交友を深め、家族ぐるみでの交流をもっていた。逸見に癌が見つかった際には、北野は全快を祈って酒断ち(逸見の告別式の日まで続いた)をし、お祓いを受けたパジャマを逸見にプレゼントしていた。ワイドショーのインタビューにも北野は「気持ちは直接伝えてある。テレビを通じて気持ちを伝えるほど離れた仲じゃない」とだけ答え、これを聞いた逸見は感激していたという。また逸見が亡くなる直前に家族以外で面会を許された数少ない人物の1人が北野であったという。面会の際の逸見の変わり果てた姿にショックを受けた北野は、それ以降逸見の告別式の日まで仕事をすべてキャンセルした。

番組最終回の直後の記者会見で北野は、逸見の名を出し「最後まで逸見さんと一緒にやりたかったなぁ…それが心残りです」という言葉で締めくくっている。

[編集] BGM

パロディウスだ!』や『スーパーマリオブラザーズ』、『熱血硬派くにおくん』、『ウィザードリィ』などレトロゲームのBGMや効果音の使用が多い。2006、2007年に発売されたニンテンドーDSのゲームソフトでも『スーパーマリオブラザーズ3ファミコン版)』の効果音をほぼそのまま使用している。

[編集] マスコットキャラクター

[編集] 勉強小僧

番組開始時から登場している、番組のマスコットは勉強小僧(べんきょうこぞう)と呼ばれる学生服にメガネ姿の少年を模したキャラクターである。勉強小僧は様々な語彙をもって番組の進行をフォローする。セリフにはいろいろなパターンがあるため、独立項目として列挙する。

なお、勉強小僧は発音がはっきりしており、たとえば「必要」の「う」は、通常では「0(オ)」に近い音になるが、「U(ウ)」と発音する。

  • 始まりだよ」 - 番組オープニング時、CGからスタジオ放映へ画面が移る時に言う。
  • 今日の生徒」 - オープニングで先生と逸見のトークを終え「起立、礼」の号令の後、出席生徒を紹介する際に言う。生徒名も「○○○君」と、君づけで勉強小僧が紹介する。
  • 1時間目、国語」 - 2時間目算数、3時間目社会…と言った時間割に準じたセリフもある。
  • 問題」 - 問題提示時。
  • ビックリしたなぁ〜もう」 - 先生が問題の答えを思わず口走りそうになったり、すぐに解ってしまうような大ヒントを思わず口にしてしまった時。又、生徒が気付かずに、すぐ正解とわかる様な質問を先生にした時など。元々は三波伸介の持ちギャグのひとつで、たけし扮する「鬼瓦権造」の持ちネタでもある。
  • 考え中」 - シンキングタイムのジングルと共に。
  • 中学校入試だよ」 - 上記「考え中」と共に、シンキングタイムのジングルと一緒に。
  • 小学生に負けるな」 - 上記「考え中」と共に、シンキングタイムのジングルと一緒に。
  • 終わり」 - シンキングタイムの終了と同時に。
  • 早く〜」 - シンキングタイムが終了してもなお、考えている生徒がいる時。
  • CM、だよ」 - シンキングタイム終了時にCMに入る場合にかつて使われていた。
  • 正解は、CMの後で」 - 上と同じくかつて使われていた。代わって問題のヒントを言ってCMに入ることが多くなった。
  • まだ○○」 - 初期に教科名。
  • ○○君の答え」 - 個別の生徒の解答を画面に出す場合。
  • ちがうよ」 - 生徒の解答が間違っている時 また、平成教育学院及び2007年1月のスペシャルより不定期でブザーが鳴ることもある(おもに、お手つきや同じような答えを言った時に鳴ることが多い)。
  • ちがう!」 - 例題問題の解説時、逸見君が打ち合わせにない、辻褄の合わない説明をした時。
  • 全員の答え」 - 全員の答えをオープンする時。
  • 変なの」 - 生徒がポイントのずれた解答をした場合に言う。
  • 正解者は、こちら!」 - 正解者の答えを赤く表示する。
  • 正解者に拍手。よくできました。よくできました。」 - オープンした生徒の解答が正解だった場合、または全員の解答をオープンして正解者がいた場合。このときの「よくできました」は必ず二回繰り返す。
  • (○○君、)お見事〜」 - 正解者が1人〜2人である場合。または全員正解の場合。
  • やっぱり、ダメ〜」 - 正解が取り消される場合。
  • 全員はずれ」 - 全員不正解だった場合。
  • よくわかる、解説!」 - 理科・算数などの解答の解説VTRを流す際に使われる。
  • おめでとう、おめでとう」 - 各時間の授業での最多正解者または優等生になった場合。
  • 諦めてください」 - 不正解を書いた生徒が先生に食い下がっているときに使われることがある。
  • 何を言ってもダメ! 諦めなさい」 - 不正解を書いた生徒が先生に食い下がっているときに使われることがある。
  • 諦めなさい!」 - 上記と同様。
  • 豪華な賞品、あた〜り〜」 - 生徒が賞品を獲得したときに使われる。
  • 美味しい料理を、召し上がれ」 - 給食で正解者が出たときに使われる。
  • (間違い、間違い)席に戻って、やり直し!」 - 個別に解答を提示する場面で誤答となった場合に使われる。
  • もう一度考えてみてください」 - 上に同じ。
  • 惜しいっ!」 - 生徒の解答が惜しいときに使われる。繰り返す場合あり。
  • そろそろ終わりましょう」 - 算数など時間がかかる問題の解答中に使われる。
  • おまけかな」 - おまけで正解にする場合に使われる。
  • 先生、お願い!!」 - 北野・逸見が行うスタジオ実験が上手くいかない時。
  • 実験失敗!!実験失敗!!」 - 北野・逸見が行うスタジオ実験が失敗、スタジオが水浸しになった時。
  • ○○君、分かったかな?」 - 生徒が解説を見・聞いて、理解したか確認するために使われる。
  • ○○君、すごい!」または「おみごと〜!」 - 生徒の解答が見事である時。2回連続で「おみごと〜! おみごと〜!」の場合もある。
  • さすが、学級委員長!」 - 視聴者向けに出される「宿題」の解説を、逸見が難儀をしながらも見事説明し切った際に、勉強小僧が逸見を賞賛する。
  • 宿題のヒント」「月曜日までにポストに入れてね」 - 番組ラストに視聴者向けの宿題が出題される際の、勉強小僧の言葉。「たけし・逸見」時代は、土曜日の夜に放映されていたので、宿題の答えを書いた葉書を投函する日の期限が月曜日とされていた。

北野は、編集後のビデオや放送をあまり見ていなかったため、番組開始からしばらくの間、勉強小僧の存在を知らなかった。放映開始から半年以上経過したある回で「こないだビデオを観ていて、こいつが勉強小僧か、と知りましたよ」と発言。それまでは「勉強小僧が…」と出席生徒たちが話しているのを聞き、北野が「勉強小僧って何ですか?」と問い返す場面があった。

レギュラー終了後の特番「2000年正月スペシャル」の際、実際に勉強小僧の姿をした少年が登場、時間ごとの優等生及び最優秀優等生に目録を手渡す役目を担った。

[編集] 解説政孝君

視聴者プレゼント用の問題が番組ラストで「宿題」として出題され、また最初期の内容は主に理数系の問題や公務員試験に出されるような問題が多かった。はじめは逸見が前回の宿題の解説及びその回の宿題の出題をしていたが、その解説は「おぼろげながら」と北野が指摘するように、いつもの逸見らしからぬ言動で一所懸命暗記したと思われる解説文を、時に大汗をかきながら行うものだった。プロのアナウンサーで「平成教育委員会の学級委員長」を務め、模範的キャラクターとされた逸見が、違った一面をのぞかせるエピソードであった。

また、1992年学問の秋スペシャルより、難解な説明を要する宿題の解説にはCGで作成された図や表入り画面とともに、逸見に似せたキャラクターが登場。勉強小僧の「解説政孝く〜ん」の掛け声と共にCGに切り換わって解説するケースがあった。実際の逸見のように解説に詰まる演出も見られた。

[編集] 関連グッズ

[編集] 主題歌

歴代エンディングテーマ

※現在特番でも流れている「こども天国」以外は全てレギュラー放送時代のみ。

[編集] スタッフ

[編集] レギュラー放送時代

[編集] 特番放送時代

2011年1月放送分
  • 企画:ビートたけし
  • 構成:原すすむ川崎良恒川省三塚田ゆみ
  • 出題リサーチ:桐原弘明、T2ファージ
  • 解答解説協力:日能研
  • 音楽:大島ミチル
  • TP・TD:高瀬義美
  • SW:長瀬正人
  • カメラ:横山政照
  • VE:水野博道
  • 音声:森田篤
  • 照明:渡辺啓史
  • 音響効果:橅木正志
  • LED:芦木久宗、小神野徹、北畠大
  • 編集:渡辺篤
  • MA:志村武浩
  • 美術プロデューサー:本田邦宏
  • 美術デザイン:坪田幸之
  • 美術進行:林政之
  • 大道具:福田智広、茂進
  • 装飾:中山大吾
  • 電飾:中みつ子
  • アクリル装飾:下平雄治
  • アートフレーム:菅沼和海
  • メイク:佐藤恭子
  • スタイリスト:佐藤ミサキ
  • CG:宮門裕
  • WEB制作:斉藤由希
  • 編成企画:塩原充顕(フジテレビ)
  • 広報:小出和人(フジテレビ)
  • TK:後藤有紀
  • AP:梅野真未
  • ディレクター:立川英弘、安藤正俊、花土昌紀、久保田集、斉田泰伸、竹田愛彩
  • 演出:柴田裕正/上西浩之
  • プロデューサー:角井英之
  • 技術協力:ニユーテレスFLT、エイケイ、東京チューブ、ヌーベルバーグ、スカイウォーカー
  • 美術協力:フジアール、Lefty's
  • 収録スタジオ:TMCレモンスタジオ
  • 企画制作:フジテレビ[10]
  • 制作著作:イースト・エンタテインメント(2010年8月までがイーストと表記)[10]
過去のスタッフ

[編集] 遅れネット局

高知県では、高知放送で土曜夕方4時から放送していた。なお、末期の1997年4月からは高知さんさんテレビで同時ネットで放送。ほかに青森県は青森テレビ、山梨県はテレビ山梨、山口県はテレビ山口(のちに山口放送)も放送された。

[編集] 脚注

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  1. ^ レギュラー時代は出演時と同じく"北野武"名義。
  2. ^ 2011年10月2日放送分から。それ以前はモノラル放送及びモノステレオ放送を実施した。
  3. ^ 製薬会社は業界の紳士協定で31分以上の一社提供を避けているため[1]
  4. ^ フジテレビ系列では関西テレビ放送製作の月曜22時枠(現『SMAP×SMAP』 かつては水曜22時、火曜22時だった時代もある)でも同様の処置として2010年3月まで、前半がロート製薬単独、後半はロート以外の複数協賛社提供としていた(特番など例外的に1時間を通してロート製薬を含めた複数協賛扱いとなる場合もあった)が、2010年4月からはロートは冠協賛から外れて複数協賛社(各社扱い)の一つに降格。
  5. ^ 事実上、『ビートたけしのつくり方』までの木曜夜8時枠の提供枠(6分)と同番組枠(4分30秒)の交換
  6. ^ ツムラなどの複数社(3分)と全て30秒の複数社(3分)と毎週入れ替え。この体制は2011年3月5日の「(株)世界衝撃映像社」まで続いた。
  7. ^ 朝日新聞より。また、2010年8月29日2012年1月18日放送のスペシャルでも若干このことに触れている。
  8. ^ 1993年1月23日放送分より
  9. ^ [2]
  10. ^ a b 2010年9月まではフジテレビ・イーストエンターテインメントは2社共同制作の形を取っており、クレジットも「制作」(著作表記はなし)でくくられていたが、2010年10月以後、著作権は外部制作プロダクションのみの表示に改められている

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

フジテレビ 土曜19時台
前番組 番組名 次番組

19:00所さんのただものではない!
(1985年10月 - 1991年9月)
19:30やっぱり猫が好き
(1988年10月 - 1991年9月)
たけし・逸見の平成教育委員会

平成教育委員会・毎回がスペシャル

平成教育委員会
(1991年10月 - 1997年9月)


奇跡体験!アンビリバボー
(1997年10月 - 1998年9月)
フジテレビ系 土曜19:54 - 19:55枠
花丸チェック
(19:54 - 20:00)
【土曜版一旦休止】
平成教育委員会
(1996年1月 - 9月)
【1分拡大して継続】
花丸チェック
(19:54 - 20:00)
【土曜版再開】
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