山本博 (アーチェリー選手)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 個人情報 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 生誕名 | 山本 博 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 国籍 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 誕生日 | 1962年10月31日(50歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| スポーツ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 国 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 競技 | アーチェリー | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
山本 博(やまもと ひろし、1962年10月31日 - )は神奈川県横浜市保土ヶ谷区出身の日本のアーチェリー選手、日本体育大学体育学部 教授。日本体育大学体育学部社会体育学科卒業。ロサンゼルスオリンピックアーチェリー男子個人銅メダリスト、アテネオリンピック銀メダリスト。通称「山本先生」「中年の星」。
アーチェリー競技において、日本を代表する選手として長年にわたり活躍。アテネオリンピックで41歳にして銀メダルを獲得し注目を浴びた。
目次 |
経歴・競技歴等[1][編集]
- 横浜市立坂本小学校出身
- 横浜市立保土ヶ谷中学校のアーチェリー部で、アーチェリーを始める。
- 横浜高等学校時代:インターハイ3連覇を達成。愛甲猛と同級生である。
- 1984年:日本体育大学3年生の時、ロサンゼルスオリンピック出場。男子個人で銅メダルを獲得。
- 全日本学生選手権(インカレ)個人4連覇を達成。(因みに、一浪しているため、インターハイと合わせて7連覇ではない。浪人時代の第二十回優勝者は1歳年上の太田信之[2])
- 1986年:日本体育大学卒業。教員免許を取得。日本体育大学助手に就任。
- 1988年:ソウルオリンピックに出場。8位入賞。
- 1989年:大宮開成高等学校に保健体育教諭として赴任。
- 1990年:第23回全日本社会人選手権の男子70メートルで344点の世界新記録を達成。
- 1992年:バルセロナオリンピックに出場。予選を9位で突破し、決勝トーナメント1回戦で、1989年世界選手権王者ではあるが予選を24位で通過したザブロドスキー(EUN)と対戦。序盤からリードを許し、106-108で惜しくも敗退。17位に終わった。テレビ朝日の松井康真アナウンサーと密着取材で知り合う。
- 1996年:アトランタオリンピック19位。
- 2002年:釜山アジア大会優勝。
- 2004年:アテネオリンピックアーチェリー男子個人でマルコ・ガリアッツォに次いで銀メダルを獲得。
- 2006年:大宮開成高等学校を退職し、日本体育大学女子短期大学部助教授に就任する。
- W杯トルコ大会にて男子団体で守屋龍一(近大)金村賢(京都・莵道高)らと組み優勝。
- トルコ大会直後、世界アーチェリー連盟発表の6月11日付ランキングで、日本人として初めて1位にランク付けされた。また同月27日付のランキングでも1位をキープ。
- 2007年:世界選手権最終選考会で4位に終わり、世界選手権連続出場が13回で途切れた。またアジア選手権でも成績が振るわず、北京オリンピック出場の可能性がなくなった。山本が国内予選で敗れてオリンピックに出場できないのは、モスクワ、シドニーに続いて3度目。
- 2009年:世界選手権大会日本代表予選3位通過により、日本代表選手(14度目)に内定する。6月、国体予選で男子70メートル(36射)で345点をマークし、自身が持っていた344点の日本記録を19年ぶりに更新。70メートルラウンド(72射)でも687点の日本新を出した。
- 2011年:弘前大学大学院在学中。
20年かけて金メダル[編集]
最初の銅メダルから20年を経て41歳で1つランクアップした銀メダルを獲得したことが話題となった。「20年かけて銅から銀へとなりました。これから20年かけて金を目指します」(下記山本博公式ホームページより引用)と、ひたむきにあきらめずに努力することが成果につながることを身を以て示しつつ、さらに上を目指すことを宣言。
(「20年後に金メダル」に関する参考)なお、日本人選手では射撃の蒲池猛夫が48歳4か月でロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得している。また出場だけであれば馬術の法華津寛が71歳でロンドンオリンピック (2012年)に、井上喜久子が63歳9か月でソウルオリンピックに出場している。世界記録では、射撃のオスカー・スバーン(スウェーデン)が64歳と258日でストックホルムオリンピックで金メダルを獲得している。
エピソード[編集]
- 高校3年次同志社大学を受験するも不合格、将来は教員志望という事もあり一浪して体育教員養成では定評もあり、アーチェリー部のある日本体育大学体育学部健康学科に合格した。本人曰く大学からも受けないか、との勧誘もあったとインタビューでは語っている。指導者(体育教諭)として大宮開成高校時代にインターハイで全国制覇、母校日体大では受験に失敗した同志社大学に勝利しインカレで日本一に導いている。
- 趣味はオートバイ(愛車はホンダ・GL)、ゴルフ。
- 現在はコメンテーターとしてのテレビ出演なども多く、アーチェリーという露出の少ない競技の選手のなかでは知名度が高い。
- 子供も学校の部活動でアーチェリーをしている。(徹子の部屋・2007年4月10日放送から)
- ジャンクSPORTSで150m離れた的に1発で当て出演者を驚かせた。
- 義父(妻の父)は世田谷アーチェリークラブ「SAC」の創設者であり、革細工を趣味としている。山本の使うクイーバー(en:Quiver)(腰に巻く、矢を入れておくもの)はその殆どが義父の手作りである。
- 2008年、ベスト・ファーザー イエローリボン賞受賞。
- 同志社大学の入試で、選択問題の答えをすべて1と書き不合格となる。
- 現在はさいたま市大宮区在住。Jリーグの大宮アルディージャのファンである。
- かなりのディズニー好きであり、アテネオリンピックの壮行会をディスニーリゾートでやっている。『ディズニーパラダイス』では数々のグッズを持ってきて司会者・森公美子、石井正則を驚愕させた。2011年6月28日放送の『開運!なんでも鑑定団』でもディズニーのバッジ380点を鑑定依頼し、40万円と鑑定された[3]。
主な出演[編集]
テレビ番組[編集]
- スタ☆メン(フジテレビ・関西テレビ)
- SMAP×SMAP(関西テレビ・フジテレビ)
- NNN Newsリアルタイム(日本テレビ)
- ジャンクSPORTS(フジテレビ)
- アスリート応援TV! ニッポン!チャ×3(TBS)
- ブロードキャスター(TBS)
- スーパーモーニング(テレビ朝日)
- ディズニーパラダイス(ディズニーチャンネル、2005年1月)
- サキヨミLIVE(フジテレビ・関西テレビ)
- 鶴瓶の家族に乾杯(2008年6月16日・23日、NHK)
- 日立 世界・ふしぎ発見!(2009年8月22日 - 、TBS)
- Mr.サンデー(2010年4月 - フジテレビ・関西テレビ)セミレギュラー
- 開運!なんでも鑑定団(2011年6月28日、テレビ東京)
- ちちんぷいぷい(毎日放送)
CM[編集]
- 松下電器産業 ジョーバ(日本のおなか篇)(2007年 浅尾美和と共演)
- 任天堂 Wii Sports Resort(2009年6月「岡村隆史 VS 山本博」編:ゲーム中にあるアーチェリーでナインティナインと共演)
その他[編集]
- みんなのニンテンドーチャンネル「リンクのボウガントレーニング(アーチェリーについてのトークと併用)」
外部リンク[編集]
- 山本博プロフィール - JOCによるプロフィール
- 山本博公式ホームページ
- どらく-ひとインタビュー 『アーチェリーと教師の仕事が 僕を進化させ続ける』