杉浦圭子

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すぎうら けいこ
杉浦 圭子
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 広島県広島市安佐南区八木
生年月日 1958年11月20日(56歳)
最終学歴 早稲田大学第一文学部国文学科卒業
勤務局 NHK大阪放送局
部署 編成部アナウンスルーム
職歴 東京アナウンス室→大阪→東京アナウンス室→広島→東京アナウンス室→広島→大阪
活動期間 1981年
出演番組・活動
現在 本文参照
過去 本文参照

杉浦 圭子(すぎうら けいこ、旧姓・清水、1958年11月20日 - )は、NHKチーフアナウンサー

人物[編集]

広島女学院中学校・高等学校を経て早稲田大学第一文学部国文学科卒業後、1981年入局。小学校から大学まで放送部に所属。校内放送で校舎に自分の声が響き渡ることが好きだったという。

入局後は数多くのジャンルの番組を担当。特に1988年の『第39回NHK紅白歌合戦』では、女性で初めて『NHK紅白歌合戦』の総合司会を務めた[1]

自らが被爆2世であることから[2]平和への思いは強く、被爆者、平和活動のグループなどの取材を精力的にこなし、伝えることの大切さを学ぶ。また、大の広島東洋カープファンでも知られる。趣味は宝塚観劇。自他共に認める小林幸子似でもある(当の小林にも言われている)。

大学時代に『週刊朝日』(1980年11月14日号)の表紙に、巫女姿で登場したことがある。

山中秀樹(元フジテレビアナウンサー)は、同郷人且つ早稲田大学の同期であり、また放送研究会でも一緒だった。杉浦は自身が『7時のニュース』を担当していた当時、山中が『7時のニュース』での杉浦のアナウンスをチェックしていて、彼から厳しいアドバイスを度々貰っていたことを明かしていた[3]

元日に定時ニュースを担当する際には着物を着ていることが多いとされているが、これについては賛否両論があるようである。

女性としては高身長であることでも知られる[4]

現在の出演番組[編集]

過去の出演番組[編集]

東京アナウンス室時代
大阪局時代(初期)
広島局時代
  • NHKニュースおはよう日本(平日5:56〜6:00の気象情報(自動音声でのアナウンス)、2007年度、中国地方のみ)
  • 中国地方の気象情報(土曜・日曜・祝祭日5:55〜6:00(自動音声でのアナウンス)、2007年度、中国地方のみ)
  • ヒバクシャからの手紙(2007年・2008年8月5日深夜に放送 周山制洋アナウンサーと担当 テレビ放送は2007年度は中国地方とNHKワールド(ラジオを含む)のみで全国放送はラジオのみ。2008年度はテレビ・ラジオとも全国放送およびNHKワールドで放送)
  • おはようちゅうごく(キャスター 2012年4月~2013年3月)
※この他、地上波テレビ・AM・FM各放送のコールサインのアナウンスも担当。

過去に書いていたコラム[編集]

  • 『杉浦圭子のステーション・ブレイク』(サンデー毎日 1988年〜1990年)

その他[編集]

90年代後半、いしいひさいちがNHKニュースをパロディで扱う際のキャスターとして、度々藤澤秀敏とペアで登場していた。実際に二人がペアという過去は無く、当時のNHKの顔の象徴として戯画化されたものである。

同期のアナウンサー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ NHK紅白歌合戦ヒストリー
  2. ^ NHK特集『夏服の少女たち』 1988年8月6日放送にて自ら発言。
  3. ^ サンデー毎日』に1987年~1990年まで連載していたコラム『杉浦圭子のステーション・ブレイク』より。
  4. ^ 岡野敏之「女子アナぱこぱこ大図鑑」、読売新聞社より。
  5. ^ 「アナウンサーたちの70年」(NHK著)より。

外部リンク[編集]