生方恵一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
うぶかた けいいち
生方 恵一
プロフィール
愛称 うぶうぶおじさん[1]
うぶじい[1]
出身地 日本の旗 日本 群馬県前橋市
生年月日 1933年3月25日
没年月日 2014年12月15日(満81歳没)
最終学歴 早稲田大学政治経済学部卒業
職歴 日本放送協会(NHK)旭川札幌大阪東京アナウンス室[2]日本テレビ放送網局契約)→フリーアナウンサー
活動期間 1956年〜2014年
ジャンル 文化・音楽
出演番組・活動
過去 本文参照

生方 恵一うぶかた けいいち1933年3月25日 - 2014年12月15日)は、日本フリーアナウンサー。元NHKアナウンサー1984年、『第35回NHK紅白歌合戦』での「ミソラ発言」で広く知られている。群馬県前橋市出身[2]生方 めぐみうぶかた めぐみ)という筆名で作詞を手掛けた曲がいくつかある。

略歴[編集]

  • 実家は履物商。県立前橋高校から早稲田大学政治経済学部に進学。卒業後、アナウンサーとして1956年に日本放送協会入局[1][3]。同期は山川静夫[1]
  • 1970年代後半から東京局18:00〜19:00のFMローカル枠である『夕べの広場』のDJを務め、「大統領ジミー・カーター、アナウンサーはウブーカーター」などの文言でNHKらしからぬキャラクターで高齢者から若者までに人気を博し、「うぶうぶおじさん」「うぶじい」などの愛称で親しまれた[1]
    • 『夕べの広場』では、主に火曜日を担当していたが、他の曜日の倍以上のリクエストハガキを集めていたと自身が放送で語ったこともある。また「この曲で2人」(オリジナルとカバーの聴き比べ)や放送開始直後1曲目の曲当てクイズを行うなど当時のNHKとしては画期的な内容も行われていた。
  • 1984年、『第35回NHK紅白歌合戦』で総合司会を担当[4]。「ミソラ事件」を起こす。
  • 1985年大阪局に異動。「ミソラ発言」の影響では、と騒がれる。この年限りでNHKを退職し、フリーに転身。
  • フリー転身からしばらくの間、日本テレビ専属契約していた。その他、テレビドラマにも出演した。
  • 2006年5月13日公開の映画『青いうた〜のど自慢 青春編〜』に、司会者役で実名で出演。
  • 2014年12月15日に肺炎のため81歳で死去した[5]

ミソラ事件[編集]

1984年12月31日、『第35回NHK紅白歌合戦』で総合司会を担当[4]。同紅白でラストステージを公言していた都はるみが、涙のアンコール曲となった「好きになった人」を歌い終えた直後、得点集計に移ろうとした生方は、「もっともっと、沢山の拍手を、ミソラ…(首を振りながら絶句、一瞬固まる)、ミヤコさんに、お送りしたいところですが…何ぶん限られた時間です。結果の方に移らさせて頂きます」と、都の名前を美空(ひばり)と言い間違えてしまうという失態を演じた[6]。この映像はNHKの公開ライブラリーで視聴することができる。

その場で指摘した歌手は誰もいなかった。しかし翌1985年の年明けからこの事件に関して、当時は単なる言い間違いでは済まされないものとされ、週刊誌や民放各局のワイドショーバラエティ番組などでも大きく取り上げられるようになった(後に紅白ではこのような演出やハプニングはある程度認められるようになった)。生方本人も当時放送総局長だった川口幹夫の提案で、1月9日に一言謝罪の言葉を述べていたものの、その後に生方が異動や退職したことで、話が大きくなってしまった一面がある。

生方本人によると、その後7月にあった大阪局への異動は、紅白前から既に内示のあったものだったとしており、退職の理由は異動後の役職がアナウンスから離れていたもの(栄転)であったから、さらに『週刊現代2005年1月1日号では、夫人の乳癌手術による単身赴任を嫌ったものとして、「ミソラ事件」の影響という説をあえて否定している。

ただ、同じく『週刊現代』2005年1月1日号での述懐で「『はるみちゃん』と呼ぼうとするのをNHKらしくするために『都はるみさん』ととっさに変えたことに間違いがあったと反省しており、それは徳光和夫に指摘されたとのことである。また白組司会を務めていた先輩の鈴木健二が、『私に1分間をください!』[4](アドリブでアンコールを入れた)発言からによる進行の混乱を招いたことが原因と捉え、フォローできなかった点と合わせ、申し訳なかったと思っている」と述懐している。

美空ひばりは長く紅白の紅組トリを取って来た中心的歌手だったが、ここ数年は弟の不祥事のため選ばれなくなり、またひばりの方も依頼が来ても受けなくなるなど確執があった。ひばりはこの時、親友の浅丘ルリ子らと自宅のテレビで紅白を観ていたが、「あっ!うぶさん、今変なこと言ったよ」と浅丘と思わず顔を見合わせた後、ひばりは「うぶさんったら、私のことホント好きなんだから」と苦笑いしたという。この場面をテレビで見ていたひばりの関係者は「お嬢、大変なことが起きた!」と叫んだとされるが、ひばりは「あのアナウンサーの人(生方)があれでNHKをクビになるんだったら、私が一生食べさせてあげなきゃ」とも話していた。

都は紅白後に「あんなこと(NHK退職)になっちゃって、あなたも大変だったわね」と気遣い、また数年後の復帰公演の楽屋で都は「少しは気が楽になったでしょう」「肩の荷が下りたでしょう」などと直接生方に声を掛けており(生方からは「はるみちゃん、戻ってきたんだね」と返事したという)、当事者の2人は生方に対して同情的であり、事件後も2人は生方との親交が続いていた。

主な出演番組[編集]

NHK関係
他局(フリー転身後)

主な出演映画[編集]

主な著作[編集]

主な作詞[編集]

生方 めぐみ名義
  • あなたのふるさと(作曲:天井正)
  • 雨があがって(作曲:松田篝)
  • お父さんの思い出(作曲:天井正)
  • おやじのロック(作曲:松田篝)
  • 恋のひと言(作曲:大塚善章
生方 恵一名義
  • ひとね橋(作曲:千木良政明)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f 元NHKアナウンサー・生方恵一さんから! 夫婦で残した『ひるのプレゼント』”. 発掘ニュース. 日本放送協会 (2014年10月10日). 2014年12月21日閲覧。
  2. ^ a b 生放送だよ人生は”. 商品の説明. Amazon.co.jp. 2014年12月21日閲覧。
  3. ^ a b “生方恵一さん死去 紅白司会で「ミソラ」”. TOKYO Web (中日新聞社). (2014年12月20日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014122002000232.html 2014年12月21日閲覧。 
  4. ^ a b c d 第35回NHK紅白歌合戦”. NHK紅白歌合戦ヒストリー. 日本放送協会. 2014年12月21日閲覧。
  5. ^ 元NHK生方アナ死去 紅白で総合司会 デイリースポーツ 2014年12月20日閲覧
  6. ^ “元NHKアナウンサーの生方恵一氏死去”. 時事ドットコム (時事通信社). (2014年12月20日). http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2014122000146 2014年12月21日閲覧。 
  7. ^ NHKのど自慢 (1)”. 日本放送協会 (2010年4月30日). 2014年12月21日閲覧。
  8. ^ 歌謡番組”. 日本放送協会 (2012年3月30日). 2014年12月21日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]