お笑いマンガ道場

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お笑いマンガ道場
ジャンル バラエティ番組
放送時間 記事末尾のテンプレートを参照
放送期間 1976年4月11日 - 1994年3月
放送国 日本の旗 日本
制作局 中京テレビ
プロデューサー 山本孝義
国広忠久
出演者 司会
桂米丸
柏村武昭
レギュラーパネラー
鈴木義司
富永一朗
車だん吉
エバ
秋ひとみ
川島なお美
森山祐子(現・森山ゆうこ
音声 モノラル放送
エンディング 作曲:永作幸男
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お笑いマンガ道場』(おわらいマンガどうじょう)は、日本テレビ系列局ほかで放送された中京テレビ製作のバラエティ番組。製作局の中京テレビでは1976年4月から1994年3月まで放送。当初は中京広域圏を対象としたローカル番組であったが、後に全国ネットで放送されるようになった。

出演者[編集]

司会者[編集]

桂米丸
初代司会者。番組スタートから1977年4月まで司会を担当。
柏村武昭
二代目司会者。最終回まで司会を務めた。全国ネットになった時点ではすでに柏村が司会となっていたため、柏村が二代目であったことはあまり知られておらず、「お笑いマンガ道場と言えば柏村」というイメージが強かった。

レギュラー解答者[編集]

富永一朗
マンガ家。放送第1回目からのレギュラーメンバー。おっぱいをネタとする下ネタが多い一方で、叙情的な作品(しばしば「綺麗な作品」と呼ばれた)や、手の込んだ2コマ作品(この時はフリップの両面にマンガを描く)など数多く披露した。
鈴木義司
マンガ家。番組初期(第1回放送時には参加していない)からのレギュラーメンバー。蝶ネクタイがトレードマーク。マンガ中ではよく自身を大金持ちの伊達男として描く一方、富永からは土管に住む極度の貧乏人として描かれていた。
車だん吉
放送第1回目からのレギュラーメンバー。女性レギュラーと「おまけコーナー」の担当もしていた。本業はタレントだが画力は高く、後に富永の勧めで雑誌のマンガ連載まで持つことになる。ネタでアシスタントをいじることが多かった。
志垣太郎三波豊和
1985年春〜夏期にかけて車が腰痛悪化で出演できなかった時期に、2人がピンチヒッターとして出演。これ以外に男性レギュラーの交代はなかった。また、三波豊和はピンチヒッター以外で男性陣で唯一ゲスト最多出演ナンバー1という記録を樹立した。
エバ
ゴールデンハーフのメンバー。初代の女性レギュラー。
秋ひとみ
二代目女性レギュラー。番組中期を担い、当時はアイドル歌手としても活動していた。
川島なお美
三代目女性レギュラーで、番組絶頂期から後期の間を担い、4人の中では最も長く担当した。車と同様、本業でないにもかかわらず高い画力が好評だった。降板が決定した直後に、別の番組でロケバスの転落事故に遭い、急遽週替わりで女性タレントがピンチヒッターを務め、そのまま復帰せずに降板となった。
森山祐子(現・森山ゆうこ
四代目女性レギュラーで、番組末期から最終回までレギュラーを務めた。かわいらしい絵を描く反面かなりの音痴で、よくネタにされていた。

他に毎回ゲストが1名(特番や、コンビでの出演で2名以上もあり)出演。中京テレビ製作のため鈴木孝政など中日ドラゴンズの選手(特に人気選手はテレビ・ラジオ出演の機会が増えることと収録時期がシーズンオフである為)がゲスト出演した回もあった。なお、回答者の席順(ゲスト1名出演の場合)は左から鈴木、女性レギュラー、車、ゲスト、富永。

マスコットキャラクター[編集]

マガドン
番組絶頂期までのマスコット。アダムスキー型UFOに顔と手が付いた姿で、オープニングのアニメなどに登場した。最初は名前が無かったが、視聴者からの公募により「マガドン」と命名された。
りゅうのすけ
番組後期に登場した二代目マスコットで、サスペンダーの付いた緑色のズボンを着用するピンクのワニのキャラクター。名前は先代と同じく視聴者公募作から選ばれたが、こちらは着ぐるみ姿で番組中にも登場し、ポンプで風船を膨らませるなどのアシスタント業務を行う活動的なキャラクターになった。また、非売品グッズも制作され、食器や後述で紹介される灰皿等があった。

番組内容[編集]

基本形式[編集]

司会から「お題」を発表・例題のマンガを発表した後に、出演者がフリップボードに黒と赤のマジックペンでマンガを描き、描き上がったら挙手をして発表する、というのが基本的な形式であった。番組後半は、司会者がもっとも面白いと思った解答を描いた人にポイントが加算されるコーナーもあった。番組自体は「マンガによる『笑点』」とも呼ばれる。問題は3問から4問ほど出され、「第○回戦」と出題されていた。また、テロップは今週のゲストやスピード絵クションのチーム紹介やヒント、おまけコーナーのタイトルそして番組の宛先で表示されている。

後半コーナーの代表的な出題例としては、以下に記すものがあげられる。

ひらめきスピードマンガ
毎回あるテーマが与えられ、頭に「○」がつくものをみんなで黒のマジックペンを用いて1枚のボードに描き上げるもの(例:長いもので頭に「す」がつくもの、お母さんに関するもので頭に「じょ」のつくもの、食べ物で頭に数字の「1」(ワン)から始まるもの、とは何か?など)。司会者・柏村のラッパの合図で開始し、ラッパの合図で終了後、出演者たちはどんな内容のマンガを描いたかを1人ずつ発表するがレギュラーである車だん吉の独断と偏見で仕切っていた。柏村の裁定により、早く描いて内容も良かったマンガを描いた者にはレイが与えられた。(但し、飯島愛がゲストの回の時に一度だけ誰にもレイが与えられなかった事があった。)逆に、ダジャレなどのありえない言葉のマンガを描いた場合には、折角与えられたレイを柏村に取られるケースもあった。
特に初期から中期の頃の柏村は、女性レギュラーや女性ゲストばかりにレイを与えていたため、男性レギュラー陣はよく柏村に対して「ひーいーき!!ひーいーき!!」と連呼していた。
末期はひらがな一文字出題の効果音がバージョンアップされ、司会者・柏村のラッパの合図の後BGMが流れよりスリリングに進化した。
ダジャレマンガ
テーマの項目を使って、ダジャレのマンガで発表するもの(例:地名、食べ物など)。ダジャレの判定については、面白くて内容が良ければ「ピンポン!」とチャイムが鳴るが、内容が悪くて面白く無ければ「ブー!」とブザーが鳴る。食べ物関係の回では、面白いダジャレマンガを書いてチャイムが鳴った回答者は、実際に食べ物を食べることができた。ちなみにブザーが鳴った時には、その食べ物は柏村が口にしていた。
テーマの項目を2つ以上を選ぶ回答者もいた。チャイムが鳴れば2つ以上いっぺんに獲得できたが、ブザーが鳴れば先に獲得した分を取られるケースもあった。特に富永一朗のケースが多くブザーが鳴ると富永は「何でブーなんだよ!?」などと文句を言っていた。
車だん吉は漫画を出すより先に柏村からネタを言われ、マンガを出さないままブザーが鳴るケースが時折あった。また自らネタをばらしてブザーが鳴ったこともあった。
派生パターンとして、以下のようなものがあった。
  • ダジャレパネルマッチ:数字と単位の組み合わせダジャレで、面白ければチャイムが鳴ってそのマスに似顔絵が貼られる。
  • マンガ輝け!レコード大賞:「○○(曲名)のB面は、△△(曲名にそったダジャレ)」(例:「『メイン・テーマ』のB面は『メンマ』」、「『タッチ』のB面は『あっち』(富永の葬儀場を指差す漫画が描かれた)」など)という風に発表してマンガを出す。日本レコード大賞のマンガ道場版。
  • ダジャレのど自慢:ある歌の歌詞の一部を与えられたテーマに沿ったダジャレに置き換えて歌うとともにマンガを出し、面白ければ鐘がたくさん鳴り、つまらなければ1つだけ鳴る。NHKのど自慢のマンガ道場版で、発表するときは「○○番(好きな番号で良い)、△△(曲名ではなく、ダジャレに使ったもの)」と言っていた。
「ダジャレのど自慢」で車は松村和子の「帰ってこいよ」のネタをほぼ毎回使っていた(例:国名、クウェート;「クウェート帰って~ 来~るんだ~と~♪」 冬に関する物、毛糸;「け~い~と~帰って~ 来~るんだ~と~♪」)が、マンガを出す前に必ず口イントロをやるため、それでネタがばれて鐘が1つだけ鳴るのがお約束だった。
アシスタントがりゅうのすけの時は、りゅうのすけが得点板のスイッチを操作していた。
ダジャレマンガ得点板の配置は、以下のようになっている。
BYR color wheel.svg この項目ではを扱っています。
閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。
  • 鈴木義司:(黄緑)
  • 女性レギュラー:(桃色)
  • 車だん吉:(黄色)
  • ゲスト:(紫色)
  • 富永一朗:(薄青色)
恐怖のしりとりマンガ
徐々に膨らんでゆく風船が、自分の出番で破裂しないように気を付けて、回答者たちが1人ずつ交代しながらあるテーマの内容に沿って、「しりとり」でマンガを描いていくゲームである。ほか、歌詞を歌いながらのしりとりもあった(なお、番組初期にはテーマが無かった)。その風船は、マンガを描くボードの上部に手前向きに取り付けられ、また風船の中には「アウト」等の垂れ幕が入っており、司会の柏村はよく回答者らに対して「風船の下で考えて!」と言っていた。なお番組後期には、風船の付いた棒状の物を手に持ち、バトン方式で交代するというルールに変更となっている。風船が破裂したら、その時点でしりとりゲームは終了。特にアシスタントがりゅうのすけの時には、風船が割れた時にいつも倒れていた(りゅうのすけが手押しポンプで膨らましていたという設定。実際はヘリウムガスボンベで膨らましていた)。1000丸と呼ばれる大きなサイズの風船が使用されていた。1000丸よりも小さな2寸6分などを使用していたこともある。
また、多少の長さの文章は大目に見てもらえるケースもたびたびあった。例えば「速い物」がテーマの時は「(当日のゲストの)渡嘉ちゃんのパンチ」や、「芸術」がテーマの時は「ロダン考える人」等。
このゲームでも「ひらめきスピードマンガ」と同様に、ダジャレなどありえない言葉のマンガや、明らかにテーマの内容に沿っていないマンガを描いたり、また描くマンガの絵が手抜きだったりすることもよくあった。その時は風船が割れた後に、司会の柏村がそのマンガを描いた回答者に必ず注意している。特に手抜きのマンガを描いた富永や鈴木には「これが日本を代表する漫画家の描く絵ですか?」、ゲストに対しても「一体どこが○○なんですか!」等と柏村は突っ込んでいた[要出典]
替え歌マンガ
童謡や有名な曲の替え歌を作ってマンガで発表するもの。サビの部分を替え歌にし、それからどうなったかなどをマンガで発表するものと、行ごとの最後の音で始まる言葉を共通のテーマでマンガに描き、歌いながら発表するもの(例:「おもちゃのチャチャチャ」で鈴木が発表した「私が持っている物」、「空にきらきらお星さ万年筆」「みんなすやすや眠るこロールスロイス」「おもちゃは箱を飛び出し手帳」「おどるおもちゃのチャチャチャくまんえん(百万円))と、1枚のボードに一曲丸ごと替え歌で歌いながらマンガを描いて発表するものがあった。
スピード絵クション
富永チーム・鈴木チームに分かれチームの1人がお題の絵を描き、他の人が解答する。制限時間は1分で時間切れになると風船が割れるというもの。使用される風船がそれほど大きいものではなかったためか、恐怖のしりとりマンガのように風船の破裂を怖がる出演者はあまりいなかった。ただし、「初笑いマンガ道場」では大き目の風船が使用される場合があり、この場合は出演者たちは風船の破裂を怖がっていた。「初笑いマンガ道場」(その他の項で後述)によくあったコーナー。また、コーナーフォーマットとして『凸凹大学校』(1限目)や『とんねるずの生でダラダラいかせて』(エスチャー企画)へ転用された。
「大変だ!」シリーズ
何週かに一度4枠のゲストとは別にゲスト(主に俳優女優が多かった)を呼び、そのゲストと回答者が様々なシチュエーションで「大変な出来事」をマンガで紹介するもの。但し、BABY'Sがゲストだった時は1、2回戦のみ回答者として参加し、当コーナーで大変だシリーズのゲストとして扱われた事があった。(その時はレギュラー4人のみで漫画を描いていた。)「相撲部屋は大騒ぎ」の回では、親方役の石塚英彦ホンジャマカ)が肉襦袢を着る必要が無かったというエピソードもある。
素人マンガ道場(番組中期に終了)
視聴者の投稿で、富永、鈴木が厳正に審査して、5つの入選作(今回のノミネート作品)を選び、柏村が1つずつ紹介していき、富永、鈴木が描き方や場面構成等の添削指導をして行く。そして、入選作の中から1作品「アイデア賞」(今回の最優秀賞)を決定し、選ばれると記念品または賞金が贈られた。また、「アイデア賞」(今回の最優秀賞)の中から年に1回「素人マンガ大賞」(年間最優秀賞)も行われていた。俗に言うマンガ版通信教育である。なお、入選までいかなかった作品(今回の選外作品)は「おまけコーナー」で紹介された。
絵文字広告
三行広告をマンガで発表するもの。広告主は家族のほか、飼い主・店舗・学習塾などが存在していた。
身近な物で身近な物でない
身近な物をマンガで変身し発表するもの。フリップではなく、その物体に直接赤と黒と白マジックで絵を描き込む。例えば、棒状の取っ手が付いた小型の金属鍋に目などを描き込んで天狗に変える、飯盒の本体部分に徳川家の家紋を描き込んで印籠に変えるなど。
色々な物を組み合わせると
色々な物を組み合わせを見つけてマンガで変身し発表するもの。穴の空いたフリップに色々な物を通したり、フリップに直接色々な物を貼りつけた後、フリップの余白部分に絵を描きこむ。例えば、輪っか状態のモールを通してから女性の横顔を描き込んでイヤリングに変える、松ぼっくりを貼りつけてから夜の村と人物のシルエットを描きこんでランデブーに変えるなど。

番組名物[編集]

おまけコーナー(番組最末期に廃止)
番組最後の視聴者投稿コーナーで、車だん吉と歴代の女性レギュラーが担当(いずれかが欠席の場合には鈴木か富永が代理を務めた)。コーナー冒頭では2人による「『だん吉』、『エバ』の、おまけコーナー!」(番組初期)・「『だん吉』、『ひとみ』の、おまけコーナー!」(番組中期)「『だん吉』、『なお美』の、おまけコーナー!」(番組絶頂期~後期)・「『だん吉』、『祐子』の、おまけコーナー!」(番組末期)という掛け声で始まっていた。番組中期までは不定期的に「素人マンガ道場」で入選作(今回のノミネート)から漏れた中(今回の選外作)からだん吉の独断と偏見で面白いと思った作品を選び、それを紹介(今回のブービー賞)して「おまけ」をプレゼントしていたが、その内容は殆どの場合が投稿者が喜びそうにないような「しょうもない物」だったため、申し訳なさそうにだん吉が「もらって下さいませ〜」と締めるのが恒例になっていた。
「素人マンガ道場」廃止後または「素人マンガ道場」がないときはレギュラー出演者の似顔絵紹介やふつおた(普通のお便り)等となり、ふつおたの内容によってはゲストや富永・鈴木とのトークに発展するが締めは柏村が「お便り毎週たくさんレギュラー一同感謝しています」に変更された。
中には手紙のほか、富永一朗と鈴木義司のこき下ろしの慰めのためか現金で千円札が入っていたのもあった。しかし、番組側では受け取ることができないため、プレゼントの発送とともに千円札を差出人に送り返したというエピソードもある。
初期~中期は『マガトン』の口の中から「しょうもない物」を出していたが、絶頂期~末期には『りゅうのすけ』のワゴンに「しょうもない物」を乗せて運んだ。
「お化けナマコ」の投稿が多数寄せられたことでイラストコンテストを実施し、鈴木と富永が審査し、選定した。締めの柏村のコメントは「ぜひ、皆さんも『お化けナマコ』のイラストをお待ちしています」と言って締めくくった。
最末期には廃止されたが、似顔絵は引き続き募集されていた。その似顔絵は出題後の二倍速の時(回答者が全員漫画を描いている最中)に紹介されていた。商品は、りゅうのすけがデザインされた灰皿(嫌煙家・タバコを吸わない人にとっては「しょうもない物」)に統一された。
鈴木 VS 富永
番組中では鈴木と富永はライバル同士で、回答にかこつけて互いをこき下ろすネタが毎回のように見られた。内容としては以下のようなもの。
  • 富永が鈴木を「土管に住んでいるやせた貧乏人」として描く。特徴的なモジャモジャ頭は鳥の巣になっていたりする。たまに彼とそっくりな女房、子供も登場し、一家で土管に住む絵も描かれる。稀に銭湯の煙突やちくわ料理番組を題材にしたお題で、「ちくわにはちくわ虫(顔が鈴木の架空の虫)がいることがあるので注意してください」という作品)、廃坑になった鉱山の穴など、土管以外の筒もしくは穴状の物に住んでいる場合もある。怪生物「アホウドリ(実在する同名の鳥ではなく、顔が鈴木の架空の鳥)」として描かれることも。
  • 鈴木が富永を「お化けナマコ」(おまけコーナーでイラストコンテストを実施)や「オオサンショウウオ」「ウスバカカゲロウ」「タラバカガニ」などの怪生物として描く。また、自身は西洋の城のような大きな洋館に住み、人の集まる場所で頻繁にお札をばら撒く金持ちとして描き、対比させる形で富永を「デブの恵まれない人」として描くこともある。
  • これを逆手にとって、富永が鈴木の自宅を「ただのハリボテ」「テレビドラマ撮影用セットのように持ち運び可能」として描くこともある。
  • 互いに相手を覗き、痴漢などの行為をはたらく変質者として描く。ほとんどの場合、被害者の女性に成敗されたり警察に逮捕されるオチが付く。
  • ネタの後は相手の顔(鈴木は苦笑、富永は怒り顔)がズームアップで映し出される。その後、こき下ろした相手をさらに上回るネタで反撃に出ることも多い。
  • 番組後期にはだん吉も加わり(巻き込まれ)、鈴木や富永からゴリラとして描かれる(富永からは稀に便器として描かれたこともあった)一方で鈴木を「イヤミな大金持ち」、富永を「いじめられている変態」として描くなど三つ巴のこき下ろし合いに発展した。時には司会者の柏村までもが垂れ目をネタにこき下ろされた。
  • さらにエスカレートして、富永が鈴木(貧乏人)・だん吉(ゴリラ)・柏村(垂れ目)を3人まとめてこき下ろすネタも見られるようになり、3人を「薄馬鹿トリオ」と呼んだこともあった。当然、このときは3人連続でズームアップ映像が流れる。
番組上ではいがみ合っていた2人であったが、実際は数十年来の仲のいい親友であった(詳細は鈴木義司富永一朗の項を参照)。
だん吉 VS アシスタント
だん吉が歴代女性アシスタントの顔の特徴(アゴ長、でこっぱち、キツネ顔など)をネタにした作品を描き、それに対してアシスタントがその特徴を象ったハンマーの小道具で制裁するというパターン、女性レギュラーは車に惚れ込んでいるんだ、と回答して隣にいる本人から叩かれるというパターンもあった。絶頂期~後期にかけてキツネ顔のネタの後には、キツネが×印を出したイラストが描かれているシールがネームプレートの横に貼られていた。その後、車が「3枚貯まると…?」と言うと、川島なお美が「キツネの国へご招待!」と言うのがお約束だった。りゅうのすけに対しても酷いネタが出た場合、りゅうのすけが怒ってだん吉に殴りかかってくることもあった。
江藤博利考案の怪生物
ずうとるびのメンバーである江藤博利はゲスト解答者として最多出演(回数としては2番目の記録としている)を誇っている。イラストも何か生物を描く内容になった時には自分が考案した足の部分に波を描いた怪生物を描き、それをその生物だと言い張るのがお決まりになっていた。

その他[編集]

毎年、年始最初の放送は『初笑いマンガ道場』とした特別編を放送していた。番組が800回(16周年)を迎えた際に『800回記念スペシャルお笑いマンガ道場』として(1991年秋頃)90分のスペシャル番組を放送。放送日時は各局で差異があるが、関東地区でも放映された。
この時、富永・鈴木・車のほかに、歴代女性レギュラー(末代の森山も含む)たちの総集編のコーナーがあり、柏村が車に対し『(歴代)女性レギュラーで一番好きなのは?』とツッコミを入れられた際、車は濁したものの富永が横から「俺は(秋)ひとみだよ…!」と本音を公表した一幕もあった。

上記のようなスペシャル番組の際に、各界の著名人の下に押しかけ、彼らをゲストパネラーとしてお題を基に漫画を描いてもらうというコーナーも設けられた。その著名人の中にはウルトラマン黒部進ではなく、着ぐるみのウルトラマンその人)もいた。

番組収録は公開形式で行われ、開始当初は名古屋市中区カゴメ本社ビル内にある「カゴメホール」で収録が行われた。後に同市昭和区にある中京テレビ本社スタジオでの収録に移行したが、番組末期は出演者のスケジュールの都合などもあって東京都中央区の「(東京テレビセンター)浜町スタジオ」で行われていた。番組末期、司会の柏村は広島テレビの夕方ワイド番組『柏村武昭のテレビ宣言』の司会を務めていたが、収録のある隔週金曜日はこちらを優先させた。

1992年11月22日にフジテレビで放送された『ダウンタウンのごっつええ感じ』のコーナーの1つ「結婚前提戦士ラブラブファイヤー」にて「結婚秒読み! 対決マンガ道場」を柏村が司会、車だん吉ら番組末期のレギュラー陣による出演で放送されていた。「フリップに描かれたみかんを使ってマンガを描け」というお題に松本人志は「果物屋のみかん」というフリップに描かれた形をそのまま使ったマンガを描き、富永一郎にその発想力を驚かれていた。ちなみに松本は先述「素人マンガ道場」コーナーに投稿歴がある。

1993年4月、マンガ道場が放送されていた土曜18時30分のローカル枠が全国ネット(『モグモグGOMBO』)に変更されたことから、長年親しまれた土曜夕方から日曜朝11時に放送時間が変更になった。柏村の『テレビ宣言』との兼ね合いもあり、18余年にわたる番組の歴史に幕を下ろした。なお、最終回は東京のスタジオに移行して以来数年ぶりに中京テレビ本社スタジオで収録された。

2006年1月4日に同局で『芸能界マンガ王決定戦』というタイトルの、このマンガ道場と同じコンセプトのスペシャル番組が放送された。このときの司会はロンドンブーツ1号2号田村淳であったが、マンガ道場の完全なリメイクということではなく、コンセプトを引き継いだ程度に留まった。

放送局[編集]

系列は現在の系列。
放送対象地域 放送局 系列 備考
中京広域圏 中京テレビ 日本テレビ系列 製作局
関東広域圏 東京12チャンネル テレビ東京系列 現:テレビ東京
1980年3月まで
日本テレビ 日本テレビ系列 1980年10月から
北海道 北海道文化放送 フジテレビ系列 途中打ち切り[1]
札幌テレビ 日本テレビ系列 1985年4月から
青森県 青森テレビ TBS系列
青森放送 日本テレビ系列
岩手県 テレビ岩手
宮城県 東北放送 TBS系列
ミヤギテレビ 日本テレビ系列 [2]
秋田県 秋田放送 [3]
山形県 山形放送
福島県 福島テレビ フジテレビ系列
福島中央テレビ 日本テレビ系列
山梨県 山梨放送
新潟県 新潟放送 TBS系列
テレビ新潟 日本テレビ系列
長野県 信越放送 TBS系列
テレビ信州 日本テレビ系列
静岡県 静岡放送 TBS系列
テレビ静岡 フジテレビ系列
静岡県民放送 テレビ朝日系列 現:静岡朝日テレビ
静岡第一テレビ 日本テレビ系列
富山県 北日本放送
石川県 北陸放送 TBS系列
テレビ金沢 日本テレビ系列
福井県 福井テレビ フジテレビ系列
福井放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
近畿広域圏 毎日放送 TBS系列
読売テレビ 日本テレビ系列 [4]
京都府 近畿放送 JAITS 現:KBS京都
読売テレビと並行放送
兵庫県 サンテレビ 読売テレビと並行放送
和歌山県 テレビ和歌山
鳥取県
島根県
日本海テレビ 日本テレビ系列 当初は山陰放送と2局放送、後に日本海テレビに一本化[5]
山陰放送 TBS系列
広島県 広島ホームテレビ テレビ朝日系列
広島テレビ 日本テレビ系列
山口県 テレビ山口 TBS系列
山口放送 日本テレビ系列
徳島県 四国放送
岡山県
岡山県・香川県
テレビ岡山 フジテレビ系列 現:岡山放送
1979年3月までの放送エリアは岡山県のみ
香川県→
香川県・岡山県
西日本放送 日本テレビ系列 1983年3月までの放送エリアは香川県のみ
愛媛県 テレビ愛媛 フジテレビ系列
高知県 テレビ高知 TBS系列
高知放送 日本テレビ系列
福岡県 RKB毎日放送 TBS系列
福岡放送 日本テレビ系列
長崎県 長崎放送 TBS系列
テレビ長崎 フジテレビ系列
長崎文化放送 テレビ朝日系列
長崎国際テレビ 日本テレビ系列
熊本県 熊本放送 TBS系列
くまもと県民テレビ 日本テレビ系列
大分県 大分放送 TBS系列
宮崎県 テレビ宮崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
宮崎放送 TBS系列
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列
鹿児島読売テレビ 日本テレビ系列 最終回のみサービス放送
沖縄県 沖縄テレビ フジテレビ系列
琉球放送 TBS系列

ネット局に関する備考[編集]

  • 番組放送開始当時、中京テレビは既に日本テレビ系列のフルネット局であったにもかかわらず、関東では東京12チャンネル(現・テレビ東京)で放送されていた。当時中京テレビはまだ系列局の無かった12チャンネルの番組を優先的に放送しており、12チャンネルも中京テレビの番組を受けていた。
    • 近畿地方でも、開始当初は12チャンネルとネットワークを組んでいた毎日放送で放送されていた。このほか独立U局の一部でもこの番組を放送していた。
  • 1980年3月で東京12チャンネルのネットが打ち切られ、一旦関東圏では放送されなくなっていたが、同年10月からは日本テレビでネットされ最終回まで放送された。
    • 日本テレビでの放送時間は1年から5か月の間隔で金曜と木曜の17時台を激しく行き来し、同じ曜日でも17時台前半と後半を行ったりきたりしていた。1986年10月からは木曜夕方に定着し最終回まで放送されたが、その後も前半30分と後半30分の移動はあった。
  • 北海道では東京12チャンネルにネットされていた時は東京12チャンネルと関係が深かった北海道文化放送がネットしていた。日本テレビへのネットチェンジのため、UHBはネット打ち切り。その後、北海道でも日本テレビ系列の札幌テレビへ放送が移り、1985年4月6日から再スタート。

スタッフ[編集]

(終了時)

脚注[編集]

  1. ^ 途中、放送されていなかった時期もあったほか、プロ野球中継の関係で放送されなかった週もあった。
  2. ^ 1976年11月から1977年3月までは日曜の昼放送、1978年10月以降は土曜の午後放送。
  3. ^ 不定期放送。
  4. ^ 読売テレビでは自局のローカル番組との兼ね合いから10回以上オンエア時間の変更があった。最末期は土曜日の朝7時台の放送であった。
  5. ^ 日本海テレビでは日本海信販をスポンサーとし「信販ファミリーアワー」というサブタイトルが付いていたため、17時59分55秒から5秒間サブタイトルの静止画を映した後、中京からのマイクロネットに切り替えていた。したがって厳密には17:59 - 18:30の番組であったが、NKTの番組表でも新聞でも18:00からの扱いとなっていた。

前後番組[編集]

中京テレビ 日曜12:45 - 13:15枠
前番組 番組名 次番組
お笑いマンガ道場
(1976年4月 - 1977年3月)
コンチキ署特捜班
※土曜14:00枠から移動
中京テレビ 土曜18時台前半枠
お笑いマンガ道場
(1977年4月 - 1989年9月)
NNNニュースプラス1
※土曜18:30枠から移動 → 18:00 - 18:20
中京テレビNEWS
※土曜18:50枠から移動 → 18:20 - 18:30
中京テレビ 土曜18時台後半枠
NNNニュースプラス1
※18:30 - 18:50 → 土曜18:00枠へ移動
中京テレビNEWS
※18:50 - 19:00 → 土曜18:20枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1989年10月 - 1993年3月)
モグモグGOMBO
※これより日本テレビ系全国ネット枠に移行
中京テレビ 日曜11時台前半枠
お笑いマンガ道場
(1993年4月 - 1994年3月)
皇室グラフィティ
※日曜5:45枠から移動
東京12チャンネル 土曜18時台前半枠
前番組 番組名 次番組
プロフットボール・アワー
※日曜9:30枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1977年7月 - 1977年9月)
新ドン・チャック物語
※金曜19:30枠から移動
東京12チャンネル 日曜12時台前半枠
記者会見
※日曜12:30枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1977年10月 - 1978年3月)
青春の日本列島
※水曜22:30枠から移動
東京12チャンネル 金曜16時台後半枠
歌謡曲
※16:30 - 16:45
旅への誘い
※16:45 - 17:00
お笑いマンガ道場
(1978年4月 - 1978年9月)
映画
※15:30 - 16:55
番組案内
※16:55 - 17:00
東京12チャンネル 土曜18時台前半枠
深海の謎
※土曜17:30枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1978年10月 - 1979年3月)
東京12チャンネル 土曜12時台後半枠
お笑いマンガ道場
(1979年4月 - 1979年9月)
青春の日本列島
※日曜12:00枠から移動
東京12チャンネル 金曜8時台後半枠
ジャンボゴリラの大冒険(再放送)
※月曜 - 金曜 → 月曜 - 木曜
お笑いマンガ道場
(1979年10月 - 1980年3月)
みつばちマーヤの冒険
※月曜 - 木曜 → 月曜 - 金曜

※1980年4月から9月までは関東地方での放送無し

日本テレビ 金曜17時台後半枠
前番組 番組名 次番組
タイガーマスク(再放送)
※月曜 - 金曜 → 月曜 - 木曜
お笑いマンガ道場
(1980年10月 - 1982年4月)
六神合体ゴッドマーズ
※金曜18:00枠から移動
日本テレビ 金曜17時台前半枠
読売新聞ニュース
※17:00 - 17:10 → 15:50 - 16:00
マイスタ芸能ワイド!!
※17:10 - 17:30
お笑いマンガ道場
(1982年4月 - 1982年9月)
魔境伝説アクロバンチ
※水曜19:00枠から移動
日本テレビ 木曜17時台後半枠
巨人の星(再放送)
※月曜 - 木曜 → 月曜 - 水曜
お笑いマンガ道場
(1982年9月 - 1982年12月)
はいからさんが通る(再放送)
※月曜 - 水曜 → 月曜 - 木曜
日本テレビ 金曜17時台前半枠
魔境伝説アクロバンチ
お笑いマンガ道場
(1983年1月 - 1985年3月)
サスペンス傑作劇場(再放送)
※16:00 - 17:55
日本テレビ 木曜17時台前半枠
六神合体ゴッドマーズ(再放送)
※月曜 - 木曜 → 月曜 - 水曜
お笑いマンガ道場
(1985年4月 - 1985年10月)
ハゼドン
※月曜 - 木曜
日本テレビ 金曜17時台前半枠
サスペンス傑作劇場(再放送)
※16:00 - 17:55
お笑いマンガ道場
(1985年10月 - 1986年9月)
日本テレビ 木曜17時台前半枠
デビルマン(再放送)
※月曜 - 木曜
お笑いマンガ道場
(1986年10月 - 1987年10月)
魔法の妖精ペルシャ(再放送)
※月曜 - 水曜 → 月曜 - 木曜
日本テレビ 木曜17時台後半枠
お笑いマンガ道場
(1987年10月 - 1988年3月)
欽きらリン530!!
※月曜 - 金曜
日本テレビ 木曜17時台前半枠
とんでけグッチョンパ
※月曜17:00枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1988年4月 - 1994年3月)
新ど根性ガエル(再放送)