CHA-CHA

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CHA-CHA
基本情報
出身地 日本の旗 日本
ジャンル J-POP
活動期間 1988年 - 1992年
レーベル バップ
メンバー
勝俣州和
松原桃太郎
西尾拓美
中村亘利
旧メンバー
木野正人

CHA-CHA(チャチャ)は1988年にデビューしたアイドルグループである。 メンバーの所属事務所がそれぞれ異なっていたため、事実上、バップレコード、浅井企画の預かりであった。

目次

[編集] メンバー

愛称:カッチャン。静岡県御殿場市出身(生まれは宮城県仙台市[1])。「劇男一世風靡」出身。リーダー融合事務所所属。血液型O型。身長171cm、体重55kg。7人兄弟長男(全員年子である)。日本大学三島高等学校日本大学文理学部国文学科中退。
元メンバーの堀部圭亮(火野玉男)と、1992年に「K2」を結成し2001年まで活動、現在は様々なテレビ番組に出演し、タレントとして活動中。
  • 松原 桃太郎(まつばら ももたろう、1965年9月2日(46歳) - )
本名・松原 仁(まつはら ひとし)。 愛称:マッちゃん、デブちゃん。新潟県新潟市出身。血液型O型。身長164cm、体重64kg。「欽ちゃん劇団」の前身である「欽塾」出身。
芸名の由来は萩本欽一が「本名で不祥事を起こすと実家の両親が泣くから芸名をつけよう」と言い出した際、偶然スタッフが桃太郎の衣装を持って横を通り過ぎていった事がきっかけである。
CHA-CHA解散後は“松原ひとし”に改名し、元・「おめで隊」の奈津あつし(その後佐藤あつしに改名)と共に、コントコンビ「まんもす2」として活動していたが、こちらも間もなくして解散。芸能界の表舞台から去る。
引退後は、東京や故郷の新潟で、演出家・イベントの司会業・芸能人養成学校のお笑い講師職などをしていた。アミューズメント施設で働いているところを『出没!アド街ック天国』等で取り上げられたこともある。
講談師神田山陽と顔が酷似しており同一人物との誤解があるが、全くの無関係。
現在は出身の新潟県新潟市にてカイロプラクチックの会社を開業。また、2011年4月よりBSNラジオフラっとフライデーにもパーソナリティとして出演している。
本名・西尾 巧(読み同じ)。ただし、芸能活動時のプロフィールは「本名同じ」であったため、結婚時に改名(妻となった西村知美(本名・西尾 知美)との混同を防ぐため)したと思われる。東京都足立区出身。血液型A型。身長168cm、体重54kg。兄と妹がいる。高校時代は体操部に所属し、あん馬が得意であった。左利きである(ちなみに妻の西村も左利きである)。当時、バック転が出来た。
解散後、1994年から芸映に所属し、アルバム「いつかどこかで」リリース他、ドラマB級ホラー WARASHI!、に主演するなど芸能活動継続後、1996年に芸能界引退。
1990年から1996年まで、さだまさしの恒例野外コンサート『夏 長崎から さだまさし』に、西村知美や、元「ジャPAニーズ」・「B・D 104」の乃生佳之らと共に参加。 その西村とは、1997年9月17日二子玉川の遊園地「ナムコ・ワンダーエッグ」にて結婚した。
芸能界引退後は料理人に転身。 さだまさしの高校時代の親友が経営する渋谷区の南欧料理店『モンペトクワ』の店長として厨房でもその腕を振るっていたが、2004年9月30日をもって閉店してしまった。妻である西村によると、店を畳んだ後は米国で日本料理の修行していたという。2004年に『それいけ!アンパンマン 夢猫の国のニャニイ』に西村と共に特別出演した以外は目立った活動は無い。
現在広尾韓国料理屋「韓屋(ハノク)」を営む。
愛称:ノブちゃん。東京都港区六本木出身。1983年田原俊彦に憧れてジャニーズ事務所のオーディションに応募し合格。1984年より同社所属となる。1985年に「少年忍者」のメンバーとなる。1987年萩本欽一プロデュースの「おめで隊」でレコードデビュー。当時、少年忍者と並行して活動していたが、1988年にCHA-CHAとして再CDデビュー後、少年忍者を脱退(その後、少年忍者は、中村の代替として古川栄司を新メンバーに迎え、忍者としてCDデビューした)。当時、バック転が出来た。身長172cm。当時TM NETWORKで現在音楽プロデューサーglobeである小室哲哉とはいとこ関係[2]
CHA-CHA解散後は、「NOBU」名義でソロCDデビュー。 更に「G-FACTORY」というグループでも活動した。その後、ジャニーズ事務所からライジングプロダクションへ移籍し、ユニット「G.L.K.T(がらくた)」としても活動した。
現在は民族楽器ディジュリドゥ奏者として、「KNOB(ノブ)」名義でライブを中心に活動している。。

[編集] 脱退メンバー

火野・須間は最初にCHA-CHAに選ばれたメンバーであったが、まもなく木野・中村との交替で脱退。

愛称:キノちゃん。静岡県藤枝市出身。血液型AB型。身長174cm。当時ジャニーズ事務所所属。田原俊彦のバックダンサー「B・D 104」と並行して活動していた。CHA-CHAとしてのデビュー「Beginning」より「僕のせいいっぱい」、田原の「かっこつかないね」より「ごめんよ涙」あたりまでは、CHA-CHA、田原ともに絶大な人気であったため、歌番組等(特にベストテン形式の番組)では、CHA-CHAとしてパフォーマンス後、衣装を着替えて田原のバックを務める事が多かった。
1990年5月にCHA-CHAを脱退し、アメリカへダンス留学した。 帰国後は阿佐ヶ谷にダンス教室を開いたり、田原俊彦やKinKi Kidsなどの振付を担当。また、「MJK KINGS」という個人ファンクラブも開設した。
本名・堀部 圭亮(ほりべ けいすけ)。東京都台東区竜泉出身。血液型O型。身長178cm、体重68kg。1986年より「パワーズ」のメンバー。
1991年のパワーズ解散後は、俳優、タレントとして本名で活動。1992年に勝俣州和と「K2」を結成し2001年まで活動、現在は俳優、タレント、放送作家としても活動し、放送作家としての活動の際は竜泉(りゅうせん)のペンネームを使う。所属事務所鈍牛倶楽部
本名・酒井一光。東京都出身。「パワーズ」のメンバーで、CHA-CHA脱退後は須間 一弥名義で活動。
1982年7月に「パワーズ」を結成。ザ・テレビ演芸で10週勝ち抜きチャンピオンとなる。
1986年に相方が脱退し、火野が2代目パートナーとなるが、1991年11月に解散。その後トリオ「須間一弥と黒潮そだち」と結成するも、1994年に解散。1996年に内山浩次とコンビ「ZEE-G」を結成。一度「爆笑オンエアバトル」に出場したが、132KBでオフエア。2000年に「ZEE-G」解散。1997年2月にダンカングレート義太夫、ガラかつとしらと劇団「東京サギまがい」を結成。
高校アメリカンフットボール全国大会で優勝経験あり。父は元「ギャグ・メッセンジャーズ」のリーダー、須間一露。
この項目には、JIS X 0213:2004 で規定されている文字(「草なぎ剛」の「なぎ」(弓剪))が含まれています(詳細)。
ジャニーズ事務所所属。
現・SMAPの一員。
CHA-CHAのメンバーであったが、CHA-CHAのCDデビュー直前に脱退。
勝俣によると、番組(『欽きらリン530!!』)に草彅がずっといて、草彅が真ん中で勝俣たちが端で踊るフォーメーションをとっていたが、CHA-CHAがCD(「Beginning」CHA-CHA 1988年9月27日発売)デビューすると決まった際、萩本が草彅だけを呼び、「剛は損するからね、あのCHA-CHAには入らなくて良いよ」と話し、草彅が「はい!」と答えCHA-CHAを脱退[3]

[編集] 候補メンバー

ジャニーズ事務所所属。
現・SMAPの一員。
茶々隊のメンバーであったが、レッスンに耐え切れずに自ら抜けて、茶々隊として番組デビューはしていない。
木村は萩本から「好きな食べ物はなに?」と聞かれたので、「あ、僕おいなりさんです」と答えたら、「今日から君はおいなりくん」と返され、「おいなりくんと言われた事実が意味わかんなくて、次の日からレッスンに行かなくなった。つらくてバックレた。当時は携帯電話とかがなかったので、来てないと、普通に探された」と木村が明かした[4]

[編集] 略歴

  • テレビ番組『欽きらリン530!!』(日本テレビ系)の放送開始に合わせ、前身グループである“茶々隊”が結成された。(ハガキのネタに“茶々”を入れるという意味から萩本欽一が命名)。
  • 茶々隊のメンバーオーディションは、1987年10月に第1回目が行われた。その時の合格者が松原桃太郎、火野玉男、須間一也の3名。シミュレーションをするも、番組開始3ヶ月前に萩本欽一から、「3人とも暗い」、「そういうのテレビで受けないから」の一言で、更に数度のオーディションが行われ、前述の3名に加え、勝俣州和、西尾拓美、木野正人、中村亘利、木村拓哉、草彅剛の6名が新たに加わった。
  • そして番組開始に向けてレッスンが行われた。萩本欽一曰く「デビュー前は本当イジメに近いぐらいレッスンさせた。言った事が出来ないと3日でも一週間でも同じ事をやらせた。最後には泣き出すメンバーも居た。」という程、厳しいレッスンが続けられた。 そんな中、木村拓哉がレッスンに耐え切れずに自ら抜けて、残りの8名で「茶々隊」として番組デビューした。その後、勝俣・西尾・松原・須間・火野・草彅で「CHA-CHA」を結成。間もなくして須間&火野が、中村&木野と入れ替わり脱退。草彅は「CHA-CHA」のCDデビュー直前に脱退。メンバー構成(勝俣・西尾・松原・中村・木野)に落ち着き、1988年に「CHA-CHA」としてCDデビューした。その後、1990年に木野が脱退した。
  • 事実上の欽ちゃんファミリーのグループで、浅井企画からデビューした。後述のディスコグラフィー等を見ても判るとおり、初期は冠番組を持つなどアイドルグループとして爆発的人気を誇っていた。20年近く過ぎて「アイドルグループにいた」ことをいじられるたびに勝俣が「SMAP並みに人気があったんだぞ」と弁明するが、当時を知らない者にとっては黒歴史としか思われていない。
  • 1991年の新春に放送された特番「花の芸能界全部のっとらせていただきます」のワンコーナー『ねるとんね紅鮭団』に出演、西尾拓美は理想のタイプは『西村知美』と答え、「宇部の方言を大切にしているので大変いいなぁ」と西村知美の魅力を語る。この頃から西尾は西村知美一筋だったと思われる。
  • 1992年1月渋谷公会堂のコンサートにて解散。脱退した木野もゲスト出演した。
  • ライバルユニットとして、東京キッドブラザース所属の2人によるJA-JA長戸勝彦水谷あつし)も結成された。
  • 解散後の中村のソロライブに西尾、木野、松原が出演したことがある。勝俣はK2のライブがあったため不参加となった。
  • 1997年9月17日ナムコ・ワンダーエッグでの西尾の結婚式の際には、他の4人も出席し「いわゆるひとつの誤解デス」を歌った。
  • 2004年6月放送の「速報!歌の大辞テン」では勝俣以外の4人が集まりVTRでコメントを寄せた。また同年、西尾が西村知美と劇場版『それいけ!アンパンマン 夢猫の国のニャニイ』にゲスト出演。
  • 2006年6月24日に行われた中村の挙式にて、メンバー5人が揃ってCHA-CHAを再結成。久々にステージを披露した。

[編集] 主な出演作品

[編集] バラエティ番組

[編集] ラジオ

  • CHA-CHAのどんまいフレンド (1989年1月 - 1990年10月、ニッポン放送

[編集] 舞台

  • Good-Bye Yesterday (後にビデオ化)

[編集] ディスコグラフィ

すべてバップから

[編集] シングル

  1. Beginning (1988年9月27日、オリコン最高順位第5位、『ザ・ベストテン』最高順位第8位、『歌のトップテン』最高順位第9位) - 『欽キラリン530!!』エンディングテーマ
    作詞:島武実/作曲・編曲:入江純
    c/w ファンタジーキッス
  2. いわゆるひとつの誤解デス (1988年12月14日、オリコン最高順位第2位、『ザ・ベストテン』最高順位第6位)
    作詞・作曲:尾関昌也/編曲:山本健司
    c/w その胸に勇気を
  3. 僕のせいいっぱい (1989年4月19日、オリコン最高順位第3位、『ザ・ベストテン』最高順位第5位)
    作詞:戸沢暢美/作曲:多々納好夫/編曲:中村哲
    c/w 風に翼はいらない
  4. ボクらの夢によろしく (1989年5月17日、オリコン最高順位第9位) - 日本テレビアニメミラクルジャイアンツ童夢くん』主題歌
    作詞:平出よしかつ/作曲:多々納好夫/編曲:鷺巣詩郎
    c/w やさしくされたあの気持ち - 同エンディングテーマ
  5. 約束 (1989年8月9日、オリコン最高順位第9位)
    作詞:田久保真見/作曲多々納好夫/編曲:船山基紀
    c/w 地球は丸ごとFALLIN' LOVE
  6. ぽろり物語 (1989年11月8日、オリコン最高順位第13位)
    作詞:及川眠子/作曲:作曲:見岳章/ 編曲:中村哲
    c/w おれは俺
  7. キスしたい1990年4月25日、オリコン最高順位第18位)
    作詞:田久保真見/作曲多々納好夫/編曲:船山基紀
    c/w 僕の部屋に夜明けが来たら
  8. TRIANGLE LOVERS (1990年11月5日、オリコン最高順位第17位)
    作詞・作曲:尾関昌也/編曲:船山基紀
    c/w 君と隠密したいネ
  9. アンパンマンたいそう (1991年7月21日、オリコン最高順位第83位)
    作詞:やなせたかし魚住勉/作曲:いずみたく/編曲:近藤浩章
    c/w 白いレリーフ
    • 「アンパンマンたいそう」はドリーミング歌唱版がオリジナルだと思われがちだが、CHA-CHAの歌唱版が最初である。1993年3月1日にドリーミングがカバーしている。
  10. 僕たちのこの地球で (1991年12月21日、オリコン最高順位第92位)
    作詞:CHA-CHA/作曲・編曲:門司肇
    c/w すみれ色…ジャックポット

[編集] アルバム

  1. 瞳の中の宝島(1989年1月1日、オリコン最高順位8位)
  2. 空色の気持ち(1989年7月21日、オリコン最高順位9位)
  3. CHA-CHA BEST(1990年6月21日)
  4. たわむれに恋はすまじ(1990年12月21日、オリコン最高順位46位)
  5. CHA-CHA シングルコレクション(1991年12月21日)
  6. CHA-CHA ゴールデン☆ベスト(2011年5月18日)

[編集] ビデオ

  • CHA-CHA WORLD(1988年11月)
  • Good-Bye Yesterday(1989年6月)「完全保存版」・「お楽しみ版」の2種
  • EAST(1990年7月)
  • CHA-CHA FINAL(1992年3月)

[編集] 書籍

  • CHA-CHA Unbalance (1990年7月)

[編集] 写真集

  • CHA-CHAファースト写真集 (1989年3月)
  • CHA-CHAセカンド写真集 (1990年3月、ハワイロケ作品)
  • CHA-CHA LOVERS (1991年12月)

[編集] 関連項目

[編集] 備考

[編集] CHA-CHA2008

チャチャにせんはち。2008年1月5日に放送された特番『中井正広の大ブラックバラエティ』の「白紅(しろべに)歌合戦ごっこ」というコーナーにて結成された、期間限定の企画ユニット。 本家CHA-CHAのデビュー曲でもある『Beginning』を5人で披露した。

メンバー

[編集] 脚注

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  1. ^ 子どもの生活習慣づくりフォーラムを開催します(仙台生まれの勝俣州和氏が出演します)(仙台市教育委員会)
  2. ^ 『ジャニーズOB大全』ジャニーズ研究会・著(鹿砦社) より
  3. ^ 『笑っていいとも!増刊号』2004年8月15日放送分より
  4. ^さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル』 2009年12月13日放送分

[編集] 外部リンク

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