やなせたかし

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

やなせ たかし(本名:柳瀬 嵩(読み同じ)、1919年2月6日 - )は、高知県香美郡在所村(→香北町、現香美市)出身の漫画家絵本作家イラストレーター詩人であり、聖公会クリスチャンである。

アンパンマン』の生みの親として知られる。サンリオから刊行されていた雑誌『詩とメルヘン』編集長(1973年 - 2003年)を長年つとめた。現在は季刊雑誌『詩とファンタジー』に責任編集という形でかかわっている。

目次

[編集] 概要

高知県生まれ。東京朝日新聞の特派員だった父がアモイで亡くなり5歳の時、両親の郷里・高知県に移る。後免野田組合小学校(現南国市立後免野田小学校)、高知県立高知城東中学校(現高知県立高知追手前高等学校)、東京高等工芸学校図案科(現千葉大学工学部)卒業。1941年徴兵され、野戦重砲兵として日中戦争に出征する。乙種幹部候補生に合格し、主に高等司令部において中国人・中国兵向けのプロパガンダ宣伝ビラ(伝単)の制作を担当した。最終階級は陸軍軍曹。終戦後帰国し、高知新聞記者、三越宣伝部のグラフィックデザイナーを経て漫画家となる。

大人向けの詩集や絵本の著作もあるが、現在は主に子ども向けの童話や絵本で知られる。称号東京都新宿区名誉区民

香美市立やなせたかし記念館「アンパンマンミュージアム」が1996年7月に、同「詩とメルヘン絵本館」1998年8月に出身地である高知県香美市に開館した。

作詞家としても活躍し、いずみたく作曲のポピュラー・ソング『手のひらを太陽に』の作詞者でもある。三越宣伝部に所属当時、包装紙「華ひらく」に書かれた「mitsukoshi」のレタリングを手掛ける。

性教育用語「ワレメちゃん」を、『ウルトラQ』脚本家北澤杏子とともに考案した事でも知られる。

上記のように様々な仕事を手がけているが、漫画家・絵本作家として売れっ子になったのは大変遅く、『アンパンマン』が人気作品となった時すでに50歳を過ぎていた。最近では、高知県・須崎市の新名物・鍋焼きラーメンのイメージキャラクター・なべラーマンと、かわうそのカウちゃんを、須崎商工会議所から、鍋焼きラーメン・Xプロジェクトに賛同してほしいという要請を受けて、制作している。

2008年東京国際アニメフェア2008 第4回功労賞表彰受賞。

[編集] 代表作

[編集] 童話・絵本

  • 十二の真珠
  • アンパンマンシリーズ
  • ニャニがニャンだー ニャンダーかめん
  • リトル・ボオ
    • 高島屋の通販カタログに連載されていた、1ページ漫画。リトル・ボオという帽子を目深に被ったキャラクターが、悪者からドタくんとバタコさんを救うストーリー。基本線はアンパンマンと似ている。また、ここに登場するバタコさんは、『アンパンマン』に登場するバタコさんとうり二つだが、名前の由来が異なっている。『アンパンマン』に登場する「バタコさん」がバターが由来であるのに対し、こちらは「ドタバタ」が由来となっている。
  • やさしいライオン(1975年フレーベル館
  • ルルン=ナンダーのほし(1976年講談社
  • チリンのすず(1978年、フレーベル館)
  • ちいさなジャンボ
  • バラの花とジョー

[編集] キャラクターデザイン

[編集] 作詞

[編集] 自伝

[編集] テレビ出演

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

先代:
小島功
日本漫画家協会理事長
第5代:2000年-
次代:
-
他の言語