少年倶楽部

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少年倶楽部』(しょうねんくらぶ)は大日本雄辯會講談社(現:講談社)発行の月刊少年雑誌1914年11月創刊、1962年12月に休刊。1946年には「少年クラブ」に改題している。

[編集] 概要

大正初期から昭和30年代後半まで長期にわたり発行された少年誌。ライバル雑誌は『日本少年』(実業之日本社)。1925年、看板の画家だった高畠華宵を同誌に引き抜かれたが、それを契機に編集長の加藤謙一は新しい作家を起用、昭和初期には田河水泡の「のらくろ」、江戸川乱歩の〈少年探偵団〉シリーズ等の歴史的人気作品を多く連載、70万部を超える刊行部数となり、当時の少年たちに圧倒的に支持された児童文化の最大の担い手であった。

また、軍艦三笠の大模型(1932年新年号)、高さ1m50cmの「エンパイヤステートビル」、蒸気機関車弁慶号」などペーパークラフトの付録の豪華さも人気の要因だった。

戦時中も単色刷りで発行が続けられ、昭和20年八・九月合併号には終戦の詔書が振り仮名つきで掲載された。直後の昭和20年十月号では早くも多色刷りによる発行を再開している。戦後は少年クラブと改題し発行が続いたが、人気では後発の「少年」(光文社)にやや遅れをとった。更に同社が刊行していた年少者向け月刊マンガ誌『ぼくら』の台頭によって、『少年クラブ』はその役目を終えたとして1962年に休刊となった。

[編集] 掲載された主な作品

以下戦後に連載された漫画

[編集] 関連書籍

  • 山中恒「戦時下の婦人・児童雑誌」『週刊朝日百科 日本の歴史117 ジャーナリズムと大衆文化』(朝日新聞社、1988年)
  • 尾崎秀樹『思い出の少年倶楽部時代 なつかしの名作博覧会』(講談社、1997年、ISBN 4062071592