欽ちゃんのどこまで笑うの?!

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

欽ちゃんのどこまで笑うの?!』(きんちゃんのどこまでわらうの)は、テレビ朝日系列局ほかで放送されたテレビ朝日製作のクイズを交えたバラエティ番組。製作局のテレビ朝日では1988年4月から1989年3月まで、平日12時台の帯番組として放送。

本項では、1989年4月から同年9月まで放送された後継番組『欽どこTV!!』(きんどこテレビ)についても触れる。

目次

[編集] 概要

テレビ朝日の平日正午はそれまではワイドショーの放送枠となっていたが、この番組がスタートしたことによって初めてバラエティ番組の放送枠となった。

司会は、当初女優の黒木瞳と当時テレビ朝日アナウンサーの保坂正紀が担当、番組のタイトルも『どこまで笑うの?!』だった。後に司会者になった萩本欽一は番組開始当初、「裏方に立って仕事をしたい」という意向で構成などを担当していた。なお、萩本が同番組に出演するようになったのは1988年5月5日からで、これはコント55号と掛けてある(放送開始後しばらくは坂上二郎もレギュラー出演していた)のと、当初から低視聴率のため結局萩本を出演させた。また、同番組と日本テレビ系列『欽きらリン530!!』『欽ちゃんの気楽にリン』で「CHA-CHA勝俣州和西尾拓美、松原桃太郎らで結成されたユニット、同番組では当初「茶々隊」と呼ばれていた)」が登場し話題を呼び、一時は裏番組の『森田一義アワー 笑っていいとも!』『午後は○○おもいッきりテレビ』等に視聴率で追い上げたこともあった。

CHA-CHAの人気とともに番組は一旦終了し、『欽どこTV!!』へと引き継がれた。これは、かつての欽ちゃんファミリー(『欽ドン』『欽どこ』『週刊欽曜日』)が再会する形でもあった。1989年に、『アフタヌーンショー』時代から続いてきた新春3が日の放送も当番組が最後になった。

昭和天皇崩御の次の週、番組はそれまでのクイズ形式を休止、「欽ちゃんのどこまで…私の昭和史」という激動の昭和を萩本とともに振り返るドキュメンタリーを放送した。

[編集] シリーズの終焉とその後

しかし、このお昼の欽どこシリーズも末期ではマンネリ化が進み、結局視聴率が『いいとも!』に奪い返され[独自研究?]、1989年9月に正式に幕を閉じ、ワイドショー番組に戻り『お昼のマイテレビ』に枠を引き継いだ。

本番組の終了と同時に、山陰で長らくこの枠を山陰放送と共に時差ネットしてきた日本海テレビが、NNSマストバイ局となったためネットを離脱し[1]、以降は山陰では山陰放送のみのネットとなった(『人間探検!もっと知りたい!!』終了まで)。

[編集] レギュラー出演者

[編集] 主なコーナー

  • クイズ右か左か?(月曜 - 金曜)
  • クイズ!だってそうだもん(月曜 - 金曜)
  • 松尾雄治のクイズでスポーツ(毎週木曜)
  • ほか

[編集] ネット局

系列は放送当時のもの。遅れネット局では14:00 - 14:55または15:00 - 15:55に放送されていた。

放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
関東広域圏 テレビ朝日 テレビ朝日系列 制作局
北海道 北海道テレビ 同時ネット
青森県 青森放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
遅れネット
宮城県 東日本放送 テレビ朝日系列 同時ネット
秋田県 秋田放送 日本テレビ系列 遅れネット
山形県 山形放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
福島県 福島放送 テレビ朝日系列 同時ネット
新潟県 新潟テレビ21
長野県 テレビ信州 テレビ朝日系列
日本テレビ系列
静岡県 静岡けんみんテレビ テレビ朝日系列 現・静岡朝日テレビ
富山県 北日本放送 日本テレビ系列 遅れネット
石川県 北陸放送 TBS系列
福井県 福井放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
[2]
中京広域圏 名古屋テレビ テレビ朝日系列 同時ネット
近畿広域圏 朝日放送
鳥取県
島根県
日本海テレビ 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
遅れネット 2局並行放送[1]
山陰放送 TBS系列
広島県 広島ホームテレビ テレビ朝日系列 同時ネット
山口県 山口放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
遅れネット
香川県
岡山県
瀬戸内海放送 テレビ朝日系列 同時ネット
愛媛県 南海放送 日本テレビ系列 遅れネット
高知県 高知放送
福岡県 九州朝日放送 テレビ朝日系列 同時ネット
長崎県 長崎放送 TBS系列 遅れネット
熊本県 熊本放送 [3]
大分県 テレビ大分 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
同時ネット
宮崎県 宮崎放送 TBS系列 遅れネット
鹿児島県 鹿児島放送 テレビ朝日系列 同時ネット
沖縄県 琉球放送 TBS系列 遅れネット

この他、宮古テレビ石垣ケーブルテレビでも放送されていた(ともに1 - 2週間の遅れネット)。

[編集] 脚注

  1. ^ a b 日本海テレビが1989年10月1日にNNSマストバイ局に変更されてからは、当該枠は『2時のワイドショー』の同時ネットに切り替えたほか、同じく山陰放送と2局同時放送されていた『モーニングショー』の山陰地区での放送も山陰放送に一本化された。
  2. ^ 1989年4月からはNNN・ANNのクロスネット局。
  3. ^ この番組が熊本放送におけるテレビ朝日系正午枠の最後の番組となった。

[編集] 関連項目

テレビ朝日 平日12時台
前番組 番組名 次番組
【お昼の欽どこシリーズ】
どこまで笑うの?!

欽ちゃんのどこまで笑うの?!

欽どこTV!!
個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス