碧いうさぎ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
碧いうさぎ
酒井法子シングル
収録アルバム Watercolour
B面 永遠の朝
リリース 1995年5月10日
規格 8cmシングル
ジャンル J-POP
時間 16分18秒
レーベル ビクターエンタテインメント
作詞・作曲 牧穂エミ織田哲郎
ゴールド等認定
チャート最高順位
  • 週間5位(オリコン
  • 1995年度年間29位(オリコン)
酒井法子 シングル 年表
OH OH OH 〜We are the Winners〜
(1995年)
碧いうさぎ
(1995年)
Here I am 〜泣きたい時は泣けばいい〜
1996年
テンプレートを表示

碧いうさぎ」(あおいうさぎ)は、酒井法子の27枚目のシングル1995年5月10日ビクターエンタテインメントより発売された。

解説[編集]

日本テレビ系連続ドラマ『星の金貨主題歌。酒井法子のシングルとしては最大のセールスで、日本レコード協会及びオリコンでは非ミリオン扱いだが、出荷枚数ではミリオンセラーを記録[1]第37回日本レコード大賞・優秀作品賞を受賞。また『第46回NHK紅白歌合戦』に初出場し、日本手話を交えて歌った。

この曲を作詞した牧穂エミがアルバム『aromatister』で、作曲をした織田哲郎がアルバム『MELODIES』でセルフカバーしている。

作詞家の牧穂エミによると、作曲は織田哲郎と最初から決まっていて、作詞のみコンペ方式で約50人が参加したとしている。作詞のコンペはドラマ『星の金貨』の内容に沿った歌詞とドラマの題材となったグリム童話に似合う歌詞をそれぞれ2作提供するというもので、その中から牧穂が作詞した2作がミックスされたものが採用された。

2007年にリリースされた「世界中の誰よりきっと」のカップリングに、新たに録音された「碧いうさぎ [2007 Version]」が収録されている。編曲は上杉洋史。『星の金貨』で酒井が聴覚障害者の役を演じていたことから、音楽番組で披露する際には、手話を使いながら歌われた。

海外でも、台湾ベトナムなどで現地語にて歌われている。現地のカラオケの機械に入っている事もある。酒井法子の覚せい剤取締法違反による逮捕を受け、2009年(平成21年)8月10日、酒井の全楽曲の配信停止措置が執られる前にダウンロードが集中し、iTunes Storeの楽曲ダウンロードランキングで「碧いうさぎ」(シングルバージョン)が1位に浮上した。各社カラオケリクエストランキングでも上位に浮上。

収録曲[編集]

  1. 碧いうさぎ (3:45)
  2. 永遠の朝 (4:26)
  3. 碧いうさぎ(カラオケ)
  4. 永遠の朝(カラオケ)

収録アルバム[編集]

酒井法子のアルバム

  • Watercolour
  • 素顔(ノーメイク)
  • スノーフレイクス
  • ASIAN COLLECTION 97
  • ASIAN TOUR SPECIAL〜ASIAN COLLECTION 98〜
  • Singles 〜NORIKO BEST〜III
  • Asia 2000〜Words Of Love〜
  • NORIKO BOX
  • <COLEZO!> 酒井法子 Best Selection
  • 大好き 〜My Moments Best〜


オムニバス・アルバム

  • 星の金貨 オリジナル・サウンドトラック
  • LADIES' POPS HIT COLLECTION
  • サウンド・オブ・サンミュージック
  • 20世紀BEST アイドル・ヒストリー ビクターエンタテインメント篇(2)
  • ザ・テーマ -日本テレビドラマ主題歌集-90年代〜
  • 輝け! 火水ドラマ王 90's
  • 日本テレビ開局50年記念 TV GENERATION 日テレGOLDEN BEST
  • Beautiful Songs
  • CLIMAX 〜DRAMATIC SONGS
  • Beautiful Songs 〜those were the days
  • ビクター・レコーディングス(7) 1988-1997
  • Wonderful Tunes 〜Dear Winter〜
  • ベスト・ヒット! 日テレ55 [日テレ・スタンダード]
  • J-POP DRIVING~NON-STOP MIX by DJ KEN-ICHIRO - 1分30秒ほどの短縮バージョンで前後の曲とシームレス仕様。
  • VeCTORY! 1991〜1995 - このアルバムに収録された当曲がiTunes楽曲ダウンロードランキング1位を獲得した。

カバー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 産経新聞』1996年12月19日付、東京夕刊。