坂上二郎

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坂上二郎
本名: 同じ
生年月日: 1934年4月16日(75歳)
出身地: 鹿児島県鹿児島市
血液型: AB型
身長: 160cm
方言: 標準語
最終学歴: 中学校卒業
師匠: 獅子てんや・瀬戸わんや
阿部昇二
出身: 浅草フランス座
コンビ名: コント55号
相方: 萩本欽一
芸風: コント喜劇
事務所: 浅井企画
活動時期: 1950年代後半 - 現在
過去の代表番組: カックラキン大放送!!
シャープ・スターアクション
二郎さんのOh!マイおやじ など
作品: CD 『学校の先生』
CD 『風まかせ』
CD 『デーゲーム
他の活動: 歌手役者
那須お笑い学校名誉校長
配偶者: 既婚

坂上 二郎(さかがみ じろう、男性、1934年4月16日 - )、は、日本のコメディアン俳優歌手鹿児島県鹿児島市出身。浅井企画所属。通称「二郎さん」。
1970年代から1980年代にかけて日本のお笑いをリードしてきたエンターティナーである。

目次

[編集] プロフィール

[編集] コメディアンデビュー

中学校卒業後、鹿児島市内の百貨店に勤務。1953年NHKのど自慢コンクールで鹿児島県代表に選ばれ優勝したのを機に、歌手を目指し上京。青木光一の付き人や専属司会者を経て、獅子てんや・瀬戸わんや門下となり、漫才コンビ「安藤ロック・ロール」を結成。解散後、「安藤ロール」の名のままストリップ劇場・「浅草フランス座」のコメディアンとなり、阿部昇二に師事。幕間コントで萩本欽一と共演した。

[編集] コント55号

キャバレーの営業等で食いつないでいた1966年、萩本と再会し、お笑いコンビコント55号」を結成。初めは歌手を目指したがさっぱり売れず、諦めかけて大型免許を取って転職しようとした矢先、たまたま萩本に電話をかけたのが55号に繋がった。もともと即席コンビだったのが、浅草松竹演芸場日本劇場等で人気を博し、演芸ブームに乗ってテレビに引っ張りだことなり、再度芸能界で活躍するようになった。
コント55号ではボケ担当で、萩本の「タレ目」に対して「チッコイ目」で売った。「飛びます、飛びます」や「コタローね」といったギャグで人気を集める。
また、『コント55号の裏番組をぶっとばせ!』では下ネタを嫌う萩本に対し、率先して汚れ役を引き受け、アイドル歌手やグラビアタレント相手に野球拳を行った。また、「みんなで出よう55号決定版!!(TBSテレビ)」では真っ赤な忍び装束を着て他の黒装束の忍者達の後から組み体操などの同じ事に挑戦しずっこけるように失敗するのが定番の「赤忍者」が好評を博した(後述)。

[編集] 俳優

コント55号として活動中の1972年〜1973年頃より、俳優としても活動することになり、1976年のコンビとしての活動中断以降は本格的にテレビドラマ映画舞台などで活躍。1974年からスタートしたTBSテレビ系の刑事ドラマ夜明けの刑事』シリーズで主役の人情刑事役を演じ、新境地を開いた。

[編集] 歌手

コメディアン、俳優と平行して念願の歌手としても活動。1974年に『学校の先生』を出してヒット。その後は『風まかせ 新・諸国漫遊記』テーマソングとなる『風まかせ』や、ユニコーンとのコラボレーションである『デーゲーム』などを歌う。美声と独特の節回しで知られる。また、坂上の声が『柿の木坂の家』で有名な青木光一に似ているとも言われる。もともと岡晴夫の持ち歌だった『憧れのハワイ航路』をTVなどで数多く歌っている。

[編集] 現在

2003年9月、脳梗塞に倒れたが、幸い軽度で済み、必死のリハビリ2006年に復帰。

2005年4月21日に、歌手としては5年ぶりの新曲CD『必殺!人生送りバント/飛びます音頭』を発売した。『必殺!〜』は、坂上の波瀾万丈の半生を題材に、さだまさしが作詞・作曲を手掛けた。2005年6月4日には、栃木県那須塩原市お笑い芸人の育成学校『那須お笑い学校』を開校、名誉校長に就任した。

2006年5月6日、地元で結成された社会人野球チーム鹿児島ホワイトウェーブの総監督に就任。背番号は茨城ゴールデンゴールズ萩本欽一と同じ55

[編集] ギャグ

  • 飛びます、飛びます」 - コント55号のコント「結婚コンサルタント」で、飛行機の手振り付きで用いられたフレーズ。数あるコントの一つに過ぎないものとして長い間埋もれていたが、1980年代に入り、坂上の物まねを得意とする片岡鶴太郎が好んで多用。以後、代表的ギャグとして定着した。また、他のギャグもイジリー岡田などにパロディーをされている。
    • 手を口に近づけるのは間違い。顔が手に近づくようにする(飛ぶ直前なので、飛行機が上に行ってはいけない)。
  • コント55号の笑いはハプニング的な物が多かった。一応岩城未知男が書いた台本があるのだが、萩本が突如これを無視して舞台上で坂上に無理難題をふっかける。坂上は一瞬困惑するが、結局これを笑いに変え見事に萩本の仕掛けた罠をクリアする。この過程で上記のように坂上が決めゼリフを頻発し、笑いを畳み掛けた。結局コント55号の笑いは坂上抜きには成立せず、ビートたけしをして「最高の受け役」と言わしめている。55号のギャグは坂上二郎そのものであるのかも知れない。坂上は後に「二度同じネタをやった事はなかった。」と述べているが理由は前述の萩本のアドリブのためである。
  • 「みんなで出よう55号決定版!!(TBSテレビ)」内の忍者ネタのコーナーでは必ず全身真っ赤な忍び装束で登場し、黒装束の正統派なアクションを演じるメンバーの後にずっこけたアクションを行い笑いを取っていた。この「赤忍者」にはテーマジングルがあり、出場・退場時双方でかかっていた(他の忍者達にも「黒忍者」という名称があり、同様にジングルがあった)。

[編集] これまでの出演番組

[編集] コント55号

[編集] 単独出演

[編集] テレビドラマ

[編集] ラジオ番組

[編集] CM

  • 大正製薬(パブロンゴールド顆粒 1986年 - 1987年)

[編集] 映画

  • コント55号 宇宙大冒険(1969年、東宝

[編集] アニメ

[編集] 舞台

  • マキシムから来た女
  • 花のお江戸のかぐや姫〜我楽苦多一座奮戦記〜
  • 江戸の花嫁(コント55号として)
  • 谺来る(コント55号として)
  • 仇討物語・でんでん虫(コント55号として)
  • オペレッタこうもり」(二期会の公演に、看守のフロッシュ役で出演し、本来は台詞だけの役だが、この時は特別に1曲、「ウィーン我が夢の街」を歌っている)

[編集] 音楽作品

[編集] シングルレコード

  • ワンナイト新宿/花ものがたり(1970.6)
  • 紳士の条件/男の道(1971.6)
  • 学校の先生/係長ブルース(1974.11.1)
  • 9×9の唄/カックラキンでぶっ飛ばせ(1975.5)※坂上二郎とグリーン・ピース名義‐日本テレビ「カックラキン大放送」より
  • 鉄道員/北の果て(1975)‐(CBSソニー、SOLB297。作詞:山上路夫、作曲:大川光久、編曲:竹村次郎
  • 春子/佐渡(1977.10)
  • スワローズ音頭/スワローズ讃歌〜とびだせヤクルト(1983.3)※コーラス:ヤクルトスワローズ
  • 森さん/森のひと(1983.9)※コーラス:東映児童合唱団‐森林浴イメージソング

[編集] LP

  • 懐メロ大作戦(1974.7)‐全12曲入り

[編集] CD

  • デーゲーム/デーゲーム(1989.9.1)共演ユニコーン‐C/Wはユニコーンのみの演奏
  • なぁ…友よ/昔なじみ(2000.4)
  • 必殺!人生送りバント/飛びます音頭(2005.4.21)

[編集] 関連項目

関連人物

[編集] 外部リンク