巨人の星

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巨人の星』(きょじんのほし)は、梶原一騎原作、川崎のぼる画の野球漫画。並びにこれを基にしたアニメ作品。放送開始30周年記念にて、新巨人の星がamazon限定で初の映像商品化が決定した。

目次

[編集] 概要

[編集] あらすじと連載、放送期間

主人公の星飛雄馬は、かつて巨人軍の三塁手だった父一徹により幼年時から野球のための英才教育を施される。プロ野球の読売ジャイアンツに入団後、ライバルの花形満左門豊作らに大リーグボールを武器に戦う。いわゆるスポ根野球漫画の走りともいえる作品。

漫画は1966年から1971年まで『週刊少年マガジン』に連載された。TVアニメ化もされ、1968年3月30日1971年9月18日よみうりテレビ系で、全182話が放映された。

後に続編『新・巨人の星』が描かれて1976年から1979年まで『週刊読売』に連載され、こちらもTVアニメ化。1977年10月1日1978年9月30日1979年4月14日9月29日の2期に渡りよみうりテレビ系で、計75話が放映された。アニメ映画も7作品が製作されている。

左腕編と『新・~』の間の時期を描いた『巨人の星・外伝~それからの飛雄馬』も読みきりで『少年マガジン』に掲載されており、飛雄馬失踪(5年間)の開始から3年後を扱っている。『新・~』の文庫版の巻末に収録されており、78年掲載で『週刊読売』の『新・~』掲載期間と重なるが、河崎実『巨人の星の謎』では「昭和48年」=73年であるとしている。

講談社漫画文庫『新・巨人の星』で「新魔球の章」と『巨人の星・外伝』を収録した第6巻1996年版では巻末に『新・巨人の星』の初出が週刊読売76年10月2日号~79年4月15日号に掲載、『それからの飛雄馬』は週刊少年マガジン78年2月12日号に掲載とある。

2002年10月にWOWOWで『巨人の星【特別篇】 猛虎 花形満』が放送された。これは、花形満の視点で、TVアニメ『巨人の星』全182話を再構成したものである。

2006年8月9日より『週刊少年マガジン』誌上で、梶原一騎・川崎のぼる原作、村上よしゆき作画で『新約「巨人の星」花形』が連載開始。

2007年4月から日テレプラス&サイエンス(現・日テレプラス)で、『巨人の星【特別篇】 父 一徹』が放送されている。これは、星一徹の視点で、TVアニメ『巨人の星』シリーズを再構成したものになる予定である。『巨人の星【特別編】猛虎 花形満』からは、5年ぶりの作品となる。

左腕編の場合、『少年マガジン』連載直後はKC(講談社コミックス)全19巻が刊行され、以前からのファンは、この旧単行本の巻数で覚えている場合が多い。KCスペシャル版と1995年の文庫版では全11集である。

[編集] 左腕編の旧単行本と文庫の関係

KC1巻/文庫1巻 (無題、事実上の第一部の第一章→1958年、長嶋入団会見の日)、大リーグボール養成ギプス、火だるまボール、命をかけるねうち、ノックアウト打法との対決、星親子のねがい
KC2巻/文庫1巻 星親子のねがい(1959年王貞治巨人入団、飛雄馬は小学校~1966年青雲高校入学)、柔道部のボス伴のしごき、負けじ魂、あせとなみだと根性と(伴が野球部への移籍を宣言)
KC2巻/文庫2巻 あせとなみだと根性と(伴が移籍~花形と対抗試合前半)
KC3巻/文庫2巻 あせとなみだと根性と(対抗試合後半)、とうちゃんの心はどこへ、星一徹のへそ作戦、地区予選開幕(前)
KC4巻/文庫2巻 地区予選開幕(後)、試合開始、おそるべきライバル(左門の生い立ち)
KC4巻/文庫3巻 おそるべきライバル(左門と勝負)、なみだの投球、血ぞめの親指、優勝旗をかけて
KC5巻/文庫3巻 優勝旗をかけて、伴の苦しみ、ざんねん会、スカウト合戦、巨人軍入団テスト、打撃テスト、アウトかセーフか?(テスト合格まで)
KC6巻/文庫4巻 おれはやるぞ(巨人二軍時代)、ON砲と勝負、血染めの手で栄光をつかめ、名物千本ノック、飛雄馬のまよい、初登板
KC7巻/文庫4巻 新しい門出(舞台は1968年新春)、雪山の特訓、かたい決意(台湾到着直後まで)
KC7巻/文庫5巻 台湾キャンプ(金田に感謝する星)
KC8巻/文庫5巻 台湾キャンプ(奇跡の快投)、左門の予告ホームラン、大リーグボール、なぞの特訓
KC9巻/文庫5巻 連敗脱出(vs王、vs左門)、大リーグボールの正体(対大洋戦後半、花形に情報)
KC9巻/文庫6巻 大リーグボールの正体(vs花形、1回目)、オールスター戦開幕、血まみれのバット(鉄球・鉄バット特訓)
KC10巻/文庫6巻 血まみれのバット/男の一念、飛雄馬対花形の死闘)花形が1号を予告ホームラン)、左門のなやみ、前進あるのみ、行動でしめせ(釣堀での特訓)
KC11巻/文庫6巻 行動でしめせ(日本シリーズ)
KC11巻/文庫7巻 ようこそカージナルス、因縁の決闘、契約更改、野球人形(1969年新春)
KC12巻/文庫7巻 新しい時代、父一徹の就任先、最後のわがまま、青春とは?、美奈の死、巨人の星余話
KC13巻/文庫8巻 第二部、男の友情、再起、大リーグボールの復活、見えないスイング、あやうし!大リーグボール(オズマが1号を本塁打)
KC14巻/文庫8巻 あやうし!大リーグボール(飛雄馬降板→試合後)、不死鳥、偉大なライバル、野球にすべてを、奇跡の新魔球(消える魔球完成まで)
KC14巻/文庫9巻 奇跡の新魔球(オズマ三振)
KC15巻/文庫9巻 奇跡の新魔球(試合終了まで)、左門の挑戦、大リーグボール二号の秘密、みんなが青春を!、第三部・青春群像編・大投手金田引退、伴のトレード、親友、危うし!消える魔球(1970年新春)
KC16巻/文庫9巻 飛雄馬のしごき、真冬の特訓、きのうの英雄きょうの敗者(後楽園で座談会→勝負)
KC16巻/文庫10巻 きのうの英雄きょうの敗者(明子が伴に忠告)、涙の決別、顔でわらって心で泣け!、ふっきれ伴!、刺客志願
KC17巻/文庫10巻 刺客志願(「黒い霧」に怒る花形)、運命の対決、慟哭のブロック・サイン、強いやつが勝ち(花形が消える魔球を打倒)、負け犬、ふりかかる火の粉(京子登場)、星さんが好き!
KC18巻/文庫10巻 星さんが好き!、青春のぬけがら(前)
KC18巻/文庫11巻 青春のぬけがら(後)、組長の野心、すべてかゼロか!、屈辱の“夢の球宴”、京子のオネガイ!、車中のできごと、出た!大リーグボール三号(文庫巻頭の版目次で「~三号」、作中の副題で「~3号」)
KC19巻/文庫11巻 出た!大リーグボール三号(花形と明子の会食)、ある座談会、左門,覆面魔球に屈す!、血染めの大リーグボール三号、大根切り攻略、父子の執念、飛雄馬のひみつ、目前の完全試合、9回二死,最後の対決!、エピローグ(1971年年明けまで)

副題の個所は必ずしも連載当時の区切りと一致しない。冒頭、飛雄馬が長嶋に魔送球を投げつけ、星一家が最初に描かれた章(アニメ第1話「めざせ栄光の星」に相当)ではサブタイトルがなく、そのあとに「大リーグボール養成ギプス」という最初の副題が出ている。また、有名な火だるまボールのノックは「火だるまボール」の章では描かれず、そこでは飛雄馬と王貞治の対決が描かれ、火だるまボールは「命をかけるねうち」で描かれる。

また、KCからデラックス版、そして文庫になった段階で、1つの副題の話が巻をまたいでいる個所があり、後半が収録された文庫では目次に全巻の最後と同じ副題があるだけで、後半の本編では副題は書かれていない。

『新・巨人の星』の場合、「泥濘の章」、「鳴動の章」、「噴煙の章」、「青嵐の章」、「噴火の章」、「不死鳥の章」、「新魔球の章」の7章からなっており、『週刊読売』連載当時、大型の別冊単行本全7冊が出て、講談社コミックス(KC)では全11巻、講談社のデラックス版と漫画文庫で全6巻となっている。漫画文庫の第1巻には星の草野球代打稼業から伴の長嶋邸訪問までの「泥濘の章」と「鳴動の章」の前半、長嶋が星の右投げを見る場面を収録。

[編集] 時代背景

[編集] スポーツ界など、社会全体

長嶋茂雄の巨人軍入団(1958年)に始まり、中断をはさんで第一次長嶋政権の4年目(1978年)の中途、『新・巨人の星』として完結した。この時代は、日本が敗戦の混乱期から立ち直り、高度経済成長を経て経済大国を自認しはじめる頃に当たっている。

東京オリンピック1964年)を前にした交通整備で、一徹のような日雇い労務者も仕事が急増し、収入が増えたことが描写されている。当時高級品だったTV購入も、いわゆるお坊ちゃま学校だった青雲高校への飛雄馬の入学も、こうした五輪景気の建設ラッシュ期における一徹の昼夜兼行の超人的な働きが無ければ不可能だった。なお、インフラ整備や再開発はその後も続き、飛雄馬が生まれ育った長屋も取り壊されている。

登場人物(花形、伴、川上監督夫妻、オズマ)たちが海外に出かける、あるいは戻る場面では、舞台は羽田空港。乗客は建物から徒歩で飛行機に向かい、タラップを使って乗降していた。機材もDC-8と思しきナローボディ機材だった。国内線での移動も多々あるが、ボーイング727は登場しない。

主要登場人物の中では、星一徹、川上哲治、水原茂らが太平洋戦争への従軍を経験している。アニメ版オリジナルストーリーで水原のシベリア抑留時代の強制労働体験、沢村栄治吉原正喜など戦没野球選手の逸話も描かれた。一方、主人公飛雄馬は、台湾が日本領だった時代を知らないか、知識としては知っていても現地で日本語が通じることには驚いてしまう世代になる。劇中で台湾側が飛雄馬たちを歓迎する文字「歓(歡)迎」「棒球団(團)」などはなぜか、戦後日本の当用(常用)漢字だった。一部の巨人選手は台湾側の歓迎の印だった爆竹に驚いて、川上監督から説明を受けていた。台湾キャンプ当時(1968年)は中国本土との国交回復(1972年)の前。

速水はメキシコオリンピック1968年)の陸上競技で代表候補だった。なお、速水のキャラクター造形の参考にされたと推測される飯島秀雄もやはりメキシコオリンピックの代表選手である。

星飛雄馬が左腕投手として巨人に入団した1967年当時、今の東京ヤクルトスワローズがサンケイアトムズ、横浜ベイスターズが大洋ホエールズ、オリックス・バファローズが阪急ブレーブスと近鉄バファローズ北海道日本ハムファイターズが東映フライヤーズ、福岡ソフトバンクホークスが南海ホークス、千葉ロッテマリーンズは東京オリオンズ(物語後半でロッテオリオンズ)、埼玉西武ライオンズが西鉄ライオンズだった。

  • まず、阪急は日本シリーズのパリーグ代表として何度も登場する。
1968年、西本監督は飛雄馬の大リーグボール1号を打倒するため、スペンサーに花形そっくりの特訓をさせたが、1号の「最後の完成の姿」に敗れ、翌1969年も阪急打線は消える魔球の前に沈黙。
阪急の長池は1968年の日本シリーズでは大リーグボール1号を続けて2球受け、最初はファウル、次に投飛で打ち取られた。次に1970年にはオールスターで対戦したが、飛雄馬が精神的に不調だったために1号は2球続けてバットに当たらず花形がカバー。続いて飛雄馬の投げた「スピードの死んだ直球」を長池は激怒の一打。これは左門の美技に阻まれた。
『新・~』では1975年の日本シリーズ、上田監督の阪急が広島に勝って日本一になるところを、伴が長嶋邸に向かう車のラジオで聴いていた。
1976年、上田阪急は投手守備が未熟な右腕・飛雄馬をピッチャー返しで狙い、これはスクリュー・スピン・スライディングの応用で破られるものの、「巨人を破って日本一」の悲願を達成。翌1977年も打者・飛雄馬に本塁打を許すが、阪急を含めた各球団の打者の目も飛雄馬の速球に慣れて、巨人の日本一を阻む。そこで飛雄馬は「大リーグボール右1号」の必要性を感じる。
  • 1967年末、二軍だった飛雄馬が速球投手としてプロ初勝利を飾った時の相手が東映フライヤーズ。漫画では東映のユニフォームのチーム名が「FLYARS」となっているが、正しくは「FLYERS」である。1970年のオールスターで飛雄馬と対戦した張本は東映フライヤーズの選手だったはずだが、胸の文字は筆記体で「Flyers」か「Fighters」かわかりにくい。『新・~』の伴と長嶋の会話で張本移籍話が出たとき、原作ではすでに巨人のユニフォームを着た張本が描かれたが、アニメでは「Fighters」の文字と日ハム時代の張本のイラストが出た。
  • 1958年、巨人に入団したての長嶋が「国鉄スワローズ」の金田と対戦し、連続三振。これは飛雄馬のクラスでも話題になっており、のちに1969年、飛雄馬と伴が参加した金田の引退記者会見でも、金田と長嶋が話題にしていた。1967年、巨人OBの別所が「産経の新監督」として紹介され、1969年、飛雄馬が一度自滅した大リーグボール1号を復活させた時、対戦相手がアトムズ二軍。1969年、星飛雄馬の消える魔球の投球フォームを初めて観た長嶋と王が、足の上げ方を「アトムズの別所監督の現役時代」と比較していた。1977年、『新・巨人の星』の花形満の入団当時はヤクルトスワローズになっている。
  • 1968年、飛雄馬と伴が放送席で観戦したオールスターで花形は「近鉄の超速球・鈴木投手」と対戦してレフトフライに倒れ、次の1969年、飛雄馬が出場辞退したオールスターで、花形は「近鉄のエース鈴木」からヒットを放って、雪辱を果たしている。
  • 1970年、飛雄馬は近鉄とのオープン戦で太田幸司と投げあい、左門の方法で大リーグボール2号に挑戦した土井正博を三振に打ち取っている。また、報道陣のリクエストに応え、試合後に太田と握手もしている。1970年、飛雄馬にとって「屈辱の"夢の球宴"」となったオールスターでは太田幸司と王貞治の対戦が描かれたが、結果は不明。
  • 中日に移籍した伴は南海とのオープン戦に代打で出場し、皆川睦男野村克也のバッテリーに三振に打ち取られている。その試合で、後にホームラン王を2度獲得するジョーンズが一塁を守っている。
  • 同じく1970年、飛雄馬が2度のオールスターで対戦した当時の野村克也は南海の選手兼監督だった。
  • この試合で野村の後に飛雄馬と対戦したアルトマンはロッテオリオンズ所属。
  • 星一徹は我が子飛雄馬との戦いについて記者団に質問された際「西鉄の中西(太)監督に止めをさし、休養に追い込んだのは、義理とはいえ父の近鉄・三原(脩)監督」と、同様の例に引いている。
『新・~』で1975年が舞台の「泥濘の章」では一徹が花形満に「レオ・ドローチャーを監督に迎えたがった酔狂な球団もある時世」と言っており、これは『新・~』連載開始当時の1976年に太平洋クラブライオンズがドローチャーに監督就任を要請した件と推測される。
1978年の正月、ハワイの人が星飛雄馬を「あの日本人はミスター・江川かしら」と言ったのを聞いて、伴宙太は「星、お前はクラウンライターライオンズの指名を断った江川と間違えられているぞ」と叫んだ。

原作では飛雄馬が青雲の面接を受け伴宙太と逢った場面(初期講談社コミックスKC2巻、文庫1巻)で、伴宙太の「なぜだまっとる、お前はおし(唖)か」の「おしか」が省かれ、飛雄馬の「だからおしになった」が「だからだまっていた」になっている。 また飛雄馬が長屋で伴に「自分を投げろ」と言った場面では「かたわになってもかまわん」が「大けがをしてもかまわん」になっている。

大リーグボールがオズマに打たれたあとのオールスター(KC14巻、文庫8巻)で客からの左門への罵声の「百姓」が省かれ、「熊本に帰ってこえたごかついでろ」が「派手にプレーしてみろ」に、伴移籍のあとのキャンプで長嶋が言った飛雄馬への助言(KC16巻、文庫10巻)で「めくら蛇におじず」が使われていたが、このが省かれ、台詞も大幅に書き換えられた。 アニメでの台詞の変更は、アニメ版の項目参照。

[編集] 生活、娯楽面の描写

1967年末、花形の打撃練習を見た記者団の一人が「下手な記事など無用ノ介!」と言っている。この『無用ノ介』は当時、さいとうたかをが『少年マガジン』に連載していた時代漫画のタイトル。

1969年の初め、飛雄馬が橘ルミ、続いて日高美奈と出逢った辺りで、一徹と飛雄馬が当時を形容した「昭和元禄」という言葉を使っている。飛雄馬が参加したボウリング大会の司会が大橋巨泉。

同年、飛雄馬が大リーグボール1号で中日のオズマと対決した場面で、観客が「男なら投げてみな、大リーグボール!」と叫んだ。

1969年月面着陸に、飛雄馬は自身の挑戦精神を重ね合わせている。

1969年末~1970年初頭の伴トレードの時期には、登場人物の台詞で「アッと驚くタメゴロー」が出た。

1970年、消える魔球を打たれて勝手に帰宅した飛雄馬がテレビをつけ、野球中継からチャンネルを変えると藤圭子が「圭子の夢は夜開く」を歌っていた。

同年、大リーグボール3号を開発した飛雄馬が文字通り巨人のスターとなっていた当時、『スター千一夜』で当時の有名人と対談、作中のマスコミ関係者が引田天功 (初代)吉沢京子と飛雄馬の対談を希望する場面もある。吉沢京子は当時、梶原一騎原作の『柔道一直線』に出演中だった。

連載初期にはテレビは相当な高級品として描かれていた。星家の家計の逼迫が誇張して描かれていたためもあるが、花形や伴ら富裕層の自宅にも複数台のテレビがあった描写はない。星家のテレビ購入により一挙に親密になった長屋の住人達は、それ以降も星家を訪れ、ブラウン管を通して飛雄馬を応援した。夏には明子が西瓜を振舞ったりするなど、星家はいつの間にかコミュニティの核となっていった。

ビデオが登場するのは『新・~』の時代からで、花形が大リーグボール1号を本塁打した際、ビデオのスロー再生を行うに際して「分解写真」という言葉が使われている。

原作では左門も花形も飛雄馬攻略にコンピュータを駆使することはついになかった。

アニメの花形は親の会社の研究班に頼んで、飛雄馬の大リーグボール3号の投球フォームを分析させ、同じ魔球を投げるピッチングマシンを作らせている。

花形はさらに、アニメ版『新・巨人の星』でヤクルトに入団した直後、コンピュータを使っていた。

後の野球漫画で必ずといって良いほど登場するスピードガンも当時実用に耐えるものはなく、飛雄馬の球速が具体的に示されることはなかった。作品でボールの速度が数字で示されたのは、一徹が花形のノックアウト打法について飛雄馬に説明した際、テニスと野球の球速を比較した場面くらいだった。

劇中で星飛雄馬の投球する姿を映したビデオが出てくるが、大きなフィルムを使い、旧式の映写機(家庭用の8ミリフィルムタイプと推測される)で暗い部屋で見るタイプだった。 アニメ版『新・巨人の星』で左門は「右投手飛雄馬」の攻略のために8ミリフィルムを使用したが、その再生の際、通常の映写方向だけでなく、反対側にも画像が出てしまっていた。 このとき、劇中画面では左で投げる「右投手飛雄馬」の様子がでていた。

牧場の仕事仲間が病院(診療所)で飛雄馬の「破滅」の秘密を録音したテープレコーダーも古い大型のオープンリールだった。

ストーリー展開上の演出のためもあるが、1969年末または1970年初頭の村山実の自宅では火鉢が使われていた。

星一家が住んでいた長屋の家には固定電話もなく、周囲の店の電話を経由するなど、不便な様子だった。 一徹が球場に電話して飛雄馬にアドバイスしようとしたときも、電話のあるらしいラーメン屋まで走るが間に合わず、飛雄馬は左門に本塁打を打たれてしまう。 9連勝の際、新聞記者が見出しにすると口にした「輝き渡る巨人の星」に感動した飛雄馬がその喜びを伝えようと、遠征先から寿司を注文してついでに折り返し電話するように伝えて欲しいと依頼する。近所の公衆電話(タバコ屋らしい)から折り返すが、かなりの長話となり、10円玉が何枚必要だったかは不明。 飛雄馬と明子はマンションに引っ越して初めて「自宅に電話のある生活」を経験する。原作で飛雄馬のマンションの部屋に電話がかかってきたのは川上監督からと京子から。

ただし、星一家の過ごした長屋が作中で取り壊されたとき(「青春のぬけがら」KC18巻、文庫11巻)、その工事現場のすぐそばに電話ボックスがあった。

旧作の頃(1968年)台湾キャンプで四苦八苦していた飛雄馬も『新』の末ごろ(1978年初頭)には自費でハワイへ自主トレに出かけるくらいになっていたほど、この10年間で海外旅行は日本人にとって身近なものになっていた。

[編集] 年表

その他作中で言及のあった史実の出来事と作品の中の時代の流れ
(飛雄馬誕生前の回想場面などは省く。参考のため、同じく川上V9時代を描いた『侍ジャイアンツ』の始まりと終りも記載→詳しくは「侍ジャイアンツ」の「時代背景」を参照)
1958年 [G監督;水原]
(作品で描かれた史実)長嶋茂雄G入団(厳密には1957年末入団発表、1958年春現役開始)。国鉄スワローズの金田正一が長嶋を4打席連続三振に打ち取る。
(作中の話の流れ)飛雄馬が長嶋に魔送球を投げつける。飛雄馬が王貞治(当時早実高)、花形満と対決。
1959年 [水原]
(作品で描かれた史実)王貞治25打席(または26打席)ノーヒット。
1962年 [川上]
(作品で描かれた史実)荒川コーチの指導で王貞治の一本足打法完成。38本塁打でホームラン王。
1967年 [川上]
(流れ)左腕・星飛雄馬G入団(~1970年)。打撃テストで堀内から三塁打。
1968年 [川上]
(史実)9/18巨人・阪神戦で大乱闘。王が触身球(死球)を受けて倒れ、長嶋が本塁打。
(流れ)長嶋本塁打のあと花形が大リーグボール1号を予告本塁打。飛雄馬が日本シリーズの対阪急戦で1号改良型を使用。
1960年代
(史実)学生運動ボウリングゴーゴークラブの流行。
1969年 [川上]
(史実)夏の高校野球大会決勝戦で松山商業と三沢高校が延長18回引き分け再試合の名勝負、正力松太郎逝去、巨人OBの水原茂が中日監督に就任、黒い霧事件、金田正一現役引退
(流れ)飛雄馬がオーロラ三人娘と逢い、ついで日高美奈と出逢うが、日高美奈は病死。一徹が中日コーチに就任。飛雄馬の大リーグボール1号自滅→復活→オズマに打たれ、2号・「消える魔球」登場。金田引退記者会見で飛雄馬と伴が受付担当し、終了後、二人で金田を見送る。
1960年1973年
(史実)ベトナム戦争
1970年 [川上]
(史実)巨人軍日本シリーズを6連覇(最終的に1973年まで9連覇)。
(流れ)オズマ帰国。伴が中日に移籍。花形が2号を本塁打。飛雄馬、大リーグボール3号を開発。オズマがベトナム戦争での負傷がもとで死亡(アニメ版『巨人の星』)。飛雄馬は一徹・伴コンビの中日相手に完全試合達成。ただし最後のライトゴロの判定は微妙。後に失踪。番場蛮G入団(~1974年)。
1971年 [川上]
(流れ)年初、左門と京子の結婚式(『巨人の星』最終回、「エピローグ」)。
1973年 [川上]
(史実)川上巨人V9。
(流れ)飛雄馬、宮崎の日向三高野球部を臨時コーチ。番場蛮の活躍で川上巨人V9達成。番場は胴上げ投手になる(アニメ版『侍ジャイアンツ』では最終回まで1973年の設定)。
1974年 [川上]
(史実)長嶋茂雄現役を引退。巨人V10ならず中日セVで川上監督勇退。
(流れ)番場蛮が試合後に急死(原作『侍ジャイアンツ』最終回)。
1975年 [長嶋]
(史実)長嶋監督のもとで巨人軍最下位。阪神の田淵が王貞治に代わって本塁打王となる。広島東洋カープの「赤ヘル旋風」。
(流れ)『新・~』第1話で飛雄馬が入った料理店のテレビで中継された試合は、原作では巨人・阪神戦だったがアニメでは巨人・広島戦で、外木場義郎衣笠祥雄山本浩二が活躍。飛雄馬は草野球代打、次に「野球人間ドック」でG復帰を目指す。ビッグビルサンダー招聘。同時期、伴宙太、左門より「左門メモ」入手。カープがセV、阪急日本一。長嶋の「来期、パリーグから左の大物打者を獲得予定」の言葉から伴宙太が「巨人、張本獲得」の計画を察知(アニメでは長嶋本人が「張本勲」の名前を告げた)。
1976年 [長嶋]
(史実)張本勲日本ハムファイターズから巨人に移籍。
(流れ)張本がGに移籍と同時に飛雄馬がテスト生として巨人の練習と紅白戦に参加。飛雄馬、右腕投手としてG復帰(~1979年)。掛布雅之がスクリュー・スピン・スライディングを敗る。GセV、日本一は阪急。飛雄馬は敢闘賞。
1977年 [長嶋]
(史実)9/3王貞治756号ホームランを達成。GセV、日本一は阪急。江川卓がクラウンライターライオンズのドラフト指名を拒否して渡米。
(流れ)花形、ヤクルトに入団して球界復帰。
1970年代
(史実)後半の独居老人の孤独死の増加。
1978年 [長嶋]
(史実)与那嶺要がコーチとして巨人に戻る。ヤクルトV。
(流れ)年初、一徹と伴の協力で飛雄馬がハワイで特訓。現地の人から江川卓と間違えられ、与那嶺要に目撃される。この特訓で大リーグボール右1号・「蜃気楼の魔球」完成。まず、ヤクルトの花形が蜃気楼を打ち、残りの他球団相手に飛雄馬が勝ち続けたことで漁夫の利を得たヤクルトがペナントレース(勝率争い)で浮上。左門も蜃気楼を強打。
(流れ)アニメ『新・巨人の星II』終盤では花形が蜃気楼の打倒直後に倒れ引退。飛雄馬の活躍が続き、史実に反して巨人Vが実現。星一徹没。明子が花形の子を出産。アメリカに向かう飛雄馬に江川が挨拶。
1979年 [長嶋]
(史実)江川卓G入団
(流れ)江川の投球練習に水木炎が乱入。飛雄馬が現役を引退しG二軍コーチに。水木炎G入団テスト合格。
1995年 [長嶋・第2期]
(流れ)現役に復帰(?)した飛雄馬がイチローと対決(ラジオドラマ「巨人の星'95」)。
2003年頃 [原]
(流れ)飛雄馬達がアトムと野球の試合をする(「巨人の星対鉄腕アトム」)。

注意以降の記述で物語に関する核心部分が明かされています。


[編集] 主な登場人物

詳細は巨人の星の登場人物一覧を参照。

『新・巨人の星』の登場人物を含む。

星飛雄馬(ほし ひゅうま、声優:古谷徹
本作主人公。時に挫折しつつ、努力と根性で只ひたすらに“巨人の星”を目指す。
星一徹(ほし いってつ、声優:加藤精三
飛雄馬の父。飛雄馬に数々の試練を与えた“野球の鬼(球鬼)”。最終的には自身が敵と化し、飛雄馬の前に立ちはだかる。
反面、飛雄馬に対し親馬鹿な一面があり、牧場春彦がつけた、「二軍で登板した飛雄馬のスコアブック」を、左門豊作が興味深げにみていたことを告げられた際は、「飛雄馬の球質の軽さ」をみぬき、電話をかけに行く際、転び、「わしの、飛雄馬!!」と叫んでいた。人生の全てを、星飛雄馬に捧げたため、娘星明子の結婚には無頓着で、本人まかせにしていた逸話が、『新・巨人の星』に出てくる。
星明子(ほし あきこ、声優:白石冬美
心優しき飛雄馬の姉。母のいない星家唯一の女性でもあり、飛雄馬にとっては母親に限りなく近い存在。
飛雄馬と一徹が対立(巨人の投手VS中日の打撃コーチ)した際、家を出てガソリンスタンドで働く。
この時花形満は通い、後に花形と結婚する切っ掛けとなった。伴宙太も告白したが、玉砕している。
伴宙太(ばん ちゅうた、声優:八奈見乗児
飛雄馬とは青雲高校からの友人。義に篤く涙もろい。物語後半では中日に移籍。一徹と共に星の敵となる。巨人入団の際に伴自動車工業から「チュウタバン10000(ダンプカー)」が発売される話になっていた。後に明子に告白するも振られる。新巨人の星では、再び飛雄馬の支援者になっている。
花形満(はながた みつる、声優:井上真樹夫
飛雄馬を“我が生涯のライバル”とみなし、挑み続ける花形モーターズの御曹司。阪神に入団。大リーグボール1号を苦心の末打つ。新約「巨人の星」花形では主人公を務める(設定上は別人)。
阪神入団の際に発売された、花形モーターズ製「ミツルハナガタ2000」は花形本人が大リーグボール1号に抑えられていた時期は販売が伸び悩んだが、生産は続いたらしく(以上アニメ版)それなりに売れたと推測される。
後に(星)明子と結婚し、飛雄馬の義理の兄になる。新巨人の星では、飛雄馬の復活を助けたが、本格的に投手として復活後は、かつての熱い思いが甦り、ヤクルトに入団、再びライバルとなった。
左門豊作(さもん ほうさく、声優:兼本新吾
飛雄馬が高校時代より縁を持った、熊本出身の巨漢スラッガー。大洋に入団。
後に飛雄馬に惚れていた女番長・京子が、飛雄馬のために手の腱を切った際、自分も好きだった彼女に尽し、妻とする。
アームストロング・オズマ(声優:小林清志
元アメリカ大リーグ・セントルイス・カージナルス選手。一徹のいる中日に契約選手として入団。その際一徹に飛雄馬が子供の頃巻いていた大リーグボール養成ギブスをオズマ用にしたものを巻かされ、ヘロヘロになりながら、「イエッサーボス」といいながら振りまくり、花形が破りながらも自身をも滅ぼしかけた大リーグボール1号を完全攻略した。帰国後、ベトナム戦争に出征し、そこで受けた傷がもとで非業の死をとげる。
速水譲次(はやみ じょうじ)声優:羽佐間道夫
陸上競技候補生の巨人軍選手。巨人入団テスト最終選考で、スパイクの紐作戦で、自慢の足を見せるも、夢中になった飛雄馬の魔送球の前に敗れるが、伴とともに補欠入団となった。
牧場春彦(まきばはるひこ)声優:野沢那智仲村秀生富山敬
常にスケッチブックを持ち歩いている漫画家志望の青雲高校生。後に漫画家。飛雄馬が退学になった、伴大造襲撃事件では、暗器(武器)を使い、襲撃。伴宙太は、初め飛雄馬を疑い、闇鍋を行う。飛雄馬が、3年の牧場が、父親が死んで、かわいそうな身の上と知り、身代わりになる。牧場は、宙太に事実を告げる。また、2軍登板の際、飛雄馬のスコアをつけ、左門が、飛雄馬の球質の軽さを見抜くきっかけにもなっている。
日高美奈(ひだか みな)声優:松尾佳子
宮崎の山奥の沖診療所で働く。飛雄馬の恋の相手。
京子(きょうこ)声優:武藤礼子、新・新II:小山まみ(現・茉美)
新宿繁華街で名の知れた「竜巻グループ」の女番長。通称お京さん。後に左門の妻。大リーグボール3号のヒントになった。

[編集] 大リーグボール

主人公星飛雄馬の駆使する一連の魔球。魔球の元祖とされるちかいの魔球を含め、当時野球漫画の主人公が投じる奇抜な変化球には前例もあるが、「なぜそのような変化をするか」「それに対して打者はどう対抗するか」を推理小説風の謎解きの興味を盛り込んで描き、現在まで魔球の代名詞的存在となっている。

それぞれの魔球の概要は以下のとおり。

大リーグボール1号
バットを狙う魔球。巨人入団後、「飛雄馬の球質は軽い」というプロとしては致命的な欠点が露呈してしまう。この欠点を克服するため、漁師や禅僧の言葉をヒントにして伴と特訓を積み重ね、大リーグボール1号は完成する。当時大リーグの専売特許だった変化球の新発明を、日本人が最初にやったという意味で大リーグボール1号と名づけられた。ボクシング剣道を体験して磨いた洞察力で、バッターの動きを予測し、バットにボールを命中させ凡打に打ち取り、ランナーがいれば併殺を狙う。投球ごとに集中を要するため、疲労の激しいのが弱点。また飛雄馬に動揺のある時は使えない。花形は飛雄馬を試す意味もこめて「ビーンボールではないか」と抗議したが、審判側は「狙うのはあくまでバットである」として訴えを退けた。その後花形は鉄球を鉄製のバットで受け止めて打ち返す特訓を積んでこれを打倒したが、自身も全身の筋肉が故障するという重症を負った。
大リーグボール1号進化形
作中では「大リーグボール1号の最も進化した姿」などと呼称された。釣船の上で釣竿につるした50円玉を狙って投球する特訓によって、更にコントロールを磨いたもの。花形同様の特訓をつんで日本シリーズに挑んだスペンサーを、グリップヘッドにボールを命中させることで打ち取った。結果として精神疲労の弱点はより過酷になり、飛雄馬はオズマと初対決した日米野球で完投直後に倒れ、入院を必要としたほどだった。星一徹が考案した、一度バットをホームベース上に水平に構え、ボールをど真ん中に誘導した上で叩く、という方法でオズマに破られた。また、後日中日に移籍した伴に対し、後述の大リーグボール2号を使わずに打ち取ろうとしたが一徹はこれを予想しており、伴の受身も相まって連続ファウルとされた上に地固めに持ち込まれた。ただし、せっかく地固めに成功し後述の大リーグボール2号を打ち込む準備も出来たのに、一徹のサインミスにより伴はピッチャーフライに打ち取られている。
大リーグボール2号
消える魔球。原理は要約すれば「グラウンドの土ぼこりをまとったボールが自身が巻き上げる土煙の中に保護色によって消える」というもの。反則投球ではないのかという指摘は、作中では慎重に退けられている。すなわち、投球時に飛雄馬が高くあげた右足が土ぼこりを舞い立てる、その中にボールを投げ込む、ボールが自身の回転によって土ぼこりを巻き込むのであるから、反則ではないという論理である。これが実際のプロ野球においてまかり通るかはさておき、上述の「謎解きの興味」をもっとも掻き立てた魔球であり、古今もっとも有名な魔球のひとつであることは間違いない。
魔送球の最も進化した形とされ、ボールは消える瞬間に地面スレスレまで移動し再び見える頃に浮き上がってキャッチャーミットに届くという軌道を描くため、ストレートの軌道を描いているバットには当たらないという梶原独自の理論で説明されている。
原作者の梶原一騎は、川崎のぼるが描く星飛雄馬の投球フォームを見て、この原理を考え付いたらしい。作中では飛雄馬が自宅マンションの屋上で美奈という少女の鞠(まり)つきを見たのがヒント。このいきさつは明子の口から一徹とオズマに知られたが、なぜか花形も「少女は片足を跳ね上げながら鞠をついていた」ということまで知っていた。これが片足を高く上げるフォームにつながり、球のバウンドが魔送球の変化に発展した可能性がある。ただ、飛雄馬は少女から「力を入れすぎると球が想わぬ方向に跳ぶ」という当たり前のことも教わっており、これが魔球にどう関係したか不明。
消える魔球の弱点は、土煙を利用するため、風や水に弱く、強風や雨天での試合では使えないこと。
消える魔球はまたさまざまな攻略法が試みられた魔球としても知られる。「あらかじめホームベース上に何度も倒れこみグラウンドをならしておく」「三塁ランナーが強引な本盗をしかけ、両手で土煙をふせぐ」「ユニフォームの中に水をふくませておいてスイングとともにホームベース上に撒き散らす」「ホームベース上にヘルメットを落とす」などである。
とんねるずオールナイトニッポン」の放送中、リスナーからの葉書で「左門は『消える魔球は風に弱い』などと言って花形たちに打倒のヒントを教えてしまう」という話が読み上げられたが、「風に弱い」は一徹の台詞(見えないスイング→打撃妨害)で、消える魔球と左門との勝負で判明したのは「水に弱い」という性質の方(背番号の汗→ボーク)である。しかし、左門が採用した打倒策はスイングの「風」だった。一徹は試合後のベンチで、水原監督との話で「風に弱い」と言った。他にはオズマがいただけだが、一徹がこの台詞を言ったことも花形に知られていた。オズマ帰国と伴の移籍で一徹の策は「風」から「地固め」に移る。伴には見えないスイングは無理な代わりに体重があり、また柔道の経験があるため受身はお手の物である。
最終的には、それまで見せなかった一本足打法のかまえで飛雄馬の動揺を誘い、投球モーションを中途半端なものにし、ボールにまといつく土ぼこりの方を封じるという手段を用いた花形が、攻略第1号の栄誉を担った。
また、左門が採用しなかった「水」を使う手は、花形による攻略後、アルトマンが採用した。
大リーグボール3号
バットをよける魔球。人差し指一本でボールを押し出すような、独特のアンダースローから投じられる超スローボール。ホームベース上で推進力がほとんどゼロとなり、プロ選手のスイングの起こす風圧によってボールが浮き沈みし、正確なミートが出来ないという原理。張本勲いわく「大リーグボール1号の逆」。飛雄馬自身の分析によれば、誰が投げてもそうなるのではなく、自身の球質の軽さも手伝っているのではないか、という。
弱点として、ボールを浮沈させるほどの強振をしない、ローパワーヒッターには弱い、という点がある。そのために、ほかをノーヒットにおさえながら投手に安打を許すようなケースが多く、謎とされた。
1970年、優勝のかかった中日戦で、飛雄馬はこの魔球3号を駆使して9回2死までを無安打、無四死球のパーフェクトにおさえる。これは投手にだけヒットされる3号の謎にすがった水原監督が投手陣に長打狙いを指示していたためでもあった。このことから土壇場で魔球の正体を悟った星一徹のうちだした作戦は、長時間の逆立ちによって腕力を奪われた伴を代打に起用し、スイングの起こす風圧を封じるというものであり、これは魔球を打つという点においては成功し、伴は左中間を破る長打性の当たりを放った。ただし、同時に伴は体力をも奪われてしまっていたため、一塁へ走ることができず、外野からの送球と彼のベースタッチとクロスプレーとなり、一塁塁審が新人だったこともあって混乱をきたし、連盟への提訴にまで発展した。『新・巨人の星』での記述にしたがえば、この試合は完全試合として公認されたらしい。アニメでは、このクロスプレーの時点でアウトとなり、しっかり完全試合を達成している。この1球を投じたことで、飛雄馬の左腕の筋肉は酷使に耐え切れず断裂してしまい、野球生命を絶たれた飛雄馬はこの試合の直後に失踪する。ライバルを失った伴と花形も引退した。完成までに特訓を積み重ねたものの、ライバル達に次々と攻略された1号・2号と比較して、短期間で完成した3号は左腕の崩壊という犠牲を払いながら最後まで攻略される事はなかった点で、究極にして禁断の魔球といえる。
大リーグボール右1号
『新・巨人の星』で左の代打専門として巨人に復帰し、後に右投手に転向した飛雄馬が開発した「蜃気楼の魔球」。バッターとキャッチャー、それに主審からだけ、ボールが3つに分身して見える。一徹が伴に説明した言い方では「消える魔球とは逆の変化」。原理はとうとう作中では明かされなかったが、観客や他の野手たちからは平凡なストレートに見えるということなどから、ボールが強烈に左右に揺れ動いて分身しているわけではないらしい。本物のボールには影がある、という点を見抜かれて(最初にそれに気付いたのは星一徹)、花形や左門に攻略される。キャッチャーもやはり影を見て捕球するので、晴れた日のデーゲームでしか使えないという弱点がある。また、投球ごとに大変な疲労を伴うらしく、3球続けて投げると続投が難しくなるほどだった。
結局、星飛雄馬は「バットを狙う魔球」と「バットをよける魔球」、「消える魔球」と「分身する魔球」といったそれぞれ相反する2組の魔球、合計4種類を全部投げたことになる。
大リーグボール右1号(アニメ版)
『新・巨人の星II』で開発した、原作とは原理が根本的に異なる魔球「蜃気楼ボール」。サイドスローで投げられたボールは、いくつもの分身をランダムに作り出し、捕球直前で元に戻る。アニメオリジナルキャラクターの丸目太は、最初この魔球に恐怖感を覚えていたが、猛特訓の末、完全に捕球できるようになった。原作のような目立った弱点は無く、飛雄馬は勝利を重ねていった。この魔球の弱点は「風に弱い」こと。小さな竜巻を受け、残像が消えてしまうのである。
妻・明子の妊娠を知った花形は、自らの野球生活にピリオドを打ちたいと思い、その最終過程としてこの蜃気楼ボールを打ち破ることにした。一徹を訪ね、大リーグボール養成ギブスを使用した特訓の末、残像を消しつつホームランを放つ「ツバメ返し打法」を習得、あと1球で完全試合だった飛雄馬を打ち破った。しかし、わが身を殺すような特訓の反動により、ついにホームイン寸前で倒れ、選手生命も終わりを告げた。
大リーグボール養成ギプス
正体は、全身エキスパンダー。花形は大リーグボール養成ギプスを最初に見て、「理想的な訓練法だ」と言ったが、その花形が一徹・オズマコンビより先に「大リーグボール打倒ギプス」を採用せず、鉄球と鉄バットの訓練を選んだのは謎。
「打倒ギプス」で特訓したオズマは普通の球でも本塁打できるようになるが、「鉄球鉄バット特訓」を選んだ花形は一時的に1号以外打てなくなった。
しかし、子供の頃からギプスを付け、少年時代より筋肉を鍛え上げられたものの、プロ入りの際には「軽い球質」になったことを理解できない意見がある。実際に球質の重さは、手首から先のスナップなどによる回転数の少なさで決まるため、上半身だけのウェイトトレーニングだけで重くすることは難しい。
河崎実と重いコンダラ友の会著『「巨人の星」の謎』と柳田理科雄著『空想科学漫画読本』では、バネが身体の一部を挟む危険性を指摘している。
原作を元に検証した柳田理科雄によると、バネは肩と手首を繋ぐように関節を1つ跨ぐ形で着けるべきで、しかも常時着用でなく時々、定期的に短時間ずつ使うのが効果的だそうで、したがって漫画の通りのギプスを常時着用しなかった花形は賢明だったとのこと。
しかし、アニメ『新・~II』では花形もギプスを採用したらしい。
その点は一徹の技術が有ったればこそ可能とも言える。
大リーグボールの「検証」
柳田理科雄が『空想科学読本2』で大リーグボール2号を検証し、『空想科学漫画読本4』で3号を検証している。

これ以外は星飛雄馬大リーグボールの項目を参照。

魔送球
肩を戦争で壊した星一徹が開発。三塁から、一塁送球の際に、ランナーをかすめて行く。これを見た川上哲治は、沢村栄治の話に例えて「ビンボール」と言い、一徹が退団するきっかけとなった。飛雄馬も会得しており、使用したのは、長島茂雄入団の際と自身の入団テスト時に速水に対してだけ投げている。また、この魔送球が、大リーグボール2号の元になった。

[編集] 「ちかいの魔球」との類似点

文筆家で漫画家でもある夏目房之介は、自著「消えた魔球」(双葉社)の中で「巨人の星」と「ちかいの魔球」(原作福本和也、作画ちばてつや)との類似点を指摘している。

「ちかいの魔球」の主人公が最初に投げた魔球は、ボールの後ろの空気の渦でボールが一瞬引き戻され、バッターの間合いを崩してしまうというもの。次いで生まれた魔球は、ボールの残像により、ボールが4つに分身して見えるというもの。3つめの魔球は、主人公が足を高く上げて投球すると、なぜかバッターの前でボールが消えてしまうというもの。大リーグボール1~3号の内容によく似ている。「ちかいの魔球」作中では変化のメカニズムの説明はなく、夏目は、大リーグボール2号は「ちかいの魔球」の消える魔球を理論的に説明したもの、と評している。

こういった魔球の内容に加え、主人公がジャイアンツ所属の左投げ投手である点、主人公が魔球の開発にばかり執心な点、クライマックスで完全試合達成のために魔球を投げすぎて倒れる点、ライバルのバッターがタイガース所属で長髪が特徴な点など、両作品の内容が非常に似通っていることを指摘。「ちかいの魔球」(1961年1962年)と「巨人の星」(1966年スタート)の両方をリアルタイムで読んでいたことを踏まえ、「はっきりいって『巨人の星』は『ちかいの魔球』のいただきです」と述べている。当時の夏目は「巨人の星」が「ちかいの魔球」の「いただき」(パクリ)であることに気づいていたため、「巨人の星」に対しよい感情を持っていなかったという。

その一方で夏目は、「ちかいの魔球」にない「梶原一騎的」な部分こそが「巨人の星」の名作たる所以と、「巨人の星」の価値も認めている。

[編集] 特訓

梶原一騎原作のスポ根漫画の特色として、特訓が挙げられる。とりわけ、『あしたのジョー』と並んでスポ根漫画の代名詞的作品である本作は、作品ストーリーに特訓という要素を組み入れる手法によって連続する対決のマンネリ化を打破し、長期に渡るストーリー展開でも持続性と緊張感の維持が可能である事を、一般に認知させた点で功績は大きい。

この手法は、

「特訓」⇒「新しい技(必殺技)の完成」⇒「対決」⇒「一応の決着」⇒「次の展開」

となり、「次の展開」からまた「特訓」に戻ると、勝負の循環サイクルが完成する。

これによって、主人公(飛雄馬)とライバル(花形・左門)との連続する対決も、互いに特訓を繰り返す事で切磋琢磨し、緊張感の維持を可能にした。また、「次の展開」の場面で新たな強敵(オズマ)を登場させる事によって、対決のステージを更にレベルアップさせることも可能となる。

これら一連の手法は、後に週刊少年ジャンプのキーワードとなった「友情」「努力」「勝利」という要素と融合し、『ドラゴンボール』(1984年1995年)等数多くの作品に「特訓」や「修業」の形で踏襲され、「対決もの」のストーリーの延命化に欠かせない重要な手法として定着した。『ドラゴンボール』の場合、人気作品を終了させたくない出版社側の意向で作品の延命化が図られ、この手法の「勝負の循環サイクル」と「ステージのレベルアップ」が何度も繰り返された為に、「強者のインフレーション(膨張)現象」が起こり、これについていけない者は初登場時には強敵だったキャラクター(登場人物)も、作品終了時には雑魚キャラに成り下がるという弊害も生まれた。原作者の鳥山明は、関係者に無理を言って『ドラゴンボール』を終了させたといわれているが、この様に安易にこの手法を使い過ぎると、作者の意向とは違った作品に仕上がりかねないマイナス要素も内包する。

柳田理科雄が指摘しているように、普通の練習が目標に向かってレベルを上げるのと違い、スポーツ漫画の特訓は最初から本番以上の負荷をかけ、しかもスポーツジムや球場などだけでなく冬山や原生林、海、工場などが舞台になることが多い。

星飛雄馬が最初に雪山にこもったのは長嶋茂雄の前例に倣ったものらしい。大リーグボール1号開発の特訓は、ボクシングジム→剣道場→射撃訓練場→野球の練習場→川に浮かぶ小舟の上となり、消える魔球は終始一貫してグラウンドでの投球練習。3号は原作ではグラウンドでの投球だけだが、アニメでは一時、無断で失踪して竹やぶで投球練習している。

花形は1号打倒が自動車部品工場での特訓で、消える魔球に対する特訓は雪山だった。蜃気楼の魔球を打つためにグラウンドで3つの球のうち、黒く塗ったものを叩く特訓をしたが、これはマスコミに非公開だった。

左門が飛雄馬の速球を打つためにやった「グラウンドで投手の位置を前にずらして打撃練習」は花形にもヒントを与えた。その後、消える魔球を打つ練習は冬の九十九里浜で行った。他の球団の選手に先を越されないために秘密特訓にしたのだろう。アニメでは3号打倒のため、弟・妹の協力で花形の鉄球・鉄バット特訓に近い訓練をしている。

オズマが1号を打つための「ギプス装着3連打」と、伴が2号を打つための「サッカーボール打ち」は普通のグラウンド。

星飛雄馬が1号を改良するためにやった特訓のうち、「川面に浮かぶ舟の上」、「霧の中」、「釣り糸につるして揺らした硬貨の的」は単に「悪条件」に入るもので、飛雄馬と伴はこの「悪条件」だけのために門限破りをし、日本シリーズ前半から外された。特訓の目的は「グリップヘッドを狙う」ためで、「的が小さいから制球力を磨く」のが目標である。飛雄馬はこれを事前に球団首脳に説明せず、特訓もグラウンドでしなかった。この「特訓」が目指すことを球団の協力の下で普通の「練習」でやるなら、まず、野球の練習場で打者のグリップの位置にミットか丸い的を固定し、飛雄馬がそれをめがけてボールを投げ、徐々に的をバットのグリップヘッドと同じ大きさまで小さくし、最後に防具をつけた打者に立ってもらってグリップヘッドに当てる練習をする形になるだろう。もし、これを当時の巨人軍が「鉄のカーテン」でマスコミ取材禁止の条件化で行えば、飛雄馬が門限破りをする必要もなかった。

大リーグボール1号を打つための花形の鉄球・鉄バット特訓やオズマの打倒ギプス特訓を「普通の練習」でやると、打者がジムなどで普通以上の肉体改造をし、次にグラウンドでバックスイングなしの打法やバスター(バントの構えからヒッティング)を始め、これでまず内野安打を目指し、次に長打を打てるようにするという形になるだろう。

特訓の「負荷」と「場所」の特殊さのために、星飛雄馬は勝手に行方不明となり、花形もスランプになって一度はメンバーから外れている。特に飛雄馬はおそらくこういう自分勝手戦線離脱を繰り返したため、勝ち星を余り稼げなかったといえる。

勝手な挫折から特訓まで、左腕時代の星飛雄馬は思慮の足りなさと勝手な判断による規則違反、勝手な失踪がついてまわる男だった。星飛雄馬が「破滅と引き換えの一瞬の栄光」にこだわる余り、プロ入り3年で10代の内に引退し短命投手として終わったのもそこに原因がある。それも右腕投手として復帰したときは少し是正されていた。

花形はもともと飛雄馬との勝負のために野球界に入った「実業界の御曹司」で球界入りも引退も飛雄馬の都合に合わせており、したがって活躍期間は飛雄馬とほぼ同じく短期で、その代わりに飛雄馬との勝負では幾つかの特訓を駆使して他のライバルより勝っている。

左門は対飛雄馬の勝負では花形に負けて、一時はそれを気にしていたが、もともと家族を養うための職業野球が第一であり、派手な特訓なども少ない代りにプロとして長続きすることを優先しており、その意味で彼が最も現実的な野球選手として成功したといえる。

[編集] 批判意見と問題点

[編集] 他の漫画家からの批判

本作以降の野球漫画の第一人者である水島新司は、本作を「野球を知らない人間のかいた話」「ああいう漫画だけは描くまいと思った」としている。野球漫画の第一人者の地位を不動にしてからも、言いがかりに近いものも含めて、度々『巨人の星』批判を繰り返している。その趣旨はおおよそ以下の様なもの。

  • (内容面)野球を苦行か試練の様に描いている。もっとおおらかで楽しいものである野球が、「野球道」というものになってしまっている。
  • (描画面)マウンドにピッチャープレートが引いていなかったり、ダイアモンドを上空から見下ろしたシーンで野手の守備位置が明らかにおかしかったりしている。実在選手の利き手や背番号の間違いなど取材不足も多い。しかし、これは水島自身もしばしば犯しているミスではある。
  • (作品自体について)「人気球団の巨人を舞台にすればヒットしてあたりまえ、他の不人気球団で勝負しなかった梶原一騎は男じゃない」というもの。これは上述の「言いがかり」に類するものと言える。

ただし、かく言う水島も野球漫画家としてスタートするに「打倒・巨人の星」が目標だったと語っており、決して無視できない先行のヒット作だったのは確かである。

[編集] 各種関連書籍が指摘する主人公の性格の問題点

『巨人の星』ファンである河崎実と豊福きこうは、星飛雄馬の勝手な「簡単に絶望し、戦線離脱」の癖を指摘し、「プロ失格」「プロ意識が薄い」と批評している。特に大リーグボール1号をオズマに打たれた後、飛雄馬が川上監督の登板命令に逆った所や、消える魔球を花形に打たれてそのままマウンドを降りて帰ってしまった事がその例である。しかし、続編の『新・巨人の星』では飛雄馬の身勝手さは改善されており、豊福きこうも「飛雄馬の人間的成長」と評価している。

梶原作品のファンである柳田理科雄も、『巨人の星』の筋を要約して「元野球選手の息子が巨人に入り、変化球を3つ開発するが、投げすぎで腕を壊し、若くして引退する話」と解説しており、彼が協力した空想科学シリーズの『英語読本』(著者はアメリカ人)では「星は野球を続けるために魔球を開発したと言いながら、魔球を投げすぎてたった3年でやめるなんてどうかしている」という突っ込みが書かれてある。これは10代の頃の飛雄馬が「父親に認められたい」という一心だけで野球をしていたため、親父相手に完全試合を達成し玉砕する道を選び、選手生命を自ら縮めた結果である。ファンにとっては、そういう批判も「支持」の範囲内である。また、『新・~』では20代後半の飛雄馬は親父でなく長嶋巨人のために戦うようになり、もはや、一徹の「作品」ではなくなっている。

[編集] 批判に対する作中での説明らしきもの

また、『巨人の星』では、一徹の「しごき」の是非や、大リーグボール1号のルール上の問題、飛雄馬の極端な性格の問題について、作者が作中で世間からの批評、批判に答えているような節がある。

  • 初期『巨人の星』連載当時、すでに一徹のようなスパルタ教育は過去のものとなっており、作中でも星父子は「めずらしい父子」と看做されて、報道陣が星家の長屋におしかけている。また、大リーグボール1号を打った花形を評価した一徹は、明子から「打たれたのは飛雄馬よ」と攻められると、「我が子でなければ関心なしなどというのはそこらの教育ママにでも任せておけ」と言っている。ただし、その直後に「できうれば我が子が見せてほしかった、本当の男のかっこよさを」と言って泣いている。大リーグボール2号出現後、花形が明子に自分の生い立ちを語った所で、花形は一徹・飛雄馬について「日本中でふわふわと根無し草のように西洋化しつつある中で、古き良き日本を守る姿だった」と評価し、英国留学からブラックシャドーズ時代までの自分に対しても「西洋かぶれの先頭を切っていた」と自省している。
  • 花形は大リーグボール1号との対決で、審判に「これはビーンボールではないか」と詰め寄り、ルールブックの一部を暗唱までしており、主審は「星投手が狙うのは打者の肉体ではなく、バットだ」として「ビーンボールではない」と説明している。これは「バットを狙う球はビーンボールではないか」という世間からの批判があった場合、それを牽制する效果がある。
  • 左腕時代の飛雄馬は、魔球での絶頂と、打たれた後のどん底の繰り返しだった。大リーグボール1号が花形やオズマに打たれた時、川上監督や明子が「他の打者には通用する」と助言しても飛雄馬は受け入れない。終盤近くの「すべてかゼロか!」で川上が「星、君の生き方、考え方は(両)極端にかたよりすぎとるぞ」という指摘をしている。直後のオールスターでアナウンサーが「2つの魔球は花形やオズマに敗れただけで、他の打者には通用するのではないか」という「一部ファンの声」を紹介するが、解説者の金田が「そうは言うても相手はプロやからねえ」と反論しており、実際に野村とアルトマンが消える魔球を打っている。『新・巨人の星』では右腕の飛雄馬が蜃気楼の魔球を花形に打たれた後も、「他の球団には通用する」という長嶋監督からの助言を受け入れ、登板を続けた。左腕時代と比べると相当な進歩で、これは初期『巨人の星』へのアンチテーゼでもある。

[編集] ファンによる新旧の評価の違い

同じ『巨人の星』ファンの間でも旧作と『新・巨人の星』における、飛雄馬や一徹のキャラクターの違いを批判する意見もある。特に旧作を重視する人の中に、

  • 投手生命とひきかえに最大の敵である一徹といわば刺し違えたはずの飛雄馬が、その後もずるずると現役にしがみつく選手になってしまっている。
  • リングで真っ白に燃え尽きた『あしたのジョー』の矢吹丈や、世界タイトル獲得目前に子供をかばって事故死した『タイガーマスク』の伊達直人ら、他の梶原作品の主人公と違い、「死に場所」を失ってしまったため、彼らと比較してその「余生」はあまり潔いものとはいえなくなっている。

という声もある。 これらに対しては上述の様な「飛雄馬の人間的成長」や、特定のライバルを相手に一瞬で燃え尽きることを許されない野球という団体球技の悲劇性を盛り込んでおり、むしろリアルであると評価する意見もある。 また、続編を作る際にやむを得ず設定を変えたか、作者が前の設定を覆した場合も多い。

右利きを左利きに直された飛雄馬も箸を持つときは右手を使っていたが、『新・~』の冒頭ではその設定が忘れられている。実際は少年時代、左投げで練習していた飛雄馬は箸を右で持ったり左で持ったりしていた[1]

左腕編のアニメでは、第5話「幻のスイッチピッチャー」で飛雄馬がスイッチピッチャーを目指す話がある。

また飛雄馬の左腕破壊も『新・~』の雑誌連載当時は「を壊した」という平凡な設定に変えられており、旧作を知らない人のために設定をわかりやすくした形跡がある。この「肩の故障」という記述は連載直後発行の大型の単行本やその後のデラックス版でもそのままで、1995年以降に発行された講談社漫画文庫でようやく「腕が壊れた」という本来の設定に戻った。しかし「大リーグボール」の項目にあるように、飛雄馬の左手は物をつかめるようになっており、飛雄馬の左腕を診察した医者が述べた「左手の機能そのものを失う」という台詞と矛盾している。

また、アニメ版『新・巨人の星』第3話でも、一徹と飛雄馬の台詞で「飛雄馬は完全試合と引き換えに左を破壊された」という話に変わっており、花形の車の中で飛雄馬が当時を語る回想シーンでは、右腕編最終回で左腕の手首近くを押さえていたはずの飛雄馬が左肩を押さえている場面に変更されている。また、アニメでは一旦「肩」に変えた設定を「腕」に戻すことは不可能だったようで、長嶋巨人の張本獲得案を知った伴が「肩の壊れた左打ちの星はいっそう採れん」と落胆する場面では、原作の台詞の「肩」が文庫で「腕」に変更されているが、アニメの音声では「肩」のままである。

川上巨人時代に飛雄馬の左の動きをつかさどる腕(肘から先)の筋肉がボロボロになり、ついには切れて、を動かせなくなったというのは、左腕編の終盤に向けた重要なテーマで、原作はもちろん、アニメでも何度も繰り返して説明された設定である。それがアニメでは何の説明もなく「を壊した」という設定に変わっており、これは新旧『巨人の星』の大きな矛盾点となっている。

[編集] 野球技術論の古さ

  • 「身体の小さい投手の投げるボールは軽い」という間違った俗説は必ずしも本作のせいばかりではないが、根強く信じられた。もちろん物理学的には同じ重量の球を同じ速さで投げれば、バットに与える球の威力は同じであり、投手の体格に関係なく速い球を投げられれば球質は重いはずで、ボールの軽さ・重さの真の原因はボールの回転速度にある。ただし、芯を微妙にはずすことなどによって同速度での重い軽いといった感覚的な違いを生むことはある。困ったことにこの漫画の論理を正しいと思っている日本の野球指導者は少なくない。『新・巨人の星』では一徹や花形は左投手としての飛雄馬の球質の軽さの原因は制球力にこだわりすぎたためや生来は右利きなのに無理に左利きにねじまげたせいのぎこちなさによるものと分析した。
  • これは連載当時の野球界での俗説を作者が信じた可能性がある。それでも飛雄馬より大柄で「重い球」を投げる大内山が飛雄馬よりもONによく打たれることや、ジャイアント馬場が投手として脱落したことなど、体重が球質とは余り関係しないことが作中でもうかがえる。また、左腕時代の飛雄馬は特にライバルに打たれるヒットのほとんどが本塁打だったのに対し、右腕投手として復帰すると被安打に対する本塁打の割合が減って、三塁打以下に抑えられる割合が高くなっている。豊福きこうは巨人復帰後の飛雄馬の進歩の一例として取り上げ、「生まれつきの利き腕・右腕の潜在能力」と分析。河崎実は「飛雄馬の球質が重くなった」と表現した。これは体重との関連では説明がつかない。雪山の特訓で飛雄馬の「球質の軽さ」を本人と伴が知った場面でも、「それなら体重のある伴が投げたらいいのでは」という提案がなされていないのも不自然である。
  • 1970年代後半の野球アニメ『一発貫太くん』を使った「学研まんがひみつシリーズ」の『一発貫太くん野球のひみつ』でも、「投げる人の体重と、球を打ってよく飛ぶかどうかは関係ない」ということが指摘されており、絵とキャラクターを変えて1993年に発行された改訂版でも同じ内容が説明されている。
  • やはり70年代後半の『ドカベン』では賀間剛介が腕力を鍛えて「重い球」を投げ、鉛の砲丸に見えるという設定があった。
  • 2003年発行のマッシュー・ファーゴ(Matthew Fargo)著『空想英語読本』の欄外注でも、「アメリカの野球界には『球質が軽い』という言い方も概念もない」と断定している。
    しかし作中、1968年に日米野球のため来日したカージナルスのシェ-ン=ディーンスト監督は試合前飛雄馬の投球練習を見て、球質が軽いとはっきり言っている。
  • 日本の野球指導者は飛雄馬達がやっている「ウサギ跳び」を強要し、多くの少年達のを壊してもいる。

[編集] その他作画や設定の矛盾する点

  • 別の項目で述べた星飛雄馬の少年時代の年齢、プロ入りした年の変更のほか、いくつか問題点がある。
  • 勝負のときには飛雄馬がボールを投げるまで異常に時間がかかるため、当時「1球投げるのに30分(つまり一話)かかる」と皮肉られた。ルールでは20秒以内に投げないと(ストライク、ボールの)ボールを宣告される[2]
  • 反面、飛雄馬がボールを投げてから、キャッチャーミットに収まるまでも時間がかかることがあり、その間に会話が成り立つこともあった。例えば消える魔球が左門の風起こし作戦でその軌道が明らかになったときなどである。球速は徒歩並みの超スローボールだったのだろうか。実際には球速80キロ程度でも会話は無理である。もっとも、『ドカベン』などでも速球のはずなのに、岩鬼が「絶好球!」といいながら打つことがあるなど、野球漫画のお約束ではある。
  • 花形が阪神に入団した年の年末、練習で本塁打を連発する花形を見て嬉しそうに笑う藤本定義監督を指差し、記者が監督の心境を推察して「哲よ、今年はいただくぜ、それが本心だろう」と言っているが、この時点での「今年」はすでに巨人の優勝が決まったあとで、花形は「来年の勝負が楽しみだ」と心で飛雄馬に語っている。
  • 人物が他の人物の瞳や双眼鏡に映っている場面では、像は左右逆になるはずだが、漫画の絵では逆なっていない場合が多い。
  • 原作漫画でのホームビジターのユニフォームの使い分けはめちゃくちゃで、後楽園球場の巨人・大洋戦、日本シリーズでの巨人・阪急戦、甲子園球場の阪神・大洋戦以外は現実と乖離している。
    • 作中では大洋のホームのユニフォームは68年のオールスター戦以外はすべてビジターの「TAIYO」、『新・巨人の星』で横浜大洋になった後はユニフォームの文字は「YOKOHAMA」である。帽子のマークは左門入団直後と牧場春彦の「うっかり口すべらし」の場面では「T」(60年代前半のタイプらしい)で、終わり近くの大リーグボール3号との対決で「W」になっている。また、「TAIYO」のユニフォームでシーンによって、Oの上の伸ばす棒があったりなかったりする。
    • その他のチームはどこににいってもホームのユニフォームである場合が多い。
    • 例えば70年の後楽園でのオールスター・「屈辱の“夢の球宴”」では、野村(南海ホークス)はユニフォームが「Hawks」で、アルトマン(ロッテオリオンズ)は「LOTTE」(これは現実でもビジター・ホームとも共通のロゴだったが、色が異なった)。阪急ブレーブスの長池は帽子が「H」でユニフォームが「Braves」。
    • 大リーグボール3号が初登場したオールスターで張本のユニフォームの文字は「Flyars」(本当はFlyers)だったが、「大根切り攻略」で一徹がこの件について語ったときの回想場面では「Braves」になっていた。
    • 「血ぞめの大リーグボール3号」の後半、伴が中日球場で本塁打を放った場面では、ビジターである広島東洋カープの帽子のマークが「H」(68年~71年使用)でユニフォームは「CARP」になっている。
    • 『新・巨人の星』では巨人と阪神はどこでもホーム用。それ以外のユニフォームはホーム、ビジターとちゃんと使い分けることが多くなったが、相変わらず大洋だけは本拠地でもビジター用だったり、ホーム用だったりごちゃごちゃである。例えば75年秋の川崎球場での巨人・大洋戦の場面(「泥濘の章」)では、左門の帽子が「W」でユニフォームが「TAIYO」、対する巨人は胸に「GIANTS」と書いてある。
    • 元ヤクルトのチャーリー・マニエルはアルファベットで(Charles Fuqua)MANUELのはずだが、『新・~』で花形が蜃気楼の魔球を打ったあとのマニエルの打撃練習場面では背中の名前が「MANIERU」になっている。
    • アニメでは絵を動かしやすくするためか、胸のマークは1字だけで、例えば巨人は「G」だけ、阪神は「T」だけになる。
  • まず、人物を先に描き、後に背景を描く方法だったのか、時折、人物と背景の位置関