永田竹丸
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| 永田 竹丸 | |
|---|---|
| 本名 | 永田 竹丸 (ながた みよまる) |
| 生誕 | 1934年5月11日 |
| 職業 | 漫画家 |
| 代表作 | おにいちゃん |
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永田 竹丸(ながた たけまる、本名・ ながた みよまる、男性、1934年5月11日 - )は、日本の漫画家。東京府(現在の東京都)出身。武蔵野美術大学中退。義父は漫画家の芳賀まさお。
目次 |
[編集] 人物
「漫画少年」の常連投稿者で、森安なおやに誘われる形で田河水泡に師事する。その後『新漫画党』にも入党。トキワ荘の通い組としても知られている。端正な画風とほのぼのとしたストーリーで、1950年代を中心に人気漫画家となった。当時、漫画で初めてスクリーントーンを導入した人物としても知られ、その後は漫画家仲間の間であっという間に浸透したという。『ビックルくん』で第一回講談社児童まんが賞を受賞。
1960年代中盤は、日本基督教団の冊子に、代表作となった『おにいちゃん』を長期にわたり連載する。[1]この時期にはTCJ(現・エイケン)やピー・プロダクションに在籍していたこともある。
1970年代以降の一時期、藤子不二雄のチーフアシスタントをしながら細々と自作の幼年向け漫画を執筆していた。
山根青鬼、山根赤鬼とともに田河水泡の『のらくろ』の漫画執筆権を譲り受けた正統継承者である。
[編集] 主な作品
- おにいちゃん
- ビックルくん
- トキワ荘青春物語(競作) 蝸牛社
- ものしりママのチエ子さん
- おっと!おヨメちゃん
[編集] エピソード
- 藤子不二雄Aの『まんが道』では、実家の庭に離れ家を作ってもらい羨ましがられる、というくだりがあるが、実際には母屋の損傷が激しく、部屋の殆どが使い物にならなかったためにやむなく離れ家を建ててもらったという。
- 漫画にスクリーントーンを初めて使った人物ではあるが、後進の漫画家達がスクリーントーンを多用する事を批判している。
- 唐沢なをきの漫画『電脳なをさん』で『おにいちゃん』のパロディが描かれたことがある。
[編集] アシスタント
[編集] 註
- ^ やや特殊な誌面での連載ではあるが、宗教色は皆無の生活コメディ作品である。
