森田拳次
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| 森田 拳次 | |
|---|---|
| 本名 | 同じ |
| 生誕 | 1939年5月11日(72歳) 東京都 |
| 国籍 | |
| 職業 | 漫画家 |
| 活動期間 | 1957年 - |
| ジャンル | ギャグ漫画、家庭漫画、 風刺漫画 |
| 代表作 | 『丸出だめ夫』 『ロボタン』 他 |
| 受賞 | 受賞歴参照 |
| 公式サイト | moriken.jimdo.com |
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森田 拳次(もりた けんじ、1939年5月11日 - )は、日本の男性漫画家。東京都出身。少年時代を満州国(現在の中華人民共和国東北部)で過ごす。左利き。
目次 |
[編集] 経歴
17歳で単行本デビュー後、『丸出だめ夫』など一連のギャグ漫画でヒット作を連発。31歳のとき、ひとコマ漫画家として身を立てようと、アシスタントとともに渡米。すでにアメリカに在住し成功していた実弟のもと、現地の新聞・雑誌等にひとコマ漫画を投稿し単発で掲載されるが、レギュラー漫画家に採用されたかは不明。帰国後は少年コミック、大人向けひとコマ漫画を描く。フランスでFECO(ヨーロッパ漫画家連盟)の会員であった山井教雄の誘いを受け「FECO NIPPON」を結成、後に「JAPUNCH」となる。現在もひとコマ漫画家として活動中。 また、満州からの終戦時の引き上げ体験者として、2002年に「私の八月十五日」の会を結成し、代表幹事となる。同会は中国の南京、瀋陽などで第二次大戦後の引き上げ体験者を中心として、漫画展を開いている。
1965年、同年に読売ジャイアンツのマスコットキャラクターとして採用された「ミスタージャイアンツ」(デザインを手掛けたのは森田ではなく、相沢光朗[1])を主人公とした漫画も連載していた。
[編集] 受賞歴
- 講談社児童漫画賞
- 日本漫画家協会賞(優秀賞、大賞)
- 読売国際漫画大賞(金賞1回、優秀賞10回)
- ベルギー・「カーツーン・ブック・オブ・ザ・イヤー」
ただし、ベルギーのクノックヘイスト・漫画コンテストにおけるカーツーン・ブック・オブ・ザ・イヤーは、公募形式で選ばれる形式であり、特に森田拳次の作品集が特別にセレクトされたものではない。
- クノックヘイスト国際漫画展(グランプリ) など
JAPUNCHの一員として
- 『VIVA, CHEF!』で、平成13年度(第5回)文化庁メディア芸術祭・マンガ部門(優秀賞)
- 『CIN CIN』で、平成14年度(第6回)文化庁メディア芸術祭・マンガ部門(審査委員会推薦作品)
[編集] 作品リスト
- 丸出だめ夫
- ロボタン
- 珍豪ムチャ兵衛
- 3の3の3
- 奇僧天外
- ヒトコマランド
- ひとこま1/2
- ハーレム石松
- 私の八月十五日(共著、A.セーリング刊 2004) - ※平成17年度(第34回)日本漫画家協会賞(大賞)、平成16年度(第8回)文化庁メディア芸術祭・マンガ部門(奨励賞)受賞作品
- 少年たちの記憶(共著、A.セーリング刊 2002) - ※平成14年度(第6回)文化庁メディア芸術祭・マンガ部門(特別賞)受賞作品
- ミスタージャイアンツ - 少年の1965年4月号〜1967年頃まで連載。
その他、ひとコマ漫画家集団JAPUNCHの一員としての一連の著作
