パンチDEデート

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パンチDEデート
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1984年3月まで番組の公開収録が行われていたSABホールが入居していた新朝日ビル
ジャンル 恋愛バラエティ番組
放送時間 放送日時を参照(30分)
放送期間 1973年10月7日 - 1985年3月30日
放送国 日本の旗 日本
制作局 関西テレビ
プロデューサー 栂井丈治
高崎貞夫
出演者 桂三枝(現・六代桂文枝
西川きよし
他、一般男女2組
音声 モノラル放送

特記事項:
1972年10月、『ナイトパンチ』木曜日版の1コーナーとしてスタート。翌年10月に30分のローカル番組として独立した後、1974年10月6日からフジテレビ全国ネット番組になった。
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パンチDEデート』(パンチでデート)は、1973年10月7日から1985年3月30日まで関西テレビで放送された視聴者参加型恋愛バラエティ番組である。

元々は1972年10月に深夜のローカル枠『ナイトパンチ』木曜日版の1コーナーとして企画されたもので、若者風俗をうまく取り込んだことから人気が上昇し、翌年10月に30分のローカル番組として独立。さらに1年後の1974年10月6日フジテレビ全国ネット番組に昇格した。

司会は、落語家の桂三枝(現・六代桂文枝)と漫才師の西川きよしが務めた。

オープニング[編集]

オープニングは三枝ときよしが漫才を披露した後、「ひと目会ったその日から」「恋の花咲くこともある」「見知らぬ貴女(あなた)と」「見知らぬ貴男(あなた、初期は見知らぬ君)に」「デートを取り持つ」「パンチDEデート!」と番組のキャッチフレーズを叫ぶ(これはエンディングでも叫ばれる)。

ローテーションは、きよし→三枝→きよし→三枝→きよし→三枝・きよし。

番組テーマ曲は三枝ときよしが歌ったこともある。

放送日時(30分番組になってから)[編集]

  1. 日曜 12:45 - 13:15 (1973年10月7日 - 1974年9月29日)
  2. 日曜 22:30 - 23:00 (1974年10月6日 - 1983年9月25日)
  3. 土曜 19:00 - 19:30 (フジテレビと一部の系列局)、日曜 22:30 - 23:00 (東海テレビ)、日曜 23:00 - 23:30 (関西テレビ)(1983年10月1日 / 2日 - 1984年3月24日 / 25日)
  4. 新・パンチDEデート』土曜 23:00 - 23:30 (MIZUNO提供、1984年4月7日 - 最終回)

ルール、進行[編集]

舞台の左の袖から女性が、右の袖から男性が登場し[疑問点 ]、中央の椅子に座る。このとき、三枝ときよしが「こちら、久々の○○という感じ」と、男女双方の第一印象を伝える。2人の間はカーテンで仕切られていて、互いの姿を見ることはできない。男性側にきよしが、女性側に三枝が介添え人として付く。

それぞれに、仕事や趣味、理想の異性像、タレントなどをインタビューし、声の調子や会場の反応をからめ、姿の見えない相手のイメージを膨らませていく。好きなタレントを質問した後、三枝ときよしが、カーテンの中央にあるのぞき穴越しに相手方を見ながら、「誰々(タレントの名前)というよりも、何々という感じ」と寸評する。三枝が首を傾けながら放つ「オヨヨ」や「グー」「アリィ?」などのギャグは流行語にもなった。

その上で、三枝ときよしの「せぇ〜の〜、ごた〜いめ〜ん!」の掛け声でカーテンが上がり、両者が対面。その後は1、2分間、2人だけで会話する。客席に向き戻った2人が、それぞれスイッチを持って背後に廻す。「目をつぶって上を向いて……、スイッチ・オン!」。気に入った(交際したい)のならスイッチ・オンし、そうでないのならノー・タッチ。その結果は、背後の大きなハート型の電光掲示板の点滅で判明する。ハートの左半分が女性の意思表示で、右側が男性。ハート全体が点滅すれば見合いは成功ということになる。

テーマ曲やBGMは大半がエレクトーンで生演奏されていた。

ハート型の電光掲示板(セット)の変遷[編集]

初代(ローカル放送時代 - 1976年9月)
丸い半透明のボードの中に埋め込まれていた。
2代目(1976年10月 - 1984年3月)
リアルなハート型になり、外周を赤いガラスケースで縁取り、その凹凸に豆電球が取り付けられる。また、ガラスケースは左右の袖にも縁取られ、お見合い成功の場合は全部点滅した。
3代目(新・パンチでデート)
ハートの部分のみ、外周には派手にランプが点滅していた。両サイドにはオーロラの模様の羽があり、その上に「PUNCH」(女性側)「DE DATE」(男性側)のタイトルロゴ。袖には小さな階段と3体の電照パネルのオブジェがあり、そのうち1体の最上段にはMIZUNOの「M」のロゴマークが印刷されている。ホリゾントは、最初の2回は水色で、それ以降は桃色。椅子とカーテンも最初の2回とそれ以降で変更されている(カーテンは模様入りになった)。第1回目のオープニングで、きよしいわく「ラスベガスみたいですな」。三枝「前回(2代目)よりも豆電球が100個多いんですよ」。

初代と2代目の第一期(1977年9月まで)は、どちらかが拒絶した(点滅しなかった)場合、ランプはまっすぐに裂けていた。2代目の第二期から(1977年10月以降)、ジグザグ状に裂けるようになる。

仕切りのカーテンは、2代目までは巻き取り式で、ご対面のとき、舞台裏に隠れているスタッフが引っ張っていた。3代目は電動式で、のぞき穴はなかった。

2代目以降、スイッチ・オン時には舞台が暗転し、双方にスポットライトが当たる演出が行われた。

3代目では、スイッチは椅子の後ろにビニールテープで固定されていた。

特別企画[編集]

1976年から1984年にかけて(1982年は除く)、毎年正月に1時間のスペシャルが放送された。タレント同士が、奇妙な声で見合いする(このため、タレントはボイスチェンジャーに接続されたコード付のハンドマイクを持っている)「奇声DEデート」、奇抜な扮装で見合いする「変装DEデート」、父親がタレントという子息・子女同士が見合いする「ちびっ子DEデート」、お見合い成功したカップルから5、6組を招いてその後の相性を探る「パンチ同窓会」などで構成された。

番組の終了[編集]

1985年3月30日に番組は終了。『ナイトパンチ』内コーナー時代を含めて12年半の歴史に幕を下ろした。この間、結婚に至ったカップルは、番組スタッフが確認した限りではわずか4組しかいなかった。

1987年、フジテレビのスペシャル番組『ぼくら冒険王』で復刻された。司会は山田邦子渡辺徹。男性側はマグマ大使、女性側は沢口靖子(映画『竹取物語』の宣伝も兼ねて)が出演。マグマ大使は好きなタレントに沢口と答え、カップル誕生。

1990年、TBS『いきなり!クライマックス』の1コーナー「いきなり復刻版」で二度放送された。このときにはちびっ子版で、1回目は両者とも興味なし(点滅せず)、2回目は女の子の方のみが点滅した。

番組終了から10年後の1995年、特別番組『帰ってきたパンチDEデート』が関西ローカルで放送された(一部系列局でも番組販売で放送)。

2013年12月22日に、『祝!芸能生活50周年 西川きよしが仕掛け人!大目玉覚悟の初ドッキリ&復活!パンチDEデートスペシャル』内の企画として復活[1]。公開収録の内容を2部構成で放送した。ちなみに、第1部では今田耕司浅田舞、第2部では小堺翔太宇都宮まきが出演し、いずれも対面後にハートマークが点灯した。オープニングでのタイトルコールでは、西川が「ひと目会ったその日から」というフレーズを述べ始めたにもかかわらず、「桂文枝」名義で登場した三枝が続きのフレーズを失念したためにコールをやり直すというハプニングがあった。

収録[編集]

番組末期に収録の会場として使用された関西テレビ旧本社社屋

原則として毎月2回、大阪市内にあるSABホール(後のリサイタルホール)に一般観覧客を招いて、2週分の収録を行った。SABホールが他興行やメンテナンスで使用できない場合は、近畿地方のほかの公会堂を使用していた。1984年4月7日放送分からは、西天満にあった関西テレビのスタジオを使用した。

また、年に3、4回は地方で公開収録を行っていた。ハワイグアムサイパン香港など、外国人や現地の日系人が出場した海外ロケ版も制作された。

補足[編集]

  • 関西テレビを初めとするFNNの加盟局では、1970年代に番組の放送日(日曜日)が国政選挙の投・開票日と重なる場合に、『パンチDEセンキョ FNN開票速報』というタイトルの選挙特別番組を編成。本番組のレギュラー放送を休止する代わりに、三枝ときよしが同特番の進行役を務めた。『決定版!!オールスター パンチDEセンキョ FNN開票速報』として放送された第35回衆議院議員総選挙の特別番組(1979年10月7日放送)では開票速報の合間に、三枝ときよしの司会で芸能人の親子が登場する「パンチDEラブラブ」という企画を特別に生放送。いわゆる「世襲候補者」が目立った選挙戦にちなんで、大村崑親子とキャロライン洋子親子をゲストに迎えた。
  • 土曜移動後にエンディングテーマが流れるようになった。
  • 東海3県では元々、独立UHF局岐阜放送三重テレビ岐阜三重両県向けにネットされていた(全国ネット昇格後もしばらくの間行われた)。その後、東海テレビにネット移行し、最終回まで同局で放送された。
  • 系列外の青森テレビや岩手放送(現・IBC岩手放送)、それから当時は系列局だったテレビ山口(現在はTBS系列だが、1987年9月まではFNSにも加盟のクロスネット局)でも放送。テレビ山口では日曜23時から放送されていた。また、相互乗り入れ前の香川地区では瀬戸内海放送で放送された。
  • オレたちひょうきん族』では、明石家さんまが三枝に、島田紳助がきよしに扮してオープニングを真似した。
  • 深夜移行後は、オープニングで視聴者から寄せられたデートにまつわるエピソードを紹介した後に、三枝が「それでは、パンチDEデート!」とコールしてCMに入っていた。また、CM前のオープニングのタイトルバックでは、本番前に観覧客がいろんなゲームをする映像が流れた。そのときに司会(兼前説)を務めたのは、三枝の弟子の桂三歩である。
  • とんねるずのみなさんのおかげです』のパロディコント「新畑任三郎」で犯人役に三枝が出演した際、オープニングが再現され、三枝本人ときよしに扮した木梨憲武が番組のキャッチフレーズをコールしていた。
  • 2012年12月に上演された舞台『吉本百年物語・日本全国テレビで遊ぼ』でこの番組が再現され、西川きよし役を長男の西川忠志、桂三枝役をなだぎ武が演じた。出演した素人役は日替わりゲスト(岡村隆史上泉雄一近藤夏子など)が演じた。舞台の千秋楽には西川夫妻と文枝本人が登場し、オープニングのかけあいが再現された。

スタッフ[編集]

  • 構成:竹本浩三、木皿泉(末期のみ)
  • 音楽(エレクトーン演奏):坂本八重子、鳥取令子
  • プロデューサー:栂井丈治、高崎貞夫
  • 制作著作:関西テレビ

関連書籍[編集]

  • パンチDEデート(桂三枝・西川きよし編、協力:関西テレビ) サラ・ブックス(二見書房)、1975年9月
  • きよし・三枝のパンチDEデート 〜ごたいめ〜ん〜(関西テレビ編) シュバル、1981年9月 ISBN 4915524000

ボードゲーム[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “人気番組の復活も、関西テレビの年末年始番組発表”. お笑いナタリー. (2013年12月10日). http://natalie.mu/owarai/news/105390 2013年12月12日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

関西テレビ 日曜12:45 - 13:15枠
(1973.10.7 - 1974.9.29)
前番組 番組名 次番組
サンデー洋画劇場
フジテレビ制作)
※12:00 - 13:30
パンチDEデート
※自社制作
不明
フジテレビ系列 日曜22時台後半枠
(ここから関西テレビの制作枠、一部のネット局を除く。1974.10.6 - 1983.9.25)
お茶の間エコノミー
(ここまでフジテレビ制作)
パンチDEデート
三枝の爆笑美女対談
(木曜22時台前半から移行)
フジテレビ系列 土曜19時台前半枠
(ローカル枠。1983.10.1 - 1984.3.24)
クイズ!知ッテレQ
(ここまでフジテレビ制作枠)
パンチDEデート
(関西テレビ制作)
クイズ地球どんぶり!
※19:00 - 19:54
(ここから再びフジテレビ制作枠)
関西テレビ 日曜23時台前半枠
(1983.10.2 - 1984.3.25)
唄子・啓助のおもろい夫婦
(フジテレビ制作・
月曜19時台前半へ移行)
パンチDEデート
※自社制作・30分繰り下げ
ミュージックフェア'84
(フジテレビ制作・
土曜19時台前半から移行)
フジテレビ系列 土曜23時台前半枠
(関西テレビ制作・MIZUNO一社提供枠、一部のネット局を除く。1984.4.7 - 1985.3.30)
クイズDEデート
(→ローカル枠降格)
新・パンチDEデート