NHKのど自慢
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| NHKのど自慢 | |
|---|---|
| ジャンル | 視聴者参加型音楽番組 |
| 放送時間 | 【総合テレビ・BS2】 毎週日曜12:15 - 13:00(45分) |
| 放送期間 | 1946年1月19日 - (テレビ放送は1953年3月15日から) |
| 放送国 | |
| 制作局 | NHK |
| 出演者 | 徳田章(司会) |
| 音声 | ステレオ放送 |
| 外部リンク | 公式サイト |
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特記事項: |
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| NHKのど自慢 | |
|---|---|
| ジャンル | 視聴者参加型音楽番組 |
| 放送方式 | 生放送 |
| 放送期間 | 1946年1月19日 - |
| 放送時間 | 【ラジオ第1】 毎週日曜12:15 - 13:00 (45分) |
| 放送局 | NHK |
| 出演 | 徳田章(司会) |
| 公式サイト | 公式サイト |
| 特記事項: NHKワールド・ラジオ日本でも放送。 |
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『NHKのど自慢』(エヌエイチケイのどじまん)は、日本放送協会(NHK)の公開視聴者参加の歌合戦番組。1946年の放送開始以来、60年以上続いている長寿番組である。
姉妹番組として、1999年4月から2004年3月までNHK衛星第2テレビで放送された『BSジュニアのど自慢』および『アニソンのど自慢』についても本項で後述する。
目次 |
[編集] 概要
日本各地の都市(年に一度外国からの場合もある)を巡回し、中学生を除く15歳以上のアマチュア出場者が、書類審査、会場での予選審査を経て本番組に出場し、持ち歌を歌い、採点され競うもの(ルール参照)。
出場者は高校生から保育士、教師、会社員、公務員、看護師、農家、定年後の高齢者(80~90歳代の人が出場する場合もある)など様々で、果ては在日外国人(黒人演歌歌手として、後にプロデビューを果たしたジェロなど)や日系南米人が出場する場合もある。まれに、バーやスナックのママが出場して合格した事もあり、年に一度行われるグランドチャンピオン受賞者を中心に、プロの歌手やタレントとしてデビューした人がいる(後述)。
2008年現在の放送時間は、デジタル総合テレビ、総合テレビ、衛星第2テレビ(デジタルは16:9の画面で)、ラジオ第1と海外向けのNHKワールド・プレミアム(2008年10月からは特集・総集編も含めノンスクランブル放送で視聴可能。但し、再放送と毎年3月放送のチャンピオン大会は対象外。)、NHKワールド・ラジオ日本の同時放送で、日曜日の12:15~13:00 (「特集・NHKのど自慢」、12月最終週放送の「NHKのど自慢 熱唱熱演名場面」の場合は13:30まで) 2005年3月まではデジタル衛星ハイビジョンでも時差放送されていた(BSアナログハイビジョン実用化試験放送の時から続いていた。BSデジタル放送開始初期は予選会の模様も放送されていた。)。また、NHKワールド・プレミアムでは毎週月曜日1:10~1:55に同日放送分を、NHKワールド・ラジオ日本では毎週日曜日(土曜日深夜)1:00~1:45に、直近数週間前(基本的に1週間前)に開催された内容をそれぞれ再放送している。(日本国内については、かつて火曜日の夕方5時台などに再放送を行っていた時期があったが、現在国内での再放送は行われていない)
基本的にはテレビとラジオ同時放送のサイマル放送であるが、高校野球などスポーツイベントが行われるような場合は、どちらか、あるいはテレビ・ラジオとも放送を中止する場合がある。後述「のど自慢休止の理由」項参照。また、総合テレビとNHKワールド・プレミアムのみの放送だが、毎年12月の最終日曜日には「NHKのど自慢 熱唱熱演名場面」と題して今年1年間に放送された熱唱の名場面を総集編として放送している(総合テレビは字幕放送あり)。
タイトルロゴにデザインされている鳥は、スズメがモデル。
[編集] 歴史
番組の企画者は、『NHK紅白歌合戦』も企画立案したNHK音楽部の名プロデューサー、三枝嘉雄(健剛)。作曲家・三枝成彰、ドラマディレクター・三枝健起の父である。
軍隊時代に経験した余興大会にヒントを得たという。
1946年1月19日にラジオ番組「のど自慢素人音楽会」として、東京都千代田区内幸町のNHK放送会館から午後6時(18時)から1時間30分、公開放送されたのが始まり。テレビ放送は1953年3月15日午後2時(14時)から2時間放送したのが始まりであり(ラジオと同時公開放送)、当初はスタジオのあった東京での公開のみ放送された。なおこの第一回目の放送をラジオで募集したところ最終的に応募者数は900名を超えたという。
1966年から1970年まで、のど自慢の人気は下降した。原因は1966年に始まったのど自慢前司会者・宮田輝アナを司会・構成に据え、全国各地の公民館や体育館から巡回中継し、各地の風習・伝統・文化を伝えることをコンセプトとしてスタートした「ふるさとの歌まつり」と裏番組のNET(現・テレビ朝日)の「大正テレビ寄席」に視聴率を奪われる格好となったこと。 あの手この手の起死回生策が図られるもことごとく失敗し、1970年3月まで東日本・西日本地区で司会が違っていた。
1970年4月に現在の「NHKのど自慢」にタイトルを変更。程なくして金子辰雄アナウンサーが司会に就任して以来、人気が回復し、現在の地位を不動のものとしている。なお、本番組はNHK総合テレビで最後まで白黒だった番組でもあり、カラー化されたのは1971年10月のことであった。
1970年からは全国各地を巡回する公開生放送(原則)で行っており、書類審査、会場での予選審査を勝ち上がった毎回20組(以前は22組や25組の時もあった。海外公演は25組若しくは30組)の出場者が自慢ののどとパフォーマンスを展開する。そこでゲスト審査員2人を交えた審査で、チャンピオンと熱演賞(審査員特別賞)がそれぞれ1組ずつ決定される。昔は出場者が自分の番になると、セットの後ろから出てきて歌っていたが、現在は全出場者がステージ上手側に座って、先行出場者の歌に合わせて手拍子や身振りなどをしつつ自分の番を待つ、というスタイルになっている。
近年はパフォーマンスを主とする出場者に「いかに地元らしさを織り交ぜつつ、かつ番組の魅力である田舎臭さを濃厚に出すか」という工夫が見られる。また、カラオケが普及したことで出場者の歌唱レベルはそれ以前より明らかに向上しており、箸にも棒にもかからないような歌いぶりの者は、たまに出場することのある80歳台以上の高齢者(伴奏と歌が合わない場合が多い)を除き、ほとんど見られなくなった。
オープニング音楽、番組タイトルロゴは当初から使用。
一時期は、衛星第2テレビで「のど自慢」に出場できない中学生以下を対象にした「BSジュニアのど自慢」の放送もあった。
[編集] ルール
出場を希望するものは、往復はがきにて各地のNHK放送局に出場希望の申し込みを行う。これはNHKのど自慢が放送回ごとに各放送局の制作・著作となっており、出場募集も放送エリア内に対して行われるためである。書類選考により約250組の予選出場者が選ばれ、各放送局から通知される。ちなみに、のど自慢は基本は都府県で年に1回開催されるが、北海道地方の放送が年に3~4回開催されるために、のど自慢が開催されない都府県がある。また、福岡県ののど自慢は奇数年が福岡局で偶数年が北九州局で制作・著作されているため、申込先は開催される放送局に出さなければならない。さらに応募の際には選曲理由も必ず記入しなければならない。
予選出場者に選ばれると、収録日の前日(土曜日)に本番の行われる会場に集合し、予選会が行われる。本番同様に一組ずつ生バンド(地方でメンバーやバックステージが違う。なお、ピアノは宮下博次と西原悟が毎週入れ替わりで担当するが、近畿地方は岩崎恵子・北海道地方は岩崎和子がピアノ担当。宮下・西原は近畿・北海道地方では編曲のみを担当する。)をバックにステージ上で歌を披露する。予選会は基本的に非公開で行われる(聴衆は予選参加者と関係者のみ)が、放送局によってはローカル番組の中で全出場者の歌を放送することもある。全員の歌唱が終わると、歌唱力と出演者のエピソード(はがきに記載された選曲理由や、予選歌唱直後に行われる司会者からの聞き取りによる)などを加味して本番の出場者20組が決まる。
本番当日は、各出場者がステージに上がって歌を披露する。この時点で、出場者は出場番号と曲名のみを言う。途中まで歌ったところで、審査結果(別室にいる審査員から鐘を鳴らす担当者に結果を伝え、その後に鐘を鳴らす)が鐘(チューブラーベル)を打つ数によって表される。1音(ド)と2音(ド・レ)では不合格。不合格でも司会者あるいはゲストの歌手(出場者がゲストの歌手の歌を歌った場合や、 80代以上の高齢者の場合など)と会話を交わすことはあるが、名前を名乗る権利はない。合格になると「ドシラソドシラソドーミーレー」という合計11音の鐘が鳴る。この合格の際に鳴らす鐘を、司会者は「鐘3つ」と表現するが、頭から8音は注意を引くための装飾音であり、後ろ3音に歌唱力に対する評価を表す意味合いがあるからである。ここで初めて出場者は自分の名を名乗ることが出来る。ただし、至極稀に有名芸能人と同姓同名あるいは読みが同じ参加者が登場した場合は、不合格でも名乗ることがある。近年は出場者に失礼との判断で、1音の評価はまれである。前述のとおりカラオケの普及で1音レベルの歌唱力の出場者が少なくなり、かつ予選にて落選としている場合がほとんどのためという理由もある。現在は高齢でほとんど歌えていない参加者の場合でも2音である。1音の評価は、笑いを取る目的で出場していると思われ、かつ歌唱力が極端に低い参加者に下されることがまれにある程度で、事実上消滅している。
判定の鐘で曲は中断されるため、合否にかかわらず歌を最後まで歌い切る事はほとんどできない。
全員の出場者が歌い終えた後、ゲストの歌手(主に演歌系の歌手)2人が1曲ずつ歌う。その間に審査が行われ、特別賞(ゲスト歌手がどんな理由かを言って発表する)と、今週の合格者紹介の後、今週のチャンピオンそれぞれ一人ずつが選出(司会者が「さあ、今週のチャンピオンは!!」と言い、ドラムロールが流れ、「今週のチャンピオンは・・・〇番、〇〇(曲名)をお歌いになりました、〇〇さんです!!」と言ってファンファーレが鳴る)され、放送が終わる。今週のチャンピオンに選出された人は、さらに審査の上、年に一度行われる後述のチャンピオン大会に出場して、グランドチャンピオンを競うことになる。今週のチャンピオン達成者にはゲスト歌手から小規模のトロフィーが、特別賞にはやはりゲスト歌手から盾が授与される。
[編集] 歴代司会者
- 1946~1947 太田一朗、高橋圭三、大野臻太郎、宮田輝ほか数人が交代で担当
- 1948~1949 高橋圭三
- 1949~1966.03 宮田輝
- 1966.04~1967.03 大井安正
- 1967.04~1969.03 大井安正(東日本)、生方恵一(西日本)
- 1969.04~1970.03 各地域本部アナウンサー
- 1970.04~1970.08.23 中西龍
- 1970.08.30~1987.03 金子辰雄
- 1987.04~1993.03.28 吉川精一
- 1993.04.04~2005.03.27 宮川泰夫
- 2005.04.03~2007.04.08 宮本隆治
- 2007.04.15~ 徳田章
※金子辰雄アナと吉川精一アナそして宮川泰夫アナの3人は平成17年度 NHKのど自慢チャンピオン大会2006に特別出演・3人ののど自慢に対する思いとして巨大な額に書いて貰った。特に金子アナに至っては、似顔絵を描いてくれた本人とその家族との14年ぶりの感動且つ涙の再会があった。
[編集] 鐘の担当者
出場者全員が歌ったあと、演奏したバンドメンバーは常に紹介されるが、鐘(チューブラーベル)の担当者が紹介されるようになったのは、かなり後からである。ちなみに、判定はヘッドフォンから指示がなされるため、鐘の担当が独断と偏見でやっているわけではない。ホームページにもその旨が書かれている。2009.2.1放送分において司会者が「秋山さんに鐘を要請しても、秋山さんが決めてるわけじゃないんで」という一幕もあった。 鐘はかつて各地方で形や色、響きなどで違っていたが、2004.3.21福島県原町市の放送からバンド編成が一部違う北海道と近畿を除いて、鐘が統一された。地方の鐘は2004.4.11.(2004.3.7.収録)福岡県大川市の放送が最後になった。
- 不詳~不詳 - 佐伯憲二
- 1993.04.04~2002.03.10 - 吉澤庸光
- 2002.02.17徳島県小松島市と2002.3.10鹿児島県開聞町の放送はそれぞれ2002.1.13、2002.1.20に収録したもので、吉澤が出演したのは1993年4月~2002年1月である。
- 2002.02.03~ - 秋山気清
- なお、秋山は2002年の2月と3月に体調不良の吉澤に代わって代理出演したが、吉澤が死去したことに伴って2002年4月から正式に鐘の担当となった。
[編集] バンドメンバー
ピアノ・編曲は宮下博次・西原悟が入れ替りで担当(北海道・近畿地方は編曲のみ)。 シンセサイザー・ベース・ギター・ドラムは各地方の演奏者が担当する。 最近は、バンドメンバー紹介時にパフォーマンスをする人が多くなった。また、関東甲信越地方では平成20年度からギター以外のバンドメンバーが替わっている。
[編集] テーマ曲
アレンジのマイナーチェンジはあるものの、常にチューブラーベルは含まれている。
[編集] 視聴率
裏番組のアッコにおまかせ!(TBS系)、ウチくる!?(フジテレビ)、Sunday!スクランブル(テレビ朝日)等に対抗すべく安定した視聴率がトップで記録している(関東地区)。最高視聴率は以下の通り。
32.5% (ビデオリサーチ・関東地区・77年オンライン調査開始以降)
[編集] のど自慢出場後プロデビューした主なタレント
- 美空ひばり - 昭和21年(9歳)、鐘1つ(しばしば、鐘がひとつも鳴らなかった、または鐘の担当者が鳴らすことを忘れた、うますぎて判定不能と言った都市伝説が喧伝されているが、誤りである)
- 桜井長一郎 - 昭和22年、演芸部門第1回に合格
- 若原一郎 - 昭和23年、関東甲信越大会優勝
- 坂上二郎 - 昭和28年、鹿児島県大会優勝
- 北島三郎 - 鐘2つ
- 五木ひろし - 福井県で合格
- 森進一
- 島倉千代子 - 鐘2つ
- 牧伸二 - 鐘1つ
- 里見浩太朗
- 倍賞千恵子
- 京塚昌子
- 遠藤実 - 鐘1つ
- 大津美子
- 田中星児 - 昭和43年、全国コンクール・ポピュラー部門優勝
- 小川はる子 - 昭和60年チャンピオン
- 晴山さおり - 昭和63年度歌謡曲の部グランドチャンピオン獲得
- 水田竜子 - 平成4年度グランドチャンピオン
- 石澤智幸(テツandトモ) - 平成8年、東京都中野区大会でチャンピオン。
- 玉城千春(Kiroro) - チャンピオン。
- 大城バネサ - 平成13年度グランドチャンピオン
- 清水博正 - 平成18年度グランドチャンピオン。2008年12月14日放送(和歌山県和歌山市大会)でゲストとして初登場している。
- ジェロ - 平成15年10月12日、和歌山県新宮市大会に出場し、坂本冬美の「夜桜お七」を歌い合格。2008年10月19日放送(岐阜県高山市大会)でゲストとして初登場している。
- 砂川恵理歌 - 平成17年5月、沖縄県嘉手納町大会でチャンピオン。その後日本テレビの歌番組をきっかけでデビュー。
[編集] のど自慢休止の理由
- 全国都道府県対抗駅伝競走大会(男子はラジオがTBS・RCCで中継のため、日曜バラエティーを拡大放送する。NHKワールド・ラジオ日本も一部時間帯で日曜バラエティーを同時放送。)
- びわ湖毎日マラソン
- 全国高等学校駅伝競走大会
以上テレビ・ラジオともに休み。BS2は別番組を放送。NHKワールド・ラジオ日本は以前は国際放送独自編成に差し替えていたが、現在は原則としてラジオ第1放送の番組を同時放送している。
以上BS2のみ休み。録画放送はなし(以前は行われていた)。
- 別府大分毎日マラソン(テレビではTBS系列で放送)
- 選抜高等学校野球大会(テレビではNHK教育で放送)
- 全国高等学校野球選手権大会(全国大会にてテレビではNHK教育で放送、地方大会は一部地域のみ)
以上ラジオ第1放送のみ。録音放送はなし(雨天中止のときは放送。なお、地元開催の日と高校野球地方大会の放送が重なる場合はこの限りではなく、高校野球地方大会の放送をFM放送に移した上で通常通り放送される)。ただし、NHKワールド・ラジオ日本は休止せずに通常通り放送される(総合テレビで通常通り放送されるため)。また、BS2は高校野球の準々決勝・準決勝の日が重なる場合も休止され、録画放送はおこなわれない。
ニュースの放送時間延長の場合でも国内・海外とも遅れ時間分(5分が多い)をスライドして予定通り放送。NHKワールド・ラジオ日本はニュースの放送時間延長が長い場合は13:00からの国際放送独自の日本語ニュースを定時に放送する関係上休止となり、別番組に差し替えられる。
[編集] 放送日変更
- 2005年7月に島根県出雲市の市民会館で収録が開かれた回は本来9月4日に放映されることになっていたが、これが10月2日に変更された。
- NHK松江放送局は「本選に出場したある参加者の歌に、ある政党・政治団体のイメージテーマソングに使用されている楽曲(新党大地のテーマソングである松山千春の「大空と大地の中で」)が含まれていることがわかった。放送時期が衆院選の期間中であり、放送で政治的な公平性を確保するため全国放送を延期した。」としている(Wikinews「NHKのど自慢放送延期、出場者が政党のテーマソングを歌う」)。なお予選会については、地上波では島根県ローカル放送でのみの放送だったので、予定通り9月5日未明(4日深夜)に行われた。これに伴い、NHK宇都宮放送局は、当初収録予定だった栃木県那須塩原市大会を急遽生放送にする対応を取った。
- 2007年3月25日は東京都練馬区での生放送予定だったが、能登半島地震で放送休止となり、4月1日の収録放送に変更された。また4月1日(3月4日収録)に放送予定だった佐賀県玄海町は4月8日(この日は宮本アナ司会の最終回だった)に、4月8日(4月1日収録)に放送予定だった広島県廿日市市は6月3日にそれぞれ変更になった。(ちなみに、広島県内だけは4月8日13:05~13:50に廿日市市の模様を放送した為、この日広島県だけはのど自慢が2回放送された。)
[編集] 海外公演
NHKのど自慢では1998年にブラジルの日本人移民90周年事業としてサンパウロ市で初めての海外公演を開催した。それ以後毎年のように海外公演を開催し、日系人、在外日本人からも根強い反響を得ている。尚、この海外公演でチャンピオンを取ると毎年、東京・渋谷のNHKホールで開催する「NHKのど自慢・チャンピオン大会」(次項)に出場できたが、2005年を最後に終了した。
[編集] 過去の開催地
- 1998年 -
ブラジル・サンパウロ市 - 1999年 -
ペルー・リマ - 2000年 -
アメリカ合衆国・ハワイ州ホノルル(スタン・シェリフ・センター) - 2001年 -
アルゼンチン・ブエノスアイレス(グラン・レックス劇場) - 2002年 -
アメリカ合衆国・カリフォルニア州サンフランシスコ(ビル・グラハム・シビック・オーディトリアム)、
中国・北京(北京展覧館) - 2003年 -
カナダ・バンクーバー(クイーン・エリザベス劇場)、
シンガポール(サンテック・シンガポール) - 2004年 -
イギリス・ロンドン(アレキサンドラ・パレス) - 2005年 -
韓国・ソウル(世宗文化会館)、
メキシコ・メキシコシティ(セントロ・バナメックス)
[編集] チャンピオン大会
その週のチャンピオンに輝くと、更に厳選な審査(VTR審査)のうえ15組程度が、毎年3月前半頃(ほとんどは3月前半頃の土曜日19時30分から21時の生放送。またそれ以前は3月のびわ湖毎日マラソンの前週の日曜日12時15分から13時45分に行われていた)に東京・渋谷のNHKホールを会場に開く「平成○○年度(丸の中には年の数字が入る) NHKのど自慢 チャンピオン大会」に進出し、その年の日本一ののど自慢(年間王者)が決定する。以前は歌謡曲の部、民謡の部の2つで行っていたが、現在は部門別の審査ではなく、全てのカテゴリーから2名の優秀賞と、そして、栄光の日本一とも言えるグランドチャンピオン(優勝者)が出る事になっている。グランドチャンピオンを達成すると、ゴールデントロフィーが授与される。更には、前項の海外公演のチャンピオンも1人か2人位参加する。
チャンピオン大会の演奏はザ・ニューブリード・東京放送管弦楽団で、指揮は宮下博次が担当。チャンピオン大会の編曲(アレンジ)は宮下博次・西原悟・河野成旺が担当。デジタル放送は5.1サラウンド放送となっている。 なお、平成19年度からの演奏はサザンブリーズ・東京放送管弦楽団が担当した。そのため、平成20年度の関東・甲信越地方のバンドメンバーが替わった。平成20年度の編曲は宮下博次・西原悟が担当した。
但し、1969年度までは「のど自慢全国コンクール」と言うタイトルであり、1970年度から現在のチャンピオン大会に変わった。
[編集] 歴代グランドチャンピオン
「会場」は、チャンピオンとなった時の会場。
| 年度(西暦) | 優勝者(会場) | 歌った曲 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 昭和47(1972) | 中村国伯 | 「影を慕いて」 | |
| 昭和48(1973) | 藤田光男 | 「江差追分」 | |
| 昭和49(1974) | 後藤清子 | 「南部俵積唄」 | |
| 昭和50(1975) | 下山美幸 | 「秋田長持唄」 | |
| 昭和51(1976) | 遠島春美 | 「岸壁の母」 | |
| 昭和52(1977) | 松尾進 | 「さざんか」 | この年からしばらく歌謡曲部門・民謡部門の2名選出となる。 以下、上段が歌謡曲部門、下段が民謡部門。 |
| 橋本千代子 | 「お立ち酒」 | ||
| 昭和53(1978) | 方渕由美 | 森昌子「津和野ひとり」 | |
| 笠原ちか子 | 「江差追分」 | 同曲では5年ぶり。 | |
| 昭和54(1979) | 高瀬文 | 渥美二郎「夢追い酒」 | |
| 配島トシ | 「秋田長持唄」 | 同曲では4年ぶり。 | |
| 昭和55(1980) | 山本裕美子 | 石川さゆり「能登半島」 | |
| 千葉裕子・千葉弥生 | 「南部俵積唄」 | 同曲では6年ぶり。 | |
| 昭和56(1981) | 鷹ヶ里律子 | 梓みちよ「よろしかったら」 | |
| 渡辺久人 | 「磯原節」 | ||
| 昭和57(1982) | 長岩亜由美 | 岩崎宏美「二十歳前」 | |
| 佐々木潔志 | 「江差追分」 | 同曲では4年ぶり。 | |
| 昭和58(1983) | 岩井照子 | 都はるみ「おんなの海峡」 | |
| 関千枝子・関恵理子 | 「秋田長持唄」 | 同曲では4年ぶり。 | |
| 昭和59(1984) | 深田るみ子 | 松原のぶえ「おんなの出船」 | |
| 大淵勝子 | 「正調博多節」 | ||
| 昭和60(1985) | 吾郷金治 | 北島三郎「激唱・青函トンネル」 | |
| 河上美佐如 | 「阿波よしこの」 | ||
| 昭和61(1986) | 辻村みゆき | 岩崎宏美「聖母たちのララバイ」 | |
| 田中祥子 | 「球磨の六調子」 | ||
| 昭和62(1987) | 塙圭子 | 石川さゆり「天城越え」 | 民謡部門の本大会進出者がなかった。 |
| 昭和63(1988) | 晴山さおり | 細川たかし「望郷じょんから」 | 後にプロデビューし「1円玉の旅がらす」でブレーク。 |
| 箱石マチ | 「外山節」 | 民謡部門の開催はこれが最後となった。 | |
| 平成元(1989) | 太田幸直 | 吉幾三「海峡」 | 改元とともに再び全員が同じ条件で競う形式に戻る。 |
| 平成2(1990) | 稲辺久美子 | テレサ・テン「別れの予感」 | |
| 平成3(1991) | 陰山亜希(島根県出雲市) | 島津亜矢「愛染かつらをもう一度」 | |
| 平成4(1992) | 水田竜子(北海道当麻町) | 「男なら」 | 後にプロデビュー。 |
| 平成6(1994) | 伊藤公・伊藤嘉晃(北海道奈井江町) | アリス「BURAI」 | 兄弟デュオ。 |
| 平成11(1999) | 室尾雅之(奈良県當麻町) | 尾崎豊「僕が僕であるために」 | |
| 平成12(2000) | 藤本雅子(茨城県土浦市) | 杏里「オリビアを聴きながら」 | |
| 平成13(2001) | 大城バネサ ( |
門倉有希「女の漁歌」 | 琉球系アルゼンチン人。海外勢として初のグランドチャンピオンに。 これがきっかけで2003年に日本でプロデビュー。 |
| 平成14(2002) | 安藤弘法・桝本博之 ( |
CHAGE and ASKA「SAY YES」 | 海外勢としては2年連続。 |
| 平成15(2003) | 王超(ワン・チャオ。奈良県桜井市) | 一青窈「もらい泣き」 | 日本勢としては3年ぶり。アジア系外国人としては初。 |
| 平成16(2004) | 玉川麻美(高知県中村市) | 鬼束ちひろ「月光」 | 四国勢としては初。 |
| 平成17(2005) | キム・ギョンア( |
2年連続同一楽曲でのグランドチャンピオンに。 海外勢制覇は3年ぶり史上4人目(最後)。 アジア勢としては初(アジア系外国人としては2人目)。 |
|
| 平成18(2006) | 清水博正(群馬県藤岡市) | 神野美伽「雪簾(ゆきすだれ)」 | 全盲の16歳。ゲストで来ていた氷川きよしはその歌に感動し涙をこぼした。 2008年2月27日にテイチクエンタテインメントよりプロデビューし、同年3月1日に行われた下記のチャンピオン大会にゲストとして参加した。 |
| 平成19(2007) | 榊枝悠子(福島県福島市) | 鬼束ちひろ「月光」 | 歌謡曲としては初めて、同一楽曲で3人目のグランドチャンピオン。 |
| 平成20(2008) | 井口美優(群馬県沼田市) | 絢香「三日月」 | 高校の先輩でもある清水同様に全盲の16歳。 |
[編集] 過去の出場者の代表(チャンピオンを除く)
- 平成16年度/2004年: 山梨市、愛媛県四国中央市、鹿児島県出水市、鳥取県岩美町、秋田市&秋田県羽後町、岐阜県飛騨市、広島県東広島市、滋賀県草津市、福島県須賀川市、北海道滝川市、長崎県琴海町、福岡県大川市、宮城県白石市そして
イギリスのロンドンの15都市。 - 平成17年度/2005年: 青森市から始まって香川県東かがわ市、北海道岩見沢市&苫小牧市、富山県南砺市、岐阜県大垣市、広島県福山市、宮城県東松島市、高知市、島根県出雲市、京都府亀岡市、山口市、佐賀県有田町、鹿児島県薩摩川内市そして
メキシコのメキシコシティを加えた15都市。 - 平成18年度/2006年: 北海道旭川市から始まって秋田県大館市、山形県長井市、千葉県からは柏市と成田市の両市、岐阜県多治見市、愛知県豊橋市、宇都宮市、大阪府からは堺市と豊中市の両市、熊本県八代市、沖縄県宜野湾市、香川県三豊市そして愛媛県今治市の14都市。
- 平成19年度/2007年: 石川県白山市から始まって北海道からは釧路市&北斗市の両市、群馬県千代田町、静岡県伊豆市、茨城県常陸太田市、大阪府泉佐野市、宮崎県小林市、鳥取県北栄町、佐賀県嬉野市、富山県富岡市、新潟県聖籠町、栃木県小山市そして和歌山県田辺市の14都市。
- 平成20年度/2008年: 広島県三原市、青森県南部町、鹿児島県垂水市、兵庫県宍粟市、富山県富山市、大分県大分市、福島県西郷村、高知県土佐市、山梨県南アルプス市、島根県松江市、茨城県龍ヶ崎市、香川県坂出市、神奈川県からは綾瀬市と相模原市の両市・以上の14都市。
[編集] その他
出場者の合格不合格を知らせる鐘は当初は使われておらず、司会者が口頭で結果を伝えていた。合格を伝えるときは「合格です」、不合格を伝える「もう結構です」だった。
生放送は12時15分からであるが、観覧者が会場に入場できるのは11時ごろである。まず、その地方のNHKの担当者が注意事項を話し、司会者にマイクを渡す。拍手の練習などが行われ、12時15分を待つ。(録画中継においても12時15分から収録を行い、ハプニング等がない限りVTRの編集は無く、撮って出しの形である)13時に放送が終わった後は、ゲスト歌手による「ミニコンサート」が13時30分ぐらいまで行われるのが常である。
[編集] BSジュニアのど自慢
1999年4月から2004年3月まで5年間、衛星第2テレビで毎週土曜日(最初の1年間は毎週木曜日に、2002年度からは、不定期)に放送した公開視聴者参加番組。NHKのど自慢に出場できない15歳未満(中学生を含む)がのどを競った。司会は森口博子と高市佳明アナウンサー(2002年度から関口健アナウンサー)。また1999年4月から2002年9月までは「機動戦士ガンダムSEED」シリーズおよび「ちりとてちん」の劇中BGM担当等でお馴染みの佐橋俊彦が作曲した同番組のイメージテーマ曲が使用されていた。
基本的には、NHKのど自慢と同じだが、この番組には、鐘がない。合否の電子音が流れる。併せてエントリーNo.・出演者の氏名と年齢・曲名と歌手名が一括表示されるようになった。また、賞には、客席審査員が選ぶベストステージ賞、ゲストが選ぶゲスト賞、そして、合格者の中からチャンピオンが決まっていた。さらに、グランプリに輝くと更に厳選な審査のうえ15組程度が、「BSジュニアのど自慢グランプリ大会」に出場できたが、2001年度をもって廃止された。
応募方法はNHKのど自慢とは異なり、「その歌を選んだ理由」を記入する必要はなかったが、「歌いたい曲目とその曲を歌っている歌手(グループ)名」は曲に優先順位を付けた上で第3希望まで記入しなければならず、さらに出場者(グループ単位での出場は、その代表者)の保護者の住所・氏名も記入しなければならなかった。
[編集] 出場後プロデビューした主なタレント
- 高橋愛(モーニング娘。、福井県鯖江市・ベストステージ賞受賞)
- 竹田侑美(Buzy、兵庫県高砂市・グランプリ受賞)
- 廣重綾(東京都大田区・ベストステージ賞受賞)
- 松澤美希
- May'n(中林芽依、愛知県刈谷市・グランプリ受賞・グランプリ大会出場)
[編集] アニソンのど自慢
- 日本初の長編連続テレビアニメーション『鉄腕アトム』の原作者である手塚治虫の生誕80年を記念して制作され、2009年5月4日にNHK大阪ホールで収録、2009年5月5日(こどもの日)にNHK大阪(関西ローカル)で放送された公開視聴者参加番組。歌われる楽曲はアニメや特撮の主題歌・挿入歌で構成され、BGMには鉄腕アトムの主題歌が使用されている。司会は森口博子。審査員に田中公平・野沢雅子・古谷徹・夏まゆみ・岡田斗司夫。ゲストはMay'n・水木一郎。
- また、前日に行われた予選会には、選考に残った3歳から70歳という幅広い年代の人々が149組参加し、(後日、その様子がNHK大阪のホームページより動画配信された。)その中から勝ち残った15組がのどを競った。ゲッターロボ主題歌のイントロと同時に審査得点がメーター表示された後に合否の鐘が鳴らされる、というスリリングな演出が用いられつつ、審査員特別賞2組とチャンピオンが選ばれた。初代チャンピオンには、剣をかたどったチャンピオンソードが授与されている。
- 再放送時(NHK BS2/2009年5月30日 NHK総合/2009年6月12日)は全国放送となり、アーティスト(May'n・森口博子・cossami・カノン・水木一郎)によるアニメソングスペシャルステージが追加、放送時間も約90分に拡大された。
[編集] 記録映画
- 日本ニュース…「のど自慢」放送開始当時の制作の様子が記録されている。
- NHK記録映画…上記「日本ニュース」と同じく、のど自慢放送開始当時の制作の様子が記録されている。高橋圭三アナウンサーの司会の様子も撮影されている。
[編集] 関連する映画・放送番組
[編集] 映画
[編集] テレビ・ラジオ番組
- 九州沖縄スペシャル「ふるさとチャンピオン大集合」
- 福岡放送局制作。かつてNHKのど自慢では各ブロックごとに決戦大会が行われ、そこで勝ち上がった人が全国大会に進む形式がとられていたことがあった。この番組は唯一その名残をとどめるものであり、もともと「NHKのど自慢九州沖縄チャンピオン大集合」として放送されていた。その時点でののど自慢の司会者(といっても実質宮川泰夫がほとんどだった)が「ゲスト」として出演し、九州・沖縄各県チャンピオンがワンコーラス熱唱したり、本番では出てこなかったエピソードを掘り下げたり、更には特別賞受賞者らの爆笑パフォーマンスを再演したりと、審査抜き(同窓会の感じ)の放送ならではの内容となっていた。その後、「熱血!オヤジバトル」などの入賞者らも加えて、現在のスタイルに改められた(それとともにのど自慢司会者のゲスト出演、九州沖縄地方ののど自慢バンドを含めたオーケストラ出演を廃止)。進行は福岡局アナウンサーが担当し、2007年は離任直前の神田愛花が務めた。
- ラジオ深夜便「のど自慢の仲間たち」
- 同「のど自慢旅日記」
- 2006年4月からは同じ曜日の放送で、宮川がのど自慢に出演して訪れた日本各地の風景を、自らの体験談や改めて取材したことを交えて振り返るエッセー風トークで紹介する。
- 民放
- 「日清ちびっこのどじまん」(フジテレビ)子供向けののど自慢番組。1965年から1969年にかけて放映されていた。審査員によって毎週チャンピオンを選出し、年1回(8月ごろ)日本一大会を開催していた。大村崑が司会。
- 1970年代には、TBSの「家族そろって歌合戦」や、東京12チャンネル(現テレビ東京)の同種の番組(番組名不明)など、民放でも同様の素人が歌を競う音楽番組で、かつ全国各地(東京12チャンネルの番組は、関東地方限定で各地を巡業?)を巡る番組があった。放映日も日曜日が多く、時間帯は重複しなかったので制作サイドでは競合番組だが、視聴者にとっては続けて見ることができた。その後は、民放では同種の番組は存在しないようである。
- 永大勝ち抜きのど自慢(読売テレビ)高島忠夫・寿美花代:司会。
- 大学→サンテ→ナショナル10人抜きのど自慢(TBS)青空千夜・一夜:司会。
[編集] パロディー番組
- やじうま寄席(日本テレビ系。番組後半で「玄人のど自慢」というパロディコーナーが有った。進行役は月の家円鏡=現:橘家円蔵)
- 爆笑ドットスタジオ(テレビ朝日系。テレビ番組をやくざ風にパロディする「極道テレビ花田組」というコーナーの第1回で、「素人衆のど自慢」としてパロディ化された。本家と違うのは、失格者はマシンガンで抹殺するという、物騒な物であった)
- 笑っていいとも! (フジテレビ系:「納涼のりょ自慢」(子供や老人がダジャレを披露するというもの)と題したコーナーがあった)
- うたばんのど自慢(FNS歌謡祭の裏番組として2002年にTBSでうたばんの特別企画として放送されたもの。SMAP、とんねるず、ソニンなどが出演した)
- 伊東家の食卓(日本テレビ系:裏ワザの評価で伊東四朗がチューブラーベルを鳴らす。高評価のときのメロディーはのど自慢での合格時のそれに似ている)
- 浜ちゃんと!(ytv系:不定期の企画で「NHKとくぎ自慢」という企画がある。お笑い芸人やグラビアアイドルらが出場し特技を披露する。審査員は浜田雅功、土田晃之、南明奈。司会はほっしゃん。が担当。ちなみに「NHK」は「ニューほっしゃん。企画」の略)

