今夜も生でさだまさし
| 今夜も生でさだまさし | |
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| ジャンル | 深夜番組 |
| 放送時間 | 90分(1月1日除く) |
| 放送期間 | 2006年1月1日 - |
| 放送国 | |
| 制作局 | NHK |
| 出演者 | さだまさし ほか (出演者を参照) |
| 音声 | ステレオ放送 |
| オープニング | さだまさし「桜の樹の下で」 (2011年6月 - ) |
| 外部リンク | 公式サイト |
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特記事項: 上記タイトルは、2009年度より使用。それ以前および毎年年始に関してはこちらを参照。 |
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『今夜も生でさだまさし』(こんやもなまでさだまさし)は、季節の節目ごと(最近はほぼ毎月)にNHK総合テレビで深夜に生放送するバラエティ番組[1]。メインパーソナリティーを務めるさだまさしの冠番組でもある。略称は「生さだ」。
2006年元日から放送開始。2009年4月以降『今夜も生でさだまさし』の通しタイトル(シリーズ名)が用いられるようになった。本稿では、毎年年始の『年の初めはさだまさし』(としのはじめ-)や、通しタイトルが定められる以前の内容についても記す。
海外向けのNHKワールド・プレミアムでも放送されているが、第34弾までは番組編成の関係上、撮って出し形式による録画での放送(数日遅れ)がほとんどであった。その後、2011年5月1日放送の第35弾以降は日本国内と同時放送されるようになった(新春の放送はそれ以前から日本国内と同時放送されている)。2009年の第14弾以降はNHKオンデマンドでも放送後10日間(後に2週間に延長)、インターネットを通じて随時見ることができる。
目次 |
[編集] 概要
番組の構成はさだが視聴者から寄せられたはがきを紹介し、1-2曲程度を生演奏(ほとんどの場合、伴奏はさだのギターだけ)で歌う。以下の基本コンセプトを変えずに続けられてきた。
- 徹底した低予算。テロップはタイトル以外手書き[2]。ただしニュース速報などの速報テロップ(緊急地震速報・地震情報・交通情報・気象警報など)は通常通り表示する。
- 歌は1、2曲程度に留め視聴者からの便りをなるべく多く読む。
- 投稿ははがき限定。封書での投稿は特別な理由がない限り原則的に認められない。FAXやEメールでの投稿募集は特別企画時(後述)以外は行っていない。なお、観覧募集については番組ホームページのメールフォームのみで受け付けている。
- スタジオセットは背景代わりにホワイトボード3枚を使用。必要事項は事前に書き込み、NHKの美術スタッフ小針"画伯"が土地に合わせた絵を描く。
このうち、2と3はさだがかつてパーソナリティを務めていた文化放送の深夜番組『さだまさしのセイ!ヤング』(1981 - 1994年)と同じスタンスである。また、4のホワイトボードは初期は全てさだが自分で書いていた。
このほか頻繁に番組内で行われる事柄としては、以下のようなものがある。
- 商品名を伏せずに発言する。さだは番組内で「民放の番組はスポンサーの制約があって商品名などを自由に発言できない。むしろNHKの方がスポンサーに対する配慮がいらないので自由な発言ができる」旨のコメントをしている。なお、本番組のプロデューサーが2008年元日の放送で「偏りがなければ商品名を使用することは差し支えはない」と述べている(ただし、2009年4月29日の放送で歌われたさだの作詞・作曲によるソフトバンクモバイルのCMソングについては演奏中に犬の鳴き声を入れて歌詞を隠す対応がされた。放送リストに後述)。
- テレビ情報誌の番組表を使った民放の裏番組への言及。基本的にNHKの関連会社が発行する『ステラ』を用いていたが、『2008年新春生放送』ではさだがエッセイを連載している『TVステーション』の番組表を使用した。
- ホワイトボードに受信料納付のお願いを書き、ことあるごとにそれに触れる。
- お天気カメラからの生中継や前日のスポーツの結果など、生放送であることを強調するための映像や情報を挿入する。
- さだの実妹、佐田玲子による新番組・特別番組および地方放送局の宣伝(2009年度まで)。
- 信号を守ろうキャンペーン(2008年元日 - )、および自転車無灯火走行への言及。
- さだが個人的な意見を発言した後に「意見には個人差があります」というフリップが出される(通販番組などによく見られる「効能には個人差があります」といった注意事項のパロディ)。
- さだがいわゆる世相を斬るような発言をした際には締めに「○○は許しても、ワシは許さん!」と決め台詞を叫び、『必殺仕事人』のテーマがSEとして流される。
- また、投稿者の善行をとりあげたハガキを読む際には締めに「世間は許さなくても、ワシが許す!」と決め台詞を叫び、『歓喜の歌』のテーマがSEとして流されるようになった。
[編集] 歴史
[編集] 年の初めはさだまさし (2006 - )
NHKは2001年8月5日と2002年6月5日に実験的に放送された『さだまさしの見るラジオ・聴くテレビ』を「定番」化することとして、2006年元日未明にシリーズの始まりとなる『新春いきなり生放送!年の初めはさだまさし』を放送する。この日が選ばれた理由は『NHK紅白歌合戦』(紅白)の常連となっていたさだが紅白からそのままの流れで出演できること、またそれに絡んで紅白明けの歌手を飛び入りゲストに呼べることなどが理由である。
この『新春いきなり生放送!』が関東で5%、関西で6.2%という、深夜の時間帯にもかかわらず高い視聴率を記録し、反響も大きかったことから年に数回のペースで続編を制作する。次回の放送日は番組内もしくは公式ホームページで発表。放送時期は視聴者が夜ふかし出来るような連休が優先されるが、さだのコンサートスケジュールと勘案して決定する。放送時間は深夜で元日放送の回のみ120分、それ以外は90分で放送。
開始当初は正式なシリーズ名などが付けられてなかったが、シリーズ第10弾の『真夜中なのに生放送 桜咲いてもさだまさし』で過去の放送リストを表示した時には「○○もさだまさし」という表記になっていた。また、「さだまさしの深夜にやっているあれ」[3]と呼ばれたことをさだが気に入っていた。
[編集] 番組タイトル決定 (2009 - )
2009年度はほぼ月1回の放送になり、『今夜も生でさだまさし』とタイトルで固定し、ロケ地にちなんだサブタイトルがつくことになった。さだの誕生日でもあった2009年4月10日には「番組タイトル ついに決定!!!」と題したさだによる予告動画が掲載され、そこでタイトル『今夜も生でさだまさし』と告知。レギュラーコーナー「まっさんぽ」を開始。スケッチブックに写真を貼り合わせ、麺類を何か食べるシーンを入れる。2011年度からは、「まさしのふるさと通信」と題し、放送先のキャスターやアナウンサーが地元について紹介する。
総合テレビの番組編成で、金曜深夜と土曜深夜のレギュラー番組が第5週は放送されないため、代替として第5週の週末に放送するようになる。土曜未明(金曜深夜)は0時10分、日曜未明(土曜深夜)は午前0時から放送。日曜は中断してニュースを放送する。このセオリー以外で放送するのは正月以外に4月・11月の回がある。
2010年度から土曜深夜(日曜未明)午前0時から放送。『着信御礼!ケータイ大喜利』が月3回放送され、さだは最終週にほぼ毎月担当する。ただし、第1週の場合もある。
[編集] 出演者
- メインパーソナリティ
-
- さだまさし(シンガーソングライター) - 冒頭のフリップボードには「キャスター」と表記されている。
- その他の出演者
[編集] 使用音楽
- オープニング
- エンディング
- さだまさし「純のテーマ(チェロ・バージョン)」(2004年のサウンドトラックアルバム『北の国から オリジナル・スコア・ヴァージョン 完全盤』収録)
[編集] 各回の概要
[編集] 2006年
- 新春いきなり生放送! 年の初めはさだまさし
- シリーズ第1弾。1月1日 0:25 - 2:25に放送。NHK放送センターからの生放送で広報関係者のほか前日夜に行われた『第56回NHK紅白歌合戦』の出演者の中から小林幸子、スキマスイッチ、平原綾香も登場した。ゲストは他にコロッケ、柳原一成(料理研究家)、石川鷹彦(さだのバックバンドのギタリスト)。
- 犬の声を当てるコーナー、裏番組の紹介、さだ自身が出演を終えたばかりの『紅白歌合戦』への批判などが行われた。
- 番組中に歌った曲は「親父の一番長い日」「案山子」「北の国から」。
- 横浜から突然生放送! 大型連休もさだまさし
- シリーズ第2弾。5月7日 0:15 - 1:15に放送。NHK横浜放送局開局80周年記念番組として放送された。ゲスト出演は天野真知(『こんにちはいっと6けん』リポーター)、平野奈央(『よこはまポートスタジオ』キャスター)。
- 「大型連休のことをなぜNHKでは「ゴールデンウィーク」と言わないのか」について論じたりNHKの一連の不祥事に対する意見を述べ、それに関するはがきを紹介するなどした。
- 番組中に歌った曲は、唱歌「故郷」。そのほかに「関白宣言」の冒頭の一小節だけを歌い、嘉門達夫の「歌が突然終わるシリーズ」と同じ手法でオチをつけていた。
- 長崎から突然生放送! 真夏の夜もさだまさし
- シリーズ第3弾。8月5日 0:00 - 1:40に放送。途中1:00から10分間ニュースを放送。翌日行われる『夏 長崎から さだまさし』のPRを兼ねてNHK長崎放送局から放送。『もってこい長崎』(長崎県向けの地域情報番組)などを放送しているスタジオが使われた。
- 番組中に歌った曲は「紫陽花の詩」「蝉時雨」「精霊流し」「殺風景」「長崎小夜曲(ナガサキシティ・セレナーデ)」の5曲。ただし「紫陽花」の途中から「精霊流し」の途中まではニュース挿入のため放送はされなかった。
- ゲストは谷村新司(熊本県水俣市から電話出演)、渡辺俊幸(さだのプロデューサー)、吉田政美(元グレープ)、山本美穂(長崎放送局キャスター)、八木佐和子(同)。
[編集] 2007年
- 2007年新春生放送 年の初めはさだまさし
- シリーズ第4弾。1月1日 0:25 - 2:25に放送。この回以降、NHKワールドのテレビ放送を通じて世界の100の国と地域へ配信されている(同時配信とならない国あり)。
- 前年同様NHK放送センターからの生放送であったが、『第57回NHK紅白歌合戦』からの出演者はなし。代わりに企画VTRとして「多滝鱒造(たたきますぞう)の人生レッスン」が制作され戸張捷、小野文惠、さだ企画所属のプロゴルファー・谷口拓也が出演した。
- さだは番組冒頭で『紅白歌合戦』のDJ OZMAの「擬似全裸事件」に触れたトークを展開した。その中でOZMAの後に出番を迎えたアンジェラ・アキが、ピアノ一本で「HOME」を歌い上げたパフォーマンスを高く評価した。
- シリーズ最多となる1020通のはがきが届いた。海外にも放映されたため、アメリカや中国などからも投稿があった。はがきは1メートルほどの大きさのものやスルメ入りのもの、また宮島のしゃもじに文章が書いてあるものなど特徴的なものが多く届いた。
- 番組の途中でさだがNHKの新番組『ぴあのピア』のインタビュー取材を受けるため席を外し、妹の佐田玲子が代わりに司会を行った。
- 番組中に歌った曲は「大晦日(おおつごもり)」「北の国からメドレー」「道化師のソネット」。
- 真夜中なのに生放送 卒業式にもさだまさし
- シリーズ第5弾。3月18日 0:15 - 1:30に放送。NHK放送センターから、『きょうの健康』のスタジオを借りて行われた。
- 卒業式をメインテーマに放送。また、小野が代々木公園から「夜桜中継」をした。
- 番組中演奏した曲はドラマ『北の国から』の「五郎のテーマ」の一部だけだった。
- 松山から生放送! 大型連休もさだまさし
- シリーズ第6弾。4月29日 0:10 - 1:40に放送。NHK松山放送局から放送。同局の玄関前からの中継映像で始まった。ゲスト出演は木本あさ(松山放送局キャスター)ほか。
- 番組中に歌った曲は「長崎小夜曲」。長崎市長射殺事件についての意見を述べた上での演奏だった。
- 広島から生放送! 真夏の夜もさだまさし
- シリーズ第7弾。8月8日 0:10 - 2:10に放送。オランダでは1日遅れて放送された。
- 翌日行われる『2007 夏 広島から さだまさし』のPRを兼ねてNHK広島放送局から放送。ゲスト出演は山田一穂(広島放送局キャスター)など。
- 番組中に歌った曲は「甲子園」「Birthday」。
- 名古屋から生放送! 秋の夜長もさだまさし
- シリーズ第8弾。10月28日 0:05 - 1:35放送。シリーズ初の試みとして、総合テレビに加えてFMラジオ放送と実用化試験中の地上デジタル音声放送放送で同時放送された。なおNHK松山放送局のテレビ放送のみサッカーJリーグ「愛媛FC×コンサドーレ札幌」録画中継のため、翌29日 1:40 - 3:00に撮って出し形式で録画放送された。
- 放送はNHK名古屋放送局から『中学生日記』の教室セットを借りて行われ、同局アナウンサーの斉藤孝信が同番組の紹介や出演者募集を行った。このほか、地元名古屋の話題として「名古屋では娘三人で家が潰れる」といわれるほど派手な結婚式に関連してカバの重吉・福子の「結婚式」(カバの嫁入り)の話題を取り上げた。
- さだは冒頭と最後に「信号は守らなきゃダメ! よく、海外生活経験者が「信号なんて守るのは日本くらいだ」などと言うがそれは彼らの行った国がおかしいのであって、いかなる場合でも信号無視はいけない」という内容の発言をした。この話題を含め、当番組が始まる直前まで放映されていた『たけしの日本教育白書』(フジテレビ系)の内容を念頭に置いたと思しき発言が多数あった。また、さだの「世間が許してもわしが許さん!」の一言で『必殺シリーズ』のテーマ曲のイントロ(トランペットソロ)が流れるというネタもあった。
- 味噌カツやきしめんなど食べ物の名前を読み上げた後、逐一「出さなくていいよ!」とスタッフに断りを入れていた。
- 「グレープの生みの母」とされる東海ラジオの現役アナウンサー・蟹江篤子が番組観覧者としてスタジオに来場しており、それに気づいたさだに促されて出演しはがきの一部を読んだ。また、かつて東海ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』を担当していた笑福亭鶴瓶がゲリラ的に電話出演した。
- 番組中に歌った曲は「北の国から」「51」。「北の国から」は放送前日に行われたプロ野球日本シリーズの第1戦で北海道日本ハムファイターズが勝ったことにちなみ、ダルビッシュ有の応援歌バージョンで演奏された。
[編集] 2008年
- 2008年新春生放送 年の初めはさだまさし
- シリーズ第9弾。1月1日 0:25 - 2:25放送。元日の放送は3回目。
- NHK放送センター104スタジオからの生放送。広報関係者のほかスタジオ前でのオープニングには前日夜に行われた『第58回NHK紅白歌合戦』の出演者の中から笑福亭鶴瓶、小林幸子も登場した。また南原清隆、アンジェラ・アキ、天童よしみ、古田敦也らからはがきが届き海外からは長谷川京子からのFAXも届いた。通常ははがき以外は受け付けないが、さだが主題歌を歌っているNHKのドラマ『海峡』の再放送の宣伝を兼ねていたため特例として認められた。
- 天気カメラの中継は渋谷駅ハチ公前、浅草雷門前、NHK放送センター屋上から。渋谷ではスタッフが「さだまさし生放送 NHK」と書かれたダンボールのプラカードを掲げていた。
- 前年の多滝鱒造に続き「棋士・飛車田角道(ひしゃだかくみち)の「人生は将棋だ」というコントが放送され、さだは飛車田角道十一段の役で出演。前年に引き続き司会に小野アナウンサー、将棋の解説者としてなぜかゴルフ解説の戸張、将棋の対局相手としてさだの高校の後輩である棋士の佐藤康光二冠が出演した。
- このほか、フジテレビの編成制作局長・鈴木克明の秘書から番組宛てに届いた手紙を読み上げた。さだの小説『眉山』が4月にフジテレビ系でドラマ化されるという内容だったが、NHKで民放の番組宣伝をするのは前例のないことである(このときのやりとりが後の回の企画につながることになる)。
- 番組中に歌った曲は「Close Your Eyes-瞳をとじて-」「都忘れ」の2曲。
- なお、さだは正月三が日のゴールデンタイムの特別番組コンプレックス『ニッポンの正月か!』に「正月パーソナリティーズ」の一員としてタカアンドトシ、アナウンサー3人(青井実、神田愛花、江崎史恵)とともに出演し1月1日の『元日テレビ 今年は見せますNHK』『元日テレビ お便りだけが頼りです』、1月2日の『これこそ!わが町元気魂』、1月3日の『まさしとタカトシのハッピーモーニングショー』と『まさしとタカトシのハッピーニューイヤーショー』ではメインパーソナリティも担当した。『元日テレビ』の2番組は当番組と同じく104スタジオからの生放送で、『今年は見せますNHK』ではさだが「さっき同じスタジオでこんなに質素なセットでやっていた」とホワイトボードをそのまま残していたほか『お便りだけが頼りです』のオープニングではそのホワイトボードをバックにテーブルしかないスタジオでタカアンドトシとトークをした。
- 真夜中なのに生放送 桜咲いてもさだまさし
- シリーズ第10弾。3月30日 0:05 - 1:35放送。NHK放送センターからの放送。
- 『2008年新春生放送』のエンディングで予告された。さだは「フジテレビの5スタからやるか[4]」と冗談を言い、それに対して井上知幸が「(第2弾のように)関東近辺でやるみたい」と返していた。
- 番組名はHP上のタイトルでは『桜が咲いてもさだまさし』となっており、”桜が”の”が”の箇所に赤い半透明の×印をつけて『桜咲いても-』と読ませていた。「が」が削られたのは番組表(ラテ欄)に番組名が収まるようにするためである。
- 『ラジオ深夜便』(ラジオ第1放送)とのコラボレーションが10分程度行われた。さだがCT-111スタジオから13階のラジオセンターへ移動する様子も映像であますところなく伝えられ、エレベーター内では携帯電話の動画を用いた。
- “東京都内にある大学”のさだまさし研究会が5月10日(第11弾の放送日前日)にコンサートを開くというはがきが読まれさだと井上が「(次回は)その大学でやろうか」と冗談を言い、これが第11弾の放送場所につながる。
- 真夜中なのに生放送! 連休明けもさだまさし
- シリーズ第11弾。5月11日 0:25 - 1:55放送。本来は0:10 - 1:40に放送を予定していたが、プロ野球中継「巨人対中日」の放送を延長したため15分繰り下げ。NHKは2008年度の番組改編にあたり月曜未明以外の深夜枠を新たに『EYES』として体系化しており、この回からは『EYES』の差し替えとして放送された。
- リーガロイヤルホテル東京からの生放送。放送冒頭では早稲田大学大隈講堂前から生中継し放送にあたっては早稲田大学放送研究会が全面的に協力し[5]、ホテル周辺の警戒やさだと井上の誘導などが行われた。前回放送ではがきを紹介した“さだ研”のメンバーらが招待され、新歓コンサートの模様も紹介された。
- アナウンサーゲストとして『第58回NHK紅白歌合戦』総合司会の松本和也が出演し、担当しているキャンペーン「NHK地球エコ2008」で藤原紀香と進行する6月6日から8日までの番組群を宣伝した。その際、番組群の統一タイトル「SAVE THE FUTURE」のロゴサインを手動で明滅する装置を付けた帽子を被った。
- 徳島から生放送! 真夏の夜もさだまさし
- シリーズ第12弾。7月27日 0:10 - 1:40に放送。さだの小説『眉山』の舞台となった徳島県からの放送で、NHK徳島放送局1階ロビーからの放送。
- 久々に天気カメラからの中継があり、徳島県域テレビ局の送信所がある眉山の山頂から徳島市の夜景を放送した。
- 職員ゲストは新人アナウンサーの二宮直輝と地元出身契約キャスターの吉成静恵。吉成は自身が担当しているローカル音楽番組『あわメロ』の番組サイトなどを通じて集めた徳島県内の視聴者からのメッセージを紹介した。通常ははがき投稿限定の番組であるが、特例として行われた。二宮は地元ゆかりの板東英二の物まねを披露した。
- 番組中に歌った曲は「献灯会」「眉山」。また、6月28日に沖縄県で行われた「うたの日カーニバル2008」の模様をWOWOWの映像提供により放送した。
- お台場から生放送! 秋の夜長もさだまさし
- シリーズ第13弾。NHK総合で10月26日 0:10-1:40に、CS放送のフジテレビ721(現フジテレビTWO)とフジテレビCSHD(現フジテレビNEXT)で10月26日 1:00-2:00に放送(フジテレビは無料放送を実施)。
- FCGビル(フジテレビ本社ビル)球体展望室「はちたま」から生放送。
- バラエティ番組でのNHKと民放の極めて珍しいコラボレーションとなった。『2008年新春生放送』で『眉山』の映画化・フジテレビでのドラマ化をPRしたはがきが読まれたことをきっかけに、さだがフジテレビに社屋からの生放送を打診し[6]、放送翌日(10月27日)が地上デジタル放送完全移行まで残り1,000日となる日であることを名分に実現した[7]。スタッフはNHK・フジテレビがそれぞれ折半して担当、恒例のお天気中継もフジテレビ屋上にあるお天気カメラからであった。このため、NHKのエンディングでは手書きテロップで「制作協力:フジテレビ」とクレジットした。
- フジテレビの地上デジタル放送推進大使であるアナウンサーの中村仁美が出演、NHKは『さだまさし』準レギュラー扱いの小野文惠がNHKの地デジ大使・島津有理子の代役に「臨時地デジ大使」として出演(島津が『おはよう日本』の平日キャスターのため、休みを取っているという名目)。小野・中村による地上デジタル放送の受信方法の告知コーナーが設けられた(代わりに恒例である佐田玲子によるNHKの番組広報コーナーはなかった)。また『2008年新春生放送』ではがきを送った張本人である鈴木もスタジオを訪れ、さだの作品である『親父の一番長い日』をフジテレビでドラマ化する予定[8]であることを明らかにし、番組内でさだから許諾を得る、というシーンがあった。
- 中村がトーク中に「あるテーマパークの曲が…」とせっかくNHKに気を遣って話したのだが、とっさにさだが「あるテーマパークって、ディズニーランドのこと?」と冗談交じりに聞き返し笑いを誘った。NHKとフジでの同時放映の際にも「きっかけはー、さだまさし!」(フジの歴代キャッチコピー「きっかけは、フジテレビ」のもじり)などフジテレビとの関わりのあるギャグを放っていたが、NHKでの放送が終わるとともにさだは、「ジャパネットたかた」などそれまで言えなかったさまざまな商品名を連呼した。
- 番組中に歌った曲はグレープのデビュー曲「雪の朝」(この前日がデビュー35周年記念日だったため。吉田の存在を重んじていたことから、あまりソロで歌うことがない)、フジテレビにちなんで「北の国から」、NHKでの放送終了後に「案山子」。
[編集] 2009年
- 2009年新春生放送 年の初めはさだまさし
- シリーズ第14弾。1月1日 0:25 - 2:25に放送。これまで同様『ゆく年くる年』→『NHKニュース』(2009年最初のニュース)の後に放送された。元日未明の放送は4回目。NHK放送センター104スタジオからの放送。
- このシリーズは紅白を終えたさだがその流れで番組に入るというのがコンセプトになっていたものの、平和コンサートが一段落したこともあってか『第59回NHK紅白歌合戦』に出場できなかった。冒頭からそのことがネタにされモト冬樹、いとうまい子、はなわ、前田健、内田朝陽の5人が“第1回NHKさだまさし歌合戦”と銘打ってさだ作品のイントロを次々と歌うところから始まった。さだ自身も「出られなかったからいっぱい歌う」と宣言し、番組開始早々に1曲目を披露した。ほかにさかなクンや2回ぶりとなる佐田玲子、井上樹彦編成センター長(過去に報道局政治部記者、政治部長などを歴任)らが出演した。編成センター長は教育テレビ・FM・BS 1/BS 2がいずれも2009年に大きな節目を迎える[9]ことから、その関連イベントを宣伝するための出演だが、編成センター長自身がさだまさしファンであり、昔のコンサートプログラムなどを持参して登場した。
- お天気カメラの中継は渋谷ハチ公前交差点、浅草雷門、東京タワー。企画VTRは、2007年新春生放送以来2回目となる「多滝鱒造の人生レッスン」。2007年に引き続き小野文惠、戸張捷、谷口拓也が出演した。
- 番組中に歌った曲は「大晦日」「川の流れのように」「寒北斗」「主人公」。通常は歌を聴かせる番組ではないとしているが、今回限りの例外として多くの曲を歌った。「寒北斗」を歌う前のトークは異例の10分弱という長さ[10]で、さだが中学2年の暮れに経験した、帰省にまつわるある大学生とのエピソードが語られた。
- 盛岡から生放送! 凍てつく夜もさだまさし
- シリーズ第15弾。2月15日 0:20 - 1:50に放送。NHK盛岡放送局からの生放送。番組史上最北限の地を更新。
- この回の放送は、盛岡局が前年に開局70周年を迎えたことに伴う一連の関連番組の最後と位置づけられた。さだは『セイ!ヤング』放送時、県内の安比高原にあるリゾート施設の関係者(当時)と親しくしていたことなどから実現したものとみられる。ただ前日は北日本を低気圧が発達しながら通過した影響で南から暖かな空気が流れ込んでいたため、夜中としては比較的温暖な状態で放送された。さだは、オープニングではわざと「凍てつく」を「いちゃつく」と読み間違えていた。
- ゲストはいつもの佐田玲子、盛岡放送局アナウンサーの比田美仁、地元の声楽家らが集まって2007年に結成された男性合唱連合「極(きわみ)」。「極」は、一見強面の風貌でありながら童謡やアニメソングなどを歌う異色の集団。また前日がバレンタインデーであることもあり、それに因む葉書なども多数寄せられたほか、チョコレートも多数送られてきていた。
- さだが歌った楽曲は、かつてさだが訪問した中国・北京の日本人学校に通う兄と妹が「祖母が好きなさだの曲第1位・第2位」としてリクエストした「縁切寺」と「雨やどり」。番組の最後に披露。
- 今夜も生でさだまさし 〜長野の春はただいま御開帳!〜
- シリーズ第16弾。4月29日 0:45 - 2:15に放送。NHK長野放送局からの生放送。
- 固定のタイトルが確定したリニューアル第1回目。
- サブタイトルは善光寺で6年ぶりの「御開帳」が行われていたことによる。「まっさんぽ」第1回目は善光寺参り。
- 女優の吉永小百合もこの番組のファンであることが笑福亭鶴瓶を通じ構成作家の井上知幸から報告され、さだはガッツポーズで応えた。
- キャスターゲストは『知るしん。〜信州を知るテレビ〜』に出演している長野放送局アナウンサーの関口泰雅、番組キャスターの工藤紋子ほか。
- 歌った曲は、ソフトバンクモバイルのCMソングである「私は犬になりたい¥490」。直接ソフトバンクの宣伝になる歌詞の部分には犬の鳴き声をかぶせた。また、さだが移り住んだ長野県の複雑な歴史背景がネタにされ、県歌「信濃の国」1番をさだの合図で観客が全員で歌うという一幕もあった。
- 今夜も生でさだまさし 〜北の国から2009札幌〜
- シリーズ第17弾。5月31日 0:00 - 1:35に放送。番組史上最北限の地を更新。0:45からニュースを5分挟んだ2部構成。NHK札幌放送局からの生放送。
- キャスターゲストは、共に札幌放送局アナウンサーの伊藤雄彦と出田奈々。佐田玲子とともに北海道のNHKが行っている取り組みを全国にアピールした。
- 歌った曲は、大通公園前のオープニングで「北の国から」と、スタジオ内で番組終盤に「いのちの理由」
- 今夜も生でさだまさし 〜奈良よし・鹿よし・あをによし〜
- シリーズ第18弾。8月1日 0:10 - 1:40に放送。奈良県春日大社の拝殿を望む幣殿に設けられた特設会場から生放送。さだはコンサート終わりで出演した。
- 番組冒頭には春日大社宮司の花山院弘匡も登場、さだと揃ってタイトルコールを発した。チキンガーリックステーキも駆けつけ、生コーラスでジングルを歌った。
- 寄せられた葉書の総数は766通。中には長崎市長・田上富久からのものもあった。
- 番組の中盤ではおなじみの佐田玲子とせんとくんが乱入しその後、奈良放送局の中村宏、土屋加恵、松本純、和田真由美、各キャスターが番組宣伝を行った。
- 番組のクライマックス、さだは本殿に向かい「まほろば」を奉納するように熱唱した。
- 今夜も生でさだまさし 〜夏の終わりに水戸で芸術?〜
- シリーズ第19弾。8月30日 0:00 - 1:35に放送。水戸芸術館(主としてコンサートホールを使用)から生放送。0:45から5分間ニュースを放送。
- 当初発表された副題は同時間に放送される裏番組『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』のパロディで「1.5時間テレビ「ハガキは水戸を救う?」」だった[11]が、NHKの公式番組表上では変更されている。しかし番組のオープニングでは24時間テレビのボランティアの学生たちが登場し、当初のタイトルを言って募金もした。
- 南こうせつがBS hiで放送される野外コンサートの宣伝のためゲスト出演。「オールナイトニッポン放送協会」として、『オールナイトニッポン』のテーマ曲(BITTERSWEET SAMBA)に乗せてはがきを読んだほか、南がさだのバイオリンに合わせて「神田川」を歌唱した。
- キャスターゲストは水戸局キャスターの根岸紘子、田所愛、倉持彩花の3人。それぞれ水戸黄門、助さん、格さんに扮し、佐田玲子とともに地上デジタル放送による県域テレビ放送開始5周年関連の番組・イベントを紹介している。キャスター陣の記名フリップについては全て倉持が揮毫した。
- 今夜も生でさだまさし 〜そうだ、京都でやろう〜
- シリーズ第20弾。11月1日 0:00 - 1:35に放送。前回同様、0:45から5分間ニュースを放送。
- 大谷大学からの生放送。サブタイトルはJR東海の観光キャンペーンのキャッチコピー「そうだ 京都、行こう。」のパロディ。なお、今回は、小針画伯が体調不良により欠席したため、事前に「プレマップ」で宣伝用に制作してあったホワイトボードの絵を写真で撮ったものをホワイトボードに張り付けてあった。
- α-STATIONとの同時放送(α-STATIONの放送時間は23:55 - 1:35)で、α-STATIONパーソナリティの佐藤弘樹も出演した。α-STATIONのリスナーを対象にした、さだまさしの歌の中で好きな歌アンケートで1位に輝いた「案山子」と、番組終盤に京都を舞台とした「祇園会」が歌われた(なお、前述のアンケートでは、2位に同率で風に立つライオンと主人公、同率3位で秋桜と親父の一番長い日がランクインされた)。
- 恒例の番組宣伝のコーナーでは佐田玲子の他に佐藤弘樹、NHK京都放送局アナウンサーの吉田一貴とイベント担当の女性が出演。NHKの他にα-STATIONの告知も行われた。また、佐田玲子は「中島みゆき[12]さんも今日は見てらっしゃってるということで」や渡辺貞夫に向けて「さだまさしは私の弟ではなく兄です」など、個人的な連絡なども行っていた。
- 今夜も生でさだまさし 〜秋の夜(よ)ナハ(那覇)はめんそーれ〜
- シリーズ第21弾。11月28日 1:10 - 2:40に放送。NHK沖縄放送局からの生放送で2009年最後の放送となった。最南限の放送局から放送。番組ホームページの予告動画には、本放送終了後のセットのまま撮影された様子が窺えた。
- 恒例の宣伝コーナーでは、「沖縄熱中倶楽部」(NHKラジオ第1)から自称「うちなぁ噺家」藤木勇人と沖縄局アナウンサーの白鳥哲也。さらには、「沖縄九大学合同大学祭」の宣伝として、県内の大学生7人も出演した。
- 番組内で歌われた曲は、「しあわせについて」、ラストに平和を祈り捧げるように「あと1マイル」と2曲が歌われた。
[編集] 2010年
- 2010年新春生放送! 年の初めはさだまさし
- シリーズ第22弾。1月1日 0:25 - 2:30に放送。元日未明の放送は5回目だが、さだは今回も紅白には出場せず。さだが19年ぶりに行った年越しライブ「さだまさしカウントダウンソロプレミアム in 国技館」が行われた両国国技館から放送し、ライブ終了後にそのまま残った観客と応募で選ばれた観客の計10,000人の前で、カウントダウンライブの舞台装置も利用して放送を行った。舞台が国技館の土俵上にあり、方向によっては出演者の姿が見られない観客もいたため、約30分ごとにセットの方向を変えて観客全員が出演者を見られるよう配慮がなされた。国技館で行われたこともあって、解説として日本相撲協会の芝田山親方がゲスト出演。“スイーツ親方”の異名をとる芝田山親方にちなんで、特別に東京都内のホテルで購入したというケーキ類が用意された。
- この回は文化放送が1:00 - 3:00に「国技館だヨ!さだまさし 〜歌とテレビと紙相撲〜」と題してNHKでの放送終了まで相互放送を行った(2:30以降はラジオのみ、東海ラジオでも放送)。文化放送からの出演者は同局アナウンサー寺島尚正とコロッケ[13]で、途中さだの呼びかけに応じテレビにも登場した[14]。
- 舞台転換に登場したNHKゲストは、この番組のために実家に帰る切符をキャンセルした小野文惠と、前年も登場した放送総局編成センター長の井上樹彦。次回放送はその井上から発表された。井上は2010年以降の放送回数を増やすことを発表し「さださんが低額のギャラに応じてくれるかどうかです」と発言した。舞台転換の時間には戸張捷が生出演し、「多滝鱒三の人生レッスン」が生放送で行われた。そうしたこともあり、佐田玲子は番宣活動には加わらず、チキンガーリックステーキとアカペラで「風がきれい」[15]を合唱した。
- 番組内では、カウントダウンライブの続きということを意識して冒頭で「関白失脚」、番組の最後で「飛梅」が歌われた。
- 今夜も生でさだまさし 〜秋田でまさしときりたんぽ〜
- シリーズ第23弾。2010年1月31日 0:00 - 1:35に放送、0:45から5分間ニュースを放送。NHK秋田放送局からの放送で、冬季の東北からとなる放送は前年2月の岩手盛岡以来。
- 番組終盤で、自らの父のお悔やみに対してのあいさつを行い、逝去時期が年末であったことと、カウントダウンコンサートとNHKの生放送の仕事が入っていたため、松の内が明けてからマスコミに知らせたことを報告し、後日お別れ会をすることを伝えた。
- 今夜も生でさだまさし 〜しょうゆう訳で今度は千葉です。〜
- シリーズ第24弾。2010年4月25日 0:25 - 2:00に放送、1:10から5分間ニュース。本来は0:00から放送する予定だったが、プロ野球中継「巨人対広島」の放送が延長したため25分繰り下げ、ニュースも25分繰り下げた。NHK千葉放送局から放送。タイトルは千葉県野田市・銚子市特産の醤油にかけたもの。
- 繰り下げについては、さだ本人も「本来なら目の前を最終のモノレールが通過するはずだった」「25分繰り下げした分は短くならないの」などと触れて番組がスタートした(そのあと分単位で予算が出ていることを知り「じゃあやろう」と前言撤回している)。「今日は何の日」では「中川カメラマン挙式の日」と発表され、中川は番組中も挙式服で撮影していた。
- 番組途中では「今夜も生でさだまさし」の本が紹介された(小針画伯の作品やまっさんぽ、視聴者からのはがきなどが掲載されている)。
- 番組宣伝では千葉放送局アナウンサーの関口健が登場し、NHK-FMのローカル番組『まるごと千葉60分』の番組宣伝を行った。その際に「月に一度、公開放送を行っているので千葉県にゆかりのある(かつて千葉に住んでいた)さださんにも、ぜひご出演していただけたら」と関口が言ったところ「これはどこかで出なきゃいかんでしょうね」とさだは快く受け入れた。
- この回以降、佐田玲子の出演がなくなっている。このことについて、さだ本人が「今年度からいろいろと変わりまして、妹がいないんですよ」と語った。
- 今回は歌を披露せず。
- 今夜も生でさだまさし 〜甲府でコーフン幸福気分〜
- シリーズ第25弾。2010年5月30日 0:00 - 1:35に放送。途中0:45から5分間ニュースを放送。NHK甲府放送局から生放送。
- 今回も建物の外から、さだと井上の二人で番組開始。その際、さだはビデオカメラを持って登場した。これは、『メレンゲの気持ち』(日本テレビ)に出演するためで、「自分カメラを持たされていて、変わったことがあったら撮っとけ」と言いながらも、その後は撮影をやめていた。
- 前回の放送でも話題にされた中川カメラマンだが、今回も序盤はその話や前回の繰り下げについて触れた。
- また、「さだまさしソロコンサート通算3776回記念 富士山山中湖ライブ」の会場となる山梨県山中湖村村長の高村忠久も訪れ会話を交わしていた。
- 番組恒例の「まっさんぽ」では勝沼ワインや武田神社などが紹介され、食事編では今回も麺(ラーメン)を食べた。
- はがきでは井上が構成を担当している『題名のない音楽会』(テレビ朝日)の司会者である指揮者の佐渡裕からの投稿も読まれ「ステージ横で、ずっと肉まんを食べていたい」とゲスト出演を希望している。
- 今回はニューリリースされた「片恋」を歌った。「片恋」ではプロモーションビデオを作成したが、低予算で当番組のスタッフにさだが頼んで作成された。
- 番組最後には、2009年4月の長野放送回~2010年1月の秋田放送回までの計8回分の放送内容をまとめ、番組初の単行本となった『今夜も生でさだまさし』のことにも触れた(一般書店での発売はなくNHK出版ホームページからのみ購入可能)。
- 今夜も生でさだまさし 〜北の国から2010旭川〜
- シリーズ第26弾。2010年8月1日 0:00 - 1:35に放送。途中0:45から5分間ニュースを放送。最北にあるNHKの放送局、NHK旭川放送局から生放送。サブタイトルに「北の国から」とつけるのは前年5月の札幌からの放送に次いで2度目。
- 井上によれば、スタジオを2年ぶりに使用するために点かないランプを交換したという(通常、旭川局からのテレビ放送はワンマンスタイルのニュース・情報番組のみ)。天気カメラ中継から、酒を呑みながら放送してはどうかという話になったが、撤回。
- 今夜も生でさだまさし 〜浪花さだしぐれ・夏の陣〜
- シリーズ第27弾。2010年8月29日 0:00 - 1:35に放送(途中0:45から5分間ニュースを放送)。NHK大阪放送局から生放送。サブタイトルは都はるみと岡千秋のデュエット曲「浪花恋しぐれ」のパロディと「大坂夏の陣」を組み合わせたもの。
- ゲストは、2010年度下半期の連続テレビ小説『てっぱん』(大阪局制作)でヒロインを演じる瀧本美織と、チェロ奏者の徳澤青弦。
- 番組では、「片恋」「精霊流し」が歌われた。
- 今夜も生でさだまさし 〜火の国熊本さだ馬刺し〜
- シリーズ第28弾。2010年10月3日 0:00 - 1:35に放送。途中0:45から5分間ニュースを放送。NHK熊本放送局から生放送。
- 番組冒頭で井上が毎回作成するサブタイトルと住吉の仕事に関するハガキが読まれた。
- 番組では、「静夜思(せいやし)」が歌われた。
- 今夜も生でさだまさし 〜南国土佐をさだにして〜
- シリーズ第29弾。2010年10月31日 0:00 - 1:35に放送。途中0:45から5分間ニュースを放送。NHK高知放送局から生放送。サブタイトルはペギー葉山の楽曲「南国土佐を後にして[16]」のパロディ。
- 番組冒頭ではハロウィンにちなみ、さだが魔法使いの帽子とマント、井上が猫の帽子を被って登場した。
- 番組宣伝では高知放送局アナウンサーの塩澤大輔が出演、放送終了まであと一ヶ月となった大河ドラマ「龍馬伝」にちなんだイベント等の紹介を行っていた。
- 番組では、「Birthday」「その橋を渡る時」が歌われた。
- 今夜も生でさだまさし 〜出雲だョ!神在月だョ!全員集合〜
- シリーズ第30弾。2010年11月28日 0:00 - 1:35に放送。途中0:45から5分間ニュースを放送。NHK松江放送局から放送。サブタイトルは、放送日が旧暦の10月=神在月であることから[17]。
- 「まっさんぽ」では、さだがNHK米子支局を突撃訪問する様子が紹介された。
- 番組内で歌われた歌は「無縁坂」「前夜(桃花鳥)」。
[編集] 2011年
- 2011年新春生放送! 年の初めはさだまさし 〜尾張のはじまりなのだ!〜
- シリーズ第31弾。2011年1月1日 0:40 - 2:45に放送。元日未明の放送は6回目であるが、過去5回より放送開始が15分繰り下がった。これは『ゆく年くる年』の放送が前年から15分拡大して0:30までの放送となったための措置で、『ゆく年くる年』→『NHKニュース』→『年の初めはさだまさし』の流れは例年どおり。また、元旦の放送にサブタイトルがついたのも今回が初めて。
- 「さだまさしソロプレミアム カウントダウン in センチュリー」が行われる名古屋国際会議場・センチュリーホール(愛知県名古屋市熱田区)から放送。カウントダウンライブ直後からの生放送は前年と同じで、名古屋からの放送は2007年10月にNHK名古屋放送局のスタジオで行われて以来2回目となる。ステージ上にいつものホワイトボードを並べ、番組で募集した観覧者がステージ上に設けられた客席に座って進行するというスタイルで行われた。
- この回も昨年の新春と同じく文化放送が23:50 - 1:30に「うさぎ年だヨ!さだまさし〜歌とテレビと紙ヒコーキ〜」と題してNHKと相互放送を行った(地元局の東海ラジオは23:40から放送)[18]。文化放送からの出演者は同局アナウンサー寺島尚正とチキンガーリックステーキで、途中さだの呼びかけに応じテレビにも登場した。番組内のゲストは準レギュラーの倉田信雄、小野文惠、戸張捷。
- 企画VTRとして「さだのNHK米子支局&米子鬼太郎空港アポ無し訪問」(2010年11月の松江の回で行った「まっさんぽ」の映像付き)と「1月でも見られる石垣島のホタル」(視聴者からのハガキに基づく取材、さだは登場せず)の内容が放送された。
- 番組では、「セロ弾きのゴーシュ」「Birthday」「遥かなるクリスマス」の3曲が歌われた。
- 今夜も生でさだまさし 〜当たり前田の加賀まさし〜
- シリーズ第32弾。2011年1月30日 0:00 - 1:35に放送(途中0:45から5分間ニュースを放送)。石川県政記念しいのき迎賓館(石川県金沢市)から放送された。北陸からは初の放送となった。サブタイトルは加賀藩藩主の前田氏と、朝日放送のコメディ時代劇『てなもんや三度笠』での藤田まことの定番の台詞「俺がこんなに強いのも、当たり前田のクラッカー」をかけたもので、オープニングのタイトルコールでは藤田の台詞にあわせて「俺がこんなに強いのも、当たり前田の加賀まさし」としゃべっていた。
- 放送日が「AFCアジアカップ2011決勝・日本vsオーストラリア」と重なった[19]ため、その途中経過を伝えながら放送した。その際、さだが「どうせ(みんなサッカー中継を見ていて、この番組を)誰も見ていないんだから[19]」という発言を連発したため、その後苦情の手紙が殺到することになる。
- 番組内では、NHK金沢放送局アナウンサーの片山千恵子と福井慎二(当時)が出演。金沢放送局のキャラクター「ことじろう」の紹介と金沢放送局の特別番組『よせがき☆テレビ かいてみんけ↑』の番組宣伝、および同番組内で放送される川柳の募集告知を行った。
- 番組では「聖夜」が歌われた。
- 今夜も生でさだまさし 〜美濃でも鵜飼いな仲間たち〜
- シリーズ第33弾。2011年2月27日 0:05 - 1:40に放送(途中0:45から5分間ニュースを放送)。長良川国際会議場(岐阜県岐阜市)から放送された。メインホール〈さらさ~ら〉のステージ上にホワイトボードと観覧席をセットし、さだが客席を背に(すなわち観客が客席側に向く形)放送された。番組冒頭では、翌日(日曜日)に同ホールで第8回全日本学生落語選手権・策伝大賞の決勝大会が行われることにちなみ、さだの落語(小咄)で番組がスタートした。
- 前回の金沢からの放送内でのさだの発言への苦情の手紙を読み、さだが謝罪することになった。また、番組内に、久々に佐田玲子が登場。この他、NHK岐阜放送局の開局70周年記念ドラマ『恋するキムチ』の番組紹介が行われた。
- 番組で歌われたのは、現在の『鶴瓶の家族に乾杯』が誕生するきっかけになった旧谷汲村の歌「風の谷から」。
- 今夜も生でさだまさし 〜がんばらんば! 日本〜
- シリーズ第34弾。2011年4月9日 0:15 - 1:55に放送(途中1:00から10分間ニュースを放送)。NHKスタジオパーク内CT-450スタジオ(通常は『スタジオパークからこんにちは』などを放送しているスタジオ、さだ曰く「ここしか空いていなかった」)から放送された。
- 本来3月末 - 4月始めのタイミングでは放送予定がなかったが、東日本大震災の発生を受けて、「元気と勇気を届ける」ために特別番組として急遽企画された[20]。急遽決まった放送のため、観覧募集は行わず、通常は受け付けないメール(公式サイト・携帯サイトのメッセージフォームへの記入)によるメッセージ受付を行う、テレビが見られない被災地向けに後日NHKラジオ第1放送で放送(『今日はラジオでさだまさし・がんばらんば! 日本』として4月16日16:05から50分に編集して放送。NHKワールド・ラジオ日本は定時の日本語ニュースと海外安全情報を放送するため16:15からの途中飛び乗りで開始)、さらに通常行われない再放送が放送後に急遽決定する(4月24日13:05から43分に編集し、普段は実施していない文字多重放送を行った上で、総合テレビで放送)など異例ずくめの放送体制となっている。
- 番組内では被災者および被災地へ救援に行った者の家族からのハガキ・メールを中心に読まれ、さだが終始涙ぐむ場面が見られた。また、被災地である気仙沼市立階上中学校の卒業式(卒業生答辞のシーン)のVTRが放送された。
- 番組で歌われたのは、生きることを励ます歌として「主人公」「いのちの理由」、桜の咲く季節に合わせて「春爛漫」。
- 今夜も生でさだまさし 〜皆の者! 連休じゃ! 佐賀ってよし〜
- シリーズ第35弾。2011年5月1日 0:20 - 1:55に放送(途中0:45から5分間ニュースを放送)。この回以降、NHKワールド・プレミアムでも毎回、日本国内と同時放送されるようになった。NHK佐賀放送局からの放送で、NHK局内からの放送は2010年11月の松江の回以来となる。元々は岐阜の回の次に予定されており、このときに告知された仮のサブタイトルは「がばい楽しか! 嬉野にたつライオン」[21]だった。新年度第1回の放送の予定だった(放送予定日は当初どおり)こともあり、この回からオープニングのタイトルCGが新調されている。テーマ曲も新曲となる予定だったが曲の制作が間に合わず[22]、従来の「がんばらんばMottto」を使用。さだ曰く「次回は確実に、新しい曲がスタートするであろう」。
- 番組内では、NHK「ガンバレ。ルーキー!」キャンペーン告知のため安座間美優が出演。当番組について「緩い番組だよって(さだが)おっしゃっていたんですけど、本当に緩いなぁ」と感想を述べた。
- キャスターゲストは佐賀局アナウンサーの三平泰丈。また、「教え子の若手アナを見に」との名目で、春の異動で福岡局配属になった野村正育もバスで佐賀に駆けつけた。
- 番組では、「人生の贈り物〜他に望むものはない〜」が歌われた。
- この番組の終了後、さだと井上は徹夜で宮城県石巻市へ移動し、『鶴瓶の家族に乾杯』のロケに合流している。
- 今夜も生でさだまさし 〜がんばらんば! 福島〜
- シリーズ第36弾。2011年6月5日 0:00 - 1:35 に放送(途中0:45から5分間ニュースを放送)。NHK福島放送局からの放送で、避難所の人たち向けに福島ローカルで再放送が行われる(6月11日10:05 - 11:35に放送。『がんばらんば! 日本』の時と異なり、本編を編集せずニュース部分のみカットして放送)。
- この回からテーマ曲が新作「桜の樹の下で」(アルバム『Sada City』収録)に変わった。“街づくり”がテーマの曲だという。局舎前でのオープニングに観覧人数より多い人が詰めかける事態となった。
- 恒例のホワイトボード紹介では、制作者の「小針画伯」が福島出身であること、通常ホワイトボードは番組終了後すぐに消されるが、今回に限り消されずに福島局で展示されることが紹介された。
- 番組内ではいずれも親交のある加山雄三、東山紀之、佐渡裕からのハガキが読まれ、東山とは番組内で電話をつないで直接話をした。また、さだの参加する東日本大震災復興支援チャリティーイベントの一覧が紹介され、この中で2011年9月30日に「NHK今夜も生でさだまさしコンサート」として佐渡裕と共に当番組によるチャリティーコンサートが行われる予定であることが発表された[23]。
- キャスターゲストは福島局アナウンサーの岡崎太希。東北ブロックで放送される『歌おう!東北のど自慢』について紹介した。
- 番組で歌われたのは、『Sada City』収録の「泣クモヨシ笑フモヨシ~小サキ歌ノ小屋ヲ建テ~」。放送時点で未発表であり、本番組が初披露となった。
- 今夜も生でさだまさし 〜琵琶湖でビバビバ! 江江GO!〜
- シリーズ第37弾。2011年7月31日 0:05 - 1:40 に放送(豪雨関連のニュースのため当初予定より5分遅れで放送)。琵琶湖畔の大津港(滋賀県大津市)に停泊中の、琵琶湖汽船の遊覧船「ビアンカ」内サルーンからの放送。冒頭ではさだと井上が映画『タイタニック』のシーンを再現するなどしていた。
- さだは井上が考えた今回のサブタイトル(滋賀が主要な舞台となる大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』にかけたもの)に相当抵抗があったらしく、予告動画でサブタイトルに怒るシーンがあったり、冒頭でサブタイトルに苦言を呈す視聴者からのはがきを読むなどしていた。番組内ではほかに、滋賀県出身の野村正育からのはがき[24]も紹介された。
- キャスターゲストは直前まで大津局所属だったアナウンサーの後藤康之(広島局に異動)。滋賀県内で行われている『江〜姫たちの戦国〜』関連のイベントを紹介していた。
- 番組で歌われたのは、ソロデビュー曲の「線香花火」と「献灯会」。
- 今夜も生でさだまさし 〜おいでまさし山口へ〜
- シリーズ第38弾。2011年8月20日 0:00 - 1:35 に放送(途中0:45から5分間ニュースを放送)。NHK山口放送局からの放送。サブタイトルは1970年代の山口県の観光キャッチコピー「おいでませ山口へ」にかけたもの。
- キャスターゲストは山口局アナウンサーの安田真一郎と畠山大志。安田は10月に行われるおいでませ!山口国体のマスコット「ちょるる」と共にオープニングに登場し、同大会のPRを行ってタイトルコールに参加。畠山はこの回から始まった「まっさんのふるさと通信」コーナーで、下松市で制作された、打ち出し板金によるマグネシウム合金製のバイオリンを紹介し、さだがこれを使って「精霊流し」のワンフレーズを演奏、楽器をねだる場面もあった。また、客席にはさだのシングルなどのイラストを担当していたなかはらかぜの姿もあった。
- 番組で歌われたのは、「道化師のソネット」と、この日が第93回全国高等学校野球選手権大会決勝戦だったことにちなんで「甲子園」。「甲子園」の途中で、音声が出ていないことを理由に歌い直すハプニングもあった。
- 今夜も生でさだまさし 〜いざ仙台!独断流さだ政宗〜
- シリーズ第39弾。2011年9月18日 0:10 - 1:45 に放送(途中0:55から5分間ニュースを放送)。NHK仙台放送局からの放送で、東日本大震災の被災地からの放送としては6月の福島からの放送に続くものである。
- 番組冒頭、さだはいきなりスタジオ内で「雨やどり」を歌い始め、一曲終わってから改めて放送局前に出てきてタイトルコールを行った(さだ曰く「たまにはこんな展開もいいだろ」)。他に番組内で歌われたのは、石川遼を応援するために作った「強い夢は叶う〜RYO National Golf Club〜」。
- 会場には津波被害に遭い泥の中から拾い上げた、20年前にさだがサインをしたという母子手帳を持参する観覧者の姿があった。また、この日の背景のホワイトボードは、6月の福島の回で使用し、そのまま消さずに福島局に保存されていたホワイトボードを仙台に持ち込んで裏面に描いたものだった(番組終了後、再び福島局に戻される予定)。
- キャスターゲストは自らも石巻市の実家が被災したという仙台局の津田喜章。「まっさんのふるさと通信」コーナーでは、津田が津波の被害が大きいながらもその状況がなかなか伝えられない亘理町をさだに案内、被災地の現状を見せた。津田はこの時司会を務めていた番組『被災地からの声』を宣伝し、その中で特に印象に残ったメッセージを紹介した。
- 今夜も生でさだまさし 〜秋の米子はゲゲゲのゲ!〜
- シリーズ第40弾。2011年10月23日 0:10 - 1:45 に放送(途中0:45から5分間ニュースを放送)。米子鬼太郎空港(鳥取県米子市)からの中継で、2010年11月の松江の回に米子支局と米子鬼太郎空港をアポなし訪問した縁で実現した。
- 冒頭空港長に加え、この企画に深く関わった元米子支局キャスターの宮木由香が、妊娠中の身体をおして東京から駆け付け出演。後半には宮木の後任の比和谷恭子が、鳥取局のご当地ななみちゃん“うさななみ”と出演した。また、鳥取県向けの番組『√るーと』(総合テレビ)と『鳥取文芸館』(FM)の番組宣伝も行った。
- 番組で歌われたのは「吾亦紅」。
- 今夜も生でさだまさし 〜越中富山だ!きときとナイト〜
- シリーズ第41弾。2011年11月27日 0:00 - 1:35 に放送(途中0:45から5分間ニュースを放送)。NHK富山放送局からの放送。
- キャスターゲストは富山局アナウンサーの田中泉。
- 番組で歌われたのは、立川談春が生放送前にさだへ電話でリクエストし、談春曰く、同月21日に他界した立川談志のイメージがこうだったという「虹〜ヒーロー〜」。
[編集] 2012年
- 2012年新春生放送! 年の初めはさだまさし
- シリーズ第42弾。2012年1月1日 0:25 - 2:30に放送。カウントダウンコンサートを行う会場の大阪市中央体育館(大阪府大阪市港区)からの中継で、元日未明の放送は7回目。前回同様、ステージ上にいつものホワイトボードを並べ、番組で募集した観覧者がステージ上の両側に設けられた客席に座って進行するというスタイルで、ライブ終了後にそのまま残った約8,800人の観客と共に番組を進行した。また、文化放送と東海ラジオが23:30 - 1:30に「さだまさしカウントダウンスペシャル」としてカウントダウンライブから引き続いて放送した[25]。
- 冒頭では竹本文字久大夫による文楽(人形浄瑠璃)「三番叟」が生で演じられてスタート。さだはコンサート中に観客にかけ声の練習を仕込んでいたといい、番組内で何度も観客からのかけ声を受ける場面があった。今回はライブ参加者からのハガキも多く、その都度ハガキを出した観客の模様が映し出された。
- 番組内のゲストは、準レギュラーの小野文惠と戸張捷。小野は休暇中に広島県の実家から大阪に来たといい、戸張と共にNHKの新春の番組を紹介した。このほかに、2011年9月に「さど☆まさし 題名のある音楽会」で共演した佐渡裕が飛び入りで出演[26]したほか、この日(1月1日)が誕生日でたまたまコンサート会場に来ていたという角淳一(毎日放送元アナウンサー)が登場した。
- 番組で歌われたのは、「強い夢は叶う〜RYO National Golf Club〜」、曲が長いので「生さだ」ではなかなか演奏できないという「風に立つライオン」、「さど☆まさし」のリベンジ[27]で佐渡のフルート演奏との再度共演となった「案山子」の3曲。
- 番組放送終了後、「いのちの理由」を歌い、三本締めで会場イベントも終了した。
- 今夜も生でさだまさし 〜おーかやま いいぞう! 吉備といつまでも〜
- シリーズ第43弾。2012年1月29日 0:00 - 1:35に、NHK岡山放送局から放送。
- キャスターゲストは、登場順に和久田麻由子、魚住優、濱本梨沙。
- 番組で歌われたのは、「冬物語」。
- 今夜も生でさだまさし 薩摩!揚げあげナイト
- シリーズ第44弾。2012年2月26日 0:00 - 1:35に、鹿児島から放送予定。
[編集] 脚注
- ^ 開始当初は音楽番組の位置付けであった。
- ^ 『ためしてガッテン』などで使用したフリップボードをカットし、裏の白地部分を使用している。
- ^ 『広島から生放送』の際のはがきに由来する。
- ^ これが2008年10月の『お台場から-』へ繋がることになる。
- ^ 生放送会場のリーガロイヤルホテル東京は早稲田大学の敷地内にある。
- ^ さだまさし、フジ社屋からNHK番組生放送 - サンケイスポーツ 2008年10月18日付
- ^ さだNHKバラエティーをフジで同時放送 - 日刊スポーツ 2008年10月18日付
- ^ 2009年6月19日に『金曜プレステージ さだまさし父の日ドラマスペシャル』として放送、主演は國村隼と長澤まさみ。
- ^ 2009年1月10日に教育テレビ本放送開始50周年、3月1日にFM本放送開始40周年、6月1日にBS本放送開始20周年を迎えた。
- ^ さだのコンサートのトークとしては普通の長さ。このエピソードも元々コンサートのトークで話していたものである。
- ^ 番組公式サイト上では放送時までこのタイトルのまま残されていた。
- ^ さだとはデビュー以来の友人。
- ^ コロッケは2010年と2011年のさだの年越しライブに前説として出演している
- ^ 国技館だヨ!さだまさし 〜歌とテレビと紙相撲〜 - 文化放送公式サイト内
- ^ みんなのうたで2009年12月期に放送されたチキンガーリックステーキの楽曲。
- ^ この曲の成り立ちおよびヒットにはNHK高知放送局が深く関わっている。南国土佐を後にしての項を参照。
- ^ 旧出雲国(島根県東部)では、旧暦の10月は「神無月」ではなく「神在月」と呼ばれる。詳細は神無月の項を参照。
- ^ !うさぎ年だヨ!さだまさし〜歌とテレビと紙ヒコーキ〜 - 文化放送公式サイト内
- ^ a b 日本では地上波ではテレビ朝日系列が、衛星波ではNHK BS1が放送した。
- ^ 特別番組 今夜も生でさだまさし~がんばらんば!日本~
- ^ 前半の「がばい」は佐賀弁で「とても」「非常に」と言う意味の副詞で、後半部は佐賀の温泉地である嬉野温泉と自身の楽曲「風に立つライオン」(アルバム「夢回帰線」収録)をかけたもの。
- ^ さだは2011年1月からアルバム『Sada City』の制作に入っていたが、東日本大震災の影響や、さだが震災のショックで曲を書けなくなるなどして制作が予定より遅れていた。(『Sada City』ライナーノート他より)
- ^ 佐渡が芸術監督を務める兵庫県立芸術文化センターにて「さど×まさし 音楽会」として開催。この模様は「さど☆まさし 題名のある音楽会」のタイトルで2011年11月3日にNHK総合にてダイジェスト版が、2011年11月20日にNHK BSプレミアムにてノーカット版が放送された。
- ^ 自身が担当する熱烈発信!福岡NOWのPR用はがきを使用しており、井上から「どんだけ自分好きなんだ」と突っ込まれていた。
- ^ 文化放送2011-2012スペシャルプログラム - 文化放送公式サイト
- ^ 兵庫県立芸術文化センターで行われた「ジルヴェスター・ガラ・コンサート」終了後、そのまま兵庫芸術文化センター管弦楽団メンバーによる弦楽四重奏と共に大阪市中央体育館まで駆けつけた。
- ^ 「さど☆まさし」コンサート内で「案山子」を演奏した際、二人ともあまりの緊張のため、佐渡は肩がつり、さだは歌詞を間違えるというハプニングがあった。
[編集] 関連書籍
視聴者からのハガキとそれに対するさだのコメントなどで構成。NHK出版のWEBサイトまたは電話による通信販売でのみ扱っており、一般の書店等での流通はない。
- 『今夜も生でさだまさし No.1』(NHK出版、2010年5月26日)
- 『今夜も生でさだまさし No.2』(NHK出版、2011年5月27日)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 今夜も生でさだまさし - 最新回の放送が決まり次第随時ページ更新される。
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