松原のぶえ
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松原のぶえ(まつばら・- 1961年7月18日-)は演歌歌手。本名・廣原 伸恵(ひろはら のぶえ)。大分県下毛郡耶馬溪町(現・中津市)出身。
1979年「おんなの出船」でデビューし、第21回日本レコード大賞・新人賞をはじめとする各種歌謡曲賞レースで新人賞を数多く受賞。1989年には優れた女性演歌歌手に贈られるレコ大・美空ひばり賞の第1回受賞者になった。クセのない、素直な発声による安定した歌唱力を誇り、女性演歌歌手を代表する実力派歌手の一人である。
目次 |
[編集] 代表曲
- おんなの出船
- 演歌みち
- なみだの棧橋 (森昌子から譲り受ける)
- 男なら
- 維新のおんな
- 蛍
- 朝顔
- 海燕
- ほおずき
- にごり川
[編集] エピソード
- 大分県の内陸部で生まれ育ち、18歳になるまで海を見たことがなかったため、デビュー曲「おんなの出船」の歌詞に出てくる波止場・桟橋・出船といったものの感覚にあまりピンと来なかったという。
- 愛のエプロンでとんでもない料理を(二度も)作ってしまい、ジャッジマン達の怒りを買う始末だったが、2006年5月17日放送分では非常に美味しい料理を作り、ランキングでもかなり上位に上がった。
- 2008年9月中旬に指定暴力団山口組系後藤組組長とのゴルフコンペに参加したことが明らかとなり、細川たかしらと共にNHKの番組への出演が見送られていたが、2009年9月1日放送の『NHK歌謡コンサート』の出演を機に解禁になった[1]。
- 幼時から腎臓障害があり、近年は人工透析を受ける状態であったが2009年5月14日、実弟からの提供を受けて生体腎臓移植手術を行った[2]。2010年4月6日、『魔女たちの22時』ではその闘病記が放送され、コンサートやキャンペーンがあるたびに人工透析の受けられる病院を探してはそこで透析を受け続けたが、顔がむくみだすなどの弊害が出てしまったといわれている。
- 1992年に自身のマネージャーと結婚するが、2003年に離婚。離婚会見で号泣きしたため、翌日の公式ホームページのBBSでは、「泣くな!汚い!」と批判の書き込みが殺到し、爆笑を誘ったことは有名な話。
[編集] NHK紅白歌合戦出場歴
| 年度/放送回 | 回 | 曲目 | 出演順 | 対戦相手 |
|---|---|---|---|---|
| 1985年(昭和60年)/第36回 | 初 | おんなの出船 | 10/20 | 鳥羽一郎 |
| 1986年(昭和61年)/第37回 | 2 | 演歌みち | 16/20 | 千昌夫 |
| 1987年(昭和62年)/第38回 | 3 | なみだの桟橋 | 07/20 | 吉幾三 |
| 1988年(昭和63年)/第39回 | 4 | 男なら | 08/21 | 新沼謙治 |
| 1990年(平成2年)/第41回 | 5 | 蛍 | 22/29 | 細川たかし |
| 1991年(平成3年)/第42回 | 6 | 離愁…秋から冬へ | 18/28 | 喜納昌吉(&チャンプルーズ) |
| 1992年(平成4年)/第43回 | 7 | 愛冠岬 | 18/28 | 鳥羽一郎(2) |
(注意点)
- 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある()はトリ等を務めた回数を表す。
- 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
- 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。
[編集] 脚注
- ^ 「細川たかしさんら5人、暴力団組長とゴルフでNHK降板」 産経新聞 2008年10月8日
- ^ 「松原のぶえが生体腎移植、肉親から提供」 日刊スポーツ 2009年5月15日
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