江別市

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えべつし
江別市
Flag of Ebetsu, Hokkaido.svg
江別市旗
Ebetsu Hokkaido chapter.svg
江別市章
市旗:1968年5月25日制定
市章:1924年10月24日制定
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 石狩振興局
団体コード 01217-3
面積 187.57km²
総人口 121,529
住民基本台帳人口、2011年12月31日)
人口密度 648人/km²
隣接自治体 石狩振興局
札幌市北広島市
石狩郡当別町、同郡新篠津村
空知総合振興局
岩見沢市空知郡南幌町
市の木 ナナカマド
市の花 キク
他のシンボル -
江別市役所
市長 三好昇
所在地 067-8674
北海道江別市高砂町6番地
江別市役所庁舎
外部リンク 江別市

日本地域区画地図補助 01420.svg

江別市位置図(北海道)

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村
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江別市(えべつし)は、北海道石狩振興局管内にある。西に隣接する札幌市中心部まで鉄道で15~20分の距離にあり、同市のベッドタウンとして発展してきた。大学や研究機関を誘致し文教都市として町づくりをすすめる一方、近年はレンガの町として観光化を図っている。明治中期にルーツをもつ「江別のれんが」は北海道遺産に指定されており、日本最大の赤レンガ製造工場などを市内に有する。

近年は、かつて市の中心だった江別(駅前)地区の衰退や大麻地区の高齢化などにより人口が微減している。

目次

[編集] 語源

アイヌ語由来の地名であるが、ユペ・オッラテン文字表記:yupe-ot チョウザメのいる[1]イェ・ペッye-pet 汁の川、膿のように濁った川)[2]イ・プッi-put その口、大事な入り口)[3]ユ・ペッyu-pet 温泉の川、硫黄の流れ込む川)、ユペ・オッyupe-ot 温泉の水が流れ込む川、同じく硫黄に関連した解釈)、イペ・オッipe-ot 魚のいる川)などの諸説がある。

幕末にこの地を訪れた松浦武四郎は、エペッケepetke)でウサギの顔のように三つに分かれている所の意とする民間語源を記録している[4][5]。アイヌ語では通常ウサギのことをイセポisepo)と呼ぶが、これを畑で用いるとウサギが作物を荒らすとされるため、畑では忌み言葉としてエペッケが用いられる。原義はエ・ペッケe-petke)で「顔が裂けている」の意[6]

古くは弘前藩の史料である津軽一統志の、シャクシャインの戦い1669年)に関連した記事に見える地名である。

[編集] 地理

市域は石狩平野のほぼ中央で、石狩川の両岸にまたがる。主な市街地は鉄道や国道の通る川の南側にある。南東の南幌町との境には石狩川の支流・千歳川が流れる。札幌市・北広島市との境にある野幌丘陵には2,000haにも及ぶ野幌森林公園があり、道立自然公園に指定されている。森林公園は現地では『原始林』とよばれていて、その一部は原始の時代から手つかずの状態で保存されている。最高地点である南端部の丘陵でも標高93mで、その他は低地が広がっている。

  • 河川 : 石狩川、旧石狩川、夕張川、幌向川、旧幌向川、清真布川、豊幌川、千歳川、早苗別川、神田川、志文別川、篠津川、篠津運河、豊平川、旧豊平川、世田豊平川、厚別川野津幌川

[編集] 気候

江別市
気候表(説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
69
 
-2
-12
 
 
57
 
-1
-12
 
 
39
 
3
-6
 
 
37
 
10
1
 
 
55
 
17
6
 
 
71
 
21
12
 
 
117
 
23
16
 
 
114
 
26
17
 
 
113
 
22
11
 
 
90
 
16
5
 
 
88
 
8
-1
 
 
70
 
0
-8
気温(℃)
総降水量(mm)
出典:[1]

年間を通じての平均気温は7.1℃と、気候は北海道では温暖な部類に入る。隣接する札幌との比較では、年間を通じて平均気温は1~2℃低く、1月の平均気温は-6.3℃、特に平均最低気温は-12.3℃と札幌よりも5℃も低い。冬の最も寒い時期は-20℃を下回ることも珍しくなく、2008年(平成20年)1月17日の最低気温で-26.1℃を観測した。積雪は山間部に比べると少なく、11月下旬から4月初旬までが降雪期である。石狩湾と太平洋を吹き抜ける風の通り道にあたり、一年を通じて風が強いため冬季は地吹雪ホワイトアウト)となることも多い。

夕張川、千歳川、石狩川の合流地点に位置するために、しばしば水害に見舞われた。特に7月から8月にかけて豪雨があることが多く、1981年(昭和56年)の大水害の際には1日に204mmという降水量も記録している。

[編集] 極値(アメダス)

江別(2000年10月31より観測)

要素 観測値 観測年月日
最高気温 34.5℃ 2007年8月13日
最低気温 -26.1℃ 2008年1月17日

西野幌(2000年10月31日までの観測)

要素 観測値 観測年月日
最高気温 33.9℃ 1999年8月4日
最低気温 -26.2℃ 1990年1月24日

[7]

[編集] 隣接している自治体・行政区

石狩振興局

空知総合振興局

[編集] 歴史

北海道の先史を知る上で江別は重要な地の1つである。続縄文時代には、弥生文化の影響を受けた北海道南西部中心に見られた「恵山文化」と北海道東部にあった文化が、江別を含む石狩低地帯で約1800年前の頃に融合したとされる。江別では後期北海道式薄手縄文土器(後北式土器)が多く出土し、日本先史の権威である山内清男はこれを江別式土器と名づけ、この土器が使われた文化を「江別文化(後北文化)」と呼んだ。なおこの江別式土器は東北地方でも多く出土する。

その後、7世紀から9世紀ごろに築かれた「江別古墳群」もこの地で発見されている。この古墳は現在発見されている古墳のうちで最も北に位置し、東北地方北部の様式に似ることから、本州と北海道との交流を知る上で重要な資料である。

江戸時代には、松前藩によって石狩十三場所が開かれ、このうち上ツイシカリ場所と下ツイシカリ場所が石狩川左岸、現在の世田豊平川合流地付近に位置していた。これら場所と呼ばれる商場は、幕末ころまで存続していた。

現在の江別市に和人が定住したのは、1867年に通行屋(旅行者のために宿泊、休憩の場を提供した)の立花由松が住んだのが最初とされる。1869年北海道11カ国86郡が置かれ、現在の江別市に相当する地域は石狩国札幌郡に含まれた。1871年、陸前国遠田郡馬場谷地村(現宮城県遠田郡涌谷町)の農民21戸76名が対雁(ついしかり)に来たのが集団入植の始まりである。しかし開墾に難儀し、1873年明治6年)開拓使開墾掛に換地を願い出て受理され、19戸70名が札幌郡雁来村へ再入植するに至った。跡地は榎本武揚の農場となった。1876年(明治9年)には、樺太・千島交換にともない、岩舩瀬兵衛(開拓使・江別初代村長)により樺太アイヌが対岸に移住させられた。

1878年(明治11年)8月に江別太(現在の王子地区周辺)に屯田兵村が置かれ、同年11月に江別村が誕生した。1881年(明治14年)にも養蚕を営む屯田兵が入植したが、これらの試みは成功しなかった。しかし1882年(明治15年)、官営幌内鉄道が開業し江別駅が設けられると、石狩川水運と鉄道輸送の結節点として市街地が形成された。その後あらためて江別兵村、野幌兵村が設けられ、1884年(明治17年)以降3年間にわたり屯田兵432戸が入植し、開拓事業にあたった。また屯田兵以外の人々による開拓も多かった。中でも大きな成果を挙げたのは新潟県人による北越殖民社で、1886年(明治19年)に江別太へ17戸、1890年(明治23年)には野幌南部へ204戸の入植を果たし、稲作を成功させた。

明治の中ごろになると工業が芽生え始めた。1891年(明治24年)に江別太で煉瓦工場が操業した。ほどなくして北海道炭礦鉄道により野幌煉瓦工場が作られ、また鉄道資材の生産も行われた。1897年(明治30年)に市街地の大半を失う火災にも見舞われたが復興をとげ、1908年(明治41年)には富士製紙会社北海道工場(現:王子特殊紙江別工場)が操業を開始。労働者も多く住むようになり、1916年大正5年)には町制を施行した。

第二次世界大戦後には引揚者を積極的に受け入れ、また戦後復興にも力を注ぎ人口は伸びていった。1953年昭和28年)5月23日に市街地の半分を焼く大火を出しながらも、翌年には市制を施行した。1963年(昭和38年)に東野幌に炭鉱離職者団地、翌年道営大麻団地が建設されると宅地化が進行、札幌市など道内各地から転入者が急増し、札幌の衛星都市としての性格が強まった。近年は野幌地区に中高層住宅が数多く建設されている。

10万人規模都市としては珍しく、私立大学を4つも擁している。これにより、20歳前後の人口が群を抜いて多いのが特徴である。

[編集] 沿革

北東に隣接する石狩郡新篠津村と、2008年度(平成20年度)の合併を目指して協議が行われていたが、農業政策の不一致などを理由に2008年(平成20年)7月10日をもって合併協議が打ち切られた。

[編集] 経済

  • 過去には市の中心だった江別(駅前)地区、近年多くの中高層集合住宅が建設され飲食・商業施設の多い野幌地区、公営団地や学校の集中する大麻地区と、3つの地区が発展してきた。しかし、江別地区は高砂町や弥生町を除けば発展は頭打ち若しくは下降の一途である。このため市当局は地理的にも中心にあたる野幌地区を再開発する「江別の顔づくり事業」に取り組んでいる。

[編集] 産業

  • 農業は乳用牛の生産額が特に大きい。米、野菜の生産も行われている。
  • 1908年(明治41年)に北海道最初の製紙工場「富士製紙株式会社北海道工場(現:王子特殊紙江別工場)」が操業を開始、現在に至る。
  • 野幌地区を中心に古くから窯業製品、特に煉瓦の製造が盛んで、日本最大の生産地。江別のれんがとして北海道遺産となっている。現在は野幌地区から国道275号線近隣に移転した。
  • 国道275号線附近には、窯業製品、食品、建材などの中規模工場も多数見受けられる。
  • 石狩川でヤツメウナギが捕れるため、海がないが漁協が存在する。

[編集] 立地企業

[編集] 農協

  • 道央農業協同組合(JA道央)江別支所、野幌支所
    • 五丁目支店、大麻支店

[編集] 金融機関

銀行

信用金庫

信用組合

労働金庫

[編集] 郵便

[編集] 宅配便

江別中央センター・江別大麻センター・江別野幌センター・上江別センター

[編集] 公共機関

警察

  • 江別警察署
    • 駅前交番、大麻交番、文京台交番、野幌交番、東野幌交番、朝日交番
    • 角山駐在所

消防

[編集] 行政

  • 市長 : 三好昇(みよし・のぼる、任期満了日 : 2011年4月30日
  • 当初予算規模(2006年度)
    • 一般会計 : 381.1億円
    • 特別会計 : 289.2億円
    • 企業会計 : 165.8億円

[編集] 姉妹都市・提携都市

国内

海外

[編集] 地域

[編集] 人口

Demography01217.svg
江別市と全国の年齢別人口分布(2005年) 江別市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 江別市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
江別市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 63,762人
1975年 77,624人
1980年 86,349人
1985年 90,328人
1990年 97,201人
1995年 115,495人
2000年 123,877人
2005年 125,601人
2010年 123,751人
総務省統計局 / 国勢調査

江別市の人口は近年増加の一途をたどってきたが、2005年をピークに減少に転じた。2011年4月1日現在の人口は121,610人で、北海道内で9番目となる。

[編集] 教育

[編集] スポーツ

[編集] 住宅団地

  • 大麻園町団地
  • 道営住宅大麻中町団地
  • 道営住宅大麻沢町団地
  • 道営大麻サンゴールドヴィラ北海道地域住宅
  • 道営住宅大麻南樹町団地
  • 道営住宅大麻西町

[編集] 交通

[編集] 鉄道

廃止された鉄道

[編集] バス

[編集] タクシー

  • 札幌交通圏エリア

主なタクシー会社

  • 安全永楽交通(江別支店)
  • 大麻つばめ交通
  • 東交通(大麻支店)ほか

[編集] 道路

2003年時点で江別市の道路の総延長は850.8km、舗装率71%。うち市道は754.5km。

[編集] 通信

市外局番は011(札幌MA)。以下の市内局番が使われている。

市内局番 380 - 389、391、398

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

[編集] 文化財

重要文化財(美術工芸品)

  • 北海道元江別1遺跡土壙墓出土品 - 江別市郷土資料館蔵、国保有
  • 北海道江別太遺跡出土品 - 江別市郷土資料館蔵
  • 北海道美々8遺跡出土品 - 北海道埋蔵文化財センター蔵、遺跡そのものは千歳市

登録有形文化財

  • 北陸銀行江別支店 - 現在喫茶店として利用
  • 北海道林木育種場旧庁舎 - 旧林木育種センター北海道育種場庁舎 農林省林産試験場北海道支場庁舎

史跡

北海道指定

  • 野幌屯田兵第二中隊本部 - 道指定有形文化財(建造物)

市の文化財

  • 扁額「対雁学校」
  • 扁額「富貴在苦学労力」
  • 坊主山遺跡出土江別式土器56点
  • 大麻3遺跡出土土偶 - 以上4件、江別市郷土資料館蔵
  • 野幌太々神楽 - 野幌太々神楽保存会・江別市野幌太々神楽伝承会
  • 火薬庫 - 屯田兵第三大隊本部跡
  • 千古園

[編集] 名所、旧跡

  • 石狩川
  • 錦山天満宮
  • 大麻3遺跡
  • 屯田兵開拓時代の遺構、街の中に数多く点在
  • 四季の道
旧ヒダ工場(江別市東野幌町)
れんが資料展示室(江別市セラミックアートセンター)

[編集] 観光スポット

[編集] 名物・名産

[編集] 祭事・催事

  • やきもの市(7月)
  • スノーフェスティバル(2月)

[編集] その他

HBCラジオSTVラジオNHKラジオの送信所がある。詳細は江別ラジオ放送所を参照。

[編集] 関連項目

[編集] 出身人物

[編集] 江別市ゆかりの人物

[編集] 脚注

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  1. ^ 永田方正『北海道蝦夷語地名解』
  2. ^ 吉田東伍監修『大日本地名辞書』続編(うち北海道は藤本慶祐編)
  3. ^ 高倉新一郎知里真志保更科源蔵監修『北海道駅名の起源』
  4. ^ 山田秀三『北海道の地名』
  5. ^ 北海道環境生活部アイヌ政策推進室 アイヌ語地名リスト
  6. ^ 知里真志保著『分類アイヌ語辞典』より。
  7. ^ 気象庁(気象統計情報)
  8. ^ 図典 日本の市町村章 p10
  9. ^ 江別市旗

[編集] 外部リンク

行政
観光
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