樺戸郡

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17.月形町, 18.浦臼町, 19.新十津川町

樺戸郡(かばとぐん)は、北海道道央石狩国)の空知総合振興局内の西部に位置する。以下の3町を含む。人口13,133人、面積747.75km²、人口密度17.6人/km²。(2011年12月31日、住民基本台帳人口)

[編集] 沿革

江戸時代の樺戸郡域は西蝦夷地に属し松前藩領となっていた。江戸時代後期になると、国防上の理由から文化4年樺戸郡域は天領とされた。文化5年には留萌支配人山田屋文右衛門によって雨竜越が開削されている。この道は留萌からニセバルマ、エタイベツを経て樺戸郡と雨竜郡の境界にあたるシラリカに出る約25里(98.2km)の道で、樺太警固を行っていた会津藩兵も通行している。文政4年には一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となる。戊辰戦争箱館戦争)終結直後の1869年大宝律令国郡里制に倣い樺戸郡が置かれる。北海道石狩国に含まれた。明治2年8月20日から明治4年8月まで山口藩の所領となっていたが、廃藩置県とともに分領廃止となっている。

  • 1882年(明治15年)2月8日 - 廃使置県にともない札幌県の所管となる。
  • 1902年(明治35年)4月1日 - 北海道二級町村制施行に伴い、新十津川村が成立する。(1村)
  • 1906年(明治39年)4月1日 - 北海道二級町村制施行に伴い、月形村が成立する。(2村)
  • 1907年(明治40年)4月1日 - 新十津川村が一級村に移行。
  • 1909年(明治41年)4月1日 - 北海道二級町村制施行に伴い、浦臼村が成立する。(3村)
  • 1916年(大正5年) - 人口:24,805名。マラリア患者数:30名。
  • 1943年(昭和18年)6月1日 - 北海道一級・二級町村制廃止。月形村・浦臼村が内務省指定村に移行。
  • 1946年(昭和21年)10月5日 - 指定町村制廃止。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 - 月形村が町制施行し月形町となる。(1町2村)
  • 1957年(昭和32年)1月1日 - 新十津川村が町制施行し新十津川町となる。(2町1村)
  • 1960年(昭和35年)9月1日 - 浦臼村が町制施行し浦臼町となる。(3町)

[編集] 参考文献

  • 内務省衛生局保健衛生調査室編『各地方ニ於ケル「マラリア」ニ関スル概況』1919年(大正8年)発行(2008年1月21日現在、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)

[編集] 関連項目


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