琴似
琴似(ことに/Kotoni)は、札幌市西区のJR北海道琴似駅および札幌市営地下鉄琴似駅の周辺を指す地名。
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[編集] 概要
琴似の地名の語源は、アイヌ語の「コッ・ネ・イ」(窪地になっている所)である。1872年(明治4年)、開拓使によって「琴似」と命名された。
旧琴似町に含まれていた琴似周辺地域も、総称として「ことに」と呼ばれるが、近年では歴史的背景も薄れ、居住者も流入が激しく、正確に把握している人は少なくなりつつある。呼称の仕方に関しては、元来「ことに」と「と」の音が強いが、標準語的に「ことに」と初めにアクセントをつける人が増加している。
現在、住居表示の琴似は、琴似1条1丁目から琴似4条7丁目まで存在する。隣接している地区は、北はJR線を境に八軒、東は二十四軒、南は北5条手稲通(旧国道5号線)を境に山の手、西は琴似発寒川を境に発寒、北5条手稲通と琴似発寒川の交差地点の向かい側が旧手稲町である西町(旧手稲東)。尚、地名に残る八軒(はちけん)、二十四軒は入植した戸数に由来する。
JR北海道琴似駅と札幌市営地下鉄琴似駅は直結はしておらず、約800mの距離がある。だが、その間や周辺ではJRと地下鉄両方にアクセスでき、しかも周辺に商業施設やアパート・マンションも豊富な札幌市内では他にあまりない高度な利便性を誇る地域で住居等の人気も高い。メインストリートは西区山の手と東区栄町を結ぶ琴似栄町通で、西区役所、消防署、医療機関・病院、商業施設、金融機関、ホテル、マンションなどが林立している商業地域であり、札幌市でも有数の繁華街である。各種店舗の数および集中度は札幌市内ではススキノ地区に次いで多い。また小路に入ると、古くからの民家も密集する住宅地でもある。
近年、大規模なマンションがいくつも建設され、またJR琴似駅周辺では再開発によって新しい商業施設が開業するなど、街並みが変化している。大型店・チェーン店の進出が徐々に進む一方で、閉鎖され空きテナントとなっているビルも見られるようになってきた。
[編集] 地理・地形
昔の琴似川や右股川の扇状地の上に発達した市街地。札幌市中心部が豊平川の扇状地の上に築かれているのと同じ。一見平坦な土地に見えるが、実は山側から八軒方面に向かって多少の傾斜がある。JR北海道琴似駅とを結び、商業施設が集中する琴似栄町通(通称は琴似本通り)をJR駅側から見ると建物が水平より高くなっていくのがわかる。この傾斜のせいでJR北海道琴似駅やイトーヨーカドー琴似店などは北東側と南西側のそれぞれの出口で一方は道から普通に入れるのに反対側は数段の階段になっていたりする。
北海道の都市に多い碁盤目状都市区画だが、札幌市中心部と違い、琴似地区は東西南北に対して45度程度の傾きのある区画になっている。これは屯田兵村だったころの区画や鉄道線がその方向に走っているためでもあるが、八軒や二十四軒、西野や西町など西区の大部分は琴似と同じ区画になっている。琴似地区でも中心部の二条二丁目や三条三丁目~三条六丁目あたりまでは昔の屯田兵村の関係で道が整理されておらず、内部には通り抜けのできない道路や変形した交差点がいくつか見られる。(北海道の市街地にはこうした整理されない区画は珍しい)
[編集] 歴史
- 1857年(安政4年)頃から徳川幕府が家来を「作男」として、琴似・発寒地区で開拓させていた。現在の琴似付近を、当時はアイヌ人の先住民が、「コッ・ネ・イ」(窪地になっている所)と呼んでいた。和人はこれを聞いて「コトネ」と言っていた。
- 1870年(明治2年)北海道開拓使判官の島義勇が札幌の開拓に着手。
- 1872年北海道開拓使の役人により、「琴似」と定められた。小樽-札幌間の中継拠点となる。
- 1873年琴似村となり戸数58戸、人口228名。職業は主に農業、運搬業であった。黒田清隆により「屯田兵例則」が制定され、移住計画を策定。一戸あたり土地150坪とし、208戸を造成。
- 1875年屯田兵が旧館県(北海道松前町)及び、青森、宮城、酒田の三県の士族で「戊辰の役」に出た者を募集する。第一回の移住者は198戸・965名(青森49戸、宮城93戸、酒田8戸、他道内48戸)。5月14日、青森を通斉丸で発ち、16日に小樽に到着。その後、徒歩・馬等で入居。先に入植していた轟清吉らによる食事の用意に感動した。
- 1876年第2次屯田兵として琴似に3戸が移住。
- 1877年 琴似小学校の前身となる、官立小学校開校。第一大隊屯田兵が「西南の役」に出征。
- 1880年4月21日 幌内鉄道(現JR、手宮-札幌間)開業。
- 1882年北海道開拓使廃止。琴似駅開業
- 1895年屯田兵が「日清戦争」に出征するも、参戦せず帰還。
- 1900年屯田兵募集中止。
- 1902年琴似郵便局開局。
- 1904年屯田兵条例廃止。
- 1906年屯田兵村としての役割を終え、二級町村制が施行され琴似村となる。
- 1934年札幌-小樽間に国鉄バスが開通。
- 1942年琴似村が町制施行し、琴似町となる。この時琴似町に所在した地名は、琴似、山の手、八軒、二十四軒、発寒、盤渓、宮の森、新川。(住所表記の例:札幌市琴似(町)山の手4条2丁目1番地)
- 1947年国勢調査、琴似町人口16,221人。
- 1955年琴似町が札幌市と合併。
- 1967年手稲町が札幌市と合併。
- 1972年札幌市が政令指定都市となり、区制施行。札幌市西区となる(この時は旧手稲町を含む)。西区役所が開設。
- 1976年6月10日 地下鉄東西線の開通と共に地下鉄琴似駅(終着駅)が開業。
- 1989年西区から手稲区(旧手稲町の一部及び発寒の一部)が分区。この時に現在の住居表示に確定。
- 1999年2月25日地下鉄東西線琴似駅より宮の沢駅(終着駅)延長開業。この影響により終着駅であった為の利便性・集客力が低下し、地下鉄琴似駅直結であるダイエー琴似店の売上げ減、紀伊国屋書店の撤退など、危惧されたことも多かった。
- 2003年琴似・栄町通の拡張化、排雪溝工事。
- 2004年ヴェルビュタワー琴似(30階建てマンション)が完成。
- 2006年2月 ザ・サッポロタワー琴似(40階建てマンション、所在地は八軒)が完成。
[編集] 教育機関
[編集] 保育園
- (私立)琴似あやめ保育園 (琴似2条2丁目)
[編集] 幼稚園
- (私立)浄恩幼稚園(琴似3条6丁目浄恩寺)
平成21年閉園
[編集] 小学校
- 札幌市立琴似小学校(琴似2条7丁目)、(琴似中央小学校は西区八軒7条東1丁目)
[編集] 中学校
なし、(琴似中学校は西区山の手4条2丁目)
[編集] 高等学校
なし、(北海道札幌琴似工業高校は西区発寒13条11丁目)
[編集] 周辺施設
- 西区役所(琴似2条7丁目)
- 西区民センター・保健センター(同)
- 札幌市消防局琴似出張所(旧西消防署)(同)
- 琴似神社(琴似1条7丁目)
- 琴似屯田兵村兵屋跡
- 琴似屯田兵屋
- 琴似バスターミナル(=地下鉄琴似駅地上部分、琴似1条4丁目)
- ダイエー琴似店(琴似2条4丁目)
- イトーヨーカドー琴似店(琴似2条1丁目)
- 5588(ごうごうはちはち=テナント雑居ビル)(同)
- コルテナI(SCなどのある商業施設)(琴似4条1丁目)
- TSUTAYA札幌琴似店(同、コルテナI内)
- 琴似グリーンホテル(148室、琴似3条1丁目)
- 札幌ホテルヤマチ(琴似1条3丁目)
- ヴェルビュタワー琴似(琴似2条1丁目)
※「○○琴似」「琴似○○」と称していても琴似に存在しない(隣接する八軒・二十四軒・山の手地区に所在する)施設は多い。関連項目も参照。
[編集] 交通
- 地下鉄東西線:琴似駅 (札幌市営地下鉄) (琴似1条4丁目)
- JR北海道函館本線:琴似駅 (JR北海道) (琴似2条1丁目)
[編集] 関連項目
- つぼ八 (1973年3月にこの地で創業)
- ザ・サッポロタワー琴似(所在地は八軒、JR琴似駅直結)
- コジマ札幌琴似店(所在地は八軒1条東1丁目、琴似駅のすぐ北側)
- 生活支援型文化施設コンカリーニョ (所在地は八軒、JR琴似駅直結)
- 三角山放送局 (所在地は八軒)
- 札幌ペニーレーン24(二十四軒4条5丁目)
- 北欧館パン博物館 (山の手6条1丁目)
- 琴似川(二十四軒を流れる川)
- 北区北24条(琴似同様の繁華街)
[編集] 外部リンク
- 「琴似メーリングリスト」
- 「札幌西区役所ホームページ 歴史」
- 「札幌散策 琴似編」
- 「琴似ネットワークス」
- 「琴似神社公式ホームページ」
- 「琴似商店街にようこそ」
- 「琴似屯田ホームページ」
- 「琴似小学校ホームページ」
- 「琴似付近の地図」
- 「コトニ・ネット」
- 「琴似情報札幌アイ」
- 「琴似ブログ札幌アイ情報」
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