礼文郡

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礼文郡(れぶんぐん)は、北海道のである。礼文は、もと「れふんしり」と読んだ。人口2,942人、面積81.33km²、人口密度36.2人/km²。(2011年12月31日、住民基本台帳人口)

以下の1町を含む。

[編集] 沿革

江戸時代の礼文郡域は西蝦夷地に属し、松前藩によって開かれたリイシリ場所に含まれた。江戸時代後期になると文化4年には礼文島近海でロシアによる日本船襲撃事件(文化露寇、フヴォストフ事件)が発生している。南下政策を強力に進めるロシアの脅威に備え、同年礼文郡域は天領とされた。文化5年には厳島神社が創建されている。文政4年には一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となり今度は秋田藩が警固をおこなった。戊辰戦争箱館戦争)終結直後の1869年8月15日大宝律令国郡里制に倣い礼文郡が置かれる。北海道北見国に含まれた。明治2年8月28日から明治3年6月19日まで金沢藩の所領となっていた。

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[編集] 関連項目

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