礼文郡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
礼文郡(れぶんぐん)は、北海道の郡である。礼文は、もと「れふんしり」と読んだ。人口2,942人、面積81.33km²、人口密度36.2人/km²。(2011年12月31日、住民基本台帳人口)
以下の1町を含む。
- 礼文町(れぶんちょう)
[編集] 沿革
江戸時代の礼文郡域は西蝦夷地に属し、松前藩によって開かれたリイシリ場所に含まれた。江戸時代後期になると文化4年には礼文島近海でロシアによる日本船襲撃事件(文化露寇、フヴォストフ事件)が発生している。南下政策を強力に進めるロシアの脅威に備え、同年礼文郡域は天領とされた。文化5年には厳島神社が創建されている。文政4年には一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となり今度は秋田藩が警固をおこなった。戊辰戦争(箱館戦争)終結直後の1869年8月15日、大宝律令の国郡里制に倣い礼文郡が置かれる。北海道北見国に含まれた。明治2年8月28日から明治3年6月19日まで金沢藩の所領となっていた。
- 1882年2月8日 - 廃使置県にともない札幌県の所管となる。
- 1902年4月1日 - 二級町村制施行により香深村と船泊村が成立する。(2村)
- 1923年4月1日 - 香深村が一級町村制を施行する。
- 1956年9月20日 - 香深村と船泊村が合併して礼文村となる。(1村)
- 1959年9月1日 - 礼文村が町制を施行して礼文町となる。(1町)
[編集] 関連項目
|
|||||
|
||||||||||||||||||||