苫前郡

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苫前郡(とままえぐん)は、北海道のである。北海道に11ヶ国86郡が設置された際におかれた。苫前はもと、「とままい」と読んだ。

人口12,998人、面積1,207.11km²、人口密度10.8人/km²。(2011年12月31日、住民基本台帳人口)

以下の2町・1村を含む。

[編集] 沿革

江戸時代の苫前郡域は西蝦夷地に属し、慶長年間ころから松前藩によって北海道本島部分はトママイ場所が開かれ、またテウレ(天売島)とヤンケシリ(焼尻島)はテシホ場所に含まれていた。天明6年には苫前神社が創建されている。陸上交通は、南の増毛留萌方面や北の天塩郡および北見国宗谷郡方面へは沿岸部を陸路で通行でき、特に文化年間以降、留萌場所などに馬を配置する際は北見国経由で送られていた。

江戸時代後期になると文化元年には天売の厳島神社と焼尻の弁天社(後の厳島神社)がそれぞれ創建され、文化4年南下政策を強力に進めるロシアの脅威に備え苫前郡域は天領とされた。また、文政年間に稲荷神社が創建。文政4年には一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となり庄内藩が苫前に出張陣屋を築き警固を行った。戊辰戦争箱館戦争)終結直後の1869年大宝律令国郡里制に倣い苫前郡が置かれる。北海道天塩国に含まれた。明治2年8月17日から明治4年8月の廃藩置県まで水戸藩の所領となっていた。

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[編集] 参考文献

  • 内務省衛生局保健衛生調査室編『各地方ニ於ケル「マラリア」ニ関スル概況』1919年(大正8年)発行(2008年1月21日現在、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)

[編集] 関連項目

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