厚岸郡
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厚岸郡(あっけしぐん)は、北海道釧路支庁に所属する郡。
人口17,749人、面積1,162.5km²、人口密度15.3人/km²。(2009年3月31日、住民基本台帳人口)
以下の2町を含む。
[編集] 沿革
江戸時代の厚岸郡域は、松前藩によってアッケシ場所が開かれ、厚岸には北前船が寄航することもあった。元禄14年、アッケシ場所の一部を割きキイタップ場所(現・浜中町)が開かれている(後にアッケシ場所に再統合)。寛政3年最上徳内により厚岸に厚岸神社の前身の神明宮が創立される。江戸時代後期、厚岸郡域は東蝦夷地に属していた。国防のため寛政11年厚岸郡域は天領とされた。文化元年には厚岸に蝦夷三官寺の一つとして国泰寺が建立された。文政4年に厚岸郡域は一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となり仙台藩が厚岸に出張陣屋を築き警固をおこなった。安政4年4月松浦武四郎により真龍に八幡大神を奉安した祠が建てられている。これは後の厚岸真龍神社の前身である。1869年厚岸郡が置かれる。北海道釧路国に属した。
- 1882年2月8日 - 廃使置県にともない根室県の所管となる。
- 1900年7月1日 - 4町7村の合併および一級町村制施行により厚岸町が成立する。(1町)
- 1906年4月1日 - 1町5村の合併および二級町村制施行により浜中村が成立する。(1町1村)
- 1916年 - 厚岸郡の人口:17,817人。厚岸郡のマラリア患者数:39人。
- 1919年4月1日 - 浜中村が一級町村制を施行する。(1町1村)
- 1923年4月1日 - 二級町村制施行により太田村が成立する。(1町2村)
- 1955年4月1日 - 太田村が南北に分かれ、南半分は厚岸町に、北半分は川上郡標茶町に編入される。(1町1村)
- 1963年8月1日 - 浜中村が町制施行。(2町)
[編集] 参考文献
- 内務省衛生局保健衛生調査室編『各地方ニ於ケル「マラリア」ニ関スル概況』1919年(大正8年)発行(2008年1月21日現在、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)
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