留寿都村
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留寿都村(るすつむら)は、北海道後志支庁管内にある村。虻田郡に属す。
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[編集] 地理
- 山: 尻別岳(1,107.4m)、貫気別山(993.5m)、竹山(940.0m)、軍人山(561.8m)、化物山(374.8m)、橇負山(715.1m)
- 河川: 貫気別川、ポンヌキベツ川、オニホナイ川、四線の川、石村川、登延頃川、山ヤの川、北登の川、群馬川
- 湖沼: 重兵衛沼
[編集] 隣接している自治体
[編集] 人口
| 留寿都村と全国の年齢別人口分布図(比較) | 留寿都村の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は留寿都村
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 村名の由来
アイヌ語の「ル・スツ」(道が山のふもとにあるという意味)である。
[編集] 沿革
- 1897年 7月1日 虻田村(現虻田町)から分離独立して、真狩村戸長役場を設置する。
- 1901年 狩太村(現ニセコ町)を分村する。
- 1906年 2級町村制を施行し、全村9部制とする。
- 1910年 後志支庁の管轄となる。全村を56部制にする。
- 1917年 喜茂別村(現喜茂別町)を分村する。
- 1922年 真狩別村(現真狩村)を分村する。
- 1925年 2月1日 村名を真狩村から留寿都村に改称する。
- 1997年 7月1日 開村100年記念式典を挙行する。
[編集] 行政
- 村長 沢宣彦
[編集] 産業
馬鈴薯、アスパラガス、大根の生産
[編集] 農協
- ようてい農業協同組合(JAようてい)留寿都支所
[編集] 金融機関
- 北海信用金庫留寿都支店
[編集] 郵便局
- 留寿都郵便局
※集配業務は日本郵便倶知安支店真狩集配センターが担当
[編集] 公共機関
[編集] 警察
- 倶知安警察署留寿都駐在所
[編集] 教育
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[編集] 交通
[編集] バス
[編集] 道路
[編集] 文化・観光
[編集] 名所・観光スポット
[編集] 催事・祭事
- るすつ赤い靴のふる里祭り(9月)
[編集] 名産品
[編集] その他
- 橇負山にて第一回ハンググライダー日本選手権が開かれた。
- 道内各地からパラグライダーやハンググライダーの愛好者が集まる。
[編集] 主な出身者
[編集] 外部リンク
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