浪越徳治郎
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道の駅230ルスツにある浪越徳治郎の銅像
浪越徳治郎(なみこし とくじろう、1905年11月15日 - 2000年9月25日)は、香川県仲多度郡多度津町出身。指圧療法創始者。日本指圧協会元会長。
7歳のとき、北海道虻田郡留寿都村に移住。多発性関節リウマチの母の痛みを和らげたいという一心から揉んだり擦ったりするうち、指で押すことで痛みが和らぐことを発見する。後にこの技術を指圧と名づけ、多くの人にその技術を広めるため、1940年、東京市小石川区に指圧学校を設立した。
マリリン・モンローが新婚旅行で来日した際に、胃痙攣(けいれん)で体調を崩したモンローに素手で触って指圧した[1]唯一の日本人である。この事について浪越は「そりゃあもう、とにかく綺麗な方でしたよ。いつもより三倍くらい時間をかけてしまいました」と後にテレビ番組の中で述懐している。指圧中モンローは全裸であり、その際に浪越はモンローの陰毛を採取し、終生、宝物とした。[要出典]
テレビ番組にも多く出演した。特に「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」の決め台詞と高笑いは高名。1971年には無所属で第9回参議院議員通常選挙全国区に立候補したが落選した。2000年9月25日午前3時7分に、肺炎のため東京都文京区の病院で家族に見守られて94歳で他界した。日刊スポーツによると、浪越は死亡する前に100歳まで生きると遺言をしていたという。
墓所は東京都文京区小石川の伝通院。寺の境内には生前浪越が寄贈した指塚がある。日本指圧専門学校は同寺の傍に所在する。
[編集] 参考資料
- ^ 浪越徳治郎・著 自分でできる3分間指圧:快食・快眠・快便の健康法(1967) 実業之日本社
[編集] 外部リンク
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