夕張市

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ゆうばりし
夕張市
Yubari montage.JPG
Flag of Yubari, Hokkaido.svg
夕張市旗
Yubari Hokkaido chapter.svg
夕張市章
1937年8月2日制定
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 空知総合振興局
団体コード 01209-2
面積 763.20km²
総人口 9,678
住民基本台帳人口、2014年6月30日)
人口密度 12.7人/km²
隣接自治体 芦別市三笠市岩見沢市
夕張郡栗山町由仁町
勇払郡厚真町むかわ町占冠村
空知郡南富良野町
市の木 サクラ
市の花 ツツジ
他のシンボル なし
夕張市役所
市長 鈴木直道
所在地 068-0492
北海道夕張市本町4丁目2番地
北緯43度3分24.3秒東経141度58分26秒
夕張市役所
外部リンク 夕張市

日本地域区画地図補助 01420.svg

夕張市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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夕張市(ゆうばりし)は、北海道空知地方の。北海道の中央部に位置し、かつては石狩炭田の中心都市として栄えた。夕張メロンの産地として知られる。しかし、2006年平成18年)には深刻な財政難のあおりを受け、2007年(平成19年)3月6日をもって財政再建団体に指定され、事実上財政破綻した。

地名の由来はアイヌ語の「ユーパロ(鉱泉の湧き出る所)」から。

地理[編集]

空知地方南東部の山あいに位置する。人口は市域の西側、紅葉山地区から夕張地区まで、谷間を縫うように走る石勝線夕張支線に沿って集中している。市役所は過去に夕張炭鉱があった谷合いの集落の最北部に設置されている。

夕張山地空知山地に跨る石狩炭田の南部に位置し、かつて市域に多くの炭鉱があった。市域東側には山林が広がり、その山林や集落部から流れる川は南部で合流し、夕張川として南部を渓谷を作りながら流れている。

歴史[編集]

明治初期から炭鉱の町として栄え、空知地方でも特に多くの石炭を産出した。1874年(明治7年)にお雇い外国人北海道開拓使(当時)のベンジャミン・スミス・ライマン地質学士がこの地を踏査し、夕張川流域に石炭鉱脈の存在が考えられると発表。1888年(明治21年)に北海道庁の技師で元ライマン調査隊隊員の坂市太郎(ばん いちたろう)が再調査により大露頭(鉱脈)を発見、入植者の募集と試掘に始まり多数の炭鉱が拓かれ、国内有数の産炭地として盛況を誇った。

1960年昭和35年)には北炭夕張鉱業所平和鉱業所)・三菱(大夕張鉱業所)の三大鉱業所を中心に北炭機械工業(鉱山・産業機械製造)、北炭化成工業所(コークス・化成品製造)などの関連産業も発達し、116,908人の人口を抱える都市となった。

しかし、昭和30年代後半以降エネルギー革命が進行、海外炭との競争、相次ぐ事故、国の石炭政策の後退に直面。鉱業者側も手をこまねいていたわけではなく、鉄鋼コークス用などの原料炭(高品位炭)など価格の高い炭種の供給に活路を見出すべく、大きな期待と成算を持って三菱南大夕張炭鉱、北炭夕張新炭鉱が開発されたが、その後の鉄鋼不況により需要は伸びず、1973年(昭和48年)に大夕張鉱業所が閉鎖された。それ以降閉山が相次ぎ、さらに1981年(昭和56年)には市内屈指の規模を持ち基幹事業所だった北海道炭礦汽船(北炭)夕張新鉱で北炭夕張新炭鉱ガス突出事故が発生、後に夕張新炭鉱を運営してきた北炭夕張炭鉱株式会社は倒産するなど、石炭産業の衰退に拍車がかかった。石油ショックの克服を大義名分とした官・民の多岐にわたる国内資源振興策も決定打とはならず、その後の安価・良質な海外資源へのなだれ現象、そして政府の合理化政策の前に各炭鉱の経営はジリ貧となっていき、企業は国内の炭鉱から次々撤退。国内第一の規模・炭質を誇った夕張もその例外ではなかった。1990年平成2年)に最後まで残っていた三菱石炭鉱業南大夕張炭鉱が閉山した。

夕張は元々炭鉱により開かれた町で、大規模な農業にも向かない地域だった上、石炭産業以外の産業基盤が皆無同然であったため、雇用の受け皿がなく働き手の若者が都市へ流出し、人口が激減。街には高齢者が残る結果となり、急速に少子高齢化が進んだ。

最盛期からの夕張市の人口減少率は、全国の自治体でもトップクラスである。現在では、歌志内市三笠市に次いで、全国で3番目に人口が少ない市[1]であり、人口密度は全国の市で最も低い。これに加え1991年(平成3年)より北海道開発局によって夕張川に夕張シューパロダムの建設が計画され、これに伴い大夕張地区の住民188戸が移転した。2006年(平成18年)よりダムは本体工事を開始し2014年(平成26年)に完成する予定である。ダム完成による莫大な固定資産税収入や水源地域対策特別措置法による周辺地域整備のための国庫補助などで新たな観光拠点育成としての期待がある一方、世界的に稀有な橋梁形式である三弦橋の水没や公共事業依存への懸念が出ている。

現在は気温の寒暖差を生かしたメロン栽培(夕張メロン)、花畑牧場ゆうばり国際ファンタスティック映画祭など観光の町として町おこしを進めているが、厳しい状況にある。

年表[編集]

財政再建問題[編集]

財政難に陥った経緯[編集]

かつて夕張は炭鉱の街として栄えたが、「石炭から石油へ」のエネルギー政策転換により、次々と炭鉱が閉山されていった。1990年(平成2年)には最後の三菱南大夕張炭鉱が閉山し、夕張から炭鉱がなくなった。これにより、炭鉱会社が設置した鉱員向けのインフラを市が買収することとなる。1982年(昭和57年)、北炭が所有していた夕張炭鉱病院を市立病院移管に際して夕張市は40億円を負担している。さらに北炭は、夕張新炭鉱での事故を理由に、鉱産税61億円を未払いのまま撤退(倒産で払えなくなったとも)。また、北炭・三菱は炭鉱住宅5000戸(市営住宅に転換)や上下水道設備などを夕張市に買収してもらい、その額は151億円に達した。結果「炭鉱閉山処理対策費」は総額583億円に達した。

旧夕張ロボット大科学館:観光開発に一貫性がなかったこともありすぐに陳腐化、閉館に追いやられた。閉館後、転用先が無かったロボット大科学館は2008年に取り壊された。

また、こうした施設の建設に際して地元業者優先の随意契約が多く行われ、建設費も適正な価格に比べて相当高くついたケースも見られたほか、事業が観光客誘致よりも雇用確保に傾いたため、各施設が余剰人員を多く抱えていたことも観光関連施設の収支を悪化させる要因となった。

1982年12月20日の北海道新聞では「(市は)財政再建団体への転落必至」と報じられ、自治省は財政緊縮を強く指導したが、市は従わず前年度比17%増の積極予算を組んだ[6]

市は、中田鉄治市長時代に石炭産業の撤退と市勢の悪化に対し、「炭鉱から観光へ」とテーマパークスキー場の開設、映画祭などのイベントの開催、企業誘致により地域経済の再生、若年層を中心とする人口流出の抑止、雇用創生などを図ったものの、ことごとく振るわず、観光・レクリエーション投資における放漫経営が累積赤字として重くのしかかった結果、市の財政を圧迫していった。

2002年3月、市はマウントレースイスキー場を26億円で買収することを決め、市債を発行し資金調達しようとしたが、北海道庁は負担が重すぎるとして許可しなかった。そこで市は土地開発公社に買収させ、市が肩代わり返済する「ヤミ起債的行為」に手を染めた[7]

産炭地域振興臨時措置法(以下、産炭法)が2001年(平成13年)に失効したことなどで、財政状況がさらに悪化、その後ほぼ破綻状態にあったことが表面化し、2006年(平成18年)6月20日後藤健二前市長が定例市議会の冒頭で、財政再建団体の申請を総務省にする考えを表明した。この時点では、2006年度決算をもって申請し、2007年度から財政再建団体になる予定だった。

一時借入金などの活用により表面上は財政黒字となる手法をとったため、負債が膨れ上がっていった。一時借入金残高は12金融機関から292億円、企業会計を含む地方債残高が187億円、公営企業第三セクターへの債務損失補償が120億円とされ、夕張市の標準財政規模(44億円)を大きく上回っており、一般的に10年とされる再建期間での再建はほぼ不可能な状態であった。

また、市長の表明後、「空知産炭地域総合発展基金」から14億円の借り入れをしていることが明らかになる(「ヤミ起債」問題・以下参照)など、違法起債等の粉飾まがいの決算がここ何年も行われていた疑いがあり、北海道が調査に乗り出し、既に2006年度決算で再建団体適用状態だったことが判明した。これを受け、市長は2006年(平成18年)7月25日に2006年度中の財政再建団体を申請する方針を表明した。道は同年8月1日に夕張市の財政状況の調査に関する「経過報告」を公表した。

道は、再建期間短縮等の観点から、赤字額の360億円を年0.5%の低利で融資(市場金利との差額は道が負担)、国も地方交付税交付金などによる支援を打ち出した。これらの動きにより、再建期間は18年間の見込みとなった。財政再建団体指定は、1992年(平成4年)の福岡県赤池町(現福智町)以来、北海道では1972年(昭和47年)の福島町以来、では1977年(昭和52年)の三重県上野市(現伊賀市)以来となる。

なお、当時の後藤市長は、北海道新聞(2007年(平成19年)4月17日)の取材に対して、2006年(平成18年)6月10日に同紙に巨額負債を報じられる以前の2月に総務省特別交付税の陳情に行った際に財政再建団体指定を覚悟したと語っている。予定では2007年度に再建計画を策定する予定だったが、同紙報道により前倒しとなった。再建計画が遅れれば、負債額はさらに膨らんでいた可能性があったことも示唆している。

2006年度決算における実質公債費比率は38.1%だった。これは全国でも長野県王滝村の42.2%に次ぐ数字であり、財政再建団体を適用しなかったとしても、2008年度決算から適用される地方自治体財政健全化法財政再生団体に該当することになっていたと想定される。

「ヤミ起債」問題について[編集]

産炭法の失効により、同法に沿って行われていた地方交付税の手厚い分配がなくなり、地方債への依存度が高まった。そもそも地方債発行には都道府県知事の許可が必要で、2006年(平成18年)4月からは、財政難の自治体を除き、国と地方自治体が事前協議したうえ、地方自治体の判断により発行する制度に移行、夕張市など6市町(他に歌志内市赤平市三笠市上砂川町芦別市)は限度額に近い金額を起債して極端な財政危機に陥った。そこで、「空知産炭地域総合発展基金」など各種基金や、銀行信用金庫など金融機関からの借り入れという形をとって急場をしのいだと言われている。こうしたスキームは本来、一時的に税収が不足したときや、会計制度上財政が逼迫しやすい会計年度末に少額・短期間採られることが多い常套的手段ではあるが、6市町は税収不足の補填や融資自体の返済のために借り換えに借り換えを重ね、債務は累積し、いわゆる自転車操業状態に陥った。4月1日から5月31日は決算の出納整理期間だが、その期間を悪用して旧年度の会計に新年度の会計から貸して見かけ上黒字に見せかけるなどの違法な決算操作が行われていた。さらに、北海道拓殖銀行の破綻と道内不況が追い討ちをかけた。

なお、「ヤミ起債」問題については道の関与も疑われているが、同様の問題を抱えた産炭地域自治体も多く、北海道に限った問題ではない。産炭地など鉱山地帯が終掘後自治体として維持された存続例は、日立グループが旧炭鉱や日立銅山の労働者の大部分を吸収した常磐炭田宇部興産を中心に重化学コンビナートに造り変えた宇部炭鉱程度しかなく、世界的に見ても極めてまれである。

財政再建計画[編集]

市の第三セクターである株式会社石炭の歴史村観光(負債額74億8800万円)、夕張観光開発株式会社(負債額54億6000万円)、夕張木炭製造株式会社(負債額16億円)の3社は破産処理された[8]

映画祭」は中止、職員給与削減は2006年(平成18年)9月から実施することとなり、市長は50%(月収862,000円→431,000円)、助役は40%、教育長は25%、一般職員も15%カットとなり、4億200万円の削減となる。2007年(平成19年)4月からは、さらに削減し、市長75%(月収259,000円、年収374万円)、助役70%(月収249,000円)、教育長66%(月収239,000円)、常勤監査委員も229,000円など、徹底した削減がなされ、市長の給与は全国最低となる。市議会議員の人数も18人から9人に半減、議員報酬も311,000円から180,000円に削減される。

更には新規職員採用凍結や早期退職勧告により職員数も削減を予定している。早期退職希望者が130人を超え、定年と自己都合を合わせ、全職員の約半数の152人が2006年度末で退職した。これは当初の削減計画の人数にほぼ合致している一方、急な退職で市政の滞り等が心配されているが、市は、この早期退職により、人員削減計画の前倒しとするとしている。なお、早期退職者は、役職者が約7割を占め、部長次長職は全員辞める。2007年度末の退職者の内訳は部長職12人全員、次長職11人全員、課長職は32人中29人、主幹職は12人中9人、係長・主査職は76人中45人、一般職が166人中46人となっている。

また、市が保有する観光施設31施設の内29施設を運営委託、売却、廃止する方針も明らかになったが、道内観光大手の加森観光を中心に委託・売却先がほぼ決定した。

市民負担も大きくなり、市民税が個人均等割3,000円から3,500円に、固定資産税が1.4%から1.45%に、軽自動車税が現行税率の1.5倍に増額、入湯税150円も新設される。また、ごみ処理は一律有料化、施設使用料も5割増、下水道使用料が10 m3あたり1,470円から2,440円に値上げ、保育料は3年間据え置くが、その後7年間で段階的に国の基準にまで引き上げる。敬老パスは廃止予定だったが、個人負担額を200円から300円に引き上げて存続されることとなった。この影響もあって転出者が相次ぎ、2006年・2007年の二年間で人口が1割近く減少した。

公共施設に関しては、多くの施設が廃止されることになっていたが、世論の反発などもあり見直され、全廃予定だった7ヶ所の公衆トイレのうち清水沢と沼ノ沢を存続、南部コミュニティセンターは、使用料引き上げ、町内会などによる管理運営を条件に存続、スイミングセンターは夏季限定で営業する予定であったが、2008年(平成20年)3月に雪の重みにより屋根の一部が崩落し使用不能となり、修復も検討されたが取り壊された。図書館は、蔵書を保健福祉センターに移設し(貸し出しは継続)、廃止となる。

財政再建計画はその時の状況に合わせて改定されているが、現在再生振替特例債の借り入れを行い、2027年3月に再生振替特例債償還終了を予定している。平成26年度までで約52億円分を返済済みである。

財政[編集]

平成22年度決算による財政状況[編集]

  • 住基人口 10,839人
  • 標準財政規模 51億4,284万9千円
  • 財政力指数 0.21(類似団体平均0.43) - 非常に悪い
  • 経常収支比率 77.2%(類似団体平均86.8%) - 類似団体平均を下回り、財政の弾力性が高まっている。
  • 実質収支比率 10.1%(類似団体平均5.0%)
  • 実質単年度収支 5億4,126万1千円 - 標準財政規模の10.5%の黒字額
  • 地方債現在高 439億2,563万2千円(人口1人当たり405万2,554円)
  • 普通会計歳入合計 111億9,819万9千円
    • 地方税 9億5,730万3千円(構成比 8.5%)
    • 地方交付税 53億1,765万7千円(構成比 47.5%) - 歳入の50%近くを交付税に依存
    • 地方債 12億5,146万6千円(構成比 11.2%)
  • 普通会計歳出合計 106億7,174万9千円
    • 人件費 8億3,763万4千円(構成比 7.8%)
      • うち職員給 5億5,474万4千円(構成比 5.2%)
    • 扶助費 13億2,285万1千円(構成比 12.4%)
    • 公債費 21億2,800万3千円(構成比 19.9%)

基金の状況

  • 1財政調整基金 4億4,857万3千円
  • 2減債基金 4億7,327万8千円
  • 3その他特定目的基金 2億3,513万8千円
    合計 11億5,698万9千円(人口1人当たり10万6,743円)

定員管理の適正度(平成22年度)

  • 人口1,000人当たり職員数 11.72人(類似団体平均9.53人) - 人口に比べて職員数がやや多い : 類似団体平均の1.2倍
  • 一般職員86人 (うち技能系労務職0人)、教育公務員1人、消防職員40人、臨時職員0人 一般職員等合計 127人
  • ラスパイレス指数 75.9 (道内市町村平均96.6) - 財政健全化のため職員人件費削減にも取り組んでいる(全国で4番目に低い。北海道で2番目に低い)
  • 参考
    • 一般職員等(127人)一人当たり給料月額 25万7,100円 (職員手当を含まない)
    • 職員給(給料+手当)÷一般職員等(127人)=436万8千円 - 給料月額の17.0か月分

健全化判断比率・資金不足比率(平成23年度決算〜確報値)[編集]

健全化判断比率

資金不足比率

  • (全公営企業会計で資金不足額がなく、比率が算定されず)

※ 平成20年度(1年間)、 実質赤字比率(ピーク時703.60%)で財政再生団体となった。

※ 平成20年度(1年間)、 連結実質赤字比率(ピーク時705.67%)で財政再生団体となった。

※ 平成20年度(1年間)、公共下水道事業会計の 資金不足比率(ピーク時156.5%)で経営健全化団体となった。

行政[編集]

  • 市長:鈴木直道2011年4月24日就任 1期目) - 2011年の当選時、日本全国の市長で最年少(30歳)。現在は全国で2番目に若い市長。

経済[編集]

かつては石炭の採掘が主要産業だった。現在はメロン栽培(夕張メロン)を中心とした農業と、精密機械や食品加工業、石炭の歴史や映画などをテーマにした観光産業からなるが、観光産業は市に巨額の負担を強いており、その上市財政の悪化が表面化。人口減少や著しい高齢化(2014年の時点で、65歳以上比率が市としては全国最高の46%)も相まって企業の進出が進まず、先行きは極めて厳しい。

産業[編集]

金融機関[編集]

空知商工信用組合および空知信用金庫は夕張市を営業エリアに含めているものの、支店は2008年現在でも未進出。

立地企業[編集]

農協[編集]

  • 夕張市農業協同組合(JA夕張市)

郵便局[編集]

  • 夕張郵便局(集配局):市内中心部・鹿ノ谷・若菜・富野地区
  • 清水沢郵便局(集配局):清水沢・南部地区
  • 紅葉山郵便局(集配局):紅葉山・沼ノ沢・登川地区
  • 鹿ノ谷郵便局
  • 夕張南清水沢郵便局
  • 沼ノ沢郵便局
  • 若菜郵便局
  • 夕張清陵郵便局
  • 登川郵便局
  • 遠幌郵便局
  • 夕張本町郵便局

宅配便[編集]

ふるさと納税制度[編集]

ふるさと納税制度を採用しており、使途を指定する寄付と使途を限定しない寄付の方法がある。[9]

公共機関[編集]

警察[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

姉妹都市[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Demography01209.svg
夕張市と全国の年齢別人口分布(2005年) 夕張市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 夕張市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
夕張市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 69,871人
1975年 50,131人
1980年 41,715人
1985年 31,665人
1990年 20,969人
1995年 17,116人
2000年 14,791人
2005年 13,001人
2010年 10,925人
総務省統計局 国勢調査より

2010年国勢調査によると、夕張市の2005年から2010年にかけての人口増加率は15.97%減であり、減少率は全国の市区町村中で16位、市の中では最大である。炭鉱閉鎖後に主要な産業が育っていないことや、著しい高齢化による自然減少(自然減少とは、死亡数が出生数を上回ること)などがあり、市としては全国最速レベルで人口が減少している。

2013年6月に、ついに人口が1万人を割り込んだ。(1万人割れの市は、歌志内市三笠市に次いで3つ目となる)

教育[編集]

  • 小学校
    • 夕張市立ゆうばり小学校

学校は全て公立。市の再建計画に基づき、2008年(平成20年)4月に小・中学校各1校(幌南小学校・幌南中学校)が閉校となった。2010年(平成22年)4月に中学校2校(千代田中学校・緑陽中学校)が閉校された清水沢中学校の跡地に、新たに夕張市立夕張中学校を新設し1校になった。

2011年(平成23年)4月に、残った小学校6校(清水沢、滝ノ上、のぞみ、緑、夕張、若菜中央の各小学校)を1校に統廃合し、清水沢小学校の校舎を整備して「ゆうばり小学校」となる。夕張市教育委員会では統廃合後の児童の人間関係を良好にスタートさせるため、日高町にある国立日高青少年自然の家の支援を得て、2010年12月に低・中・高の学年団ごと清水沢小学校に児童を集め、市内全児童に対し人間関係づくりトレーニングの指導を行った。

閉校となった学校[編集]

道立高等学校
中学校
  • 北陵中学校
  • 東山中学校
  • 第一中学校→夕張中学校
  • 幌南中学校
  • 鹿島中学校
  • 向陽中学校→緑陽中学校
  • 登川中学校
  • 清水沢中学校
  • 千代田中学校
  • 緑陽中学校
小学校
  • 丁未小学校
  • 福住小学校
  • 第一小学校
  • 鹿の谷小学校
  • 若菜小学校
  • 若菜東小学校
  • 第二小学校→旭小学校
    • 第二小学校はピーク時に児童数約2,800人、55学級を数えた道内一のマンモス校であった
  • 富野小学校
  • 鹿島小学校
  • 鹿島東小学校
  • 幌南小学校
    • 奥鹿島分校
  • 南部小学校
  • 遠幌小学校
  • 清陵小学校
  • 真谷地小学校
  • 真谷地西小学校
  • 沼の沢小学校
  • 紅葉山小学校
  • 楓小学校
  • 登川小学校
  • 清水沢小学校
  • 滝ノ上小学校
  • のぞみ小学校
  • 緑小学校
  • 夕張小学校
  • 若菜中央小学校

医療・福祉[編集]

  • 夕張医療センター(旧・夕張市立総合病院)
  • 養護老人ホーム夕張みどりの園(旧・夕張市養護老人ホーム)
    • 市内で唯一の老人ホーム。2008年(平成20年)10月1日に市から社会福祉法人いちはつの会に移管された。夕張市の高齢者の割合は他の市町村に比べて高く、老人ホームの廃止には疑問の声が上がっていた。なお市内には、これとは別に特別養護老人ホームが存在する。

住宅団地[編集]

  • 道営住宅末広団地
  • 道営住宅紅葉山橋見団地
  • 道営住宅社光団地
  • 道営住宅鹿の谷団地
  • 道営住宅宮前光団地

交通[編集]

鉄道[編集]

楓信号場は2004年(平成16年)に旅客駅から転換され、信号場となった。

廃線となった路線が多数ある(夕張鉄道線三菱大夕張鉄道線など)。

バス[編集]

タクシー[編集]

  • 夕張第一交通 夕張市若菜2番地
  • 丸北ハイヤー 夕張市清水沢3丁目30番地

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

文化財[編集]

登録有形文化財[編集]

  • 旧北炭夕張炭鉱専用鉄道高松跨線橋
  • 旧北炭夕張炭鉱天龍坑人車斜坑坑口
  • 旧北炭夕張炭鉱天龍坑資材斜坑坑口
  • 旧北炭夕張炭鉱模擬坑道
  • 旧北炭夕張炭鉱高松ズリ捨線拱線
  • 旧北炭夕張炭鉱高松ズリ捨線スキップ隧道
  • 旧北炭夕張炭鉱高松ズリ捨線ベルト隧道西坑門
  • 夕張鹿鳴館(旧北炭鹿ノ谷倶楽部)

天然記念物[編集]

  • 夕張岳の高山植物群落および蛇紋岩メランジュ帯

その他[編集]

近代化産業遺産群(経済産業省)[編集]

名所[編集]

観光施設等はすべて市からの指定管理者加森観光などが指定された)に運営委託した。めろん城については製造工場としての性格が強く、元社員を中心とする新会社「夕張酒造」に売却が決定した。

相撲[編集]

  • 盛んに行われていた相撲では、1988年(昭和63年)中体連で幌南中学校が全国大会に出場。
  • 同時期に高校総体においても、夕張南高校が全国大会に出場。

今も、少年団が蓮間氏の指導で稽古をしている。当時全国大会に出場した、小竹 剛、佐藤 孝幸、中井 雄等の選手も蓮間氏に稽古を付けられていた。

レジャー[編集]

温泉[編集]

  • 夕張温泉・夕鹿の湯(旧名:ユーパロの湯)

芸術[編集]

著名な出身者[編集]

政治・経済・社会[編集]

学術・文芸[編集]

芸能[編集]

スポーツ[編集]

ゆかりの人物[編集]

マスコミ[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 歌志内市、三笠市、夕張市共に、「北海道空知管内の自治体である」、「過去に炭鉱で栄えその後衰退した」という共通点がある。
  2. ^ 誰か昭和を思わざる 大正ラプソディー (大正元年)
  3. ^ 誰か昭和を思わざる 大正ラプソディー (大正2年1〜6月)
  4. ^ 図典 日本の市町村章 p22
  5. ^ 夕張市の徽章
  6. ^ “盛衰の軌跡〈3〉“2億円”寄贈話 たが外れ錬金術の沼へ”. 北海道新聞. (2006年8月30日). http://www5.hokkaido-np.co.jp/yubari/seisui/03.php3 
  7. ^ “盛衰の軌跡〈4〉レースイ買収 壮大な夢 後始末で深手”. 北海道新聞. (2006年9月2日). http://www5.hokkaido-np.co.jp/yubari/seisui/04.php3 
  8. ^ 第3セクターの倒産動向調査 (Report). 帝国データバンク. (2007-7-11). http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p070703.html. 
  9. ^ ふるさと納税制度”. 2014年1月4日閲覧。

外部リンク[編集]

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